PandoraPartyProject

SS詳細

隔たれた世界、二人の決意

登場人物一覧

吹雪(p3x004727)
氷神
P.P.(p3x004937)
いとしき声

 拠点としている部屋の一室に、朝日が差し込む。そう言えば、昨日カーテンを閉めずに寝てしまったか、とぼんやりした頭で考える。
 柔らかな日差しに起こされたP.P.は、自身がリア・クォーツでなくP.P.であることを改めて自覚した。そして、ここがいつもの自室ではなく、仮の拠点として選んだ仮宿だったことも。
 目が覚めたとて、慣れ親しんだ自分のベッドから目覚めることは無い。さながら夢の中で目覚めているような感覚。終わらない明晰夢。
 ――一部のイレギュラーズが、R.O.Oからログアウトできなくなった。
 先日駆け抜けた一報は、P.P.にとっては対岸の火事でなく、未来に起こりうる危機でもなく、現在進行中の現実だった。
 つまり、先日の異変に、自身も巻き込まれていたわけだ。

 これは、そんな異変に、リア・クォーツことP.P.が巻き込まれて幾日かたった時の物語である。

 奇妙な事だが、仮想現実空間においても腹は減る。忠実に再現された空腹感は気怠さと気力の低下を招く。雑な言い方をすれば、お腹がすいてやる気が無くなる。
 空腹度によるパラメーターの低下などと言うシステムは流石に実装されていないだろうが、それはそれとして腹が減れば精神的パフォーマンスは低下するだろう。肉体的パラメータはシステムが管理していようとも、プレイしているのは人間だ。精神的な充足は結局、人間側で管理するしかない。宿屋で寝てHPが全回復しても、プレイヤーの気力は回復しないのだ。今も練達で眠っているだろう肉体の栄養管理は完璧になされているだろうから、ここで食事をとらなくても死にはしないだろうが、前述したとおりやる気の問題が発生する。
 と言うわけだから、P.P.は紙袋いっぱいに食材を買い込んで、『幻想国』……いや、『伝承国』の街中を歩いていた。見覚えのよくある幻想国の風景によく似た、まったく違う世界の風景。来たときにも違和感に眩暈を覚えたものだが、こうして暮らしてその光景が日常に近づくと、さらに奇妙な違和感を覚える。そしてその違和感の中に自分が埋没していくことにも、何らかの、ざわざわとした感覚を覚えるものだ。
 P.P.は、そんな不安を紛らわすように、紙袋からリンゴを一つ取り出して、齧った。ジャムにも使えるのが売り文句のそれは、調理用に少しだけ酸っぱい。その酸っぱさと甘さが、気分をすっきりさせている。
 同じように囚われた仲間達は、居る。現実に帰ろうと行動しているものも、勿論いる。そんな仲間達と同様に、P.P.もある種の目標を見定めていた。それまでは、気力を潰えるわけにはいかない。もう一口リンゴを齧る。酸味が意識をはっきりさせてくれるような気がする。架空の酸味。でも、意識は現実。
 現実――という意識が、P.P.の脳裏によぎった。
「何の因果かしらね」
 ロールプレイではない、素の言葉が漏れ出る。どうして自分が閉じ込められたのか、と考えれば、心当たりがある様なないような感じはする。が、R.O.Oと言うシステムに観賞した何者かの存在は、P.P.にとっても既知のものだった。
「その縁って事かしら? わかんないけど。でも、そうね。繋がってるなら、好都合だわ」
 P.P.はもう一度、力強くリンゴを齧った。不安を紛らわすためではない。生きるために栄養を摂取するつもりで。目標を定める。不安感と寂しさを、この時心の奥底に押し込む――。
 その時に。
「リアちゃん!!」
 見知った声が聞こえて、最初は幻聴か何かだと思った。自分をリア、と呼ぶものは、この世界には少ないだろう。このアバターのプレイヤーを開示しているものは少ない。知っているのは、なじみ深い友人たちくらいだ。
 P.P.――いや、リアはその声に振り向いた。これから語る二人のやり取りは、アバターを介していたとしても、本質的には魂のやり取りのようなものだったから、アバターの名前ではなく、本当の名前で記述しよう。
 さて、リアが今しがた登ってきた坂の街路を見下ろすと、和服を着た、大人びた女性の姿がある。しかしその顔は、子供が無くしていた大切なものを見つけた時のように、喜びと、悲しさと、安心感で、くしゃくしゃになっている。
 ぴっ、と、システムにPC情報が表示された。『氷神』吹雪(p3x004727)。いや、知っている。システムで割り振られた番号でも、偽りのアバター名でもなく、この子のことを、リアは深く知っている。
 温かな炎。安らぐ音色。たまにトラブルに巻き込まれるが、それでも大切な、リアの、ともだち。
「焔……?」
 リアはこの時、友の名を呼んだ。焔、つまり吹雪のプレイヤーのことだ。吹雪……いや、焔と言おう。焔は大人っぽい女性、と言うロールプレイもかなぐり捨てて、本音の自信を隠そうともせず、
「見つけた……見つけたよ! リアちゃん!」
 そう叫んだ。泣きそうになったくしゃくしゃの顔で、焔が走り出す。坂を登って。リアに向って、タックルするみたいに抱き着いた。
「わ、ちょ、焔ぁ!?」
 リアは目を丸くしながら、しりもちをついた。落ちた紙袋から、食べかけのリンゴが転がっていく。
「よかった! やっと会えた! リアちゃんが戻って来てないって聞いて、すっごく心配してたんだよ!」
「あんた、あたしを探してたの……ずっと!?」
 リアが目を丸くする。
「そうだよ! 連絡する手段わかんなくて、いろんな人に聞き込みして、ようやくこの街にいるって掴んだんだよ!」
 リアの胸の中で、見上げるように焔が言う。二人のアバターの身長差はそれなりに会って、子供にすがり着く大人、と言うように見えたが、もし現実の二人を知るものがいれば、それは全く逆の光景であったことを知るだろう。
「そっか……ごめん、心配かけたわ」
 リアはそう言って、焔の頭を撫でてやった。心底安心するように、焔がえへへ、と笑う。
「とりあえず、拠点に戻りましょ。そっちの状況もききたいしね。案内するわ」
「うん!」
 焔は満面の笑みを浮かべた。二人は転がった食材を二人で拾い集めると、リアの拠点へと向かった。
 不思議なことに、リアが蓋をしていた不安は、この時綺麗に消え去っていた。

