PandoraPartyProject

SS詳細

真那とマミ

登場人物一覧

月待 真那(p3p008312)
はらぺこフレンズ



 すっかり落ち着いた日差しが、夏は既に去ったのだと伝え、冷たくも心地よい秋の風が、今日を楽しもうとその背を押してくる、ある日の事だった。

 白くピンと立った耳と、ふわふわの尻尾を揺らし、真那は町を歩いてゆく。鼻歌混じりのショートブーツが、コツコツとリズミカルに石畳を叩いていく。彼女がピタリと足を止めたのは、『夢字狎堂』と書かれた、年季のこもった古い看板。その前で、大きく息を吸って、吐いて。

「むーみん、居るかー? 邪魔するでー!」
「あっ、真那ちゃん! 今日も来てくれたのぉ?」

勢いよくその扉を開く。そこに居たのは、彼女と違い、丸く茶色いまん丸耳尻尾を持つ少女。しかし、獣種としての特徴を示すそのパーツは、もっふり具合で言えば真那に勝るとも劣らない。
『むーみん』と呼ばれた彼女……夢字狎マミは、緩やかな動きでカウンターから出てくると、『あ、そうだぁ』と手を叩いた。

「今日ね、おばあちゃんが作ってくれたお萩があるのぉ。ね、一緒に食べなぁい?」
「ホンマ!? えへへ、いただきまーす!」

わかったぁ、の言葉と共にパタパタ店の奥に引っ込むマミを見送り、真那は改めて、この夢字狎堂の中を見渡した。

真那が現在腰掛けている飲食スペース、そして先程までマミの立っていたレジカウンター。
小さな採光用の窓を除き、その壁面の殆どが本棚で埋め尽くされ、その本棚にも隙間なく、背表紙がずらりと並んでいる。
今は真っ昼間なので明るさに困りはしないが、夜になればここも、真っ暗闇に包まれるのだろう。
それでも、『お月様やお星様の光だけで読書するのも、すっごくロマンチックなんだよぉ』と、彼女は笑うのかもしれない。

しかし、見るからに快活元気少女な真那と、ほんわかのんびり少女たるマミ。
一見するとタイプが合わないように思える彼女達が、何故こうして談笑しているのだろうか?

──話はおよそ、2ヶ月前に遡る。



「いやぁ〜、今日も楽勝やったなあ!」

ちょっと分厚い封筒を手に、ほくほく顔でローレットからの帰り道を往くのは真那。
さて、これで何を買ってこようか。やはり銃のカスタマイズに使おうか。ここに来る道中で見つけたワンピースを買いに行こうか。それとも、仕事で火照った身体を、ひんやりジェラートで美味しく冷ます?
そんな妄想を、楽しく繰り広げていた時の事だった。

「おいどけぇ、犬っころ!」
「ひゃっ!? ちょっと兄ちゃん、何しとんねん!」
 
柄の悪い男が、真那を押しのけ駆け抜けて行く。
彼の横暴に抗議の声を上げる真那だが、その目は既に彼女を見ておらず。続けざまに、白い耳に飛び込んできたのは。

「待ってぇ〜! 誰か、あのお兄さん捕まえてぇ〜!」

その姿を確かめて見れば、狸の耳と尻尾、そしてそれが実によく溶け込むふんわり栗色ボブが特徴の、マシュマロボディの女の子。しかし声の主は、間延びした声の通りぽてぽてと走るのが精一杯。
表情からして本気で困っている事が伝わっては来るのだが、如何せん足が追いついていない。
やがて体力に限界が来たのか、はあはあふうふう息を吐き、その場に踞ってしまう。勿論、これを見過ごせる真那ではない。

「どうしたんや、姉ちゃん。えらいけったいな事になっとるようやけど」
「……あなたは、だあれ?」
「うちは真那! ローレットの真那や!」
「ローレットの人!? 良かったぁ……! えっと、あたし、マミっていうのぉ。お散歩してたら、大事なポーチ、あの人に取られちゃって。走ってたんだけど、追いつけなくってぇ……」

