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SS詳細

アリとキリギリス

登場人物一覧

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー

●Interview with an ant.
 努力を重ねた凡才、と日向 葵(p3p000366)は自分で自分を評する。
「だって本当のことっスから」
 サッカー馬鹿と呼ばれるほどサッカーにのめり込む以前の葵は、犬と生活をしているといってもいいぐらい、いつもオスの飼い犬と一緒に遊んでいた。
 夏になると飼い犬を連れて友だちと一緒に昆虫採集に出かけ、クワガタやカブトムシ、バッタなどを捕った。小学校の帰り道、通学路にあった用水路で、あたりが真っ暗になるまで魚やザリガニ獲りをしていたこともある。
「だから、なかなか家に帰らなかった。それでよく母親に叱られていたっス(笑)。要するに、オレはどこにでもいる、ごく普通の子どもだったんスよね」
 葵少年の学校と家の間には、遊び場がたくさんあったのだ。それはそれで恵まれた子供時代だったと、葵は当時を振り返る。
 サッカーとの出会いは、小学校の五年生くらいのときだった。
 当時、仲の良かった友だちから、葵が通っていた小学校のグランドをホームにするジュニアサッカークラブに一緒に入らないか、と誘われたのがきっかけだ。
「それまで全然、サッカーに興味なかったんスよ。誘われたんで、じゃあ、って軽い感じで入ったのが、サッカーとの出会いっスね」
 友だちと楽しく遊べればいい。最初はそんな気持ちでいたという。
「その時の友だち? 中学に入った時に好きな子ができて、サッカーやめて演劇部にはいったっス(笑)」
 父親も母親も、サッカーをやることに反対しなかった。
 はやい子たちは三歳の頃からサッカーを始めていて、最初のうちはボールにすら触らせてもらえなかった。
 何度も失敗したし、負けたし、悔しがったし、泣きもした。
 面白くなかった。
「もうやめようと何度も思ったッス」
 ところが父親が、葵がプレーで壁にぶち当たり、挫折して落ち込むたびに「なんだ、お前はその程度の男か」と煽ったそうだ。
「親父のツラがムカつくから意地でも頑張って」
 気がつけば、生活にサッカーボールがあった。遊びも恋愛もそっちのけでサッカーにのめり込んだ。
「不器用なんスよ、オレ」、と葵はキレのある整った顔に苦笑いを浮かべる。
 努力を続けた少年は、中学二年生の秋についに才能を開花させ、エースと呼ばれるまでに成長する。
 秋の全国サッカー大会で最多得点を上げて、金のシューズのトロフィーを受け取った時からだ。
 その裏には一人の天才少年、虚木 空太郎との出会いがあった。
「アイツのアシストがなければ、オレは得点王にはなれなかったっス」

●Interview with a grasshopper.
 努力を怠った天才、人は虚木 空太郎をそう評する。
 空太郎には親から受け継いだ身体能力や運動能力はあった。加えて一度見れば体が覚え、すぐに感覚を掴んで自分のモノにする。いわゆる天賦の才というやつだ。
「だから、いろんなことをやってはすぐ飽きていたんデス」
 そんな空太郎を父親は叱ることなく、むしろ褒めてくれたという。
「なんでも一緒にやってくれる父親デシタ。よく一緒にキャッチボールをした記憶がありマス」
 父親もまた天才肌の人で、スポーツはなんでもセミプロ並みの実力を持っている。そんな父親の影響がほんとうに大きかった、空太郎はいう。
 できてあたりまえ、やれてあたりまえ、というが虚木家の不文律だ。
 だから「努力しなければできない、やれない」ヤツのことがまったく理解できなかった。
「だって、おれっち、やれば何でも人並み以上にできるんデスから」
 中学に上がるころにはすっかり天狗になっていた。
 部活荒らしで悪名をはせていたのもこのころだ。
 その頃について話を聞くと、空太郎は悪巧みでもするかのようにニタリと笑った。
「自分の力を周りに披露できるなら何でも良かったんデス。初心者と侮っていた奴らが、無様に負けて悔しがる……それを見てニヤニヤしてイマシタ。ずいぶん性格の悪い子どもデスよね、ヒヒ(笑)」
 野球、テニス、バスケット、バレーボールに卓球。球技はもちろん、剣道や柔道、ボクシングも、道場破りよろしく次々と勝負を挑んでは打ち負かしていったという。
「特に努力なんかしていませんデシタよ。あたりまえのようにできて、あたりまえのように勝っていたんデス。いまになって思えば、小さい頃からいろいろなスポーツを経験して、バランス感覚や集中力を養えたことが大きかったんデショウね。オヤジさまさまデス」
 そんな空太郎に転機が訪れたのは、中二の夏のことだ。
 その秋の全国サッカー大会で、日本一のジュニアストライカーと呼ばれることになる日向 葵との出会いが、空太郎の伸びきった鼻をへし折り、サッカーの道に進ませることになる。
「ヒヒヒ。正直、葵チャンのこと舐めきっていたんデスよ。陽が暮れてもグランドでボールを蹴ってなきゃできないヤツに、おれっちが負けるはずがないって」
 部活荒らしの一環で、葵に勝負を挑んだとき、のちに二人で黄金時代を築くことになるとは思わなかったと、空太郎は目を細めて懐かしそうに語った。

