PandoraPartyProject

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残照を掻き集めて

登場人物一覧

金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸



世界が、瞬く。
それは、領主たる彼が、土に塗れて働く、その姿。夢に向かって教え導く、獄人の希望だった彼。

『ふふふ、そうそう。よくできました』

そんな笑い声が、聞こえた気がする。

世界が、瞬く。
それは、赤に染まる京の光景。間に合った人。間に合わなかった人。血の海。燃え盛る炎。
飛来した矢。割れた壺の破片。失われていく温もり。

世界が、瞬く。
二人で食べた団子。茶柱に湧いた日。
『もう一本おあがりよ』と、みたらし団子をサービスしてくれた老婦の名は、何だったか。あの店の名前は、なんと言ったか。

世界が、瞬く。
買い出しにでかけただけなのに、八百万に石を投げられた少年の頃。
そんな自分を守ってくれた背中が、あの時はとても大きく見えた。
いつしか、その背よりずうっと、この身が逞しくなったけれど。

世界が、瞬く。
それは、大好きな彼に、小さな花束を差し出して。彼が、お礼にと編んでくれた花冠。
兄弟が多く、お下がりも多い寺院の中で、初めての、唯一の自分だけの贈り物。

──ああそうだ、俺は、初恋の人を、新樹を、守りたかった。けれど守れなかった。彼は、死んでしまった。
──俺は、約束を破った。彼を、ころして、しまった。

……彼の世界は、それきり、闇に閉ざされた。



「……、…………? …………………!」

 自分に何やら呼びかけてくる少女の声は近くて遠く、目は開いているのに、何も見えていない。世界が白と黒と灰色にしか見えない。
何を語りかけても無反応な自分に、ふうと溜息をつく少女の吐息が聞こえた、ような気はする。けれど、彼女の名前どころか、相手が何を言っているか、全く分からない。彼女の口から発せられるその音がどういう意味を持つか、まるで脳が解析してくれないのだ。動かないのだ。

「あ、ああ……うぅ……」

ああ、ここは、どこで。自分は、誰だ。一体、何をしていたんだ?
何故、自分はここに居るんだ?

声は出ても、それが言葉として出力されない。何もわからない、という一言さえも発せない。力無くだらんと下ろされた腕が、なにか柔らかいものに触れる。
そこでようやく、己の仕事を思い出したかのように、太い指で、繊細にそれを摘み取った。
男の手中にあるのは、一輪の花。視線を下ろせば、広がる一面の花畑。色なき世界には、花が如何なる色を宿しているか、全く分からないけれど。気づけば、花を次々と摘んでは、花冠を編んでいた。どうしてもそれが、自分に必要と思えて仕方なかった。その理由は、分からない。心の穴を、どうしても何かで埋めたかったのかもしれない。もう頭を撫でてはくれない誰かの指の代わりに、頭にふれる感触を、ただただ求めていたのかもしれない。
そして、それを頭に載せた、その時。

──お前は、繁茂。金枝繁茂だ!
──はんも……ハンモ……金枝の、繁茂!

誰かの声と共に、目に広がる世界に色が宿る。耳が、吹き抜けた風の音を捉える。頬を、温かいものが伝う。
大切だった彼が、自分に与えてくれたもの。親にさえ捨てられたけれど、この世に生まれてくれた彼に差し伸べられた、最初の祝福。

そこら中の花を摘んでは、花冠を作り上げるように。記憶の点と点を、拾い集めて。繋ぎ合わせて。塵と消えてしまったかと思われた男の心は、ここに一つ、新たに形を成したのだ。

空を見上げる。見えづらいけれど、空には星が2つ。寄り添うように並んで光っていた。
あの星は寄り添い、けして離れることは無いのだろう。次節が巡るならば、二人寄り添い、共に旅をするのだろう。
大好きな彼は、ここには居ない。けれど。彼の言葉は胸に残っている。

『獄人と、八百万が、笑い合える、未来を。俺は、必ず、信じている』

ああ、彼の願いが、今この内にあるならば。
これを胸に抱き、生きてゆこう。
それだけが、太陽を失った自分が生きていくための、唯一の光なのだから。

はっと、目の前を見る。この地の番人なのだろう、自分よりずうっと色白で、小柄の少女が、男を見上げて微笑んでいた。 

「やっと、気が付かれましたか。もう一度、貴方の名前を聞いても良いですか?」

男は、力強くこう答えた。

「ハンモは、ハンモだ!」


  • 残照を掻き集めて完了
  • NM名ななななな
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月15日
  • ・金枝 繁茂(p3p008917
    ※ おまけSS『星に願いを』付き

おまけSS『星に願いを』

ハンモは、夕と夜の境界を行く。
金糸のような髪だけでなく、その頭上の花冠までもが、そよ風に優しく揺れた。

はたと足を止めて、彼はもう一度、空を見上げた。

点と点にしか見えないような小さな光ではあるけれど、天にはやはり、あの星が寄り添い輝いていた。

……あの星のように、いつか八百万と獄人が共に寄り添い、世界を照らす日は来るのだろうか?
答えは、分からない。

けれど、たとえ何があろうとも、生きていかねばと思ったのだ。
彼の願いが叶った世界を目にするまで、生きていたいと思ったのだ。

「ハンモ、頑張るからね」

遠い星となった彼に、あるいはその胸の中の誰かに、そっと囁いて。彼は、夜へと歩み始めた。




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