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ある月夜の邂逅
登場人物一覧
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「お前が巷を騒がす殺人鬼で間違いないな?」
疑問という形をとりながらもその言葉は単なる確認であり、また確信の意が明白である。
言葉を発したのは白い甲冑に身を包んだ一人の騎士。白騎士『ヴァイスドラッヘ』のレイリー。月光に照らされたその姿は純白に輝き、いま正に罪人に裁きを下さんとする御使いのように神々しい。
対して言葉を投げかけられた男は両手を胸の前で組み、膝をついている。その姿はまるで敬虔な信徒のようだ。ただし、その傍らに死体が横たわっていなければ、の話であるが。
「おっと。まさかこうも早く見つかるとはなぁ……だが今更……そう、今更だ!」
男はゆっくりと立ち上がると騎士へと振り向く。その顔に浮かぶは笑み、だが同時にうっすらと見えるのは涙の跡か。
正義のヒーローが来たところですべてはもう遅いと、吠えるように嗤いながら幅広のナイフを構える殺人鬼。
「俺の復讐を邪魔するというのなら、それが誰であろうと許さない!」
――だからお前も、殺してやる。
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「それが復讐のためだとしても、お前のやり方は間違っている!」
振り下ろされたナイフを真正面から盾で受け止めながら告げるレイリー。
「知ったことか……お前に一体何がわかる。何も知らない、ぽっと出の、ヒーロー気取りの騎士様よぉ!」
吐き捨てるように吠える殺人鬼。顔には笑みが浮かんでいようともその声にあるのは怒りと、憎しみと、そして悲しみ。
「それにもうすでに何人も殺った後だ。何もかもが遅いんだよ。今更引き返せるものか」
嘲笑と共に幾度も振り下ろされるナイフ。そのすべてを受け止め、防ぎながらもレイリーは言葉を紡ぐ。
「遅すぎるなんてことはない!お前のやったことは確かに許されることではない。でも、まだお前はやり直せる!」
――だからせめて、今以上に罪を重ねるなと。
だが彼女の説得は、頑ななまでに心を閉ざした男へは届かない。
「やり直す、だと?そんなもの俺は望んじゃいない。ただあいつらを、自らの罪を自覚すらせず、のうのうと暮らしているあいつらを一人残らず殺せるというのなら、この命がどうなろうとかまわないんだよ!」
「そうか……だが、わたしもヒーローの端くれとしてその行いを黙って見過ごすわけにはいかない。だからお前の凶行を止めてみせる!」
言葉と共にレイリーはナイフを受け止めた盾に力を込めて押し返す。
だが殺人鬼も押された勢いを利用して、飛びすさりながら再度ナイフを構える。そんな相手の姿を前に、左に盾を、そして言葉だけではもう男を止めることはできないと、右手にランスを構えるレイリー。
「ハッ……ならやってみせろよ”ヒーロー”……お前になんかにできるもんならなぁ!!!」
「……いざ、参る!」
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――速い。
レイリーのランスが届かない位置から一瞬で距離を詰め、ナイフを突き出してくる殺人鬼。だがただ速度が凄まじいだけではない。そのナイフ捌きまでもが先程までとは比べ物にならないほどの鋭さを秘めている。
「先の攻撃は本気ではなかったと、そういうことか……」
盾の縁で外側へと斬撃をいなし、空いた胴へと叩きつけるようにランスを振るうも、そのわずかな時間で男は身を翻して再度間合いの外へと逃げていく。
「ほらどうしたよ、そんな様でよくヒーローなんて名乗れたものだなぁ!それともなんだ?迷いでもあるのか騎士様よぉ?」
身軽で素早く、そして巧みな技で攻めてくる相手。ほんのわずかな攻防でもわかるほどの技量。それは決して一朝一夕で身に着くものではない。並々ならぬ執念と血反吐を吐くほどの修練があってこそのものだ。
だからこそ。
「……それほどの腕を持ちながら、どうしても復讐鬼に成り下がると。そう言うのかお前は」
情状酌量の余地は十二分にあるだろう。その腕前も、習得するにかかった時間も、もっと他に活かすこともできただろう。だというのに、ただ修羅に堕ちると、そう宣うのであるのならば……
「ならばわたしは迷わない。無辜ではないとはいえども、他者を傷つけるお前を、ここで討つ!」
高らかな宣言と共に。
――今宵初めて、レイリーが反撃ではなく、自ら前へと出た。
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真っ直ぐ、一直線に突き出されたランスを殺人鬼がひらりと躱す。だがレイリーは攻撃の手を緩めることなく、躱されては突き、横なぎに振るい、さらには盾も使って殺人鬼を追い立てる。
だが相手もただ追い立てられているだけではない、盾による護りのわずかな隙間を縫ってナイフを振るい、突き立てようとしてくる。
だがそれも鎧までを突破することはなく、硬い金属同士がぶつかる音を立てるだけでレイリーに掠り傷一つ負わせることはない。
「まったく、そりゃないぜ……」
捩じるように突き出されたランスにナイフを添わせ、その軌道をずらして切り抜ける殺人鬼だが、その代償に根元から折られたナイフを見てぼやく。
「武器を失ったんだ。最後のチャンスをやろう。大人しく投降するがいい」
――そして司法の裁きに身を委ねろ、と。そう告げるレイリーに、
「ハッ……寝言は寝て言えよ」
勧告を嗤い飛ばすと無駄と知りながら折れたナイフを投げつける男。
「確かにあんたは強い。俺はお前には絶対敵わないんだろう。それは認めよう」
現にこうして追い詰められているわけだしなと、続ける男。
「でも、な」
――例えそれが砂粒ほどちっぽけで、いくらつまらなく見えるとしても。
「……お前みたいなやつの情けなんざ死んでもごめんだね」
そう言ってとびきりの笑顔で笑った男は。
気づかれることなく、静かに抜き放った新たなナイフで。
逡巡すらなく、一息に己が喉を掻き切った。
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――はずだった。
「舐めてくれるなよ」
跳ね上げられたナイフが月明かりを乱反射しながら宙を舞い、明後日の方向へ、男の手が届かぬところへ飛んでいく。
男の目の前にはランスを突き出し、ナイフを弾き飛ばした張本人。
「どうしてだ……どうして俺なんかを助ける……どうしようもない、救いようのない殺人鬼なんだぞ俺は!」
「黙れ!たとえお前が殺人鬼だとしても、それでもお前も被害者だ!ならばヒーローとして護る対象に他ならない!」
ヒーローであると、護ると誓ったんだと、兜の下で小さく呟いた声は、本当に届けたかった誰かの耳には届かなくても。それでもなお立ち続けるために。
「だからもう、人を殺すのはやめるんだ。お前自身の為にも」
力なくへたり込んだ殺人鬼に。否、元殺人鬼にそう告げると踵を返し最後に告げる。
「これは最後の警告だ。次は容赦なくその心臓を刺し貫く」
そう言って背を向けると歩き出す。月が雲の合間から照らす中、どこへとも知れず。
――ねぇ、『』。わたし、ちゃんとヒーローできてるかな?