「とりあえず、紅茶で大丈夫? 安い割には、味も香りもいい茶葉よ。
 ……仮想空間でそう言うのも、なんか変だけどね」
 リアの拠点。ひとり用の簡素な宿の一室に、二人はいる。小さめのテーブルに向かい合って、二人は座った。リアの言葉通りに、安心する香りの暖かな紅茶の香り。湯気を立てる仮想のティーカップが、現実のように目の前にある。
「ありがと!」
 焔がふぅふぅと冷ましてから、紅茶を一口飲む。リアも一口飲んでから、
「それど、その……そっちはどう? 変わりない?」
 尋ねるのへ、焔は頷いた。
「うん、練達の方は大変だけど……あ、でもリアちゃんの身体の方に危険が及ぶとかは無いみたいだから安心して!」
 焔が言う。リアは頷くと、考え込むそぶりをした。
「なるほど……ならしばらくは、こっちで活動できそうかしら……?」
 そう呟くのへ、焔は目を丸くする。
「えっ、ど、どいう事!?」
「どうって……そのままの意味よ。どうせ帰れないなら、しばらくこっちで情報仕入れてみたりしようって事」
「そんな!」
 ばん、と焔がテーブルを叩いて立ち上がった。かちゃん、とカップが音を鳴らす。
「だ、ダメだよ、こんな状況! 危ないよ! す、すぐに帰らなきゃ」
「帰らなきゃ、って言っても、原因も解ってないんでしょ? だったら……」
「だ、だって危ないよ!? こっちで何かあったら、リアちゃん、今度こそ本当に帰れなくなっちゃうかもしれない!
 今、練達の人達が何とか救出できないかって考えてるから、帰れないなら、じゃあそれまで大人しくしてようよ!」
 焔の言葉に、リアは息をのんだ。焔の剣幕は、本心からのそれだ。本心から、リアを心配してくれている。それがうれしかった。
「……ありがと。あんたが本当に、あたしを大切に思ってくれてるのは解る」
 けど、とリアは言う。
「あたしはここで、やるべきことを見つけたの。確かに、R.O.Oに取り残されたのは敵の気まぐれみたいなものかもしれない。
 すぐにまた、気まぐれで外に出されるのかもしれない。でも、それまで大人しくしろなんて、あたしにはできない」
「それは……」
 焔は押し黙った。リアがこういう時にどうするか……そんなことは、友人である焔にもわかっていた。
「心配してくれてありがとう。でも、ごめんなさい、焔。あたしにはこっちでやる事があるの。だから、まだ帰るつもりは無いわ」
「じゃ、じゃあ! ボクもR.O.Oに残るよ! ボクもリアちゃんが帰るまでこっちにいるっ!」
 焔が叫ぶ。必死に。
「ボクも一緒に残るから、だから……」
「だめよ、焔」
 リアが言う。断言するように。
「……拒絶してるわけじゃないわ。もし二人ともこっちの活動に専念したら、現実で何かあった時に対処が取れない。
 いい、これはある意味でチャンスなの。R.O.Oから、そして現実から。同時に敵に迫れる可能性がある。
 ……お願い、焔。こんな事、あんたにしか頼めない」
 リアは、ゆっくりと焔の瞳を見つめた。青い吹雪アバターの目の奥に、あの優しく暖かな赤の目を見て。
「あんただから頼める。あんただから安心できる。
 あたしはROOの中から。んで、あんたは現実から。一緒にクソ野郎を追い詰めましょう」
 真摯に告げるリアの言葉に、焔は刹那。うつむいた。そのままゆっくりと、椅子に座り込む。
 考え込むように、うー、と唸った。
 焔もまた、リアのことを信頼している。リアがこう言ったらてこでも動かないであろうことは解っているし、リアの言うことが正しい事は解っている。
 でも、やっぱり、リアのことが心配だった。本当はずっとそばにいてあげたい。傍にいたい。けど、リアはそれを望まないだろう。あらゆる意味で。
 ――なら、ボクが今できることは。
 焔は考える。リアが今、差し出した手を掴むことだ。ともに戦い、ともに悩んで……別々の場所で、事件を解決する。
「……わかった、よ」
 絞り出すように、焔は言った。悔しかった。今すぐ何もかも解決できない自分が。もし自分が物語のヒーローだったら、今すぐこんな悪い奴なんてやっつけて、親友リアを助けてハッピーエンドだ。でも、そうすることはできない。これは、この苦しみは、仮想ではないから。
