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銀の少女とテディベア
登場人物一覧
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街の一角に、クマのぬいぐるみ専門店がある。いわゆるテディベアと呼ばれるそれが、広すぎず狭すぎずといった店内の、棚という棚にたくさん座っていた。
そこへ、大きなクマのぬいぐるみが背を向けながら来店した。いや、それを抱えた銀髪の少女――ハルツフィーネだ。抱えたぬいぐるみが背丈と同じくらいの大きさだからそう見えるのだ。
ハルツフィーネは、抱えたぬいぐるみの肩の辺りからひょっこり顔を覗かせている。
いらっしゃいませ、という店員さんの声を聞き、そのままの姿勢でハルツフィーネがゆっくりと店内を右回りにぐるっと1周した。この店に来るたびにぐるっと一周することにしている。気になるテディベアが店内の色んな所に座っているからだ。
「おっきなクマさん。ちっちゃなクマさん。どれも素敵です」
1周した後にそう口にして、しばらく店内をあっちにこっちにうろうろした。
ふいに1つの棚の前で立ち止まる。見上げると、つぶらな瞳のテディベアが座っている。
ハルツフィーネの好みの、つぶらな瞳のテディベア。
「どうしましょう、クマさん」
どんなお友達が欲しいですか? この子はどうですか? と、抱えているテディベアに問いかけた。
「やっぱり良いですよね、この子は」
無表情ながら、その声色が弾んでいるのが分かる。
また別の棚の前に足を運ぶと、そこにいるのは小さなテディベア達。
水色、ピンク、黄緑、オレンジ、白や黒などなど。おしゃれなテディベアが並んで座っている。
それを見て、自分のおうちの一角もこんな風になったら、と想像するとテンションが上がった。ちなみに前回来店した時も同じ想像をして、同じようにテンションが上がっていた。
「たくさん買いたいですが、我慢です」
けれども、冷静な部分がそう言わせた。
「それはクマさんへの冒涜ですから」
1つ1つ大切にしてあげたいのだ。
もちろん、数がいるから大切に出来ないというわけでも、ぞんざいに扱ってしまうというわけでもないけれど。
気持ちの問題なのだ。
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「お決まりになったらお声掛けください」
「はい」
女性店員との、いつものやりとり。この後、結局やたら悩んで買えないパターンが多いのだが。多いというか、ほぼ毎回のことである。
今日もそうかも、という気持ちもあるけれど。出来ることならどれか迎えたかった。
なんとなく視界に入った棚を見た。
そこにいるのは、たれ目が可愛らしい薄茶色のテディベア。おもむろにその前まで歩いていき、じっと目を見る。
好みのタイプとは違う。だからといって決して嫌いなわけではない。迎えるのも有りかも、と思うのだ。だって普通にしていたら、当たり前のように好みのタイプを選んでしまう。
(……そろそろレパートリーを増やすべきかもしれません)
抱えているクマさんから右手を離す。その分の重さが左腕にのしかかった。
そして右手を伸ばすと、たれ目のテディベアの手をそっと取った。
この子にしようかな、と3秒間考えて、手を離した。ほんの3秒だけの時間がとても長く感じた。
うん、と言うかのように頷くと、両手でクマさんを抱え直して、歩き出した。視線の先にはお会計――というわけではない。この子に決めたわけではないからだ。気になるテディベアがまだまだある。
この子にしようという気持ちはあった。ただ、無意識に他のテディベアも見たくなるのだ。
今日もいつもと同じように、まだ全然決められなかった。
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大きくて真っ白なテディベア。
ハルツフィーネが今抱えているテディベアと同じくらいの大きさだ。
笑顔が可愛いそれは、前回来たときは居なかった子だ。触れてみるとふわふわで、抱き枕にしたら気持ちが良さそうだった。
目つきの悪い、こげ茶色のテディベア。
とにかく周りと比較して、愛嬌が無い。
でもこれはこれで魅力がある。レパートリーを増やしたいというハルツフィーネの気持ちには合っていると感じた。
素朴な顔をした、薄茶色のテディベア。この子はチェックの柄をしているのが個性的だ。
それが、素朴な顔つきと相反して存在感を放っている。
ハルツフィーネが所持している他のクマさん達と並べてみたら、中々良いかもしれないと感じた。
首にリボンの巻かれた、色とりどりのテディベア達。
リボンは、パステルカラーやチェック柄のものがあり、元々可愛らしいテディベア達の可愛らしさを引き立たせている。
すると、さっき見た大きいクマさんをお迎えした場合どんなリボンを巻こうか、はたまたあっちの目つきの悪いクマさんなら何が似合うか、なんて考えたりしてしまう。リボンもそれだけで売られているので、一緒に買っていけることだし。
やっぱり可愛くしてあげたいものである。
そんなこんなで、かれこれ2時間が経過していた。
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それからもう1度、ひと通り店内を見て回ると、さらに1時間が経っていた。
黄色いテディベアの頭を撫でてから、再び、うん、と言うかのように大きく頷く。
そうしてから店を出た。
女性店員さんの、ありがとうございました、の声を背中に受けて帰途に就く。
街路樹の脇を行き、歩を進めていく。歩きながら、気になるテディベア達がたくさん思い浮かんだ。
今日も選べなかった。決して毎回というわけではないが、選べない日の方がずっと多い。気になる子が多すぎるのだ。
ふいに足を止めて細く息を吐いた。
「クマさん、新しいお友達はもうちょっと待ってください」
抱えたテディベアにそう告げた。
しかし、選べないのは悪いことではないのかもしれない。
だって、大好きがたくさんあるのは良いことだ。そして、その中から1つを選ぶのは難しいのだ。
次に来る時までに、お迎えする子を考えておこう。ううん、決めておこう。そして決めたらぱぱっと買ってしまおう。
とは思うものの、当日になったらまた決められない気もする。
これからだって、たくさん迷ってたくさん悩むだろう。
決められないことは多いけれど、決して毎回ではないのだから、いつかこの子をください、と言える日はあるはずなのだ。
「クマさん、来週また行きましょう」
無表情ながらどことなく弾んだ声で、大好きなものを大切にしたい少女が、抱えたテディベアにそう言った。