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一期一会

登場人物一覧

アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
アルテミア・フィルティスの関係者
→ イラスト

●一期一会I
 幻想の名門、武門で鳴らすフィルティス家――その令嬢は美しく評判は実に名高い。
 文武両道、抜群のスタイル、目が覚めるような長い銀の髪と特徴的な双眸オッド・アイは神秘すら帯びて美しく、人界に迷い込んだ妖精の如く。
 雑然とする酒場で『おひとり様』になる事等、想像もつかないような女性である――
「――本当に、やってられないわよ……!」
 ――しかし、この日。吐き捨てるように呟き、カップでやや乱暴にテーブルを叩いたアルテミアの周囲に酔い客は居なかった。
 言うまでも無く男好きのする彼女が山のように声を掛けられる事は常である。
 しかし、それでも。
(縁談だ何て……結婚だ何て! ローレットを辞めて、剣を置けだなんて……!)
 燃え上がるプロメテウスが普段とはまるで違う様子なら、近付き難いのも又道理である。
 事の発端は数時間前、祖父ロギアの放った言葉である。

 ――エルメリアが『ああ』なった以上、お前はもう剣を置け。
   女には女の幸せがあるものだ。家はエドウィンが継ぐものだ。
   ……まったくあてにはならんがランブリッジも残っている。
   お前に相応しい縁談を用意した。フィルティス家の娘として理解出来るな?

「……冗談じゃないわ。何の為に強くなったって言うのよ……!?」
 カップを煽り、何時にも増して苦い液体を喉の奥に流し込むアルテミアは自分には似合わない不満と怒り、反発を一緒に飲み込む事に苦労した。
 自分でも何故ここまでに苛立つのかは分からなかった。
 仇敵が健在なのに剣を置けと命じられた事か。
 武門に産まれ、女だてらに腕を磨きながら――『今更』女だから剣を置け等と言われた事か。
 幸せになると言ったエルメリアとの約束に触れるからか。
 答えは全て『是』である。
 アルテミアは結婚をしたくない。ましてやローレットを辞める等、認められない!
「聞いてますか……?」
 吐き出すだけの行為に意味はなくとも、そんな意味のない行為に縋りたくなる日もあった。
 友人ならぬ、一期一会の相手だからこそ――吐き出せる事もあった。
「聞いてるよ、『アル』」
 グラスに浮かんだ氷をカランと鳴らして静かな調子で言った男は荒れるアルテミアと対照的にあくまで冷静なままだった。
 今日のアルテミアは余程根性のある者以外声を掛けられない調子だったが、彼は丁度そんな人物に該当した。
 彼はこの酒場でも見た事がない顔で、少し警戒したアルテミアは本名や経歴を名乗らなかった。
 だから一時の飲み相手となった彼の中で彼女は唯の『アル』である。
「したくない結婚か。ましてや君みたいな綺麗な人なら――やりたい事がまだあるなら尚更だろう」
「……それは、そう言われると複雑ですけど」
「それに好きな人とかが居るかも知れないしね」
「……それはっ……別にそういう話じゃ……」
 咄嗟に頭に思い浮かんだ顔はあったけれど、それが『そう』なのかアルテミア自身分かってはいない。
「……しかし、中々複雑な話だ。恨みたくなるような、感謝したくなるような」
「……………?」
 宙を眺めて茫洋と呟いた彼にアルテミアは不思議そうな顔をした。
「こっちの事だよ。気にしなくてもいいが――そうだな。
 僕が今日この場で君に慰めをあげるなら、『取り敢えず半分位はうまくいく』よ。
 それ以上の事はちょっと僕にも分からないけれど」
 小首を傾げたアルテミアの肩を男はポンと叩いた。
 スツールから降りた彼はカウンターの隅に二人分の飲み代を遺し、ひらひらと後ろ手を振っていた。

