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幸せの味は三等分
登場人物一覧
ひそやかな冬の気配が、あちこちに漂っている。
動物も植物も、厳しい冬に備えてあわただしく準備を始めている季節だ。色とりどりにドレスアップした落ち葉は鮮やかに色を変え、小鳥たちは寒さに備えて、羽に空気を含ませてふっくりと丸くなっている、
そんな季節の、ある日のこと。
「ふんふふんふーん」
ウーマロ=シンジャミン(p3p010064)は、お気に入りの赤いマントをなびかせながら、秋の森をパトロールしていた。
がさがさと落ち葉を踏みしめたり、隠れた水たまりにうっかり足を突っ込んで「うひゃあ!」となったり……。足をとられそうなちょっとした穴を埋めたり、おっこちたミノムシを葉っぱですくって、そーっと木の上に戻してやっては、小さな幸せをかみしめている。
秋の風を感じながら、自然の中をてくてくと歩いていくと、……。
うましんの耳に、大きな怒声が飛び込んできた。
「ほえ!?」
どうやら、争いが起きているようだった。
これはいけないと慌てて駆けつけてみると、冒険者とおぼしき男二人組が取っ組み合っていた。
「これは俺が先に見つけた!」
「いいや俺だね、こっちは一日かけて探してたんだ!」
「わわ、喧嘩はよくないしんよー」
切り株の上には、あまり見たことのないキノコ。
どうやら二人は、冒険者同士で珍味のキノコを巡って争っているようだ。
「なんでも分け合って食べたら、よろこびも二倍! ってことで、仲良く半分こしよ!」
ところが、興奮した二人はうましんには目もくれず、喧嘩を再開する。
「お前もこのキノコを探してたのか? こいつは俺のだぞ! っていうか、初めから横取りしようとしてついてきてたろ!」
「ああ!? 誰がそんなことするか! これは俺のだ! オメー達には一かけらたりともわけねえぞ!」
「わわ」
なんとか止めようと手足をぱたぱたさせるうましん。けれども、小柄なうましんは太刀打ちできずに、ぽへっと落ち葉の上に投げ出されてしまうばかりである。
「ど、どうしたら……落ち着いてよぉー!」
どうしていいか解らず、うましんがおろおろしてると……。
グルルルルルル……。
背後から、唸り声が聞こえた。
「へ? オイオイオイ」
「は? なんだよ!?」
硬直している冒険者たち。喧嘩をやめてくれた……のはいいけれど、なんか、嫌な予感がする。
うましんは、ぎこちなく後ろを振り返る。
そこにいたのは、――巨大なイノシシである。成人男性くらいはあろうかという体格の魔物だ。
鼻息荒く息を吐きだし、前脚で地面を蹴っている。
「うわーーーー!」
イノシシはそのまま突撃してくる。その一撃は、木にめり込んでばきばきと折れる。
「ひょえーーー」
「お、おたすけぇえ!!!」
冒険者たちは逃げ出そうとして片方はこけ、片方は枝にひっかかった。
イノシシは興奮状態である。
突進されてぶつかったら、ただではすまない。
(こ、ここは僕がなんとかしなきゃ……!)
うましんはとっさに手に持っていたドングリを投げつけ、イノシシの注意を引いた。狙いは当たり、イノシシはぎろりとうましんの方を向く……。
「ここは僕に任せて、逃げて!」
「む、無茶だろぉ!?」
イノシシは土煙をあげて走り出し、うましんのもとへと猛烈な勢いで駆けてくる。
かないっこない!
顔を覆った冒険者たち……。
ちいさな影は弾き飛ばされ、攻撃は二人に向いた。
けれど。
「さ、させないしん……」
「なんだ、あれ!?」
もうもうと舞い上がった土煙に浮かび上がったシルエット。
放り投げられた勢いを利用して飛んだうましんは、突進するイノシシにビュウビュウと鋭い向かい風を吹かせ始めた。
姿を変えたうましんは、イノシシの前に手をかざす。巻き起こった風が、イノシシをその場に押しとどめていた。
それでも、うましんは小さな子供といった格好である。しかし変身を経たことで格段に風は強くなる。
「ブモオオオオオ!」
イノシシの地面を蹴る前脚が、から回る。走っても走っても前には進まない。うましんは集中し、手のひらから風を呼び続ける。
(そっちには、ぜったいにいかせない……!)
