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ティールームで、ちょっとだけ暴力。
登場人物一覧
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ローレットからごくまれに「顔を出してくださいね」との連絡が入ることがある。安否確認だ。
それをガン無視するには、最上・C・狐耶(p3p004837)は寛容が過ぎた。
「時々は顔出していただかないと」
イレギュラーズは可能性の塊である。どこで反転するかもわからない。所在と様子は見ておきたいのは道理である。
「最近はどうされてました?」
ローレットが大陸に出現して4周年。これからも街の便利屋さんをよろしくね的若干はしゃいだ空気がする。こう、掲示板にデコレートされてるクルクルリボンとか。
「え~と」
剣術と巫術を少々。やったりやらなかったり。そういえば前回合同訓練に参加したのは去年の暑い頃だったような。
その後、豊穣から帰ってきて、後は気がついたら季節が一巡りしていた。
一応、R.O.Oとやらにアバターを登録もしてみたが、クエストは受けていない。
「簡単なお仕事です」
晴れやかな笑顔と共に提示される。
「はい?」
ジト目で問い返しても、相手は微動だにしない。
「とても簡単なお仕事です」
強調された挙句、二度言われた。
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言われるままに、ティールームにやってきていた。
「ティーセット、お待たせしました。何かありましたらお声掛けくださいね」
にこやかな店員さんの笑顔に会釈をして、ひとまずカップを手に取った。
湯気を鼻先がくすぐる。これはミルクを入れるとおいしい紅茶だ、間違いない。
指定の喫茶店に行き、スタンダードティーセットを注文するだけ。確かに簡単――というか、これが仕事になるのだろうか?
『この店で日が暮れるまでお茶を飲んでいて下さい――相席を申し込まれたら断るのだけ覚えててくれれば、何をなさっていただいても結構ですよ』
時間にすると、せいぜい一時間。
敷居が高すぎることもない店。ぽってりと手になじむ陶器のティーセット。手を上げれば、追加のお湯を入れに店員さんが来る。かわいらしい茶菓子も食べ放題。レースのカーテン越しにさしこむ日差しもうらうらとして、居心地もいいのだけれど、これでお金をもらっていいんだろうか? 後から食レポを書かされるのかもしれない。
「――」
先ほど後にしたローレットのことを考える。
いつの間にか足を向けなくなっていた場所。四周年なのだという。
もうそんなにたつのか。いつの間に?
いや、狐耶が初めて仕事をしたのは春だった。だから、イレギュラーズになってから四年はたっていない。
ローレットが立ちあがった頃は練達にいたはずだ。そこで技を磨いていた。そして、覚悟を決めて、幻想に来たのだ。
すれ違うイレギュラーズの顔ぶれも少しづつ違う。あちこちの国や地域に支部も増えたし、領地経営に勤しんでいる面々も多いと聞く。
その間、ただゆるゆると狐耶の時間は過ぎていた。依頼と依頼とのインターバルが少しづつ伸びていった結果の今がある。
少し日が陰ってきた。
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「うるせえ!」
がらごしゃがん!
陶器が割れる音。喫茶店にそぐわない男の怒号。上がる悲鳴。伏せろとてきぱきと指示を出す声も聞こえる。
「てめえら動くんじゃねえ!」
こちらに向かって伸ばされる手。狐耶めがけて伸びてくる剣だこがある荒れた指。スローモーションで見える、久しぶりの鉄火場の気配。判断を誤るとケガをする――命のやり取りをする場だ。
「この女が――」
可笑しい。男の服装から行くと荒事専門の盗賊のようだが、少し気を付ければ狐耶が身に着けているのが素早く動きやすいように工夫されたご同業の着こなしだとわかったろうに。
あるいは、そういう気づかいを一切必要としない追剥の類かもしれない。明らかに場違いな男だ。
「どうなっても――」
可笑しい。『どうなっても』なんて。どうできるというのだろう。
狐耶は、無手で眼前の男の手指をずたずたにできるというのに。
最上式稲荷殺法の基礎にして奥義。開祖の狐姫様は指の力で相手の血肉を千切り取ったという。狐耶に宿る霊力を駆使すれば男は勝手に転び、弱点をさらし、こうやって――。
「どうなってもよくないです。困ります」
取り押さえられるのだ。容易に。これぞ最上式稲荷殺法の基礎にして奥義。
稲荷殺法ってなんだ。
ふいに浮かんでくる疑問。
『狐耶、いいですか。力が全てです。御稲荷様と身に着けた暴力は決して裏切りませんよ』
母の言葉は正しい。たった今だって狐耶を守った。
力は決して裏切らない。裏切られると感じることになるならば、それは使うべき時か場所か目的を見失ったときで――。
だんっ。
少なくとも。今、こいつを制圧するために使ったのは、きっと間違いなんかじゃない。
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あれよあれよと事態が動く。まるで、映画の撮影が終わってスタッフたちが入ってくるような。練達で見たことがある映画のメイキングフィルム。
「――っせーの! ありがとうございましたー!」
やけに初々しい一団が狐耶に頭を下げていた。年齢はまちまち――狐耶より年かさも交じっているが平均は同年代か少し下くらいだろう。
「若い女の子をだまして連れていく奴らを捕まえる仕事だったんです。おとり捜査だったんですが、こう――ばれちゃって」
おとり役は、何というか、嘘は苦手そうな――緊張すると棒読みになってしまう感じの子だった。さもありなん。
「店の他のお客は全部ベテランさんで埋めてもらってたので助かりました」
実際、店内にいたのはどこかですれ違ったことがあるかもしれないし、一緒に仕事をしたような気もする連中だった。武装していないと、誰だといえないのだが。
何かあるかもしれないし、ないかもしれない。だけど、巻き込まれる不運な人を作らないためにテーブルを埋めておかなくてはならなくて、巻き込まれたときは即応できる、顔を知られていない人員。ローレットの情報屋達は仕事の振り方に定評がある。変な話だが、名声があるイレギュラーズではできない仕事だ。
「お役に立てたなら、よかったです」
狐耶はあたりさわりないような返事をした。
これも仕事なのだ。もらうべき報酬は受け取っているし、たまたま狐耶のテーブルに突進してきただけで他のテーブルに行っていれば同じように男は取り押さえられただろう。痛める場所が違うくらいの差異しかない。
「他の方にも」
自分だけ礼を言われるのには違和感があったので。いや、逆の立場だったら茶を飲んでいて何かしたわけではないから。と、別の違和感を覚えたかもしれない。
はい。と、新人イレギュラーズはいい返事をした。
「いてくれると思っただけで心強かったので。行ってきます。ありがとうございました」
今日は、そこにいるだけの簡単な仕事にちょっとだけ暴力。
効果は、新人の鼓舞だ。
特に記録に残る動きをしなくても、イレギュラーズは世界のどこかに何らかの影響を及ぼしている。特異点とはそういうものなのだから。
いつか、、何かが「お前です。いらっしゃい」と狐耶の襟首をつかんでどこかに引きずっていく未来が来るかもしれない。
まだ、テーブルの上の茶はほのかに湯気を立て、冷めきってはいない。