PandoraPartyProject

SS詳細

戦没者へと贈る歌

登場人物一覧

幻想アイドル すぴかちゃん(p3n000068)
今日も元気にすぴすぴかっ☆
武器商人(p3p001107)
闇之雲

●思い出は少なくても確かな輝きで
 あの方と出会えたのは偶然でした。
 ある事件ですぴかが困っているときに、駆けつけてくれた方でした。
 凜々しくて、格好良くて、それでいて優しくて。
 きっと王子様っていうのは、この人のことを言うのだろうと思いました。
 すぴかは憧れました。
 けれど、それは簡単な話ではありません。
 アイドルである以上、普通の立場ではないからです。
 だから私は努めて平静を装っていました。
 けれど、幻想の街を歩いているとき、風の噂で王子様の話を聞いたときは、すぐに目でおってしまったりしていました。
 今日も活躍されているらしい。恋人もいるらしい。実は女性だった! なんて、王子様のことを知る度、嬉しくなりました。
 大きな戦いに参加されたと聞いた時は、真っ先にその無事を確認しました。また無事にあの素敵な顔を見せて欲しい。いつもすぴかは祈っていました。
 サマフェスの時に、控え室に来てくれた時はとても嬉しくて緊張してしまいました。薔薇の花束をもらえて……ドキドキが止まりませんでした。
 直接会えたのはそれが最後です。
 王子様との思い出はとても少ないです。けれど、たとえただの憧れだったとしても、この思い出は何時までもすぴかの中に残る物だとおもっています。
 世界をまたにかけて活躍する王子様。
 アイドルとして、少しずつ昇って行けてると思うすぴか。
 二つの道はきっと交わることはないけれど――それでも、何時までも二人は変わらないのだと、そう思っていました。
 そう、思っていたのです。

