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あの朝焼けを忘れない
登場人物一覧
●再現性歌舞伎町に朝が来る
「シャンパンコォーーーーーール!」
高らかに叫ぶ紫スーツのホスト。集まってきた若者達が一斉に手を叩き、ジャズのリズムで感謝と愛を歌い上げる。
ここはホストクラブ『シャーマナイト』。
嘘だらけの街に生まれた、本物の店。
朝焼けが登るころ、最後の客が『またくるわね』と言ってにこやかに帰っていく。
閉店作業にとりかかりながら、オラン・ジェットはふと足を止めた。
部屋の中央にはシャンパングラスのタワー。
自然ときらめきが星空のように反射するように作られた天井に、暖かい間接照明がちらちらと波打つように踊っている。
『夢を売る仕事』……『愛を売る仕事』……。
ホストクラブというものを初めて聞いたとき、自分はどんな感情でこの景色を見ただろうか。
「オラン」
呼び声をうけて振り返ると、鵜来巣 冥夜がボードを片手にこちらを見ていた。チェックリストにペンを走らせている最中のようで、『看板は下ろしたか?』と尋ねてくる。
「あ、今行くz――行きます!」
店を出て、やや肌寒い空気の中で朝焼けを見やる。
思い出されるのは、あの日の朝焼けだった。
●シャーマナイト
裏路地に横たわる。
オランは腹をおさえて転がり、仰向けに両手両足を投げ出した。
冷たい夜のアスファルトと、まばらに降り始めた小雨。
殴られた頬や切り傷のついた足。血の味がする口の中。
どうしてこうなったのか分からないし、思い出したくもない。いずれにせよ自業自得のような気もする。
誰が悪いワケじゃない。
辛い過去も複雑な家庭環境も歪んだ社会も政治のあれこれも関係なく、なるようにしてオランはこうなった。少なくとも本人はそう思っていた。
「つまんねえ……」
そう呟き、この際だからこの場で寝てやろうかと投げ槍な気持ちになっていた所へ、靴音がした。
夜深く。朝焼けが登る前の時間。
珍しく再現性歌舞伎町の街を歩く者があった。
どうか無視してどこかへ行ってくれという気持ちのオランを裏切るように、足音は彼のそばで止まる。
「喧嘩か?」
視線をやると、白いスーツを着たホストが立っていた。
どこかいかつい、しかし真面目な顔立ちの男だ。
彼はホストクラブ『ブランド』という悪徳クラブに務めていた男で、冥夜たちが潰した後にスタッフとして引き取ったなかの一人だ。厳密にはブランド時代ナンバーワンだった一条 流威の後輩にあたる人物である。
冥夜が引き取るだけあって根は真面目で、シャーマナイトのホストになってからも冥夜の方針通りにホスト業をこなしていた。
彼はオランに歩み寄ると、彼の腕を掴んで引き起こした。
「この街で問題お起こすんじゃねえよ。店長の留守中にトラブったら、店長に顔向けできねえだろうが」
「うるせーよ」
ペッと血の混じったつばをはいて立ち上がると、オランはセイジを押しのけて歩き出した。
『狂犬が』と吐き捨てるように呟く声が、後ろでした。
オランがやってきたのは、新しくできたホストクラブ『アジア』の前だった。
再現性名古屋から足を伸ばした二号店で、裏ではシャーマナイトのスタッフへの引き抜きが行われていたという話をオランは調べ上げていた。
それも、借金をさせたり家族を人質にとるなどと弱みを握っての引き抜きである。
情報収集の過程で色々あって裏路地で寝転ぶハメになったが、おかげで手札は揃った。
オランは扉に手をかけ、そして押し開く。
「いらっしゃいませ」
すぐに店の男がやってきて、オランへ接客の態度を見せる。
だが彼の目に、オランへの静かな敵意が浮かんでいたのを野性的な本能で察していた。
案内されるまま広い個室へと通されたオラン。ソファにドカッと座ると、そこへ後から数人のホストが入ってきた。
彼らの手にはメリケンサックや警棒が握られ、ナイフを抜いた者までいる。
「へぇーえ……」
足を組み、リラックスするように腕を広げるオラン。
「アジアさんは教育がナってねえな。接客すんのにそんなごついアクセサリーつけてんのか?」
置かれたグラスに手を伸ばそうとすると、ホストの一人がそれを蹴飛ばしテーブルに足をのせた。
「スカしてんじゃねえ。シャーマナイトのオランだな? こそこそ嗅ぎ回りやがって。二度とツラ出せねえように――」
言いかけたところで、オランはテーブルの縁を思い切り蹴飛ばした。
すねにテーブルをぶつけ転倒する男。
オランはすぐに立ち上がると、近くの男の襟首を掴んで殴り倒した。
「二度とツラ出せねえように……なんだって? もっかい言ってくれよ」
ニヤリと笑うオラン。
アジアの個室からホストが放り出された。
地面を転がり棚にぶつかり、花瓶を転落させる。
個室から出てきたのは、シャンパンの瓶を掴んでラッパ飲みするオランだった。
顔をしかめる男。店長だろうか。
客たちが悲鳴をあげて店の外へ逃げていくなか、店長らしき男は懐から拳銃を取り出した。
たかが豆鉄砲と侮ることはできない。再現性東京の技術で作られたこの偽装拳銃は高い魔力を秘め、見た目以上の殺傷力を発揮する。
「狂犬が」
銃口を向け、引き金に指をかけた……その時。
「失礼――」
店の扉が開き、怜悧な目をした男が現れた。
黒いスーツに白いネクタイ。間違えようもないその声は――鵜来巣 冥夜その人であった。
「うちのスタッフがご馳走になったそうで」
冥夜はスマートフォンを取り出すとJYUINアプリを起動。スワイプ操作で複数の呪印を起動させると、店のスプリンクラーに干渉して黒い雨をまき散らした。
それを浴びた男が銃を取り落とし、苦しそうに胸をおさえてかがみ込む。
「オラン、お勘定を」
スマホをタップする冥夜。
オランは笑い、走り、そして屈む男の顔面を思い切り蹴りつけた。
●朝焼け
静かになった『アジア』を出ると、朝焼けが登り始めていた。
派手にやりすぎたのか、よろめくオランに冥夜が肩を貸す形で表通りへと歩いて行く。
すると。
「店長!」
木刀を握りしめ、暴走族のようなハチマキをしたセイジが道の真ん中に立っていた。
それだけではない。『シャーマナイト』のホストたちが各々武装し集合している。
セイジは冥夜を見て、そしてオランの顔を見た。
「おせーんだよ。二次会終わってんぞ」
そう軽口をたたくオラン。冥夜と共に大通りを歩く彼に道をあけるように、セイジたちは左右に分かれた。
のぼる朝焼けに向けて歩いて行く二人。
その後ろ姿を見つめていたセイジは、ぽつりと小さくもらした。
「オラン、お前……俺たちのために……」
朝焼けを浴びて歩く二人の表情は、飲み会の帰りみたいに見えた。
ぐったりしているがどこか晴れやかな、奇妙な一体感のある空気。
「オラン。あなたには、ホストとしてのイロハをたたき込まなければなりませんね」
「飲んで喋って用心棒すればいいんじゃなかったのかよ……」
「それでよかったのはブランドまでだ」
店長としての口調から、鵜来巣冥夜としての口調に切り替わったのを感じて、オランは『ウス』と小さく返す。
きっと忘れないだろう、朝焼けを見つめながら。