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魔法少女の優しい冬
登場人物一覧
青い空、白い雲。今日も今日とて練達の街は平和なはずだった。
一匹の新緑色の巨大な犬型怪人が暴れていること以外は。
「ウォオオグォオ! ふははは! 全て破壊しつくしてやる!」
怪人の名はマァッチャ。見た目は文字通り抹茶色のもふもふした愛らしい巨大な柴犬のぬいぐるみだ。おまけに二足歩行している。
しかし、前長10メートルはあるであろう巨体で、街を破壊していく様子は全く可愛げが無い。
人々は逃げ、戸惑い、各々に助けを呼び始める。
そんな混沌を極めた街中で、一人の少女が勇敢に立ち向かう。彼女の名はエル・エ・ルーエ(p3p008216)。逃げる人々をかき分け、美しい杖を握り召喚獣達を召喚し攻撃を向ける。
しかし、さすが巨体怪人というべきか。まったくもって攻撃が通用しないのだ。
「エルの攻撃、きかない、です。どうして」
一体何が足りないのか。もっと召喚するべきなのか。けれど、やみくもに戦うべき相手ではないのは理解できる。
人々は不安そうに彼女を見つめ、時に
「お嬢ちゃん、貴女も逃げなさい!」
「危ないぞ! この町はもう危険だ!」
「おねーちゃーん! にげよーよぉ!」
と各々不安を漏らす。子供に至っては、今日のあまり泣き叫んでいるのだ。いくら見た目が愛らしいとはいえ、街を破壊する怪人を目の前にすればパニックを起こす。
その中でも、自分の為ではなく、戦っている彼女の身を案じて「ともに逃げよう」と告げる人々。
あぁ、なればこそ。自分もともに逃げるのではなく――
「エルは、戦い、ます!」
そんな彼女の決意に答えたのか、目の前に一筋の流れ星が落ちてきた。美しい紫色の星は、子猫の鳴き声を零し正体を表す。そこには、手のひらサイズの紫色の毛並みの子猫が居た。
「ねこ……?」
「やっとみつけたミィ! 君こそ選ばれし魔法少女だミィ! 初めましての自己紹介! ボクはシャーベ。心優しい魔法少女を探してる使い魔妖精だミィ」
ミィミィとシャーベと名乗った子猫は鳴きながら、エル・エ・ルーエの周りをくるくると回る。突如空飛ぶ子猫が現れたという事に困惑しつつも、その子猫が持っている者に彼女は視線を向ける。
「シャーベさん、持ってる、ソレ、何です?」
「これはマホウショウジョナレールというお薬だミィ! 君には魔法少女になれる素質がある! これを飲んで魔法少女になればあの怪人を倒す力を得られるミィ!」
シャーベに薬を手渡され、彼女は少しだけ深呼吸をした。これを飲めば魔法少女となり、きっと皆を救える。ならば……。
決意を固め、瓶のふたを開けて中の薬を飲み込む。味は苺のように甘く、けれど何処か爽やか。薬というより、果実水に近い。
すると、彼女の周りに淡い光がリボン状にまとい始める。くるくると、きらきらと、優しく包み込み、まるで白い毛布にくるまる様に。
くるくる、ふわふわ。手には白いフリルの装飾が。足には白く美しいブーツが。華やかなミニスカドレス、愛らしく大きいリボン。彼女の手元には雪の結晶型の宝石があしらわれた美しいステッキが
とても綺麗で可愛らしい衣装に身を包み、彼女は魔法少女として覚醒する。
「これが、魔法少女、です?」
「そうだミィ! 魔法少女マジカル☆エルになれたんだミィ! 全身から力が湧きたつはずだミィ!」
確かに。心の底から全身へ、まるで血が巡っていくように彼女は沸き立つ力を感じた。
一方で怪人は、此方をぎろりと睨んでまるで愉快だというように笑い始める。
「フッハッハッハッハ! 小さき蟻が力を得たところで所詮蟻なのだ! 吾輩の巨体の前では無力なりぃ!」
「そんなの、やってみないと、わからない、です!」
エル・エ・ルーエは地面を蹴り、空中に舞う。できるか分からなかったが、ふと飛べるような気がして飛び立つ。
彼女の行動に応えるかのように、背中に白く美しい羽が生え、羽ばたき始める。美しい少女は、ふわりふわりと蝶が舞う様に怪人に近づいていく。
「なんだ小娘! 押しつぶされに来たのか?」
