SS詳細
Yummy Yummy Parfait
登場人物一覧
●巷でちょこっとだけ噂の喫茶店
軽快なメロディと共に、CMが流れてくる。
ぼんやりと寝ぼけ眼でテレビを見つめていたアクアは、それを見るや頬を紅潮させた。
~♪
『あなただけのパフェが、あなたを待っている!』
「これ……食べて、みたい……!」
思い立ったが吉日、とはいかず。スケジュールを書き連ねた手帳を見てみれば、この後は依頼、依頼、また依頼。落ち着いたかと思えば、依頼人との相談がある。それでは飽き足らず、領地のチェックや家事などなど、落ち着くのは週末になりそうだ。
(……諦めない。パフェ、たべたい……!)
一週間頑張れば食べられないことも無い。なら、この一週間を全力で乗り切るのみ!
ちいさな拳をきゅっと握り、決意は固く。アクアの心には小さな炎が宿った。
(ぜったいに、たべる……!)
こうして、アクアのあわただしくも楽しい一週間は幕を開け、パフェとの出会いは『こう』やって果たされたのであった。
●ちょびっとのしあわせ
幻想郊外で近頃噂の喫茶店をご存じだろうか。
幻想の街を行く少女たちの噂。なんでも、てんこもりの苺と生クリーム、カスタードにスプレーチョコ。棒状のチョコ菓子と、クッキーにチョコソース。『女の子の大好きなもの沢山!』をテーマにしたとびっきり美味しいパフェがあるのだとか。
それはもちろん見た目だってとびきりに可愛いのだけれど、その量もまたてんこもりももりもり。女の子一人には少し多いかもしれない。そんなジャンボパフェを売りにしているらしい。
しかし、それだけではない。それだけならまだただ大きいだけのパフェだ。しかしそのパフェの魅力というのは、自分で好きな素材を選び、調理できることが魅力なのだ。たとえば、苺が苦手ならバナナやマンゴーなど、他のフルーツに変えることが出来る。量もお好みで調整すればいい。つまりカスタマイズした超ド級のパフェが作れるのだ。
ちなみに少女たちはそれを食べた経験の有無をある種のステータスにしており、これを食べたことがある女子は流行を行く女子だともてはやされるのだとかちがうとか。
そんな噂の渦中にあるパフェが気にならないはずもなく。
依頼の相談を終え、一通りの家事も買い出しも終えた。普段ローレットの
それに。
「ん……このパフェ、食べたいの……!」
噂を知って以来、アクアの頭の中はそのパフェのことで一杯だった。だから今週は一日一日があっという間に感じられた。早く食べたいという気持ちが秒針を急かすようで、カレンダーを一枚一枚めくるのが楽しみで。CMがテレビで流れる度にそわそわして、明日が来るのが楽しみになって。
特異運命座標になる前の自分ではいこうと考えもしなかった、お洒落な喫茶店。今じゃもう怖くもなんともない。
だから、今日を楽しみにしていた。あのパフェを口に入れる日、その時を!
何を使おうかな。クリーム、カスタード。フルーツのソースを使ったっていいし、ワッフルみたいな焼き菓子を乗せたっておいしそうだ。どきどきが止まらない。
美味しいものを食べる。想像しただけでたのしい。わくわくした気持ちは足音に現れ、炎はぱちぱちと火花がなるようにはじけて。
チリンチリンと軽快にベルが鳴り、簡素ながらも整った店内をそのエメラルドのひとみに映す。
店員に案内されるままに席に腰掛け、目当てはこれひとつだと言わんばかりに注文を。容器を選び、材料が届くまでの時間をるんるんと足を揺らしながら待っていたその時、招かれざる客が姿を現した。
「よぉ、ここが最近噂の喫茶店だな?」
見たところ強盗の類だろう。レジに立つ店員を脅迫し、金を出すように言っている。
普段なら何か声をかけたかもしれないが、今は違う。今ばかりは例外だ。
ゆっくりとホイップクリームを巻いて、小さなタワーのようにする。てっぺんにはさくらんぼを乗せた、アクアだけのパフェ。目の前に絶対に美味しいとわかる食べ物がある状態。しかもそれは、放置しているとどんどんその美味しさを失ってしまうことだろう。
だから後でいい。正直言ってめんどくさい。
せっかくカスタマイズした自分だけのパフェを邪魔されるのも気に食わない。だから無視しておこう。
