SS詳細
推しを飾るはオタクの醍醐味
登場人物一覧
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「いや、これはナシだ。ナシ越えのナシだ」
『特式空戦機巧少女・乙型』サファイア・コランダム(p3p009488)は、試着した服の裾を姿見の前で懸命に引っ張り下げた。
目が冴えるようなブルーのチャイナドレスは何故か随分な膝上丈、ゴールドの縁取りと際どいスリットがとにかく目を引く。
「いえいえ、せいぜいナシ寄りのアリです。ニッチを攻めてこその注目度、ファンの注目がアイドルを育てるのです」
露わになった太腿を隠そうとするサファイアに、『特異運命座標』高槻・林檎(p3p008675)は淡々と、しかしどこか熱の籠もった口調でそう主張した。
「いや、オレ言ったよな? 『文化祭でアイドル的なことやる』って。一応全力でやるけどその日限りのアイドルなんだからニッチも注目もファンもいらねぇんだよ」
「そうですねぇ、ここは思い切って仮面舞踏会的なテーマをぶち込んでみましょうか。おや、こちらの制服もオーソドックスで良き、実に良きです」
「人の話を聞けっ」
サファイアは林檎を止めようとするが……。
「おや、もう脱いでしまったのですか。ではこちらとこちらも試着をどうぞ」
「だから人の話を――」
「私はあと幾つか他のコスチュームを見繕ってきます。それまでの間とりあえず今渡したもの一通り試着してみましょう」
シャーッ! 終始ボケ倒しとでも言うべきか暴走マイペースと言うべきか、アイドル衣装の選定に並々ならぬ使命感と情熱を溢れさせる林檎の手によって試着室のカーテンは無情にも閉められた。
サファイアは今、ある衣料品店の試着室にいる。いや、軟禁状態にあると言っても過言ではないかもしれない。
この衣料品店は冠婚葬祭から各種イベント用衣装まで何でも揃うと評判の衣料品店で、オタクを自負する者たちの間ではもはや「オアシス」、いや「聖地」に等しいとまで言われるショップだ。
(あーくそっ、相談相手間違えたかもしれねぇ……)
そもそも何故サファイアはこんな状況に陥っているのか。それを語るには、少し時を遡る。
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「参ったな……全然ピンと来ねぇ」
昼下がりのカフェテラス。サファイアがティーンズ向けの雑誌を捲りながら唸っているところに
「おや? アイドルに興味がおあり?」
と林檎が通りかかったのは、サファイアが衣料品店でチャイナミニドレスに困惑する二時間ほど前のことだった。
「いや、興味っつーか……今度文化祭で学生アイドル的なことやる羽目になっちまって。けど、引き受けたからにはマジでやってやんねぇとと思って、とにかく衣装決めなきゃ話にならねぇから探してんだけど……」
「成程……文化祭で学生アイドルですか」
前髪に隠れた林檎の双眸がギラついた……ような気がしたのは、気のせいか。
「結構、結構。お任せ下さい、私こう見えてアイドル方面への造詣は深いと自負しております」
醸し出される自信、どこか浮き世離れした語気……人はそれを「オタク」と呼ぶのだろうが、この時のサファイアは林檎を不覚にも頼もしいと感じてしまった。
「お、おぅ……任せる」
この「任せる」がいけなかった。
「まずはこちら。こちらは和装系コスプレイヤー御用達のショップです。和装に萌えるファンはいつでもどこでも一定数いますからね、そこを攻めてみましょう」
林檎はサファイアの手を引き和装専門店に足を踏み入れる。
店内のミニスカ風浴衣などを物色する林檎のオーラは滾っていた。
それもそうだ。彼女は生粋のアイドルオタク、混沌に召喚されていなければ今頃まだ学生アイドル部のマネージャーを続け、日々部員たちをサポートしていた筈なのだから。
そして、その前髪の向こうの瞳には歌って踊って満天のスマイルを振りまく部員たちを映し、両の鼓膜にはピンクシュガーな歌声を焼き付けていたに違いないのだから。
「この振袖ミニスカは絶対に似合うと思います。いかがでしょう?」
「こ、これを着ろと……?」
「ああ、それともこちらの袴にしますか? 頭に赤くて大きなリボンなんて最高に萌えると思います」
勧められるままに試着してみるが、どうもサファイアの思い描いた一般的アイドルとは少々違う。
「袴よりは振袖ミニスカの方が良さげですが、もっと違ったジャンルのものも見たいですね。次行きましょう、次」
ズイズイとサファイアを引っ張り和装専門店を出た林檎が次にやってきたのはゴシック洋装専門店だった。
「いわゆるゴスロリ系です。こちらも根強いファンがいるので注目が期待出来ます」
お人形のようなゴテゴテのロリータファッションからメイド服にこれでもかとレースを縫い付けたものまで、林檎は手当たり次第にサファイアに試着を勧める。
「こんなアイドルいるか?」
「アイドルと一言に申しましても、メディアにバンバン取り上げられるようなものからご当地系、地下アイドル系とその生態は様々、ファン層も様々なのです。しかし……そうですね、もっとビタッとハマるものが他にありそうです。それではとっておきのショップにお連れしましょう。さぁ、行きますよ」
