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人を殺した日の事

登場人物一覧

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ラダ・ジグリの関係者
→ イラスト

「人を殺してしまったらしい」
 と、ラダは言った。
 どこか他人事のようだった。実感がわかない、と、そう言っているような声だった。
 レンドは、人型に変化した自身の膝を抱えて、ラダの隣に座っていた。砂漠の砂が、夜の冷たさを帯びて冷えていた。
「そう、なんだ」
 と、レンドは言った。

 隊商とは常に危険にさらされる。悪漢からすれば、モノとカネを満載した絶好の鴨だ。必然、隊を守るために武力を増強することも当たり前になっていた。
 ジグリの隊商は、武装商人の一家である。商人であると同時に、彼らは武力でもあった。必然、戦う、と言う事は避けられない。命のやり取りをすることは避けられない。
 その日、敵の襲撃を受けた時。14歳のラダに課せられた仕事は、『援護射撃』だった。当てなくてもいい。とにかくでたらめに撃って、敵の足を止めるのが仕事だ。
 その弾が、当たった。賊の一人だ。偶然にも胸に直撃して、即死だったのだろう。引き金を引いて、銃声がなって、人が倒れるのを、ラダは目撃していた。
 実感は、わかなかった。弾の軌跡を見るだけの実力も、その時のラダには無かった。気づけば、死んでいた。だから、ラダが自分が殺したのだ、と言う事を知ったのは、襲撃が終わって、遺体を片付けている時のことだった。
「ラダ、お前の弾が当たったんだってな!」
 興奮気味に、自分と同じ見習の少年が言った。ともに援護射撃をしていた子。彼は人を殺さなかった子。
「やっぱすげぇなぁ、ラダは!」
 そうほめそやす彼の言葉も、どこか遠い異国の言葉のように聞こえた。
 そのままぼんやりとしたまま片づけを終えて、食事を終えて、さぁ休もうとなった時に、。それが何だか怖くなって、テントを抜け出して、夜空を見上げていた。
 レンドはいつも、そう言う時に限って、わかったみたいに傍に来てくれる。今日もそうだった。気づいたら傍にいて、一緒に空を見上げていた。だから、ラダはポツリ、と言ったのだ。
「人を殺してしまったらしい」

