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殺し屋の矜持

登場人物一覧

郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
郷田 貴道の関係者
→ イラスト


 夜のネオン街を歩く。
 ここのところ、どうにも昼夜の寒暖さが大きいもので、昼間には半袖で十分な熱気を持っていたというのに、日が沈めば、よもや吐息に白い物が混じりそうな程の冷気を感じる。
 古めかしく、色味も悪趣味で、目を引くことばかり考えている看板が、あれよこれよと視界に飛び込んでくる。
 時代錯誤的なものを感じずにはいられないが、かといって、抜け落ちたり、不規則な点滅を繰り返す電飾があるわけでもなく、それらはしっかりと、近年になって設工されたものだ。開発が遅れているのではなく、ここらに店を構えるものが、懐古主義というだけなのだ。
 だから、このあたりの道は、古くはないというのに人通りは少ない。活気が無いと言うほどでもないが、中心街に比べてば雲泥の差と言えるだろう。
 だからここで、貴道は足を止め、後ろを歩く『知らないやつ』に声をかけた。
「なあ、この辺でいいんじゃないか? 出来れば誰も居ないところがいいんだが、この街じゃあそいつも難しい」
 尾行られている、と気づいたのは四半時程前のことだ。襲撃者か、それとも単なるファンなのか。そんなことを判断する必要はなかった。友好的な気配など微塵も感じられない。気配を隠すのが苦手だとか、そういうことではない。針のように細く絞られた、刺すような殺意。間違いなく前者だった。
 大通りで仕掛けてこないところを見るに、路行く人を巻き込むつもりはないのだろう。その意図を察して、距離の開いた、互いに顔を合わせることもないデートと洒落込んだのだ。
 後ろを振り向くと、驚いたことに、尾行者は物陰に隠れることすらせず、堂々とそこに立っていた。これまで、ずっとそうしてきたのだろうか。思わず口笛を吹く。殺意があることはわかっていたが、こんなにも近くに姿を晒していたとは気づきもしなかった。
 相当な手練だと、それだけでわかる。
 間違いなく、一流の殺し屋。表の歓声を浴びることを良しとしない、裏の格闘家。
「誰の差し金だ? 殺し屋を差し向けられる覚えは……まあ、あるんだが。それでも、聞いておきたいもんでな」
 貴道の言葉に、殺し屋の男は眉をひそめる。わかっている。そんなことをぺらぺらと話すような一流なんかいやしない。だが少なくとも、この男が私怨で凶行を選んだわけではないと、知ることが出来た。
「ま、言うわけないよな。それじゃ、どっからで―――ッッ」
 どこからでもかかってこい。そう言おうとしていた最中に、男の姿が消えた。予備動作は見えなかった。フェイントをかける素振りもなかった。ただその場から姿を消したのだと脳が察した瞬間、貴道に出来たのは、ただその場で上体を真後ろに反らすことだけだ。
「ホァッッタ―――ッ」
 直後、いや、ほぼ同時、刹那手前まで貴道の身体があったそこを、飛び蹴りの姿勢で抜けていく殺し屋。掛け声なのか、それともそういう生き物であるのか。殺し屋の身体と共に突き抜けた怪鳥音。
 慌てて上体を起こし、構えを取り直した貴道には、それだけでもう、男が何者であるのか察しがついていた。
「……アンタ、ロビンソン・ウーだな?」
 気の合間を抜かれたとはいえ、貴道の動体視力で追いきれない速度。刺し貫くような飛び蹴り。極めつけは怪鳥音。
 その全てが、この男のプロフィールを物語っている。
「どうやラ、凡蔵じゃないようダ。郷田貴道。恨みはねえガ、仕事で命を取るゼ。悪く思えヨ、好きなだけナ」