「魔法少女マジカル☆エルが、おしおき、です!」
彼女が杖を振るうと、氷の鳥達の群れが召喚され、怪人に向かって攻撃を仕掛ける。するとどういう事だろうか。今まで一切通じていなかったはずの攻撃が通じ、怪人は体のあちらこちらが氷漬けになっていくではないか。
「な、なにぃい!?」
「すごい、です!」
「これが魔法少女の力だミィ!」
シャーベの言葉に彼女は確信する。この調子で押し切れば、きっと勝てるはずだと。しかし、それを思っていたのは自分だけではなく相手も同じ。
「さすがにこのままではいかん!」
怪人はその場から逃げ出そうとし始めた。だか、このまま黙って見過ごすことはできない。彼女はすかさず、怪人の足に向けて追撃を始める。
鳥達の群れが、怪人の足と地面を同時に攻撃し、氷が怪人をその場に縫い留めた。
「ぐぅう! こしゃくな!」
怪人は忌々し気に、八つ当たりの様に周りの建物を破壊していく。認めたくない。何が魔法少女だ! 自分はある日突然捨てられたぬいぐるみだった。友人である子供が、突然気に入らないからと捨てたのだ。
だから恨んだ。自分を作った社会も、子供も。あの子供が積み木で遊ぶかのように、街を破壊して、鬱憤を晴らしていた。
魔法少女の姿を怪人は見つめる。あぁそうだ、自分を捨てたあの少年は丁度あの子の様な年齢だった。だから無性に――悔しくて悲しくて、腹が立つ。蒸し暑いクローゼットの中にずっと埃だらけにして閉じ込められていたのに。
「うぅうあああ! もう、暑くて暗いところは嫌なんだ! せっかく自由になったんだ!」
「だからって、皆に迷惑を、かけちゃ、だめ、です!」
少女の諭すような言葉に、怪人は動きを止める。そうだ、この言葉は――あの子が母親に言われた言葉だ。もう男の子だからぬいぐるみを卒業しなさい。きちんとしなさい。周りに迷惑をかけないで。
だから彼は、自分をクローゼットに入れる時にこういったんだ。
「ごめんね」
大事な人と別れるのはいつだって悲しい。独りぼっちはもっと悲しい。
怪人のその心情を無意識のうちに感じ取ったのか、はたまた自身も父親と分かれたあの頃を思い出したのか。言葉で聞いてもいないし、お互い事情は知らない筈なのに、二人はどこか何かを通じ合っていた。
「冬の力で、おしおき、めっ、です!」
彼女は力強く、唱えるように、訴えかけるように言い放つ。
別れがあれば出会いもある。きっと貴方にも出会いがありますように。
事情は知らない、過程もわからない。けれど、その燃え滾る心が休まりますように、と彼女は怪人を氷漬けにした。氷漬けにされた怪人は、瞬く間にぬいぐるみサイズに小さくなり、淡い黄金の光に溶けて姿を消す。
その中で小さく「ごめんね、ありがとう」という言葉がささやかれ、彼女はそれをしっかりと耳にした。
彼女はそれを見届け、地面に着地する。すると、安心したのか周りの人々が集まり彼女を褒めたたえた。
「ありがとう!」
「本当に助かった!」
人々の中の群れに一人、同じ年程の少年が先ほどの怪人によく似たぬいぐるみを抱きしめ、優しく泣いている。それを、彼女は何処か嬉しそうに見届けるのであった。
◆
ふと、ばさりと身を起こし、エル・エ・ルーエは目覚める。
ここは自分の部屋。どうやら、先ほどまでの出来事はすべて夢だったようだ。
「魔法少女、の夢、でした」
二足歩行する犬型の怪人、空飛ぶ子猫の使い魔妖精。そして、魔法少女になって戦い、人々を救う自分の摩訶不思議な夢。
確かに不思議な夢だった。けど――
「素敵な夢、でした」
きらきらと、ふわふわと飛んで、素敵な衣装に身を包み、可愛らしい子猫と共に皆を救う正義の魔法少女。
何もかもが素敵で、まるで夢の様なひと時を、彼女はゆっくり噛み締める。あぁ、とてもいい気分。叶う事ならもう一度、夢の続きを見てみたい。
そうだ、ならもう一度寝てしまおう。まだちょっとだけ眠いし、ゆっくりまどろんでいたい気分なのだ。
彼女はもう一度横になり、笑顔で穏やかに眠りにつく。もう一度あの夢を見れますように、と。
ベッド脇のサイドテーブルに「マホウショウジョニナレール」と書かれた薬瓶があったことも気付かずに。