●涙は止めどなく
「え……」
 王子様の友人だという『闇之雲』武器商人(p3p001107)さんが、静かにその事実を告げました。
 私は、頭が真っ白になって、言葉が出てこなかった。
 嘘、ですよね?
 胸の奥が灰昏い何かに掴まれます。苦しくて、息が上手く出来ない。手と足が震えて、その事実が飲み込めないと言うように首を横に数回振りました。
「もう一度、伝えよう。
 君の慕う王子様は、先の大きな戦いで、戦死した」
「う、嘘……う、うぅ……」
 事実が、ジワジワと私の心を支配していき、ごちゃごちゃになった感情が止めどなく溢れる涙となって零れました。
 王子様が、亡くなった……? 王子様はもういない……。
「ど、どう、して。どうして――」
 一体何が起こったというのでしょう。
 危険な冒険を繰り返していたとか? そんなことはないと思っていただけに、どうしてという想いが強いです。
 大きな事件があったとしても――やっぱり皆無事なんじゃないかって、心のどこかで思っていたのだと思います。
「詳細は伏せるが、とにかく彼女はもういなくなってしまったんだ」
 武器商人さんは、そう言って口を閉じました。
「王子様……王子様……うぅ……ううぅぅ――」
 止め止め無く涙が溢れます。
 きっと王子様だけじゃない、多くの人が亡くなったはずなのです。
 王子様も、その中の一人にすぎない。
 でも、だから。
 王子様を知っている私が、いっぱい悲しんであげないといけないと思いました。
 決して忘れないように、王子様との思い出を忘れないように。
「うぅ……でも……でも……」
 悲しいです。悲しみで心がつらいです。
 武器商人さんは言いました。すでに葬儀は済んでいると。
 だからもう王子様と会うことは、決して敵いません。
 もう会えないんだと思うと、どうしても我慢出来ず、声を上げて泣いてしまいました。
「彼女は彼女らしく戦ったよ。
 立場が変わることもあったけれど、最後はいつものように笑っていたよ」
「苦しまずに……逝かれたんでしょうか」
 私の言葉に、武器商人さんは頷きます。
「ああ、きっと苦しむことはなかっただろうね」
「あぁ……王子様……王子様……」
 事件の詳細はわからない。
 何が起こったのか、部外者である私には知る術がない。
 だから、武器商人さんが伝えてくれることが全てだ。
 私はそれを信じて、王子様の冥福を祈るしかありませんでした。
 きっと貴方は多くの人を救い、多くの人に見送られて逝ったのでしょう。
 その生涯が幸せだったのか、私にはわかりません。
 恋人を残していくこと、もし私だったら耐えられそうにない。けれど、きっと貴方なら、それも受け止めていたことでしょう。
「うぅ……ぐすっ……」
「落ち着いたかい?
 すぴかちゃんにはつらい話だと思ったけれど、どうしても伝えておきたくてねぇ」
「いえ……ありがとうございました。
 その……戦いは大きいものだったんですよね? 被害者の方とかは……」
 王子様だけではない。
 きっと多くの人が傷付き倒れたはずだ。そのことを思うと、やっぱり何も出来なかった私は自分の無力感に悲しくなる。
 武器商人さんは頷きます。
「ああ、大きい戦いだったねぇ……。
 あれほどの大戦、あれほどの奇跡の起こる戦場は、そうありはしないよ」
 どこか遠くを見るように武器商人さんが言います。
 いまもきっと脳裏に焼き付いて離れないのでしょう。
 どれだけの血が流れたのか、すぴかには想像もできません。
 考えるだけで怖くなってしまいます。
 そんな戦場で――王子様は逝ったのだと、実感を感じました。
「きっと、私に……できることなんて、なかったんですよね」
 自分の力のなさが悔しい。
 私がローレットにいるイレギュラーズの皆さんのように戦えれば、王子様とともに戦場に向かうことだって出来たかも知れない。
 そうすれば救いの手を差し伸べることができかもしれない。
 私は自分が悔しい。
 何一つ力になれない自分が悔しくて、悲しくて、つらいです。
 武器商人さんはそのつらさ、悲しさを知るように言います。
「うん、きっと君の力ではなにも出来なかっただろう。
 あそこは、普通の人では自分の命を守ることも難しかっただろうさ」
 けどね、と武器商人さんは続けます。
「きっとそれで、良いんだと思うよ。
 君には君にしか出来ないことがあるはずだ。たとえ全てが終わってしまったあとだったとしてもね」
「私にしか……出来ないこと……」
 それはなんだろう。
 私には対した取り柄も何も無い。
 ちょっと歌が歌えて、踊れるだけ。平凡なアイドルでしかないのです。
 そんな私に、今、これからできることなんてあるのでしょうか?
 私の疑問に、武器商人さんは答えてくれません。
「それは自分で考えることだよ」
 優しく、ただそう言うだけでした。
 空を仰げば、いつか何処かで見た王子様の笑顔が浮かんできます。
「うぅ……うぅぅ……」
 また涙が溢れてきました。
 懐かしさすら覚えるその笑顔を、私はもう見ることはできない。その事実が胸に詰まります。
 私は、ただ泣くことしかできなくて。ただ、ただ辛くて――私になんか何も出来ないその無力感が悔しくて、声をあげて涙を零し続けました。
 心の整理は、いつまでも付きませんでした。
 嗚咽を漏らしながら、それでもようやく落ち着いた頃、武器商人さんが踵を返しました。
「今は泣けるだけ泣くといいよ。
 その涙が、きっと君を強くしてくれるはずさ」
「……ありがとう、ございます」
 涙に濡れる顔を上げながら、私はお礼を言います。
 まだ、受け止めることは出来ないけれど、それでも聞かないよりは聞けた方がよかったと思います。
「我を責めても良いんだよ。
 指揮を執っていた、我にも責任はあるからねぇ」
 武器商人さんの言葉に、私は首を横に振るいます。
「皆さんは、本当に……頑張ったんだと思います。
 責めるべきは……すぴか自身です。王子様、なんて良いながら、何一つ力になれなかったのですから」
 私はなにもしてあげられなかった。
 そんな自分にやっぱり悲しくなってしまいます。
「気に病むことはないよ。
 さっきも言ったけど、人にはそれぞれ出来ることがあるだろう。それに今からだって遅くはないさ」
「……はい」
 いまからでも出来ること……すぴかには何が出来るでしょうか?
 武器商人さんはそれだけ言うと部屋から出て行きました。
 後に残された私は、ただ悲しみを抱えて王子様の死を忍ぶのでした。