●一期一会II
「我がフィルティスの為にご足労願った事を心より感謝いたします。ドーマン伯爵」
「こちらこそ! 武門の誉れ高いフィルティス家との縁を我々も心待ちにしておりましたぞ!」
 お見合い当日――石像のように表情の硬いアルテミアの有様は尚更だった。
 あれからもアルテミアは祖父の説得に尽力したものだ。
 お見合いは、結婚は待って欲しい、自分はローレットを辞める心算は無い――
 しかし、ロギアは老いて尚幻想軍部にさえ一目置かれる男である。
 彼の鋼鉄よりも堅い精神と厳格さをアルテミアは骨の髄まで知っていた。
(お父様も援護射撃位してくれてもいいのに……っ……!)
 フォーサリアにそれを求める事は難しいと思ったが、案の定と言う他はない。
 祖父は彼女にとって剣の手ほどきを受けた師でもあり、誰よりも尊敬し畏れる権威であった。
 結局、押し切られてこの日を迎え、かくてアルテミアは輝く美貌も曇る彫像のような顔を余儀なくされている訳である。
「……む、失礼ながらご子息は」
「申し訳ない。こんな日に遅刻をするとは……何をしておるのだ、ヴァンは!」
 ヴァン・ドーマン伯爵子息。
 名門ドーマン家の嫡男であるが、放蕩の評判に定評がある。
(……お見合いに遅刻する男が結婚相手か……)
 聞きしに勝るこの状況にアルテミアは疲れた顔で苦笑をした。
 エルメリアがあんな事になってしまった以上は――これ以上家族を傷付けたくなかった。
 アルテミアに望みはあったけれど、彼女はそれ以上に『フィルティスの娘』の意味を理解していた。
 己を押し殺そうと努力する彼女はやはり『聞き分けが良すぎる』。
『彼』がやって来たのはそれから程無くの事だった。
「……失敬、遅れてすみません。道が混んでいたものですから」
 陳謝する伯爵の一方でロギアはあくまで鷹揚としたものだった。
 一方で唇を噛み、俯いたままのアルテミアは『結婚相手』に興味が持てず、顔を見る気にもなれなかった。
「ロギア様もそうですが、特にアルテミア様にはお詫びを申し上げたい。
 決して私は今日と貴女を軽視している訳ではないのです――」
 名を呼ばれれば止むを得ず、作り笑いを浮かべたアルテミアは「いえ」と面を上げ――上げた所で目を見開いた。
「……っ……!」
「花売りより、特に美しい花を選んで貰いました。花束は前時代的かも知れませんが――」
 彼女の目の前には恭しく花束を捧げる男の姿。
 いや、フォーマルな衣装や話し方は見違える程だ。しかし、つい数日前たっぷりと愚痴を聞かせた顔である。
 困惑のままにお見合いは始まった。
 やはり些か上滑りする会話は無難で当たり障りは無く。
 しかし、話題がアルテミアの事に差し掛かった時、『ヴァン』はこう言った。
「アルテミア様の武勇、名声は私も聞いております。
 お恥ずかしながら私は武勇の類は持ち合わせませぬ故。
 今後共アルテミア様の活躍は楽しみです。『惚れ直してしまうかも知れない』」
 冗談めいたヴァンにロギアの表情が引きつった。
 この縁談はロギアが渾身を尽くした『最高級』のものであり、「我が家の嫁に英雄譚とは。鼻が高いというものですからな!」と笑うドーマン伯爵は息子に甘い事で知られている。
(まさか、この人……)
 アルテミアがヴァンの顔を見つめると彼は酷く器用なウィンクをした。
「失礼ながら親しみを込めて。『アル』と呼ばせて頂きますね。
 ……なぁ、アルもそうは思わないか? 人生には冒険が必要だからね。
 運命的な出会いも、一目惚れも。馬に蹴られるのは嫌だけど、この縁談自体はとても得難い」

 ――僕が今日この場で君に慰めをあげるなら、『取り敢えず半分位はうまくいく』よ。

「ええ! そう思いますわ!」
 アルテミアは旗色の悪いロギアの様子を確認し、今日一番、花の笑顔を浮かべていた。

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