「まだどっか行くのかよ!?」
……そうしてサファイアはこの「聖地」に林檎と共に降臨したのだった。
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「一応カジュアル系の衣装も用意しました。ホットパンツにへそ出しTシャツなんてのも割とイケると思いますよ。それから……これはニッチ過ぎるかもしれませんがレザージャケットに網タイツも地下アイドルにはありがちなコスチュームです」
「いや、文化祭だからニッチ狙いじゃなくていいんだよ……大衆的でいいんだって」
「……ああ、そうでしたね、私としたことが……っと、おお、その制服姿もやはり良いではないですか」
ホットパンツとTシャツをサファイアに押し付けようとした林檎の手が止まった。
試着室のカーテンを開けて出てきたサファイアは、赤いギンガムチェックのミニスカートを履き、幅広レースをふんだんにあしらった白ブラウスにブラウンのベストを羽織っている。
ブラウスの襟元にはスカートと揃いのリボン、ベストにはいかにもな感じのエンブレムが刺繍され、茶色のローファーと紺色のワンポイントハイソックスが清楚なアイドルを演出していた。
「けど、これじゃ普段とあんま変わり映えしねぇ気がすんだけど……」
「そうですねぇ……」
林檎は小首を傾げる。
(この制服姿も非常に良きなのですが……私のジャーマネ勘は告げています、「こんなもんじゃない」と。そして、アイドル部マネージャーとして部員たちの麗しき姿をガン見してきた私の経験値と観察眼も「こんなもんじゃない」筈なのです)
「それでは、これとこれとそれとこれ、全部行っちゃいましょう」
元アイドル部マネージャーとしての誇りにかけてサファイアを至高のアイドルに仕立て上げるべく、林檎は次から次へと衣装を試着室にぶっ込んだ。
砂漠のプリンセス風、極寒の地のアイドルを思わせるモフモフスタイル、魔法少女風に、もはや水着としか言えないビキニスタイルまである。
「こ、これ全部……だと? もう勘弁してくれよ……」
試着なのか熱湯風呂に挑む前の早着替えなのか分からなくなりそうな状況の中、サファイアは林檎の要求に応えとにかく着ては脱いでを繰り返した。
その結果……。
「キ、キターーーーーー! ってやつですね、ハイ」
遂に林檎の「ジャーマネ勘」が弾ける。
サファイアが試着したのはグリーンのカクテルドレス風の衣装だ。
緑色のサテン生地が照明を反射して輝き、パフスリーブとミニ丈ベルラインのフリルスカートがサファイアをグッとキュートに魅せていた。
「そうか……? こういうヒラヒラなのは、オレには似合わないと思うんだけど……」
照れ隠しに眉をしかめるサファイアに、林檎は微かに口元を緩める。
「そんなことはありません。爆売れメガヒット間違いなしの最高のアイドル爆誕です。前々から素質はあると思っていましたが……やはりこのジャーマネ勘に狂いはありませんでしたね」
「う、うっせーな。そういう世辞はいいんだよ」
林檎のどストレートな賛辞はサファイアの頬を真っ赤な「林檎」色に染めた。
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幾つもの店舗を回り両手の指では足りない程の数の衣装を試着したサファイアは、「聖地」を出る時にはすっかり疲労困憊だった。
しかし、その疲労感は不思議と嫌なものではない。
「なぁ」
カクテルドレスの入った紙袋をぶらぶらさせながら、サファイアは隣を歩く林檎を呼んでぼそっと一言口にする。
「今日は、なんだ……ありがとよ」
「いえいえ。推しを飾るのはオタクの醍醐味ですから」
相変わらず前髪が目元を隠したままだったが、林檎は確かに微笑んでいた。
おまけSS『プロ魂とジャーマネ冥利』
所変わって、今日はサファイアが学生アイドルに扮する文化祭当日。
「この後15時からライブだ、よろしくな」
グリーンのドレスを着こなしたサファイアが文化祭の会場でビラを配っている。
この日のために林檎はジャージという名の戦闘服を身に纏いサファイアのダンスレッスンや歌唱練習に付き合ってきた。
そう、アイドル(部員)のパフォーマンスにも全力でコミットしてことアイドル部ジャーマネ。
林檎のジャーマネ魂は誰にも邪魔出来ない。
(あの可憐でキュートな出で立ちで発せられるワイルドな台詞……これぞギャップ萌えです。ギャップ萌えは決してニッチではなく今や広く認知されている萌えの一種。これはイケます、ステージも大成功に違いありません)
無論、サファイアがライブのステージに立てば、ジャーマネ林檎は舞台袖に身を潜ませ推しをガン見だ。
引き受けたからには手を抜かないプロ魂をステージで発揮するサファイアの勇姿に、前髪に隠れた林檎の瞳は潤む。
歌い終えたサファイアに、観客席からは盛大な拍手。
ステージが暗転するまで拍手と歓声に手を振って応えるサファイアに、林檎は感極まった。
「ああ……ジャーマネ冥利に尽きるとはこのことでしょうか」