 らしい、と言ったのは、ほんとうに、まったく、実感がわかなかったからだ。人は、簡単に死ぬのだ、と言う事が理解できなかった。人が死ぬとき、例えば、ものすごい衝撃が自分の身体を駆け抜けて、ああ、自分は人を殺したのだ、という強烈な実感がわくのだと、そんな風に思っていた。
「分からないんだ、レンド」
 ラダは、自分の手を見た。血にまみれてなどいない綺麗な手。でも、本当は人の命を奪った手。わかない。その実感が。
「私は、ひどく冷たくて……人でなしなんじゃあないか、って思ってしまうんだよ。人を殺した時、私は、なにか……そう、何かが変わるのかと思っていた。でも、何も変わらないんだ。感じ方、考え方……私は今日も、潰した家畜の肉入りのシチューを食べて、おいしいと思った。いつも通りの味だと。いつも通りに父と談笑して、今こうして、レンドと話している。何も変わらない。何も変わらないんだよ」
 人を、殺したんだぞ? と、ラダは言う。
「怖いのね、ラダ」
「分からない。私は怖がってすらいないんじゃないか……殺すことが当たり前になっているんじゃないか、と思うんだ」
 ラダがそう言って、改めて手を見る。引き金を引いた感触は、ある。それが、死につながったという感覚は、無い。
「……ごめんね、ラダ。私には、それを本当に、わかってあげることはできないんだと思う」
 レンドは言った。
「私は、守ってもらう側だから。実際、今日の襲撃の時も、荷物の裏に隠れて、頭を抱えてただけなの。『早く終わって』ってね。
 ……ひどい話だと思わない? 早く終わって、なんて。それって、どっちかがさっさと死んで、って思うようなものよ」
「それは」
 ラダは顔をあげた。優しく微笑む、レンドの顔が見えた。
「私は誰かが死んだのを知って、その上で、今日も潰した家畜の肉入りのシチューを食べたわ。ふふ、私は入ってた具のブロッコリーをポイってしました! いつも通りにね? それからいつも通りに、帳簿の片づけをして、はやく終われーって泣き言って。身体を拭いて寝ようと思いました」
 レンドは、申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。
「ラダが人でなしだって言うなら、私もそうよ。ううん、そうやって悩んでない分、私の方が酷いやつかも。
 それに、ラダが悩んでるのに、きっと本当に共感は出来ないんだわ」
「……ごめん、レンド。私は」
 ラダが呟く。何か、自分の悩みで……レンドを傷つけてしまったのではないのか、と思ったのだ。だが、レンドはゆっくりと頭を振った。
「責めてるわけじゃないし、私が傷ついた、ってわけでもないの、ラダ。あなたの悩みって、あって当然のことで。私じゃ解決できない。きっと、あなたが自分で解決しないといけないんだと思う。
 そうやって実感がわかないまま慣れるのか、それともいつか、人の命の重みに気づくのか……それも、あなた次第なのだと思う。
 私には何もできない……ごめんね。でも、あなたが何を選んでも、それは間違っていないわ。だって、ラダが選んだ答えなんだもの」
 その言葉に、ラダはレンドからの、深い信頼のようなものを感じ取っていた。これから自分が、どうなるかはわからない。でも、ラダはきっと、自分自身が納得のいく道を選んで、信念をもって進んでいけるようになるはずだと、そのように応援して、信じてくれているように思えたのだ。
 ラダはもう一度、自分の手を見た。綺麗な手だった。でも、人殺しの手だった。
 まだ実感はわかない。本当に実感した時、自分はもっと苦しむのかもしれない。でも。それでも。自分を信じてくれたレンドの気持ちを、裏切ったりしないようにしようと思った。
「……レンドはさ。やっぱり、お姉ちゃんなんじゃないか」
 そう言って、ラダはレンドの方に自分の頭を預けた。
「え、なにそれ? 私の方が年上だしー」
 こつん、とレンドは、ラダの頭に自分の頭をぶつけてみた。
「レンド、私の悩みは解決してない」
「うん」
「でも、納得がいくまで悩もうと思う。答えが出るまで。決着がつくまで。いいかな」
「うん。良いと思います」
「たまに辛くなったりして、また一人で空を見てると思う。そういう時、付き合ってくれるかな、レンド」
「ええ、勿論。今度はお茶とか用意するからね」
「苦くない奴がいい」
「そうね、私も」
 えへへ、と二人で笑った。それから二人で砂漠の砂の上にぽてん、と倒れる。
 此方の悩みなんて知りもしないで、悠然と輝く星々が空にあった。二人はしばしの間、それを眺めていた。
「ラダの悩みなんて、知らないって感じで輝いてる。星も、月も」
 むー、とレンドが言った。
「むかつくー」
「ふふ、レンドが怒ることないじゃないか」
「でもむかつくのよ。お姉ちゃんとしては、妹分の悩みは死活問題なのです」
「……私がお姉ちゃん、って言ったのを気に入ったのか?」
 がばっ、とレンドが起き上がって、
「そうよ! だってお姉ちゃん、みたいに言ったのって初めてじゃない?」
「そうか……?」
 ゆっくりと、ラダも起き上がった。
「……そう言うのに嫌にこだわるから、やっぱりお姉ちゃんっぽくないんだぞ、レンド」
 くすくすと笑うラダに、レンドは、えー、と肩を落とした。
「そんなー……」
 その様子がおかしくて、今は悩みを忘れられたから、ラダはまた、大きな声で笑った。

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