PandoraPartyProject

SS詳細

ジレンマごと煮込んで

登場人物一覧

鮫島 リョウ(p3p008995)
冷たい雨
鶴喰 テンマ(p3p009368)
諸刃の剣

 キッチンが騒がしい。外ならぬ俺たちの所為だ。
 此処は俺たちの家。今は18時前、つまり夕食時。カレーにしようとリョウが言ったから、今日はカレーだ。
 といっても、スパイスを混ぜるだとかそういう上等な真似は俺たちには出来ないので、簡単に人参やジャガイモを切って、旅人由来、練達生産のカレールーをお湯に放り込み、煮込むだけなのだけれども。
 飯も練達由来の機械で炊く。なんていったかな、炊飯器? だっけ。矢張り旅人から伝わった技術で、希望ヶ浜の辺りでは一家に一台あるらしい。結構高かったんだけどな、練達だと安いのか?
「……テンマ、お湯沸いてる」
「おっと、悪い」
 食材を切るのはリョウの役目。俺は其の間に付け合わせになる卵サラダを作る。湯を沸かす火を少し弱めて、カレールーを入れる。何故かこれは俺の役目。役目がごちゃごちゃになっていると思うかもしれないが、俺の方がコンロ側に立っているので仕方がないのだ。

 ――横目にリョウを見る。リョウはいつまでたっても包丁の握り方が下手で、いつか手を切るぞって言っても治らない。寧ろ何度か切ったのに治らない。其の度に絆創膏を貼って手当てするのは俺の役目で、……いや、其れは俺の役目で良いんだ。そうやって俺の役目が増えて行って、俺がいないとリョウの生活が成り立たないくらいになりたいんだから。
 茹で卵を潰しつつ塩を混ぜる。ポテトサラダだとジャガイモという点でかぶってしまうので、俺が考案した卵サラダ。単に卵を潰してサラダ菜と混ぜるだけなんだが、リョウには割と好評だ。カレーを作る時に必ず卵の残りを聞いてくるから、これは確かだと思う。卵を潰すのは力仕事だから俺の役目。
 くつくつ、鍋が煮えている。とんとんとん、とリョウが包丁で野菜を切っている。この瞬間が永遠に続けばいいと思う俺と、いっそ調理道具を手放して抱きしめたいと思う俺と。いや、其れは危ないだろ、って冷静に言う俺が心中に潜んでいる。
 煮え切らない関係を抱きながら、俺たちは鍋が煮えるのを待っている。

「……っつ」
「? リョウ?」
「指切った……」

 またやっちゃったわ、と苦い顔をするリョウ。俺は妙に冷静だった。傷口の度合いを見ようと指を見ているリョウから其の片手を奪い取り、迷いなく口に含む。
 ――いや、何やってんだ!
 慌てる俺がそう叫んだ。うるさい、黙れ、心中の俺。リョウが少しだけ見開いた目で俺を見上げて来る。ああ、今日の眸は紫陽花色なんだな、と妙に冷静に考えてしまう。
 俺たちはオールドワンだから、そんなに深い傷を包丁で負う事はない。ある程度吸えば血も止まる。口から離して指の具合を見ると、血は完全に止まっていた。
「……あ、りがと」
「おう。一応手を洗っといて。絆創膏取って来る」
 俺は鍋の具合を見て更に火を弱めると、絆創膏を取りに別の部屋へ向かい――

 ――部屋に入って思わず頭を抱えた。
 いやいや勢いとはいえ指を咥えるとかどうしたんだ俺。家族だからOKだけど。家族だからOKだけど家族じゃなかったらNGなんだよ! 俺はリョウの事家族として見てないのに! あ、だからか!? 好きな子が怪我したら放っておけないからか!? 其れにしても指を咥えるのはやりすぎだろ……かといって謝るには、俺たちの位置関係は余りにも曖昧で。謝ったら「異性として見てます」って言っているような気がして。いや、見てるけど。好きだと目を見て言ったけど。でも、リョウの中で俺の価値が恋人や家族より遠くに行ってしまうのは、なんとなく、嫌だ。リョウが何を考えているのか、こと此処に関しては判らないから。
 ――俺の事を異性として見てくれていないから、指を許したのか。
 そうでなくて指を許したのか。
 判らない。こればかりは訊けない。俺は怖がりだ、と自分を罵りながら、絆創膏をもってキッチンへと戻る。

「ほら、指出して」
「……。ありがとう」
「だから言ったろ、持ち方直せって」
「だって……切りやすいんだもの」
 大分閉じた傷に絆創膏を貼ってやる。珍しく拗ねたようなリョウだ。また切るぞ、と言いかけて、……俺は言えなかった。また指を切ったら、触れる口実が出来るから。
 でも、リョウが傷付くのはそもそも嫌だ。やっぱり切り方は直して欲しい。俺はそれを巧く言葉に結べないまま、リョウが切った野菜をカレー鍋に入れていく。
 俺たちの関係も、これくらいとんとん拍子で進めばいいのに。煮えていく野菜を見詰めながら、何処か俺は恨めしい気持ちになった。
「……テンマ、たまご」
「ああ」
 リョウに突付かれて、俺ははっとする。サラダ菜を千切って入れて、卵と一緒に潰して塩胡椒。これをカレーが煮えるまでにやらなければいけない。
 俺たちの関係は、――家族よりも遠くて、恋人よりも近い。きっとそんな表現が合う。リョウはどう思っているんだろう。せめて家族だと思っていて欲しい。替えの利かない俺でいたいんだ。
「……テンマの」
 ふと呟くから、俺はうっかり聞き逃しそうになった。
「……何?」
「テンマの卵サラダは、カレーによく合うから、好きよ」
 なあ。
 好きな子に「好きよ」って言われて、舞い上がらない男がいるだろうか。褒められたのは俺の卵サラダだけど、其れはつまり、俺は替えの利かない男だという事だ、そうだろう?
 何でリョウがそんな事を言ったのかは判らない。俺が不機嫌に見えたのだろうか。いや、リョウの事だから、俺の事なんてきっとお見通しで、俺が機嫌を損ねていないくらい判る筈だ。
 俺はますますに、鮫島リョウという女が判らなくなった。其れで良い、とも思った。振り回されていたい。替えの利かない俺は足掻いて足掻いて、君の隣を手に入れるために足掻くから。だからせめて家族としては、替えの利かない俺でいたい。
 いつか絶対、この軛を外してやるから。だから、軛を付けた儘でいさせてほしい。
 ――そんなアンビバレンス。
 家族でない一人の男だったならとも言えない、俺の弱さだった。

  • ジレンマごと煮込んで完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月07日
  • ・鮫島 リョウ(p3p008995
    ・鶴喰 テンマ(p3p009368

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