SS詳細
秋を歩く獅子
登場人物一覧
「お客様でしたら、こちらがオススメですよ」
レニーがそう言われて購入したのは、鮮やかな橙色が裏地を彩る黒のロングコート。
秋も近く、彼女の姿によく合うと言われては購入も即決となるもので。
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「うーん、着心地も最高! 問題と言えば値段がちょーっと高かったことぐらいかな!」
再現性東京の街並みを歩くレニー。
今日は以前購入しておいた洋服を着て街を探索してみよう! というちょっとした観光気分で街の中を歩いていた。
天気は快晴。秋も終わりに差し掛かっているため少し冷たい風が吹いているが、ロングコートのおかげで寒さが身体に伝わることはなく、むしろ黒を基調としているため太陽の光を吸収してくれるので多少暖かかった。
「今日はどうしようかな~……」
てくてくと街並みを歩く中、今日の行き先について考えていた。
購入した洋服を着て街を探索する……と思いついたのはいいが、行き先については一切何も考えていなかった。なので歩きながら見つけてみよう、ということに。
「……そう言えば、この服を着てから出歩いたことなかったし……アクセサリー見に行こうかな?」
店員さんのおすすめコーディネートを選んでもらったが、それに似合うアクセサリーについてはまだ何も決まっていない。
服を選んだ時にはアクセサリーのことまで気が回らなかったのもあったので、それならば今日選んでみよう、と思い立った。
レニーはまじまじと自分の衣装を見つめ、どんなアクセサリーが似合うか思案しながら街中を歩く。
「結構オシャレなのを選んでもらったから……似合うのは指輪、かな?」
あまり派手なアクセサリーを付けるよりも、シンプルな指輪が良いのではないかと閃いたレニー。早速近くのアクセサリーショップへと足を運んだ。
アクセサリーショップは色んな人で溢れかえっている。特に、購入を悩んでいる若者が多い。
どうやら現在アクセサリーショップでは割引セールを行っているようで、指輪を2つ買うと40%オフ! と言った表記が見受けられた。
その表記を見た瞬間、ぴん、と尻尾が真っ直ぐ上に上がる。心ではわかっていても、尻尾ではごまかしの効かない感情がレニーを包み込んでいるのが見て取れた。
2つ買えば割引。それも高い指輪を買っても適用されるというのだから、思わず反応せずにはいられなかった。
「……いや、ダメダメ。買うのは1つだけ、買うのは1つだけ……」
小さく、戒めのように呟きながらディスプレイに並ぶ指輪を見定めるレニー。
既にちょっと高めの服を購入しているのだから、財布を薄くしてはならない……。無理矢理にでも言い聞かせて、指輪の購入を1つに抑え込んだ。
レニーが選んだのは、深めに彫られたライン模様が2つあるだけのシンプルな銀の指輪。
黒と橙に染められた中で輝く銀の指輪はそれだけでも目を引くものだった。
「うん、いい感じかな?」
試しにつけてみて、店内の鏡で確認をしてから購入を決めたレニー。
すぐに付けるかどうかも尋ねられたので、このまま指輪をつけて外を出歩くことに。
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「およ?」
アクセサリーショップを出た後、数分歩いたところでレニーの目に飛び込んできたのは……ケーキショップに連ねられた『ハロウィン限定!』の文字。
限定の文字を見てちょっとだけ気になったレニーは、どんなメニューがあるのだろうとケーキショップを覗いてみることに。
「ふわ……すごいたくさんある……!」
ショップメニューは可愛らしいものから高級そうなものまで、ずらりと並んでいる。
そのお値段の差を見ているレニーは表情では普通の表情をしているが、尻尾は驚愕するかのように上下左右ランダムに揺れ動いていた。
どれを食べようかなとじーっと眺めていると、美味しそうなパンプキンケーキを見つけた。