 鋭い右の拳をスウェーバックで回避し、お返しにと打ち込んだジャブは空を切った。左に気配を感じて、振り回すように拳を繰り出したが、その先にもウーの姿は見当たらない。脳が論理立てた命令を出す前に、格闘経験が、本能が両腕を持ち上げ、顔面のガードを固めていた。
 重ねた腕に来る衝撃。蹴り技と気づいたのは打たれてから。その頃にはもう、ウーは手の届かない距離まで離れている。
 早い。数度打ち合って、貴道はこのロビンソン・ウーという男が、少なくとも速さのレベルでは自分の遥か高みに位置するのだと気づいていた。
 戦闘プランを、どう立てたものか。考えていながらも視線をそらさない貴道に、ウーはとんとんと、自分の鼻を人差し指で軽く叩く。
 その動作で、自分が鼻血を出していることに、貴道は気づいた。
(一発目! 当たってたのか……!?)
 上体を反らして回避したつもりの右の拳。しかしどうやら、鼻先を掠めていたらしい。
 親指を添えて、勢いよく血を吹き出させる。止血している時間はない。今は呼吸を阻害する血溜まりだけが邪魔だったのだ。
 またウーの姿が消える。だが今度の貴道は別のものを見ていた。
「―――そこだッ」
 視線の先はウーの足運び。拳の先は見えない。近づいてくる足にだけ視点を集中し、その甲を思い切り踏みつけたのだ。
「反則だが、リングの外だ。勘弁してくれよ!」
 足の止まったウーの左手を掴む。密着するような距離。スピードを活かさせはしない。このまま密着して、肝臓を狙う。次の瞬間、貴道の視界に火花が散った。
「……勉強不足だナ」
 貴道の身体が斜め上に飛ぶ。ビルの窓ガラスを、天井を、壁を突き破っていく。幸いなことに、痛みが気絶を許してはくれない。空中に投げ出される貴道。
「ワン・インチ・パンチ……!!」
 別名、寸拳。貴道もその名前を聞いたことがないわけではなかった。だが都市伝説の類だと思っていたのだ。まさか本当に、たった2.54センチメートルの加速で大の超人をこうも吹き飛ばす威力を出せるなど。
 投げ出されて、夜空が、見えない。上を向いているはずの貴道の視界には、既に回り込んだウーが両腕を振り上げている。
 回避を試みる貴道。しかし寸前、何を考えたのか。大技を放とうとする一流の格闘家を前にして、貴道が選んだのは防御の姿勢だった。
 それも腕を持ち上げるようなボクサーのそれではなく、手を開き、どんな攻撃も受け読めようとするような。
 万全を持って構えられたウーの両拳。それがけして受け止められるはずもないことなど、貴道とて理解している筈なのに。
「こりゃあ、死んだかな……?」
 だが、ウーは技を放つ直前、絶対の死を貴道に打ち込もうとする直前に、その手を収めた。攻撃の気配すら、明らかになくしたのである。
 そのまま、二人は重力に従って下へ。
 たんっと、軽い音を立ててコンクリートに着地する。
 妙な空気が二人に流れる中、ウーが顎で方向を指し示した。場所を変えようというのだ。
 貴道もそれに従い、歩き出す。気になって、思わず疑問が口をついて出てしまった。
「殺し屋がフェアプレーでいいのか?」
 そうだ、貴道が防御を選んだ理由はそこにある。あの時、気づいたのだ。貴道が回避を選べばその向こう。超人同士の攻防を見上げているだけの少女に、ウーの必殺が命中したことを。
 だが、ウーは拳を止めた。彼もまた、自分の技の行き先に気づいたのだ。
「外道と一緒にするナ。ンな仕事は受けてねえんだヨ」


 なんというか、間の悪い輩はどこにでも存在する。
 その男もまたそうだった。名前に関して明かす必要はない。ただこの場においての彼の肩書だけを知っていて欲しい。この男、ロビンソン・ウーの依頼人、つまりは貴道に殺し屋を差し向けた張本人なのだ。
 貴道自身はまるで覚えていないが、この依頼人、過去に貴道に八百長試合を提案したことがあり、その際にすげなく断られたのである。いや、断られたという表現も正しくはない。精確には、ひと睨みされて、そのまま震え上がって逃げ出したのである。
 それで、逆恨み。それで、殺し屋。なんとも短絡で、矮小で、非道。だがそれ故に、彼は自身が雇ったウーのことさえ信じてはいなかった。よって。
「いくらあの郷田といえど、ウーを差し向ければ披露するはず、そこを俺がこいつで一撃よ」
 手に持っているのはライフル。それも鹿狩りに使うような、明らかに殺人を意図していないもの。小太りの身体をスリーピースのスーツに収め、キラキラと目に煩い指輪を両手のそれいっぱいに嵌めたような男では、まともに扱えるとも思えない。
 そうして男が建物の影から顔を出した、ところがだ。
 ちょうど、貴道とウーが拳をぶつけ合おうとしたまさにその場だった。

「ぎゃあああああああああああ!!」
 二人の全力がぶつかれば、その余波だけでもエネルギー量は計り知れない。
 場所を移して、気兼ねなく始められる。緩んだ空気を引き締めようと、二人が渾身を持って突き出したそれ。しかし場所を選んだにもかかわらず、物好きな見物客が巻き込まれてしまったようだ。
「しまった! くそっ、一般人を巻き込んでしまった!!」
 二人の超人の巻き添えを食ったのだ。不摂生な男など塵ひとつ残るはずもない。爆発的なエネルギーは瞬時に男をこの世から消滅させた。
「くそぉっ、なんでこんなことに!?」
 男は何もかも消え去ってしまったので、貴道にはそれがどのような人物であったかもわからない。だがロビンソン・ウーは違った。彼は超人的な動体視力を持って、その人物が誰であるのか、わかっていた。でも拳は止まらなかった。
「……オレの、依頼人ダ」
「…………え?」
「依頼人、死んだワ……」
 今度こそ本当に、闘争の空気ではなくなった。ていうか殺し合う理由もなくなった。
 これが超人、郷田貴道とロビンソン・ウーの出会い。
 以後、異世界に渡ってもなお続く因縁の序幕にして、なんともあっけなく、なんとも冴えない、なんとも言えないような一抹であった。

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