そう思って最初のひとくちを掬い、口に入れようとした丁度その時だった。
ガッシャ―ン
「いっけね、嬢ちゃんごめんな? つい『手が滑っちまった』ぜ」
「ぎゃはは、ひっでーの!! でも丁度ひとくちに減ったからよかったね、お嬢ちゃん!」
べしゃり。
見事に地面と熱烈なキスを交わしたパフェは、容器の底を天井へ向け、容器を起こそうものなら中身のシリアルやらホイップやらが溢れそうな勢いで、手を付けないほうが安全だろう。
スプーンの上のひとくちを口にする。美味しい。
「せっかくの、パフェ……はぁ~……」
ずうんと沈んだアクアを見てげらげらと汚い笑い声を店内に響かせる強盗たち。
「さーて、貰うもんもらったし俺達は帰るかね」
「……けるな」
「あ?」
強盗の男の手首を掴み。立ち上がった少女。
店内はざわめく。いくらパフェが欲しくとも、
「……ふざけるな……殺す、殺す殺す殺す! ぶっ殺す!」
さっきまで幸せそうに、花すら飛んでいそうな表情でパフェを見つめていただけに、その怒りは並大抵のものではない。
「あ? 嬢ちゃん、痛い目みたくなかったら手は離しとくのが吉だぞ?」
「わたしがこの日をどれだけ楽しみにしたと思ってんだ! あ゛ぁ!?」
手が付けられそうにない。
漆黒の炎が吹き荒れ、唸って。触れてしまえば吞まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「おい、こいつ……」
「ああ、やべえんじゃねえのか?」
「あんまり痛い目は見せたくなかったんだけどな」
しかし。強盗団が武器を構えるよりも早く、アクアは男の腹に拳を埋め込んでいた。魔力纏った拳が男の意識を奪い取る。
「おい、おい……!!!!」
「やべえ、もう逃げるしかねえよ」
「逃がすと思ってんのか?」
狂え、歪め、沈め、散れ、哭け、呻け、嘆け。
邪悪を孕んだ影の手が男の身体を掴み、首を少しずつ締める。息の根を止める。
「わる、かっ、ガハッ……」
「聞こえない」
「う、ああっ!!!」
ミシミシと骨が良くない音を立てる。漆黒は未だ燻ぶり続ける。
男が暴れ、影の手から滑り落ちる。咳き込み、まるで怪物を見たとでもいうような目でアクアを見つめる。
腰を抜かしたまま後ずさりした男は、ようやく声がでたとでもいうような表情をすると。
「う、うわああああああああああああああ!!!!」
気絶した男を引きずり、金を返して全速力で立ち去って行ったのだった。
店内には歓声の渦が巻き起こった。が、その歓声を生んだ本人は、酷く落ち込んでいた。
(パフェ……まだ無事かな……)
●めでたしめでたし?
男たちが走り去っていくのをぼんやりと眺めながら、アクアはぺしゃりと無残にひっくりかえったパフェを想った。
(パフェ……)
炎が悲し気に揺らめく。
「ああ……」
男達(と、アクア)が暴れたせいでパフェはもう原型すらとどめてはいない。
悲しみがアクアのこころを襲う。
悩みに悩んで決めたパフェをこんなにもめちゃくちゃにされるなんて。アクアが目も当てられないほどに落ち込んでいるのに耐えかねた店員の一人が、アクアのその背に声をかけた。
「あのぅ」
「……?」
「パフェは素材がなくてもう今日は難しいんだけど」
「……はい」
「だけど、強盗を追い払ってくれたよね」
マンゴーに、バナナ。チョコスプレー、苺。カスタードは多めに、マシュマロだって乗せた。
散らばったパフェは元には戻らない。
そっと顔をあげたアクア。店内に居た人々は、アクアをやさしくみつめて。
「だから、お礼に好きなだけ、なんでもたべていいよ」
ね、店長! と店員が店長と呼ばれた男性に仰げば、その人は深く頷いて。
「店は壊れてしまったらなおらないけれど、パフェはまた作ることが出来るからね。店を守ってくれて、ありがとう」
こうして、アクアは。
「ええと、この……ナポリタン、と。ハンバーグと、あと、ヨーグルトアイスを」
「かしこまりました!」
パフェを食べることは出来なかったけれど、次に来るときはお腹いっぱいパフェを食べるというちいさな約束も交わして。
おなかいっぱいになって、帰ったのでした。
めでたし、めでたし!
なお、この一週間後。ちゃんと日を改めて、パフェを食べに行ったアクアなのだった。