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しろうさぎ、願いを込めて
登場人物一覧
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此処は幻想の名もなき市場。さあさお客さん寄っといで。
衣服、アクセサリ、雑貨。
立ち並ぶ店たちはこぞって季節に合わせた売れ筋の商品を正面に並べて。
中には誘い込むように「冬物アリマス」の立て看板が立っていたりして。
「ふわぁ……すごい、です、ね」
もう何度目の冬だろう。
だけれどネーヴェはこの年末商戦へともつれ込む寸前の喧騒に、まだ慣れきれないでいた。
小さい頃は、家と花々咲き誇る庭しか知らず。
読む本は童話から小説へと変わったけれど、知っているお話で現実味があったのは、あの人がくれた冒険譚だけ。
そんな幼少期を過ごしてきたネーヴェは、街の賑やかさを遠くから眺める側であった。
けれど、けれども。
今日こそはわたくしも、選ぶ側に、混じる、の、ですっ。
ふんす、と意気込む。だってもうすぐなんだもの。
私を護ってくださる貴方。大切な友人であり、素敵な騎士になる貴方。貴方の為に、貴方が生まれた日を今度こそ祝うために、私が選びたいのです。……まあ、彼は冬生まれなので、ちょっと早いけれど。
今まで贈り物は、出された中から選んでばかりだった。両親がある程度加味をして、其の中からネーヴェが一番を選ぶ。両親へのプレゼントはいつもそうだった。
其れは両親の優しさだと知っている。だから恨んでいる訳ではない。
でも、今度は無限の中からこれという一つを選んでみたい。
そうしたら其れこそが、私が選んだ一番なのですと胸を張って言えるから。
さて、とネーヴェは首を傾げ、店を一通り見て回る事にした。
服屋……衣服は好みがあるから、贈るには少しばかり危ない。
だったらハンカチなら無難かしら? ……そう思う人は、きっと多いかも。ハンカチも多すぎると困りものかもしれない。
じゃあ、お菓子なら? 彼は甘いものが好きな筈。秋は豊穣の季節、新作のケーキやクッキー、ビスコッティがあるかもしれない。
でも、消えてしまうものは贈り物として良いのかしら?
市場を見て歩きながら、ネーヴェは頭を悩ませる。
「贈り物、が……こんなにも、難しい、だ、なんて」
其れは――ちょっと、嬉しい事。
誰かの為に頭を悩ませる。喜ぶ顔が見たくて、色々なものを見て回る。足は少し痛いし、やっぱり悩ましい。一つに定まらない。けれど、其れが妙に嬉しいのは何故かしら?
途中には、冬らしくぬいぐるみが売ってあった。
幼い子へのプレゼントにだろう。愛らしいくまやうさぎのぬいぐるみ。
――大事にして下さっているかしら。
夏祭りの時に、彼に押し付けたぬいぐるみ。
……。
思い出して、ぽぽぽ、と熱くなる頬を押さえ、ネーヴェは其の場を後にする。ああ、ほら。しろうさぎ、首まで赤い。
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困ったときには雑貨がよい、と言ったのは誰だっただろう。
ネーヴェが思わず引き寄せられてしまったのは、立て看板のないこじんまりとした雑貨屋だった。
ネックレスに指環。腕輪にピアス、其れ等の手入れに使うものもある。どうやら金属とビーズを用いたアクセサリが主体のようだ。
天井からの灯りを受けてきらきら光るアクセサリ。ネーヴェは思わず、これが可愛い、これも可愛い、と、据え付けられた鏡に向かって、アクセサリを己の髪や胸に当てていた。
このネックレスは可愛いけれど、ブローチに作り替えたらきっともっと素敵。このヘアピンは余所行きにも使えそう。ビーズもなかなか、侮れない、もので……はっ。
いつの間に、わたくしのものを選ぶ時間になっていたのかしら。ネーヴェは慌てて、ヘアピンを置こうとして……少し名残惜しくなった。
今日は確かに友人の為の買い物なのだけど。ちょっとくらい、己の為の買い物をしたって良いのではないかしら。
ヘアピンという土台に、赤と透明のビーズが交差して編まれ乗せられた、ほんの少し派手なヘアピン。
