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かみさまなんていない

登場人物一覧

リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し

 りぃ…あのね、わたしもうながくないと思う……
 ……だから、さいごの、おねがい……わたしを、食べて……

 夢を見た。あの日の夢を。
 喉の奥に焼き付いた苦い胃液の味。

 かみさま。ぼくは、あの日。家族に嘘を、つきました。

●どれほどひとをにくめばすくわれるのでしょうか
 贄であれば救われるのだろうか。
 命を失うことは変わらない。最低限の食糧では肩を震わせるのですら不必要な労力足りえる。骨と皮だけ、なんて生易しいもので済んだのならばこの鈍い痛みは祝福なのだろうか?
 ひび割れた唇を舐める。血の味がした。
 まともな靴も何もない。ぼろきれの服、蔓の髪紐、救われない。爪は栄養不足で皮がめくれ、ささくれはいつまでたっても治りやしない。ふらふらとした足取りで何日ぶりかの餌をかじる。酷く固い。土が混じった味に思わず咳込んだ。
「じゃりじゃりする……」
「りぃ、これたべないと、わたしたち……」
「Uhh…」
「おいしい、ね……」
「リルルも、たべなきゃ」
「わたしはへいき。りぃ、たべて?」
「でも……」
「いいから。つぎ、おおめにもらうね?」
「うん……」
 奴隷以下か。贄ならばそれが当然であろうか。受け入れるなど到底不可能だ。
「大丈夫、お兄ちゃんの分をあげるから。ほら、リルル」
「ありがと、おにいちゃん」
「うん。ほら、よく噛んでほぐしておいたから……」
 リルルのさいごのときがちかい。
 言わずともわかりきった事実だった。
 『さいご』を迎える兄妹たちはいつも動くのがおっくうになって、土のような顔色で苦しそうに笑うのだ。いつもいつもいつもそうだ。さいごを迎えるのはいつだってつらい。ほんとうならば防げることなのに。
 外を駆け回る子供達の声がした。外を知るライカンは知っている。こどもはいつか大人になれることを。子供のまま死んでいくほうが異常であるという事実を。
 おとなになれるかな、なんて寂しいことばを告げる子供がいるこの檻の中が異常で構成されていることを。
「リルル、何か食べたいものはあるかな」
「ううん、ない。おなかいっぱい……」
「リルル、ほんと?」
「うん、ほんと。りぃは、しんぱいしょうね」
「だって……」
 不安気に唸るリュコスの汚れた紫髪を撫でる細い手。今にもポキンと折れてしまいそうな不健康な腕。歯を食いしばるライカンと、苦し気に顔を背けるロープ。
「ちょっとねむくなってきちゃった。ねむっても、いい?」
「うん……」
「おにいちゃん、ごめん、肩を貸して……?」
「いや、運ぶよ。こっちに身体を預けて」
「ごめんね」
「いや、いいんだ」
 多くは語らない。語れない。自らそれを口にするのはあまりにも残酷すぎる。
 かき集めた藁がしなびている。柔らかくてあたたかいベッドを用意することすらままならない。隙間風の吹く小屋の中で身を寄せ合って眠ることが一番の方法だった。そうしなければ冬は凍え死んでしまいそうだった。
 受け入れるにはつらすぎる事実が多かった。だからこそ、受け入れる他ないことも解っていた。そうでなければ、この世界で生きていくことは叶わないから。
「おふとん、あったかいわね」
「うん」
「りぃ」
「なぁに……?」
「だいすき」
「ぼくも、だいすき」
「うん。えへへ」
 ふにゃ、と笑った。その唇から音がする。乾燥のあまり避けてしまった唇に生々しい赤が溢れる。
「あ……」
「リルル、血が……」
「だいじょうぶ。ちょっときれちゃっただけだもの」
「でも……」
「それよりも、もうすぐよるもおそくなるから、ねむろう?」
「リルル、今は……」
「いや、そうだな。皆、今日はもう寝ようか」
「……うん」
 あはは、と笑ったリルルの瞳はもはやぼんやりとしか世界を見ることは叶わない。栄養失調、暴力、ストレス。それらは彼女から明るい世界――視力すらも奪っていったのだから。
 世界は残酷だ。
 わかり切っていたのに。それなのに、どうして無力な子供ならば地を這い床を舐めることしかできないのだろうか?
 痛々しい程に唇を噛む。救いはない。

●わかれ
「みんな……どこ……」
「リルル……?」
「あれ、なんにもみえない……りぃ、りぃ」
「ぼくは、ここ、だよ……」
「ほんと? いじわるしてないわよね?」
「してないよ……」
「うん……りぃのにおい、ちかくにするものね」
「……うん」
「ね、手を握って……」
「うん」
 ぎゅうっと、握った。
 かさついた手はぬくもりのひとつも持ちはしない。
 ざらついた手はやさしさをひとつだけ持っている。
「ねえ、おにいちゃん。りぃに、おねがいしてもいいかしら」
「うん。リルルがそれでいいなら、俺達は構わないよ」
「うん……あのね、りぃ」

 浅く薄い呼吸音。横たわった身体はみるみる冷たくなっていく。
 いのちのともしび。
 消えかかった灯り。止まりかかった拍動。振り絞っているであろう声は小さく、息も絶え絶えだ。
 それでも。
 それでも、と振り絞られたその声は。

「 りぃ…あのね、わたしもうながくないと思う……
 ……だから、さいごの、おねがい……わたしを、食べて……」

 あまりにも残酷だった。

●おわかれ
「た、べ……?」
「うん。おにく、たりてないでしょ?」
 そう言われれば、そうだ。
 飢えている。しかし、兄弟で渇きを癒そうと思う程愚かではない。
「できないよ……」
「りぃ、おねがい……」
 握った手が滑り落ちる。体力も限界なのだろう、首を小さく動かして、困ったように笑うだけだった。
「わたしも、りぃも…みんなをこんな目にあわせた人たちみんな、ころして……?」
 願いであり、頼み。
 問うた。答えを信じていたから。
 躊躇い。戸惑い。理解。怒り。苦しみ。嗚咽。
「……うん」
「ありがとう、りぃ」
 そっと目を伏せたリルル。もう残された時間は、僅かだ。
 けれど。
 けれども。

 できない。
 乾いた肌に牙をたてようとも、小さな身体がこわばるだけで食べようと思えなくなる。
 生きたままその肉を食らうことは拷問以上の痛みを伴うだろう。
 せめて血だけでも、なんて思って薄く皮を千切る。
「うっ」
「り、る……うっ、え、」
「リュコス!!」
 できない。
 できないのだ。
 痛みなど与えたくはない。
 ロープがリュコスを担ぎ、代わりにライカンがその身に牙を立てる。

 それは弔いに近い。
 それは愛に等しい。

 だからこそ。

「できなかったじゃない。うそつき」

 食べることが出来なかったリュコスを見つめるリルルのその瞳は。まっくろで。光などなくて。
 消えゆく意識の中で、酷く恨めしそうな顔をした君が、悲しそうに見えた。

  • かみさまなんていない完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月03日
  • ・リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529

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