風は小石をまきあげる。そして、埋まっていた大枝を巻き上げ、ついには吹き付ける風はイノシシを浮き上がらせて、大木に叩きつけた。
「おおっ……すげぇ!?」
「ああ、だめだ、まだ起きやがるぞ!?」
ひっくりかえったイノシシが、むくりと起き上がった。
けれど。
がさがさと揺れた葉っぱの合間から、ぼとぼとといがぐりが落ちてきた。
うましんがねらったのは本体ではない。いがぐりの木である。
大量のイガグリをぶつけられたイノシシは、思い切りその場から逃げ出した。
「ふう~~~……。なんとかなったかな!? できれば……餌場は、別のところをみつけてほしいしん!」
「あーあ、びっくりした」
ぽんっ、と、元の姿にもどったうましんがふよふよと降りてくる。
心配そうにやってきた冒険者二人のようすを見て、うましんは慌てて起き上がり、ぺちぺちと腕を叩いた。
「大丈夫? いま手当てするからね!」
冒険者二人は顔を見合わせると、いっせいにぶほっと噴き出した。
命の危険が去って安堵したというのもあるだろう。しかし、この可愛らしい生き物にかばわれたのか、と思うと、自分たちが情けなくて笑いが込み上げてきたのだ。
(あれ?)
先ほどまでの争いでの緊張感はどこへやら。うましんは頭の上にはてなマークを浮かべる。けれども、なんとなく和んだ空気にほっとした。なんかうまくいったみたいだから、いっか!
「なんかよくわからないけど、よかった!」
回復魔法はうましんの得意技である。
もともと足をひねったりだとか、枝にひっかけたくらいの軽傷だったものの、適切な手当てで冒険者二人のけがはすっかり良くなった。
「こいつ、ちいせぇなあと思ったけど、とんでもねぇな」
「俺たちよりずっと勇気があるな……やっぱ見かけで判断するもんじゃねぇよ」
「あのねぇ、もうけんかしないで欲しいんだ」
「ああ」
「わかったよ」
あっさり二人はそう言って、切り株の上にぽん、とキノコを置いた。
「え? あれ?」
「命を助けてくれた礼だ。受け取ってくれ」
「俺も、それに文句はないぜ。体を張ってくれたんだからな。当然の権利だ」
声をそろえて言う冒険者たち。
「そ、そんな、それは悪いしん! だって、それが欲しくって二人はいっしょうけんめいに……」
「おいおい、受け取ってくれないのか? 俺たちの気が済まねぇよ!」
「ほかに渡せるものっていったら……なんだ? 金か……」
「あわわ」
よほど大ごとになりそうな気配に慌てるうましん。
「えっと、えっと……そうだ!」
うましんは焚き火の火を起こした。風を吹き込み、種火から炎を大きくするのは大得意なのだ。
キノコはウィンドカッターで3枚にスライスする。真ん中の、いちばんおいしそうなところはうましんに取り分けてもらった。
「え、いいの?」
「俺たちだとまたケンカになりそうだからな」
「ははは! 違ぇねぇや!」
ぱちぱちとジューシーに焼けるキノコに顔を寄せて、うましんはくんくんと匂いを嗅いでみる。良い匂いだ。たぶんムズカシクいったら、芳しいとか、そういう形容詞がつくんだろう。おそるおそる、まずは、小さな一口でかじってみる。
……意外なことに、味は思ったよりしなかった。まずいわけではなくて、「あ、こんなものか~」という味だ。
ふわふわした歯ごたえは、予想とは違ったけれどもこれはアリだな、と思った。かじればかじるほど出汁がきいている。
一人で食べるよりもずっと美味しい。
「おいしい~!」
最大の功労者がキノコを口に運ぶのを待って、二人は頷いてキノコを口に運んだ。「美味いな」「おお、こんな味だったのか」と口々に言った。
「ごちそうさまー!」
「美味しかったな」
「だな」
腹を満たせば、焚き火を前にして穏やかな時間が過ぎていくのだった。
(えへへ)
「そういえば、二人はどうしてここに来たの?」
「ああ! もともと俺は猟師なんだがな……」
「俺は山菜を採って暮らしてる。普段は薬草を売ってるんだが……」
最初はあれほどにいがみ合っていた二人が、危機を切り抜けた今は10年来の友のように話している。
うましんは幸せそうな空気をいっぱいに吸い込んだ。きっと、ほんとうの「ごちそう」というのはこういうことを言うのだろう。