●アリとキリギリス
「お前、サッカーをなめているのか」
 運動靴でピッチに出ようとした空太郎の腕を、サッカー部員の一人が掴んで引いた。
「スパイクシューズはいてなきゃサッカー出来ないって法律、世の中にないデスよね」
「チッ、人がせっかく忠告してやったって言うのに」
 空太郎は鼻で笑うと、さっさとボールが置かれたセンターサークルへ向かう。
 葵はチームメイトの肩に手を置いた。
「冷静になれ。怒ったままボールを蹴るとミスするっスよ」
「お、おう。そうだな」
 チームメイトが落ち着きを取り戻したところで振り返り、先輩たちに頭を下げた。
 噂の部活やぶりに勝負を挑まれ、急遽、空太郎と組んで敵チームになってもらうことになった三年生のレギュラーたちだ。
「よろしくお願いするっス」
「葵、手加減しないからな。最後まで全力で戦わせてもらうぜ」
「望むところっス」
 先輩チームは、一年と二年で構成された葵のチームよりは不利になる。素人の空太郎が入っているからだ。
「ヤツはすぐにバテて、脱落するだろうけどな」
 ルールを熟知していない素人に、いきなりフルメンバーの試合はさせられない。勝負は5対5で行われることになった。つまりフットサルだ。ただし、ピッチはサッカーサイズだが。
 試合の開始を告げるホイッスルがなった。

「また古い話を持ちだして。年寄り臭いデスよ、葵チャン」
「先にこの話を始めたのはそっちの方っスよ」
 練達の出版社が発行しているサッカー雑誌の取材を終えて、二人は再現性東京にあるパブに来ていた。
 店のあちらこちらに吊るされたモニターでは今、テニスの試合が流されていた。どちらかの選手が得点をあげたらしく、わっと客たちの歓声が上がる。
「……パブで観戦するっていったら、やはりサッカーの試合デスよねぇ」
「ああ、また空太郎とサッカーがやりたいな」
「ふふん、葵チャン。なんだかんだ言って、おれっちのこと認めてマスよね。おれっちのパスがないと葵チャン、点が取れないデスもんね」
「あ? 今のセリフ、聞き捨てならないっスね。そっちこそ、オレのロングパスでおこぼれ式に点をあげているくせに。結局、神ががったドリブルだけじゃあ、ゴールを割ることはできないんスよ」
「ゴールキーパーが恐れた葵チャンの波動砲シート、思う存分打てたのは、そのおれっちの神ドリブルあってのことデス」
 いつの間にか、二人の周りにいた客はテニス観戦を止めて、二人のケンカに掛けて盛り上がっていた。

  • アリとキリギリス完了
  • GM名そうすけ
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月27日
  • ・日向 葵(p3p000366
    ※ おまけSS付き