今着ている服と同じ橙色に彩られたケーキ。パンプキンクリームを使ってモンブランのように仕立て上げ、頂点にかぼちゃの種であしらわれた緑の花が添えられている。
ポップにもハロウィン限定と書かれており、お値段もそこそこだ。
財布の中身を確認したレニーはこの機会を逃す理由がない! と、真っ先にパンプキンケーキを注文。1つはこの場でお茶と一緒に食べて、もう1つは帰ってから食べるために購入。
窓際の席について、いただきますと一言。スプーンで側面を削いで、ぱくりと一口。
「んんん~~~……! 選んで正解だった!」
一口食べてみれば、口に広がるのはほのかな甘さのかぼちゃの味。口に残らない、サラサラとした甘さのおかげでいくら食べてもくどくない。まさに、かぼちゃの味を純粋に楽しめるケーキだった。
一口、また一口、お茶とともにゆっくりと食べ進め、至福のひとときを楽しんだ。
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アクセサリーショップ、ケーキショップ、その他いろいろな雑貨店を巡り歩いて楽しんだところで、時間は夕暮れとなった。
街並みを茜色の空が染め上げる頃、レニーの手には雑貨店で購入した小物類の袋がある。部屋のコーディネートも変えてみようと思い立って、色々と購入したようだ。
「おっと、もうそろそろ帰らなきゃまずいかな?」
暗くなればそれだけ帰り道が視認しづらくなる。そのため、早めに帰路へとついた。
ふと、とある公園を通りがかったところで、ざあ、と大きく風が吹いた。
目も開けていられないような強い風に、思わずレニーは腕を前にして顔を守った。
「あたっ、いたた!」
バシバシとガードしている腕に当たる木の葉乱舞。多少の痛みはコートのおかげで守られているが、それでもなかなか痛い。
風が止んで顔を上げてみれば……公園の中に、1つある大きなイチョウの木が目についた。どうやら風はこのイチョウの木から落ちた葉を運んでいたようで、風の通り道にレニーがいた……というのが真相のようだ。
少しだけなら寄り道しても構わないだろうと、レニーは公園へと入ってイチョウの木を見上げる。
その大きさは他の木に比べて大きく、見上げてもてっぺんが見えにくかった。
「でっっ……かーい……アタイの何倍あるんだろ?」
まるで公園の守り神のように鎮座するイチョウの木。秋の終わりが近いことを示すように、葉はレニーの髪の色と似たような色を帯びており、大地をその葉で彩っていた。
レニーは首を地面に向けて、たくさん散ったイチョウの葉をちょっとだけ蹴ってみる。
上空に打ち上げられた黄金色のイチョウの葉は、まるでレニーのコーディネートを更に彩るように、秋の吹雪となって彼女の身体を包み込む。
こうして木の葉で遊ぶのは、いつ以来だろう?
幼い頃は結構遊んでいたような気もするけど……。
こんなにたくさんの木の葉を見たのは、初めてな気がする?
ふと頭に過ぎった様々な言葉に、ちょっとだけ考え込んだレニー。
ある結論に至ったところで、彼女はそろそろ帰ろう、と公園の出口へ向かう。
「――ま、来年も同じこと考える気もするけどね」
そう言って再び、帰路へとついた。
おまけSS『歩いた結果』
「おああ……いっぱい入ってるぅ……!!」
帰宅したレニーはコートを脱いで、真っ先にファー部分を確認。
ボロボロに朽ちているイチョウの葉がレニーを包み込んだせいか、細かくなってファー部分に潜り込んでいた。
「これ、どうやったら取れるかなぁ……。とりあえず、はたき落とせば大丈夫……??」
ぺしぺしぺしぺし。
何度も何度もコートを叩いて、ファーの中からイチョウの葉を落とす。
細かく砕けたイチョウの葉というのはかなり頑固なもので、叩いても落ちないことも多い。
どうにか引きずり出さなければと、レニーはあの手この手でファー部分を綺麗にした。
次からはこのコート着たらあの公園は絶対通らない。
レニーはそう誓いながら、購入したもう1つのパンプキンケーキを食べて1日を終わらせた。