●戦没者へと贈る歌
「みんなぁぁ! 今日もいくよぉぉぉ!」
 それから幾許かの日にちが過ぎました。
 悲しみは癒えません。アイドルとしてステージに立つ今も、心の中にぽっかりと穴が空いたような、そんな気持ちでした。
 それでも、忙しさに身を委ねていれば、きっと忘れられるとそう思っていました。
 けれど――
「最近元気ないわね……なにかあった?」
 マネージャーさんの言葉に、胸に刺さりました。
「そ、そんなことないですよぉ。すぴかは元気です!」
 嘘です。
 どんなに忙しさに身を委ねようと、王子様を失ったという事実が私の笑顔を曇らせていました。
 アイドルとしてステージに立つ私の武器は『笑顔』だったのですから、それが曇れば上手くいかないことになります。
 自分でもわかっていたんです。ファンの人達に向ける笑顔が造り物になってしまっていたことに。
 心から笑顔になれない。これじゃだめだと思いました。
 でもどうしたら良いんだろう。
 辛くて、とっても辛くて――笑顔でいるなんて無理だよぉ。
「うぅ……うぅぅ……」
 また涙が出てきました。一人でいると、自然と涙が出てしまいます。
 こんなのじゃダメだと思っても、弱い心はいつも挫けそうで。
「すぴかはどうしたら良いんでしょう? 何をしてあげられるんだろう?」
 武器商人さんが残してくれた言葉が頭の中にリフレインします。
 ――人にはそれぞれ出来ることがある。
 私にできること。それを探さなくてはいけないと思いました。
 亡くなった人達に贈れる物。私にできること。
 すぴかは悩みました、幾日も幾日も。
 そして、辿り着いたその結論を出したのです。
「……そうだ、歌わなきゃ……」
 私はアイドルです。歌って踊ってみんなを笑顔にすることだけしかできません。
 それしかできないのだから――それを届けようと思いました。
 戦没者の中には私のファンも居たかも知れない。王子様と一緒にその方達へと歌を届けたい!
 その想いを私は夢中で書き出していきました。
 そしてそれを、一つ一つ言葉にして、歌詞を書き始めました。
 私のこの想いを、どうか聞いて欲しくて、届いて欲しくて。
 書きながら涙が零れます。けれど私はそれを拭ってペンを走らせます。
 ――アイドルはどんなに辛くても、それを見せたりしない。
 そうだ、どんなに辛くても、苦しくても、それを見せてはいけないんだ。
 私はアイドルだから。
 王子様やファンの皆が喜んでくれたように、きらきらで輝く笑顔を届けなきゃいけないんだ。
「……できた」
 そうして出来た歌詞を、マネージャーさんにお願いして歌にしてもらいます。
 マネージャーさんは少しびっくりしたようでしたが、私の瞳を見て、二つ返事でOKをくれました。
 歌が出来る間も、私はアイドルとしてステージに立ちました。
 もう、造り物の笑顔ではありません。
 辛くて、悲しくて、それを隠しているけれど――でも本物の笑顔でファンの人達にきらきらを届けるのです。
 それが、アイドルなのだから。
 私は、もう辛さに、悲しさに弱音を吐いたりはしません。
 アイドルとして活躍することを、王子様や亡くなったファンの人達もどこかで見てくれていると信じているからです。
 だから、どうか届いて欲しい。
 私の歌が、私の思いが、みんなへと――

 その場所を武器商人さんに聞いて一緒にやってきました。
 王子様や戦没者の皆さんが眠る場所。
 いつかの時、王子様が持ってきてくれた時と同じように薔薇の花束を供えました。
「どうか聞いてください。すぴかの歌を――」
 私は心込めて、その歌を歌い始めました。

 ――みんなが助けてくれた その時に 胸に広がった この気持ち
 きっと届かない 憧れだけど それでもずっと 想っていたくて――

 王子様との思い出が蘇ります。
 少ない思い出だけれど、私にとって輝かしいもので。

 ――苦しくて 悲しくて 笑顔を見せるのが つらくて
 それでも みんなのくれた言葉が 私に 笑顔を取り戻してくれる――

 人知れず涙がこぼれ落ちます。
 それでも、私は笑顔でこの歌を歌い上げるのです。

 ――だから どうかみんなも笑顔でいてください――

 歌い終わる頃には涙は止まっていました。
「……どうか安らかにお眠り下さい」
 胸にポッカリと空いた穴が、ゆっくりと埋まっていく気がしました。
 歌い終わると、武器商人さんが拍手をくれました。
「すぴかちゃんの想い、きっと届いたはずだよ」
「そう、だと嬉しいです。
 亡くなった方達には笑顔のままでいてほしいですから」
 風が吹きました。
 私は揺れる髪を押さえながら空を仰ぎます。
 陽は暮れて、夜が来ます。
 亡くなった方達は、夜空の星のどれかになっているでしょうか。
 願わくば、アイドルとしての私も、その星に寄り添えるように。
「頑張ります……私、きらきらで輝いて見せます。だから、見守っていて下さい」
 瞳を閉じて、祈るように言葉にします。
 おやすみなさい。
 いつか、また会えるその時まで。
 

  • 戦没者へと贈る歌完了
  • GM名澤見夜行
  • 種別SS
  • 納品日2019年09月01日
  • ・武器商人(p3p001107
    ・幻想アイドル すぴかちゃん(p3n000068

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