PandoraPartyProject

SS詳細

Eliza

登場人物一覧

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

 ――ポロン、ポロン
 海洋に存在するマリンノーツでは心地よい潮風と喧騒に紛れてピアノの旋律が響く。
「ふぅ、休憩にするか」
 自分の領地でイレギュラーズ活動の合間にピアノを弾いていたイズマは音が綺麗に響くように設計された部屋で響いた音色の余韻が消えると鍵盤から指を放した。
 ピアノに立てかけていた古びた楽譜を外しテーブルに置いて息をつく。
 部屋の窓から外を見れば領民のにぎやかな声が聞こえてくる。
 こちらに気が付いて手を振ってくるものに笑顔で手を振り返す。
 始めは探り探りだった領主業もだいぶ板についてきたものだ。
 次の仕事の時間が近づいていることを壁にかかった時計で確認すると楽譜をいつもの場所にしまい込んだ。
「思い返せばずいぶん遠くまで来たものだな」
 あの楽譜をみるたび、イズマは決まった記憶を思い出す。
 全てはあの古びた楽譜から始まったのだ。



 鉄騎種の音楽一家に生まれ、室内楽が好きな父、ロックが好きな母に育てられたイズマにとって音楽は生活の一部だった。

 家で自分以外出払っていたある日、イズマは静かにピアノが弾けるいい機会だと思い、しっかりと手入れがなされた楽譜が並ぶ本棚とピアノがある部屋へと足を伸ばした。
 代々受け継がれてきた楽譜の数々は膨大な量で弾くものを選ぶのだけでも一苦労なほどで、どれが弾いたことのある曲かない曲か毎回探さなければならなかったがイズマはその時間が楽しかった。音楽に囲まれたこの部屋はイズマのお気に入りで今日は楽譜探しの為にどのくらい時間がかかるかと考えながら部屋に入ると一部の楽譜の並びが歪なことに気付いた。
 この部屋は定期的に掃除がされている為このような並びになるのはめったにないはずだ。
(掃除をした者が見落としたのだろうか……?)
 きれいな並びに戻そうとその部分の楽譜を取り出すと、奥から埃の被った楽譜を見つけ手に取る。
「ケホッケホッ、埃がひどいな、これはなんだ?」
 それは長らく触れられてこなかったであろう量の埃を舞い上がらせた。
 残っていた埃をはたいて掃除すると古びてはいるが読むのには問題ない楽譜が姿を現した。
「これはまた掃除が大変そうだ、だがちょうどいい、今日はこれにしよう」
 長く音楽を嗜んでいるが見たことのない楽譜を見た時はやはり心躍るものだ。
 イズマは宝物を見つけた時のように少し興奮しながら幼少期から触れていたピアノに楽譜を立てかけて鍵盤へ指を置く。
 しかしその指がいつものように軽やかに動くことはなかった。
「なんだ? これは……」
 長年音楽に触れてきたイズマにとってイライザと書かれたこの楽譜は違和感の塊のようなものだった。
 これまで培ったセオリーには全く当てはまらず、展開の予測もあってないようなもの、不協和音が並べられ読むことすら困難なレベルであり、もちろんこれまでに触れたことなどない楽譜だ。普通であれば今まで触れてきた音楽の知識からある程度知らない楽譜であってもすぐに弾けるようになったイズマにとっては初めての経験だった。
 だがこれは決して音楽を知らない者がでたらめに作曲したようなものではないことは違和感の中からでも汲み取ることはできた。
 ならばなぜ作者はこのような不思議な楽譜を書いたのか。
 しばらく考えてもイズマは答えらしい答えにはたどり着くことができなかった、しかし弾こうとすることはできる。
 一度弾くと決めたからには意地でも弾ききって見せようと少しずつではあるがそこに記されたメロディーを奏でていく。
 聴く者が聞けば顔を顰めさせるような音が奏でられるがイズマの鍵盤を叩く指は止まらない。
 だが弾き始めると同時に体の内側が搔き回されるような感覚が襲い始める。
「うっ、はぁ……はぁ……くそっ」
 十小節程弾くころには堪らず椅子から崩れ落ち、床に倒れたイズマはだれか家の者を呼ぼうとするが家には自分一人だということを思い出し舌打ちする。
 視界が明滅し意識を失いそうになるが、ギリギリのところで意識を保ち続ける。
 すると突然浮遊感に襲われた後、自宅の床に倒れていたはずのイズマの体を陽光が照らし、強い風が撫でた。
 そんな状況の変化についていけずに戸惑うイズマからすでに曲を弾いていた時の苦痛はもとから存在しなかったかのように消え去っていた。
 苦痛の消えたイズマが体を起こし、あたりを見回すとそこは宙の上で、カソックの女性がこちらに向かって歩み寄っているのが見えた。

 そこから話には聞いていたイレギュラーズに自分が選ばれたと説明を受け、ローレットへと案内された。あまりにも突然なことに普段の冷静さを若干崩しながらも少しずつ状況を把握したイズマはそこからイレギュラーズとして活動し始め、大分落ち着いてから家へと帰った。
 家族への報告もほどほどに済ませイズマが向かったのは召喚された時にいた楽譜とピアノの部屋。
 幸い時間は経っていたがピアノの上にはあの古びた楽譜が立てられたままになっていた。
 久しぶりに帰った家であの日の原因になったと思われる楽譜を手に取る。
 あの時には気付かなかったが裏面の端に小さく作者だと思われる名前が掠れてはいたが読むことができた。
 その名前をさらに調べると自分の先祖であることが分かった。
 そして、魔種となっていたことも。
 自らの家から魔種が出ていたことを今まで知らなかったことに驚きだが、それ以上に自分が先祖の魔種の作った楽譜を弾いてイレギュラーズとして召喚されるとはどんな皮肉だろうか。
 いっそ作為的とまで感じる運命のいたずらに戸惑わなかったと言えば嘘になるが結果的にイズマはその運命に悪い気はしていない。
 イレギュラーズとして召喚されず一般的な鉄騎種としての人生も悪くはなかっただろうがこちらの方が楽しいのには違いないのだから。
 そして再び家を出たイズマはイレギュラーズとして活動し海洋に領地を持ちながら今日に至る。


 あの日から家を出た時に一緒に持ち出した楽譜は今も仕事の合間に見ているが未だ完全に弾けていない。
 だがあの日倒れた原因がこの曲によって体内の魔力が動かされた為だったことも分かった。
 その魔力に助けられたことも一度や二度ではない。
 自分の運命を大きく変え、弾いた者の魔力を動かす不思議な楽譜。
「この楽譜を全部弾ける日はいつになるのか……そして弾けたときに何が起こるのか……本人に聞ければ一番早いのだが生きているか死んでいるかもわからないな」
 だがイライザと書かれた楽譜はどのような思いを込めて書かれたのかは聞いてみたいものだ。 
 魔種となった祖先の妻と同じ名前のこの曲の意味を――

  • Eliza完了
  • NM名南瓜
  • 種別SS
  • 納品日2021年09月28日
  • ・イズマ・トーティス(p3p009471
    ※ おまけSS『魔種■■■■の独白』付き

おまけSS『魔種■■■■の独白』

あぁ、美しい娘よ、泣いているのだろうか?
どうかその涙を拭わせておくれ
あぁ、美しい娘よ、笑っているのだろうか?
どうかその笑顔を見せておくれ
あぁ、美しい娘よ、怒っているのだろうか?
どうかその怒りを私に向けておくれ
あぁ、美しい娘よ、眠っているのだろうか?
どうか、どうか、私もそちらに連れて行っておくれ

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