 焔はでも、笑顔を浮かべた。少しだけ苦しかったけれど、少しだけ辛かったけれど、でも大好きな友達のため、やるべき道を、やるべきことを、見つけたのだ。ならば、その道を進もう。今は、違う道を進んでいたとしても、目指す方向は同じであって、そしてその道は必ず交わって、また同じ場所で会えるのだから。
「現実の方はボクに任せて! ボクとリアちゃんならどんな相手でもやっつけられるよ!」
 焔の葛藤にはリアも気づいていて、だからこそこうして笑ってくれることにとても暖かな気持ちを抱いていた。焔から感じる温かさは、仮想の世界においても変わらない。願わくば自分も、焔には心地よい音色と温かさをあげられていれればいいな、と思う。
「おっけー! よろしくね、焔」
 リアは笑って、その手を差し出した。焔は笑って、その手を取る。温かな、体温。仮想で再現されたはずのそれは、それを介して、二人の本当の体温を伝えるような気持ちすらした。
「うん、頑張ろうね、リアちゃん!」
 ぎゅ、と焔が手を握る。リアも強く握り返して、苦笑した。
「……なんか大事になっちゃったみたいね。そんなことないわよ。いつも通り、ローレットのお仕事だから」
「分かってるけど、でも、ほんとに心配したんだよ、リアちゃん」
 焔が苦笑する。
「それは……悪かったわ、ほんとにね。でも、あたしもこんなことになるとは思わなかったから」
 ゆっくりと、二人の手が離れる。それから同じタイミングでそうするみたいに、椅子に座った。
「さて、真面目な話はここまで」
 リアが笑う。
「紅茶、入れなおすわね。厄介なことに、仮想空間でもちょっとすると冷めるのよね」
「ありがと! ボクも何か手伝おうか?」
「ううん、今日はあんたお客さんだから、座ってもてなされてなさい。
 どうしてもって言うなら、紙袋の中からパン出してくれる? ベリーの入った奴。おやつに食べようと思ってから、お茶うけにちょうどいいわ」
「分かったよ! ふふ、こうしてるとなんだかいつも通りで……そうだね、ボクたちなら、何だってできるような気がしてくるよ!」
 その言葉に、リアはどれだけ勇気づけられただろうか……。何気ないエールをくれる親友にことを思いながら、リアはお茶を入れるためにポットを温め始めた。
 二人の午後のお茶会ははじまったばかりで、これから他愛のない話と共に、お互いの友情を深め合うのだろう――。
「あ、そうだリアちゃん」
 と、唐突に、焔は手をあげた。
「ん? なに?」
「ふっふっふ。実はプレゼントがあります!」
 と、焔は空中に手を伸ばした。恐らくそのあたりに、インターフェースがあるのだろう。ぽちぽち、とボタンを押すような選ぶようなそぶりを見せると、ぽん、と音を立てて、テーブルの上に大きめの箱がドロップした。
「リアちゃん、これからR.O.Oでも厳しい戦いが続くよね! そこで、苦労してレアな防具を手に入れてきたんだよ!」
「焔、あんた……」
 その心遣いに、リアは口元を抑えた。感激しているのである。
「これをボクだと思って頑張って!」
 はにかむように笑う焔に、リアは温かな気持ちを覚える。温めたお湯もそのままに、リアはテーブルへと向かった。ドキドキした気持で、その箱を開く。
 と。
 リアの表情が固まった。
「なにこれ」
 と、リアが言う。
「防具だよ!」
「いや、それは解るんだけど」
 ぎぎぎ、と、リアの首が焔の方へと向いた。
「あたしにはこれ、水着みたいに見えるんだけど」
「違うよリアちゃん、これはね、レアな防具だよ! そう言う触れ込みだったのを手に入れて――」
 と、焔が箱の中を覗くと、そこには簡素な装飾の、ビキニ水着のような鎧が入っていた。
「ビキニアーマーだね、リアちゃん」
 あはは、と焔が苦笑する。リアはひきつった笑みを浮かべ――間髪入れずに叫んだ!
「焔ァ! あんたR.O.Oでもこういうもん押し付けんのか!」
「ち、違うよリアちゃん! ボクは性能のいい防具だって聞いてて、リアちゃんの為を想って!
 ぼ、ボクもこんなことになるだなんて知らなかったんだよ~~~~~!!」
 部屋を逃げ回る焔と、それを追いかけるリア。
 ……R.O.Oの地であったしても、二人の関係性はあまり変わらない様だった。

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