PandoraPartyProject

SS詳細

血の滲むような、暮合に

登場人物一覧

金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
金枝 繁茂の関係者
→ イラスト

●茜さす

 八百万の怒号が、高天原に響き渡る。悪しき鬼は討てや殺せやと、若い男達は駆け回る。

『獄人の首輪を緩めるから、こんな事になったのだ』
『そもそも、あんな奴らが居なければ、高天原は安泰なのだ』

蛍の光を奪った者を手打ちにしたとて、彼らの興奮は一向に冷めやらなかった。
或いは、元々闇に紛れて鬼の角を折って回っていた者共が、喜々として排斥の理由を振り翳しただけなのかもしれない。

ほれみろ、獄人は外道だと。外道を排するのが、我ら八百万の責務であると。
彼奴等は『悪』であり、俺達こそが『正義』なのだ、と。
もはや陽の色なのか、血の色なのかも判らぬ程に赤く染まった刀を振り上げながら、彼等は猛り吠えるのだ。彼等の『獄人狩り』は、まだまだ終わりそうにない。
その最中、京の細道を、茜返す金髪を振り乱し、疾風怒濤の如く駆け抜けていく者が居た。そのすぐ近くに、黒髪の男が駆け寄ってくる。

「どうだ、見つかったか、繁茂?」
「いいや、まだ見つかってない」
「……くっ、きっと、逃げ遅れたんだ」

 理不尽なる暴力で荒れ狂う今の高天原に、鬼人種の安息は無い。せめてほとぼりが冷めるまでは隣町に逃げようと、新樹と繁茂は、これまで多くの同胞に声をかけ、避難の手引をしてきたのだ。 
しかし、あとたった一人が。新樹と繁茂の共通の知り合いたる、茶屋の婆さんだけが、どうにも見つからないのだ。
その時、絹を裂くような悲鳴、それと同時に狂ったような笑い声が、二人の耳に届いた。

「今のは!?」
「あっちだ!」

二人で急ぎ駆け出せば、そこにいたのは、黒い角を生やした少女と、刀を向けてニタリ笑う、剣客のような装いをした八百万。だが幸いな事に、男はか弱い獄人をいたぶる想像でもしていたのか、恍惚の表情を浮かべており。まだ、繁茂達の接近に気づいていなかった。

「その娘に、触るんじゃない!」

丸太のような腕で男を殴り飛ばせば、強かに顔面を壁にぶつけ。それきり、男はきゅうと伸びた。

「ああ、う、ありが、と……」
「きみが無事で良かった。さ、早くここを離れるんだ」

腰を抜かした少女に、神樹が手を差し伸べる。彼女はゆっくりと立ち上がった……かと思うと、必死の形相で神樹に縋り付いた。

「待って、ばあば、ばあばを見つけないと!」
「落ち着いて。ゆっくり深呼吸して。……ばあば、って誰の事だ?」

彼女は新樹の言うとおり、すう、はあと呼吸を繰り返す。

「あたしのお婆ちゃん! 団子屋さんやってるの!」
「きみ、茶屋の婆さんのお孫さんか!」
「うん……ばあば、八百万の人が暴れてるの見て『あれだけは持ち出さなくちゃ』って言って、飛び出しちゃって……」
「話はわかった。一緒に行こう。きみは俺達から離れないでくれ」
「う、うん……」

少女の言葉が確かなら、彼女は今も、茶屋にいるはずだ。彼女の前方を繁茂、後方を神樹が守るように挟み、赤く染まる町を急ぎ足で行く。
やがて『茶柱屋』の看板を見つけた三人は、中を覗き込む。と、同時に、壺を抱えた老婦が出てきたのだ。

「ばあば!」
「婆さん、無事だったか!」
「おやあんた達、まだこんな所にいたのかい!?」
「それはこっちの台詞だよ。婆さん、その壺は?」
「うちの秘伝のタレだよ、これさえあればまた商売ができるからねぇ!」
「こんな時でも商売かよ婆さん」

苦笑交じりに、繁茂はこうして無事に、茶屋の老婦、そしてその孫が合流できた。その事実に安堵、する間もなく。

「お前、何をするんだ!」

そう叫ぶ、新樹の声。弦の震える音。何事か、と振り向けば、そこには。

「か、っは……!」
「しん、じゅ……?」
「………ヒハハッ、これで一人」

新樹の胸元に刺さる、一本の矢。膝から崩折れる新樹。その先に。
弓を持った八百万の男が、血走った目でこちらを見つめていた。男は口の端からよだれを垂らしながら、何やら指折り数えている。

「ひい、ふう、みい……ハハッ、三人も獄人がいやがる! まだまだ、殺せるゥ!」

この、男が、新樹を?
あの男は今『三人』と言った。けれど、新樹は、まだ息がある。生きている。ここにいるのは四人なのだ。巫山戯るな、お前如きが新樹の命を奪うだなんて、許さない、絶対に、殺してやる……!

