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築柴 雨月(p3p008143)
夜の涙


『俺と叶雨は、ずっと一緒。死ぬまで一緒だよ。
……だって俺たち、双子だろ?』

 意識が夢から浮上する。ベッド傍に充電したまま置きっぱなしにしていたa phoneへ手を伸ばすと、ディスプレイにはAM4:58の文字が浮かび上がった。
(アラーム前、か……)
 手を伸ばしてカーテンを開け、まだ日の登っていない薄青の空をぼんやり眺める。頭が覚醒しきる前に鳴り響いた端末の音に、ゆるゆると身を起こしながらーー雨月はいつも通りの朝を迎えた。

 目が覚めてから朝食までは勉強の時間だ。サッと顔を洗って着替えたら、昨日まとめたノートに目を通す。授業中、黒板に書いてある事をただ写すだけなら、スマホで撮れば事たりる。だからノートを"忘れないようメモする"というより、普段から"この後に復習するためにはどう書いたらいいか"を考えて、まとめてノートに落とし込む。頭の中で噛み砕いて、未来の自分に教えるつもりで。うまく書き出す事が出来れば、赤い下敷きでのおさらいも、なかなか馬鹿にならない物だから。
 復習が済めば、次は今日の授業の予習だ。そうこうしているうちに朝日が窓から差し込んで、外で囀り出す雀。


『時刻はAM 7:30をまわりました。次は芸能ニュースです。人気バンドのーー』
(……あ。このバンドグループ、前に千月が話してくれたやつだっけ)
 バターの染み込んだトーストを齧りながら、テレビのニュースキャスターの声に耳を傾ける。咀嚼している間に、全員分の朝食の支度を終えた母さんも食卓についた。
「雨月、今夜からお父さん出張で、私も夜は早めに休むから――」
「夕飯ね。分かった。適当に自分でやって食べておくよ」
 ご飯はいつも母さんが作ってくれるけど、母さんが作れない日は俺が作る。どうせ一人で食べるならと、朝食の合間に弄るa phone。

『おはよう。今日一緒にご飯食べない?』

 送信先は、双子の弟――叶雨に向けて。寮暮らしで家にいないし、ちゃんと食べてるか心配だな。
「あら。雨月、目元にくまが出来てるわよ」
「ほんとう? 顔洗う時は全然気づかなかったよ」
「大変だろうけど、こん詰めすぎないようにね」
 母さんの話を聞いて、新聞を読んでいた父さんが顔を上げた。
「母さんの言う通りだ。お前の学力なら、そこまで無理する必要もないだろう?」
「心配かけてごめん。キリのいい所までやろうと思ったら、少し遅くなって。今夜は無理しないから」
 朝食を慌てて口の中にかき込んで、逃げる様にリビングを後にする。
(そんなに濃いかな、これ……。明日からは朝ご飯の前に化粧しよう)
 化粧、と言ってもクマを誤魔化すためにコンシーラーで軽く整えるだけだ。最近始めたばかりだけど、やってみると案外しっかり馴染む。
(本当、便利だよね)

「行ってきます!」

 AM8:00、家を出れば日が網膜に刺さる。それでも外へ踏み出すのは、夢を叶える未来あすがあると信じているからで――


「よっ、天才」
 後ろからいきなり肩に腕をまわされて、ビクリと身を跳ね上げる。
「上島君か。やめてよその呼び方、恥ずかしいから」
「はっはっは。朝だからって気を緩めてた築柴に、喝を入れてやろうと思ったんだ。たるんでるぞー青年」
「そんな事言って、築柴さんのノートが分かりやすいから写させて貰う魂胆なんだろ?」
 くっつこうとする上島と逃れようとする雨月。その隣を眼鏡の長身の青年が図星をついて足早に通り過ぎる。
「な、なんだとぅ正岡のくせにー、お前だって時々頼りにしてるだろ!」
 ここは練達の総合大学。それも国の中では偏差値上位の難関校だ。上島と正岡は、雨月と同じ医学部で、研究室ゼミまで同じ所に属している。当然それなりに勉強は出来る筈――なのだが。
「何をもってして『正岡のくせに』なのかは知らんが、次の授業に遅れるぞ」
「わっ、もうこんな時間だったんだね」
「やっべ! 行くぜ天才。ノートは後で!」
「ちょっと上島君!?」
 いきなり強く手を引かれ、がくんと傾ぐ身体。大学生にもなって廊下を走る事になるなんて……と戸惑いながも雨月は二人と共にかけ足で廊下を行く。
 授業開始のチャイムが鳴れば、そこからは脳にスイッチが入った。時計の針は幾度も回り、時は過ぎて――7限目が終わる頃に、ようやく椅子へ背を預ける。
「今日もハードだったね」
「物理の津田先生、黒板消すのがやたら早いよな。三度目の書き直しあたりで後半、写し損なった」
 授業が始まる前はキリッとしていた正岡が眼鏡を外し、眉間を押さえて悔しそうに呻く。
「上島さん、生きてるか?」
「今日は普通の学科ばっかだから余裕だぜぃ」
「そういえば上島君は、医療系の教科になると頭から湯気が出るよね」
 一口にエリート大学生と言っても得手、不得手がある様だ。通常の科目が得意でありながら、医療系の学科に弱いというのはこの学部の中でも珍しいが……。
「代わりに明日は地獄なんだよ! 栄養学とか、チーム医療論とかぁ!築柴、全て任せた……代わりに研究室の機材準備、かわってやっから!」
「んー……」
 手を合わせて頼み込まれ、雨月は人差し指をあごに当てて少しだけ考える。
「機材準備はいいから、ひとつお願いがあるんだけど。できれば正岡君も」
 お願い、と言われて顔を見合わせる上島と正岡。不思議そうな顔の二人に少し照れた様にはにかんで、雨月は願いを告げた。
「俺の事は苗字じゃなくて、雨月って呼んでくれないかな。そっちの方がしっくりくるから」