しょんぼり耳を垂らす彼女の言葉を受け、真那は再び、男が去った方角を見据える。男は単独のスリ、他に仲間を募るより、自分が行く方が手っ取り早い。今ならまだ、追いつける。

「ほな、私が捕まえたる! そこで待っとき、マミちゃん!」
「待って真那ちゃん!」

駆け出そうとする真那を手で制し、マミは短く何かを唱える。すると真那の身体がふわり、織ったばかりの衣のように柔らかな風を纏った。

「マミちゃん、これは?」
「えっとねぇ、おじいちゃんから教わった、風の精の付与魔法、だよ。これがあれば、普段より早く走れると思うよぉ」

なるほど、彼女は他者の強化を得意としているのか。その言葉通り、身体がとても軽くなったように感じる。
彼女の言うとおり、今ならば風のように駆け抜けて、男を捕らえる事もできるだろう。
……しかし一つ、気になることが。

「……最初からそれ使たら、すーぐ終わったんやない?」
「あっ……」





 それはさておき、活発な真那もちょっと抜けているマミも、共に感覚鋭い獣種の娘。風の助けがあるならば、決して追えぬ距離では無い。
逃げる男の足跡を見失う事なく追い続け、やがて彼を路地裏の行き止まりまで追い詰めたのだ。

「ぐっ、あのトロタヌキ!? もう追いついて来やがったのか……!?」
「トロタヌキなんてひっどーい! あたしには、マミっていう立派な名前があーりーまーすぅ!」
「ハッ、カモだったお前が悪いんだろお!?」
「で、そのカモに詰め寄られてる今の気持ちはどうなん、兄ちゃん?」

真那の指摘に、んぐ、と言葉を詰まらせる男。その間にも、真那がじりじり、さらに距離を詰めてくる。
しかし冷静に自身に詰め寄ってくる人物を見てみれば、方や小柄な狼少女、方やゆるふわ森ガール。

(……フン、こんな奴ら。脅せばどうってことないだろ)

口の端を吊り上げて、男はポケットを探る。

まずは、身体の小さく力も弱そうな狼女を人質に。あのトロタヌキも、こちらが人質を取ったなら、オロオロ慌てて何も出来ないに決まってる。まずはこの小娘の喉を掻き切って。残りも……同じように切ってやるか、それとも意外と顔は悪くないし……ポーチと引き換えに今宵の相手でも……。

そんな下種の考えが、男の思考を駆け巡った。

──しかし、その時。

「真那ちゃん、そいつ何か持ってるよぉ!」
「なんや、往生際悪いなぁ!」

男がナイフを振るよりも早く、真那の銃がその手を撃つ。
的確に与えられた衝撃に手がひどく痺れ、男はナイフを取り落としてしまう。

「ぐっ、女ァ……!」
「どうやらマミちゃんだけやのうて、私もええカモやと思っとったみたいやけど? そうはいかんで残念やったなあ、兄ちゃん?」

銃口を男に向け、真那は歯を見せ笑う。
一見愛らしい勝ち気な笑みも、この時ばかりは、獲物に牙剥く肉食獣のそれに見えたに違いない。

「……これで、しまいや」

──真那の指は、引き金をしっかりと捉えている。男の時間は、それきり凍りついた……。







「真那ちゃん、すっごーい! あっという間に捕まえちゃったぁ!」
「私が捕まえた言うよりも、勝手にあっちがオチた感じやけどなあ。何やもう、ただのエアガンなのに気絶してもうて」

斯くして、戦闘にもならぬ形で、大捕物はあっさり、幕引きを迎えた。きゅうと伸びた男は路地裏に転がされている。
先程まであんなに威張り散らしていた彼も、こうなればもはや何も出来まい。