……ちょっとくらい。
ネーヴェの欲がにょき、と頭を出す。ヘアピンは置かずに、ネーヴェの手の中。
さて、自分の分を選んだのだから、今度こそ友人の為のものを選ばなければならない。
しかし彼は、アクセサリを付けるかしら。騎士様はそういうものには疎そうで、ネーヴェは首を傾げる。ああ、でも、細々とした装飾なら必要かもしれない。例えば――そう。此処にあるマント留めとか。
さても丁度良いものがあったものだ。ハンカチと同じで多いと困るかもしれないが……良いものがなければハンカチにしよう。
ネーヴェはそう決めて、様々あるものをまじまじと検分し始める。余り派手なものは好まれないだろう。どうせ合わせるなら、彼の騎士服に合わせたものが良い。
土台は金より銀の方がきっと好ましい。
彼は青いマントを付けていた筈。なら、青が主体のものは避けた方が良い。と、思う。
そうして、避けた方が良い、を基準にして次々と並んでいるマント留めを選別していく。そうすれば残るのは2,3個で、後はネーヴェの好みから、といったところまできた。
さて、此処からが問題だ。ネーヴェは全てよいと思っている。
一番彼に似合うものを。
一番差し上げて恥ずかしくないものを。
……ううん。
しおしお、と自信が薄れてゆく。いざ選ぶとなると、自分に自信がなくなってしまう。
こだわりがあって、断られたりしないかしら。
センスが悪いと言われたりしないかしら。
気弱な自分にネーヴェのうさ耳が更に垂れる思いがした。
こんなんじゃいけないのに。
どうせなら他の店も見てみようかしら? でも、雑貨屋さんってあの中にあったかしら。
ネーヴェはそっと視線をあげる。選び抜いた幾つかは、どれもきっとあの人に合う、……と、ネーヴェは思う。
其の中でふと目を引いたのは、まあるく花を模した銀に黄緑のマント留め。
花弁まで精巧に作られた土台もある中で、これはとても愛らしくデフォルメされていて、思わず残してしまっていたものだ。
ビーズの花が主なのだけれども、赤や桃を使わずに緑と黄色のビーズで爽やかに仕上がった其れ。
ふと目に入ってしまうと、もう其れから目が離せなくて。
ネーヴェは其れを手に取って、想像してみる。彼のマントが飛んでしまわないようにしがみつく、黄緑色の花を。
――いい、かも……しれません、ね。
ヘアピンと一緒に大事に持って、ネーヴェは其れを会計へと運ぶ。穏やかそうな老婆が、にこにことネーヴェを見詰めて言った。
「贈り物ですか?」
「え、……あ、ええ、と。このヘアピンは、違って」
「ええ、ええ。こちらはお嬢様がつけなさる。マント留めは包まれますか?」
「はい。……」
どうして判ったのかしら、と言いたげな視線に、ほっほっほ、と老婆は笑った。
「大事に大事にずうっと見ていらさるから、きっと大事なヒトへの贈り物なのだとね。何色の包み紙にしましょ。同じ色になさる?」
「あ、いいえ……、…青。深い、青色は……あり、ますか?」
「ええ、勿論ございますとも。ではこの藍色で包みましょうねえ」
穏やかに言いながらも、きっと長年この店で店番をしてきたのだろう。老婆はこれは無料です、と示した小さい箱にマント留めを入れると、藍色の紙であっという間に品物をくるんでしまった。雑でなく、きちんとした贈り物用に見える。
「これで良いですかの」
「……! ええ、ええ、勿論、です」
「ようございました。ではお会計は――」
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紙袋の中身は、大切な宝物。
冬までそうっと取っておいて、冬になったら貴方に贈りましょう。大切な友人へと、幸いある一年を願いながら。
ふと菓子屋の前でネーヴェは足を止める。美味しそうなスコーンが店先に並んでいた。きっと紅茶に合うだろう。どうせならプレゼントを渡した時に、お誘いしても良いかもしれない。
口元が緩んでいる事に気付く。
なんだか無性に恥ずかしくなって、かけていたショールで口元を隠した。
しろうさぎ、其の前髪には赤いビーズのヘアピンを付けて。