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とあるバイトの勤務記録
登場人物一覧
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──ずっずっと
何かを引きずる音が響いていた。
「今日はまた綺麗な方が亡くなりましたねー」
「綺麗で……つい見とれてしまいます……」
ねねこにとってそれは天職中の天職になったようで、アルバイト入り初めからその技術を買われ現在まで続けている。……最も、ねねこにとってはこの他にも続けている大きな理由がある。
実際殺したのは彼女ではないらしい。ねねこはただただ死体を片付ける担当と言うだけ。この人が死体になればいいのにと妄想はすれど、元々殺しについて積極的と言えばそう言う訳でもないと見える。死体は息を荒らげる程に好きなのだが。
……とにかく、この世界に召喚された時からこの仕事を行ってきたねねこはアルバイトでも三年目。ベテランと呼ばれても過言ではない日々を積み重ねていたのだ。
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これはそんなねねこの他愛ないある一日のお話である。
「今日もバイトへ向かいましょうか」
いつも通りの朝の流れ。と言っても現在は夕方を回っている頃になるが。
この仕事でねねこの生活は様変わりの如く変わり果てていた。
「荷物はこの辺りですかね……」
彼女は自分の鞄の中身を充分に確認する。なんせ殺しはせずとも失敗の出来ない仕事には変わりはない。あの世界にいた頃ならば、死体遺棄と言う罪で問われる事になる様な事をしているのだから。まぁ何にせよねねこ自身のプライドとしても失敗はやはりしたくない事だった。
「ええっと……今日の場所はどこでしたかね……地図地図っと……」
鞄の整理を終えたねねこはいつも通り
「希望ヶ浜のこの辺ですね……なるほど」
希望ヶ浜……この街には『怪異』が存在している。その名も悪性怪異:
「と、ここですかね。
はぁ……相変わらずの有様、ですね」
そこはもう所謂
「! わぁ……夜妖の仕業にしては綺麗な状態! これは仕事のしがいがありますね……気合いが入っちゃいます!」
大抵夜妖の仕業であれば恐怖して亡くなる為、恐怖で歪んだ酷い顔だったり切り裂かれていたり兎にも角にも酷い現場が多い訳だが、今回のこの眠るように亡くなっている女性の死体は……ねねこにとって美しい以上の言葉が見つからなかった。
「どうしてこんなに綺麗なのかわかりませんが……でも考えている暇はありませんね。ササッと仕事を済ませちゃいましょう!」
彼女は両手に手袋をはめて、血がついても良いように代わりの上着を着用し準備を終える。彼女の眼鏡が街灯で反射し光って見えるのがなんとも怪しい雰囲気だが、これも真面目な仕事の一つなのである。
「はぁ……本当に素敵な死体……」
その表情は恍惚そのものだった。ネクロフィリアとは広義には死体に欲情する性的嗜好をも指し、死体性愛、死体愛好を指す言葉になると思われるが、ねねこの場合は後者の死体愛好の気質が近いと言えるだろう。
極め付きとして彼女の夢は自分専用の死体安置所を作って様々な死体を保管する事。……故に取って喰われる危険人物とも言い難い。発言は極めて危険なのだが。
だが一つ言える事は、彼女にとってこれら全てが
「はぁい、下準備はこれでオッケーですね。さ、運んじゃいましょうか!」
よしっと立ち上がる彼女は女性をブルーシートに包んで紐で縛り、路地裏を歩き出す。この状態で表通りなんて歩く馬鹿ではない。長年経験を積み重ねてきたねねこなりに見出した
ずっずっ……死体を引きずる音が路地裏に響く。警察の手はこの暗がりにまで手は伸びてこないらしい。最も、警察も路地裏では夜妖が出ると鉄則が出来てからは近づきたくないのかもしれないが。
「夜妖が出てくると厄介ですけれど……今のところ静かで助かります」
夜妖がねねこの事を特異運命座標として認識しているのか、今のところ夜妖が襲ってくるようなそんな気配は感じられなかった。
ただただ響くのは死体を運ぶ不気味な音だけ。
「……
お願いしたら管理してくれるでしょうか……」
余程気になる死体だったのかねねこはそんなふうに考える。綺麗なまま残せればそれはそれで本望。けれどその手入れも自分がそれを経験しているのもあるが、他人が自分以上に完璧に管理出来るかも信用は出来ないらしい。やはりやはりと自分の夢を焦がれるように見てしまう。
「こんなに綺麗な方とお会い出来るのは滅多にないのでとても勿体ない事です……」
それは本当に、心の奥底から吐き出すように呟く残念そうな言葉。こう言うところでねねこは自分の力のなさを痛感してしまうのだ。
「さて、着きましたかね……」
「お、来たか」
「あ、お疲れ様です。指定場所にあった死体を運び出してきました」
特定の場所に着いたねねこを待っていたのは黒ずくめの男女とも取れない人物。
「ご苦労様。相変わらず仕事が早くて助かるよ」
「これが私の仕事ですから」
「何言ってんの、特異運命座標としての仕事だってあるでしょうに」
「あちらの仕事は……死体は滅多に見ませんから、ね?」
「ほんと、相変わらずいい趣味してるよ君は」
黒ずくめの人物は苦笑を浮かべつつもこれがねねこと言う人物だと言う事を理解しているようだった。
「充実してるんです。辞めるなんて……考えた事も無い」
「だろうね、一緒に仕事した時に君が目を輝かせてたりして驚いた記憶が懐かしいってもんだ」
「あの時の死体も本当に良くて! はぁ……今思い出しても素敵な死体でしたよ。あ、今回も本当にいい死体だったんです!」
「ははは。ま、君の死体トークは聞いてやりたいが時間が無くてね」
「あ、すみません……つい」
死体の事になると我を忘れてしまうのはねねこの悪い癖。だがそれもこの人物は理解しているのだろう。人物は「いつもの事だろう?」と余裕の声色でねねこの頭を撫でた。
「本当はこの死体も引き取りたいくらいですけど……まだ安置所がない私ではどうしようもないですからね……諦めなくては……」
「そもそもこの死体はあげられないヤツだったから素直に諦めてくれると嬉しいかな」
「あ、そうなんですね……残念です」
「本当に心底残念そうだよね、ねねこは」
「当たり前です! 本当に綺麗だったんですから……」
思いっきり深いため息を着くねねこに人物はまた苦笑を浮かべる。
「はいはい。じゃ、これは報酬ね。また仕事出来たら連絡するよ」
「是非! その時も喜んでお引き受けしますね!」
「有難いよ、ほんと。じゃあね」
通常なら嫌な顔もされかねない仕事だと言うのにと人物は関心すら覚えながら闇へと消えた。
物部・ねねこのこの日のアルバイトはこれで終了である。