「それにしてもマミちゃんも、兄ちゃんがなにか隠しとるってよう気づいたなあ」
「えへへ、あたし、動くの遅いから、その分周りをよおくみるようにしてるんだぁ」

あっそうだあ、とマミは、取り返したポーチの中から、一枚の名刺を真那に差し出す。
そこに記されていたのは、『古本喫茶 夢字狎堂』の文字だ。

「なんて読むん、これ?」
「えっとね、あたしのおじいちゃんのお店、『ムジナ』堂だよぉ! お礼に何でもご馳走するから、今度遊びに来てよぉ」

ムジナ堂のマミ。ゆったりおっとりしているマミ。そんな彼女を見ていると……。

「なんや、マミちゃんって、『むーみん』って感じやな!」
「……むーみん?」

真那から飛び出した予想外の響きに、マミはきょとんと首を傾げるのだった。




「はぁい、お待たせしましたぁ」
「よっ待ってましたあ〜!」

お萩の他にほかほか湯気を登らせる湯呑2つとおしぼりを盆に載せ、ゆっくりマミが帰ってくる。

「はんごろしのお萩だよぉ」
「はんごろし?」
「つぶあんって事だよぉ」

配膳を終えたマミも座り、真那と向い合せになる。つやつやと光を照り返す小豆の皮。すぐにでも味わいたい所だが、その前に。

「えっと、それじゃあ。いただきまぁ〜す!」
「いただきまーすっ!」

2人同時に手を合わせ、美味しい秋へ感謝の言葉を。
それから、しっとりずっしりした手触りのお萩に手を伸ばした。

「そういえば、真那ちゃん。今日もお仕事の帰りなのぉ?」
「ん、むーみん、私の武勇伝聞きたいんかあ?」
「うん、教えて教えてぇ!」

お萩を食べ切っても、お茶を飲み干しても、差し込む陽光がやがて、夕日の色に変わっても。
少女たちのお喋りは、尽きる事は無いのだろう。
 

  • 真那とマミ完了
  • NM名ななななな
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月02日
  • ・月待 真那(p3p008312
    ※ おまけSS『マミは魔魅』付き

おまけSS『マミは魔魅』



 混沌のとある場所に、『夢字狎堂』なる場所がある。
そこの店主は、老齢の獣種、夢字狎 楽雲。そして長年彼を支えてきた妻、夢字狎 こくり。

そして、彼らの孫たる夢字狎 魔魅。……通称マミが、店員兼看板娘を務めている、知る人ぞ知る隠れ家的カフェだ。

両親を早くに亡くしたマミは、老夫婦に引き取られた後、実の子のように愛され、守られ育てられてきた。

 楽雲翁が曰く、「我が息子とその妻は勇敢な冒険者であったが、勇敢であったが故に命を落とした。この子もまた、戦の中で命を散らすことがあれば、どうしてそれに耐えられようか」と。

しかし、その思いとは裏腹に、楽雲翁、こくり嫗は、彼女に己の知る限りの魔術を、少しずつ教える事にした。

我等が望まなくとも、戦の火は突如として、我等を灼き尽くす。だからせめて、可愛い孫よ。
俊敏に動く脚など持てなくともいい。せめて、その場に留まり、間違えること無き判断を。
重い剣を振るえなくともいい。けれど、お前が助けたいと思った人、その人に力を与える魔術を。

 そうして、いよいよ運命の日がやってきた。7月29日。
我々はきっと、この日を忘れはしまい。

自分を助けてくれた白狼の少女、ローレットのあの子。
あの子もローレットの一員ということは、いずれ共に戦う日が来るかもしれない。
だからその時までに、ちゃんと強くなっておきたいの!

これまでになく真剣に、可愛い孫娘が求めた、あの日。

「あたしも、お父さんとお母さんみたいに、ちゃんと『勇者』になりたいの!」

わがまま、不平を言うことなく育ってきた娘の、純然たる願い。誰の悪口を言う事もなく、己の運命を呪うことも無かった彼女の、初めての願い。
我等がどうして、これを跳ね除けられようか。
残りの生涯を賭けて、知る限りのすべてを教えよう。その道はきっと、長く険しいものだけど。

魔魅の初めての友人たる君よ。どうかこの子と共に笑い合ってくれ。ただの茶飲み友達で構わない。
あの子の笑顔、その理由になって欲しい。

……そんな老夫婦の願いを、貴女は知っているだろうか?

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