おまけSS


 審判役の控え選手が、走りながら校舎の時計を確認する。
 試合は後半戦に入っていた。得点は1-1、同点だ。
 ロスタイムの五分はもうほとんど残っていなかった。
 空太郎はキックオフからいきなりボールを取ると、そのままドリブルでバイタルエリアまで駆け上がった。ボールをホールドしたまま、恐るべきスピードで。
 もちろん、葵たちも指をくわえて見ていたわけではない。空太郎に追いつくと、DFが三人がかりでプレッシャーをかけた。
 が――。
 空太郎は鮮やかな足さばきと細やかなステップ、シザースをはじめとする変幻自在のフェイントを織りまぜてスルスルとDFを抜いた。
 とても素人とは思えない動きを見せて、葵だけでなくその場にいた全員の度肝を抜いたのだ。
 そのままゴールを決めてあっさり先制点を取ると、テレビで見たシーンを再現しているつもりか、一本指をたててピッチを走り回った。
「マジ、天才かよ。あいつ……」
「本当にサッカーやったことないのか。ウソだろ?」
 空太郎を馬鹿にしていた三年生たちの目つきが変わった。一発で空太郎のプレイに魅せられたのだ。
 葵はみんなを集めて円陣を組んだ。
「みんな、気合を入れ直していくっスよ」
「おう!」
 試合の再開直後、くさびのパスを受けた葵がストライドの大きな高速ドリブルでピッチを駆け抜け、猛攻を仕掛けた。
 空太郎はもちろんのこと、三年生のレギュラーたちをも置き去りにしてゴールに攻め上った。
 葵は誰に邪魔されることなく繊細なフォームでボールを蹴り飛ばし、豪快にシュートを決めたのだ。こちらも電光石火の早業だった。
 そこから一進一退の攻防が長く続いた。
 空太郎は果敢にボールを奪いに行ったが、葵たちは細かくパスを回して触らせなかった。
 三年生が上がってくると、ロングパスを出して牽制した。
 試合終了の二分前、葵は相手ペナルティエリア付近に長いクロスを入れた。
 空太郎の激しいプレスに気圧されて出した、いわゆる切羽詰まった時の放り込みだ。
 前線で張っていた二年生のチームメイトがそのパスに反応して、ヘディングでボールを足元に落とそうとする。
 葵はすでにチームメイトがボールを落とすだろう場所に向かい、全速力で走っていた。
 張りついていた空太郎は一瞬、葵の姿を見失い、遅れて走っている。
 このままチームメイトが狙ったところにボールを落とすことができれば、葵はノーマークでシュートできるだろう。
 だが、三年生レギュラーの守備陣二人に挟まれてしまったチームメイトは、なんとかヘディングはしたものの、焦りがコントロールを狂わせ、葵が予想した場所から二メートルも横にボールを落としてしまった。
 それを途中で軌道を変えて、葵の背と別れた空太郎が拾う。
 そのままトップスピードのドリブルで大返しする。
 あれよあれよという間にセンターラインを越えて、ゴール前へ。
「これを入れれば、おれっちの勝ちだ!」
「オレにも意地がある。シュートさせないっスよ!!」
 俊足を飛ばして追いついた葵が、斜め後ろからスライディングで切り込む。
 空太郎は大きく腕を広げてバランスをとると、足をぐいっと後ろへ引いた。


 夕暮れの焼け残った光が、西の空にわずかにくすぶり続けている。照明が灯り、芝がつややかな緑に輝いた。
 いま、ピッチにいるのは葵と空太郎の二人だけだ。
「努力も無しにここまで上手いんスか」
「そっちこそ、どれだけ努力を積み重ねたんデスか」
 葵はスライディングタックルで空太郎の前からボールをかっさらい、大きくクリアした。
 スローインされたボールはチームメイト三人がかりで護衛艦隊よろしく守り、空太郎のマークを振り切ってバイタルエリアに入った葵に繋いだ。
 ゴールキーパーの三年生レギュラーが前に飛び出してくる。
 葵が放ったバナナシュートは、ゴールキーパーと、その後ろへ回り込んだ空太郎の左横を大きく曲がりながら飛んでいき、ネットを揺らした。
 その瞬間、試合終了を告げるホイッスルが鳴った。
 勝負は空太郎の負けだった。
「最後のアレ、ものすごい角度でボールが曲がったというか、落ちたというか……本当にすごかったデス」
 葵はふっと笑うと、ボールを脇に抱えて立ちあがった。
 空いた方の手を空太郎へ差し出す。
「オレと一緒にサッカーやってくれないっスか。空太郎がチームに入ってくれたら日本、いや世界が取れそうっス」
 空太郎はしばらく思案顔で夕焼雲を睨んだ後、ニタリと笑って葵の手を握った。
「そう、じゃなくて取るんデス。よろしく、葵チャン」

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