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画龍点睛を欠く
登場人物一覧
●不在証明
精彩を欠いたようだった。
あいつは幼馴染で同僚で、親友だった。
いつだって側に居ることが当たり前で、その当たり前に
最初は任務で暫く居ないのだと思っていた。されど、どれだけ待ってもあいつは帰ってこなかった。
最初の一ヶ月は、任務だと思った。
次の一ヶ月は、流石に遅いなと思った。
その次の一ヶ月は――何と思ったのだろうか。覚えていない。
五股していた女と別れた。女と話しても抱いても、胸の内に空風が吹いたから。
煙草もやめた。胸の内から湧き出てくる苦味が、ただ増すように感じたから。
あいつの反応が面白くて言われ続けてきた小言を、こんな理由で欲する日が来るだなどと、思いもしなかった。
あいつは帰らない。
それなのに、あいつが居ないだけで、日々はいつも通りに過ぎていく。訓練をして、任務をこなし、また訓練をする。訓練をよくサボっていた俺を見つけては怒っていたあいつの怒声が聞こえないせいで、足りないものを埋めるように真面目に訓練に取り組んでしまっている事に気付いた時は流石に笑ったが、お前が居ないと張り合いがないものだから仕方がない。俺の世界は、お前という彩を欠いた。
足りないのはあいつと、あいつの小言。片側の肩が涼しいと感じることに慣れるのには時間がかかった。
同じ空の下に居ることは信じている。だがこのまま時が過ぎれば、軍からは『
あいつは帰らない。帰って、こない。
栄龍なら何処かで必ず生きている。そう、信じられるから。
あれから、どれだけの月日が流れたことだろう。
何時しか、流石にもう何処ぞで野垂れ死んだか? と思うようになった。
けれど、それでも。
――はやくかえってこいよ。
空を見上げて幾度も思ってきたことを、今日も思った。
あいつが、帰ってきた。
●再び交じりて
如何に色褪せた日々であったかを実感した。
あいつの顔を見た瞬間から、世界が色彩を取り戻していくようだった。
その日の空もお前の居る場所ときっと繋がっていると見上げた空と変わらず青いのに、こんなにも空は青かったのかと思えるほどに青かった。
吸い込んだ空気は、肺を満たす空気は、鼻孔をくすぐる香りは、こんなにも爽やかだったろうか。
空気を吸い込んだ肺が、息とともに言葉を吐き出す。思わずお前の名を口にした俺の声は、こんなにも頼りないものだっただろうか。
ああ、あいつがいる。お前がいる。
「よぉ、栄龍」
「志村」
普通に挨拶を交わす。離れていた時など全く無かったかのように、喜びをおくびにも出すこともなく。
「もお~、えいたっちゃんったらアタシのこと置いてどこいってたのよぉ~」
「やめろ馬鹿、気持ち悪い」
身をくねらせ『いつもどおり』の冗談を口にすれば、どこか緊張したように僅かに力の入っていた栄龍の目元から力が抜けた。安堵したのかもしれない。実直そうな顔に宿る黒が和らいだ。
お互いに、言いたいことはあるだろう。話したいことがあるだろう。けれど俺はそれを口にしない。
「全く……お前というやつは変わらんな」
「なあ栄龍」
やれやれと顔を逸したお前に呼びかければ、その顔がすぐに此方を向く。
ああ、ちゃんと、聞こえる場所に。手を伸ばせば触れれる場所に、お前が居る。
「飲みに行こうぜ、えいたっちゃーん。俺さ、お前が居ない間も順調にいい店を開拓してさぁ。その店の看板娘の子が大きな黒目がちな目がこれまた可愛くて、絶賛攻略中!」
嘘だ。お前が居なくなってから女関係を精算した俺は、新規開拓なんて真似もしなかった。けれどこれは全てが嘘なわけではない。あの店の看板娘の子は俺好みの娘で、お前が居なくなる前の俺だったら絶対に『いい関係』を築こうとしていたはずだ。
「……本当に貴様はあいも変わらず」
「なあ、えいたっちゃーん。行こうぜ行こうぜ? な。いいだろ?」
肩を組んで猫なで声を出せば、鬱陶しいとはたかれた。
そのやり取りが妙に心地よく、その日の俺は驚くほどよく眠れ――寝坊して怒られる羽目となった。
あいつが戻ってきて、俺は少しずつ『いつもどおり』に戻っていく。
以前ほどの頻度ではないが、訓練をサボるようになった。
可愛い女の子を見掛ければ、ナンパするのが礼儀だと声をかけるようになった。先日あいつを誘った店の娘も当然の如く落とし済みだ。
久方ぶりに吸った煙草には少しむせたが、あいつが居ない間に感じた苦味は感じなかった。
順調に、
「志村、また貴様は訓練をサボっているのか。真面目にやらんか、真面目に」
「だってよぉ、栄龍」
「だっても何もあるか」
やれ、訓練をサボるな。
やれ、色に走りすぎるな。
やれ、生活がだらしない。
会う度に、栄龍が小言を口にする。眉と目を釣り上げて、どうしようもないやつだと言いたげに。
「お前は本当に相変わらずだな」
けれどそんな風に叱るお前が少し嬉しそうに見えるのは、俺の自惚れではないはずだ。
お前が俺との再会を喜んで、俺との変わらない日々を喜んでくれているのだと、お前の僅かに上がった口の端と、お前の瞳の奥の穏やかさが告げている。栄龍、俺がそんなお前の機微を受け取れていないような鈍感だったら、今頃とっくに女たちに刺されて一生を終えているぜ?
お前も俺も、言葉にはしない。
けれどきっと、俺がそう思うように、お前もそう思っているのだろう。
俺たちは幼馴染で、幾度も離れる機会はあったのに、未だにその縁は繋がっている。
きっとこの縁は腐ったって切れやしない。
――お前がいない間、俺はちょっぴり硬派だったんだぜ。
なんて言えやしない代わりに、元気に小言を口にしたお前に俺は笑む。
いつもの緩いほほ笑みじゃない笑みに、お前は少しだけ目を見開いて。
「真面目に聞け、志村」
「はいはーい、もーえいたっちゃんだって相変わらずー」
つり上がった瞳に、俺は声を立てて笑った。
いつもどおり。いつもと変わらない。
きっと死ぬまで変わらない。
これからも、この先も。
俺たちの縁は