「この腐れ外道、喰らいな!」

しかし、老婦の言葉が、繁茂を現実へと引き戻す。彼女の投げた壺が、男の頭を強かに捉え、その中身をぶちまけたのだ。粘度たっぷりのタレが男の顔に、肌に張り付いたのなら、その視界を奪ってゆく。

「がッ……!? 何しやがる、ババア……!」
「フン、いい気味だよ。繁茂ちゃん、新樹ちゃんを早くお医者様のとこに! お妙も、早く走るんだよっ!」
「う、うんっ!」

そうだ、こんな男に構っている場合じゃない。鬼の眼も、新樹はまだ生きていると告げている。事実、彼はまだ腕の中で息をしているじゃないか。
老婦の言葉通り、繁茂は新樹を抱き上げ、走り出した。

「お前らァ、獄人共が、まだここにいるぞォ!」

男が他の獄人狩りに大声で知らせるが、もう遅い。彼らは命からがら、京から逃れようと駆け出した。



 そこから先は、どこをどう走ったのか思い出せない。隣町についた頃には、既に世界は闇に沈んでおり。命からがら獄人狩りを逃れても尚、八百万は冷たく彼等をあしらったのだ。

──お前らの血でうちを汚すつもりか? やめてくれよ!
──来るな獄人、災の元!
──ハッ、よりによって鬼畜生が、こんな時間に。恥を知りな!

そうこうしている間に、新樹の呼吸は、どんどん早く、浅いものとなっていく。最後に、一縷の望みをかけて、繁茂は山を進み行く。

(確か、住職が昔、山で薬草を摘んできて、傷の手当をしてくれた。誰も助けてくれないのなら、俺が、新樹を……!)

その時、腕の中から、弱々しい声が聞こえてきた。

「はん、も。もういい」
「いいものか。約束したじゃないか、俺が新樹を守る、と」
「……ああ。そんなになるまで、よく、走ってくれた。ありがとう」

新樹が視線を下ろしたその先には、血の滲む足跡。暮合を過ぎて夜通し、そして今まで休みなく動き続けた繁茂の草履はとうに擦り切れ、爪が割れ、赤い足跡を残していた。目を細めながら、新樹は更に言葉を紡いだ。

「……獄人狩りも、本当に俺達を憎んでる人ばっかじゃない、と思う。焚き付けられただけの人だって、居たと思うんだ。この国が良くなれば、きっと、こんな事は無くなる」
「もう喋るな、新樹。傷に障る」
「……なあ、繁茂。獄人と、八百万が、笑い合える、未来を。俺は、必ず、信じ……」

だらんと、新樹の腕が垂れる。弱々しくも紡がれていた言の葉が、止まる。

「しん、じゅ?」

腕の中の新樹は、優しくこちらに微笑んで。しかし、その瞳には、既に魂は宿っていない。繁茂は、その目を絶望に見開く。鬼たる男には、分かってしまった。
腕の中の大切な人が、亡骸に、抜け殻に変わってしまう、その瞬間を。守ると誓ったのに、守れなかった。助けたいと願ったのに、助けられなかった、だいすきなひと。俺に名前を与えてくれた、兄のような人。あの花をくれたときからずうっと思いを秘めていた、初恋の人。
繁茂は力無く、その場に崩れ落ちた。

「あ、あああ……う、うああ……!!」

男の涙が、朝日に照らされる時。一つの命が、終わりを迎えた。

おまけSS『茶屋の老婦の独り言』

 あれから、あたし達を助けてくれた新樹ちゃん、それに繁茂ちゃんがどうなったのか、あたしにゃ全然わかりゃあしないんだ。
ここに来てすぐ繁茂ちゃんは医者のとこに駆け込んでいったし、あたしもずうっと頑張ってついてきてくれたお妙が、ゆーっくり休める場所を探すのに必死だったしねぇ。本当に、あれっきりなんだ。 

そうそう、京から逃れて少ししてから、あたしはお妙と一緒に、また店を開いたんだ。秘伝のタレはあの外道にくれちまったけど、命さえありゃあまた、商売はやれるからねぇ。
……そう、あたし達の命があるのは、新樹ちゃんと繁茂ちゃんのお陰なのよ。

新樹ちゃんの傷が治ったら、また二人で、お団子を食べに来てほしい、なんて思っているけど。
……でも、今朝起きたときの事なんだけどね。それはもう無理なんじゃないか、って気がしちゃったんだ、急に。
……やだやだ、こんな事、言うもんじゃないよねぇ。

……あっ、いらっしゃーい、今日は何にする?
おすすめ? あんこずっしりのあん団子と、甘じょっぱいみたらし団子だよぉ。
常連の若い兄ちゃんたちなんか、いつもこれをたんまり買っていってね……。

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