"天才"よりも"築柴"よりも、"雨月"がいい。苗字は弟と一緒だけど、名前は違うから。俺を呼んでくれてるって、ちゃんと胸に刻めるから――

「それくらいならお安い御用だ。雨月さん」
「じゃあ俺も名前で呼べよ! 上島 秋成。いずれ麻酔医のトップになる男だッ!」
「トップかぁ、凄いね。正岡君の下の名前は?」
「俺は名前が正岡だ。下条 正岡」
「「!?」」

 授業が終われば、ここからが雨月の。第二研究室と呼ばれる場所を研究室きょてんに、日が暮れるまで研究へ没頭する。
 オフィススペースのすぐ横に並ぶ実験台と専門機器。この環境に惚れ込んで、どれほど努力して入試に挑んだ事か!

 誰かを救うことができる存在になりたい。誰かの心に寄り添って、勇気づけてあげたい。自分を助けてくれた友人の様に――だから。
 授業も研究も何だって、手を抜かずに全力だ。

「なぁ、雨月さん」
「どうしたの?」
「さっき上……秋成さんが麻酔医になる、と言ってただろう。俺はこのまま院生を目指すつもりだ」
「正岡君ならきっとなれるよ」
「ありがとう。大学を卒業したら雨月さんはどうするつもりなんだ? 君ほど優秀なら、院生になると言えば教授だって喜んで迎え入れるだろう」

 救うという事。その選択肢は多岐に渡り、色々な未来へ続く小道となって雨月の前に広がっている。
 どの道を歩むべきか、どんな医者になるか。その答えを出すには、まだ焦る時期じゃない。


「ただいま」
 PM22:00。静まり返った家の中で玄関の灯りをつける。シャワーを浴びて身綺麗にしたら、栄養ゼリーを冷蔵庫から引っ張り出した。
「小型の細胞が散在性に多数出現している。結合性は認められなくて、細胞質も狭い。未熟リンパ球と細胞球を認めるから、この写真の症例は――」
 日を跨いでも勉強は続く。時間を持て余すとざわざわしてくる。

 研究室の仲間は俺を"天才"だなんて言うけど、秋成君は自頭がいいから飲み込みが早いし、正岡君はどの研究でも丁寧で、迂闊なミスは絶対にしない。
 見渡せば、どこを見ても天才揃いだ。立ち止まってしまったら、置いていかれる気がして。
 今夜はこれくらいにしとこうかーーそう思って座ったまま伸びをした時、机に置きっぱなしだったa phoneが視界に入った。

 今日も叶雨から返事は来なかった。ただ、液晶へ無機質に浮かび上がる『既読』の文字だけが、辛うじて二人の関係を繋いでいる。諦めて口に流し込む栄養ゼリー。
 
 もう何回「今日ご飯行こうよ」って言っただろうか。それでもやっぱり繰り返す。
 風化するのが怖いから、いつかきっと、心が追いつくのを待っている。


「ごちそうさまでした」
 朝が来る前に目が覚めて、勉強をした後に化粧を少し。朝食を食べたて一息入れたら、支度をして学校に――
(……あれ?)
 a phoneの受信通知に目を見開く。開いてみれば、夜妖を倒しに練達へ潜入している特異運命座標の友人からだ。丁寧なお祝いの言葉に固まること数秒。
 いけない。いつもこんな生活を送っているから、時々自分のもう一つの役割を忘れかけるんだ。

「4周年おめでとうございます」

  • Curriculum完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月07日
  • ・築柴 雨月(p3p008143

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