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彼誰時に語るのは

登場人物一覧

金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸

●そこに居るのは誰?

 『繁茂』が『ハンモ』になってから、どれだけの月日が流れただろう。
彼は今、大好きだったあの人と過ごした、あの土地にいる。共に畑を耕し、共に学び、共に笑いあった、彼の領地であった場所だ。
彼の墓のある場所は、彼が死して尚もここに住む獄人に、教えてもらったのだ。

『あの人の意志を継ぐのが、自分達の使命だと思ってますから』
この場所まで案内してくれた人は、曇りなき笑顔で、そう言っていた。新樹の遺したものは、確かにここに生きているのだと、誇りを持ってそう思えた。

「ただいま、新樹」

柔らかく墓石に声をかけ、男はそっと、その場に蹲った。

「……来るのが、遅くなってゴメンな。でも、色々あったんだよ、マジで」

ああ、本当に色々あった。この豊穣を離れて、イレギュラーズの、ローレットの一員として、様々な冒険に出て。電脳空間の扉まで開いて、やっと気づいた事がある。自分は『ハンモ』、砕け散った『金枝繁茂』の心より生まれ出た者。バラバラになった心を編み上げただけの、未熟な心。恋の終わりを認めたくなくて、約束を果たせなかった自分が許せなくって。
 
「ハンモは、金枝繁茂を名乗れずに居たけれど」

目を閉じ、赤く染まった風景を思い出す。あの日、獄人達に起きた事は悲劇的だとは思うけれど。ああいう世の中を変えていかねばとは思うけれど。その光景は、どこか、ヒイズルのキネマごしに見たような。自分の事だけれど、自分のことじゃない。だから、自分と金枝繁茂も違うんだ。 ハンモは、そんな感覚でふわふわと生きてきた。だが、今なら宣言できる。

「ハンモは、ううん、いや、私は、金枝繁茂として生きるよ」 

その言葉を残し、小さな石碑に、ハンモは花冠を被せた。もう、自分の心を繋ぎ止める、唯一の糸は必要ない。
新樹、繁茂。2つの魂よ、どうか共に寄り添って。二度と離れる事の無いように。二度と叶わぬ片想い、ハンモからの、最初で最後の贈り物。

「……さよなら、大好きな新樹。新樹が大好きだった『俺』」

そっと微笑む彼は、在りし日の、力強く逞しい男のような姿で。けれども、その表情は、爽やかに別れの言葉を送る乙女のように、少し泣きそうで、けれども静かに優しく微笑んでいて。

「世界を回ってみたけれど、貴方はもうこの世には居ない。どれほど恋い慕っても、貴方と私は結ばれない。何よりも、貴方と過ごした『繁茂』は、私じゃない、別の『繁茂』だから」

だから、さよなら、私の恋心。
こうして、新樹への恋は破れた。だが、繁茂の人生は、これからまだまだ続くのだ。だから。

「新樹、繁茂。貴方達がいつか信じた未来、獄人と八百万が……それだけじゃなくって、皆が、皆と笑って寄り添える世界。それが真に叶う日を、私、きっと、見届けるから」

それと、と繁茂は呟くと、小さく呼吸を繰り返しやがて、意を決して、次なる言葉を吐き出した。

「それと同じように、私もきっと、側で笑って過ごしてくれれる人を見つけるから」

彼等の願いが叶う日を、その目で確かめる事。
共に人生を歩んでくれる誰かと、添い遂げること。
それが、金枝繁茂の生きる標だ。

「愛がどんなものかは、まだちゃんと分かってないけれど。これから出会う誰かと、きっと答えを見つけてみせるから。二人が願う、皆が笑いあえる世界なら、きっと愛にあふれていると思うから」

金枝繁茂から生まれた、ハンモ。
そのハンモは、この地より、再び金枝繁茂として、生まれ、歩み出す。頭を垂らす稲穂のような金髪が、秋風に乗り揺らいで舞った。
樹より芽吹いた新たな木は、どんな枝を張り、花を咲かせてくれるのだろうか。
楽しみだ、と小さく笑う、誰かの声が聞こえたような気がした。

  • 彼誰時に語るのは完了
  • NM名ななななな
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月16日
  • ・金枝 繁茂(p3p008917
    ※ おまけSS『墓石に語る彼は誰?』付き

おまけSS『墓石に語る彼は誰?』

●これを置いていったのは誰?

 浅黒い肌をした、若い獄人の男が、水桶と雑巾を手に、わっせわっせと、石碑まで歩いてくる。初代領主の墓を磨くのが、彼の日課だった。ふう、と桶を石畳の上に置き、いざ掃除をしよう、と思ったその時のことだった。

「あれ、誰だろう? これを置いていったのは……?」

墓石に載せられた色とりどりの花冠、その花弁が柔らかく、風に震わされていた。
これはぞんざいに扱っては行けないような気がして、彼は震える手で、花冠を手に取った。

「すいませんね、すぐに元に戻しますから。ちょっとだけ」

それから男は、ピカピカになるまで『樫木 新樹』の墓を磨き上げ、それから再び、元通りに花冠を載せた。
それにしても、繊細に、丁寧に編まれたそれは、きっと作り手の心を表しているのだろう。

「良かったっすね、新樹さん。いい人が、お参りに来てくれたみたいで」

あっそうだ、と言うと、彼は、あん団子とみたらし団子が一本ずつ載った皿を、墓の前に差し出して。

「ねえ、領主様。オレっち、貴方の所で学んで、色んな事ができるようになりました。『誰もが笑って過ごせる世界』。貴方の理想を叶えるために、オレっち頑張りますから。見ててください、領主様!」

そう言って、男はすっかり軽くなった水桶を手に、墓の前を去っていく。
秋の風が強く、その背を押してくれた気がした。

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