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ある仕事人の普通の日
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とある日の、午前11時。
もうすぐ日が頂点へ達しようとしているところに、美咲は起きる。
もぞもぞと布団から顔を出し、ちらりと時計を見て……。
「んあ……11時……まだ寝れる……」
もう一度、寝る。
前日の疲れがまだ抜けきっていないのだろう、そのまま夢心地へと入った美咲。
昨日はどうだった、さっきまで見ていた夢は楽しかった、今日の朝ごはん何にしようかと言った全ての考えをどっかに追いやって、ふわふわの布団にくるまって眠る。
人は二度寝をする時こそが至高の時間だという言葉もあるが、今の美咲はまさにそれを体現していた。
そして2時間後の午後1時。日は頂点を達し、徐々に傾きを見せる頃。
今度の寝覚めは良い感じなのか、美咲は腕を真上に伸ばし、ゆっくりと身体を捻じ曲げて軽く体操。固まった筋肉をぐりぐりと柔らかくしながら、ポツリと呟く。
「世話焼き属性のショタっ子が起こしに来てくれないものでスかねー……って言っても、私の年齢だと犯罪になるかぁ~……」
誰もいない部屋の隅で軽く笑った後、急に罪悪感やら背徳感やらが襲いかかってきて、深いため息をつく。
実際に想定したことが何も問題なく起こり得る、そんな世界があったらどんなによかったことか。美咲は己の欲望――好きな美少女や美少年達に囲まれる世界をもう一度想像して、起こらない出来事を想像してまたため息をついた。
着替えつつも今日のスケジュールを確認。夜に仕事があるぐらいなので、今日は今のうちにやることをやっておくか、と諸々の準備を行った。
●
「カレー……は、ダメか。今日の仕事に響くし……となると……」
ぶつぶつと呟きながら、再現性東京の街並みを歩く美咲。
朝食をどうしようかと考えながら歩くのだが、今日は仕事があるため匂いがきついものは食べることが出来ない。カレーやラーメンと言った庶民のお供を食べられないのが少々厳しい。
なので、今日は無難にサンドイッチを食べてお腹を満たしておいた。これなら挟む具によって栄養も調整できるし、何より手もさほど汚れない。
購入したサンドイッチを食べ終えて、美咲は街を練り歩く。
そういや今日はいつも追いかけてるアニメの美少年・美少女キャラのグッズが発売する日じゃなかったか? と思い立って、いつものショップへと足を運ぶ。
ショップのディスプレイに並んだ新作グッズの数々。その中には美咲の好みである美少年・美少女のキャラが描かれている抱き枕カバーもあり、全6種類ほどあった。
じぃっと他のキャラの抱き枕カバーを眺めては、思案する美咲。この後買い出しもしなきゃならないので、使える資金は限られている……。
「んー、プリント入り抱き枕カバーもある……男の子……いや、あえて今日は女のコの方を買うのもアリか……??」
どちらを買おうかと悩んだ美咲。こうなりゃどっちも買っちまえ! と財布の中身を気にすること無く、美少年と美少女の抱き枕カバーを購入。
更には最新刊の漫画だったり、資金が足りなくて買えなかったグッズ等も購入。その総数は彼女の両手に大きな袋を2つ用意するほどになった。
その後美咲はその袋を抱えたまま、近所のスーパーで日常のお買い物を開始。
今日の昼食、そして夕食の材料などを考えつつ、生鮮コーナーからぐるりと回った。
「豚肉メガパック安いなあ。……でもこの量は腐らせるんじゃないか……? いや冷凍すればワンチャン……?」
「もう秋刀魚の季節かぁ……。もうちょっと安い時に買お……」
「あ、ポテチ新味出てるじゃん。2袋買っとこ」
陳列された品々を見ながら、呟きつつも色々籠の中へと入れる美咲。
大半はスナック菓子が多いが、これが昼食なのだと言い聞かせてそのままレジを通して袋に詰める。
先の購入物である戦利品と合わせ、合計4つの袋が美咲の手にぶら下がった。
「……買いすぎたかもしれん……」
えっちらおっちら、4つの袋を抱えて帰宅した美咲。部屋に到達して、購入したポテチの新味(メガサイズ)を食べながらすぐさま開封の儀を行った。
1つ目は美少年・美少女の抱き枕カバー2種。いそいそと取り付けて準備完了。
2つ目はいつも追いかけている漫画の最新巻……かと思いきや、既に購入済みの3巻を買ってしまったようで。本棚に目を向けてようやく気づいた。
「はっ、もう3巻持ってるじゃん……! 間違えたァ……!!」
ちゃんと見なかった自分に怒りつつも、3つ目の戦利品――美少年・美少女がペアとなったアクリルスタンドを開けて飾る。きっちりと保護用ケースに入れて、空いているスペースへと置いて。
こうして並べていると、既刊を購入してしまったことを慰められている……気がしないでもない。
戦利品を並べ終えたところで、ちらりと時計を見る。
今はまだ午後7時。仕事は午後10時からのため、しばらくの間は暇といえば暇になる。
「んー……まだ時間あるっスねぇ……」
どうしようかと悩んだ結果、購入した抱き枕カバーの感触も試してみたいしと、仮眠を決行。
いそいそとベッドの中へ入り、両脇に抱き枕を抱え込んで寝てみたところ……。
「……両隣に抱き枕並べると、流石に狭いな……」
腕の血行が悪くなりそうだなと考えつつも、そのまま夢心地へと突入する美咲。
抱き枕カバーを購入したからなのか、その時の夢は大好きな美少年・美少女達に褒められる夢だったそうで、とても寝心地が良かったという。
●
――午後10時。
仮眠前の彼女とは打って変わって、そこには仕事人としての美咲がいた。
今日の仕事内容は鉄帝からの依頼。
あまり良い内容の仕事とは言えず、今回は争いの最中に出てきた死体の処理や証拠隠蔽等を行うことが基本的な依頼となっている。
そのような仕事を請け負うことに関しては、もともとの職業も相まって受けることに何ら拒否感はない。無いのだが……。
「うーん、割は良いし悪くは無いんっスけどねぇ……」
鉄帝は非常に厳しい気候に晒された土地。
寒さで海が凍ってしまえば死体の処理も証拠品の隠滅もままならず、手間取ることが多くなる。
その分の工賃なども報酬に入るのか? という疑問が多少なりとも頭の中に残されていた。
だが……今更受けた仕事を捨てるような真似は出来ない。
美咲は十分な準備を済ませて、仕事へと向かった。
「ふぅ……よかった、寒くなる前で」
それから、5時間。
美咲の依頼人達は武力による制圧を済ませ、彼女に証拠隠滅の指示を出す。
と言っても死体の処理と周囲に飛び散った血の処理を行うぐらいなので、慣れ親しんだ処理を済ませておいた。
飛び散った血は水で洗い流して、更には『水で何かを流した』という証拠も隠滅するために、周囲には雨が降ったようにあえて辺りに水をばら撒いたり。
死体は海と山で手分けして処分。
海に沈める死体は魚が食いつきやすいようにビニールの包み方を調整し、とびっきりの重しをつけて光の届かぬ海の奥底まで沈めて。
山に埋める死体は匂いで感づかれぬように、深く深く、人が掘ることがまず無い深さまで掘り進めた穴に死体を放り込んでやった。
ヒュウ、と一陣の風が美咲の身体を通り抜ける。
冷たさが肌に残る中、美咲はポツリと呟く。
「ああ、本当に寒くなる前で良かった。港が凍ると沈められないし、土が凍ると掘りづらいんでスよねぇ」
その視線の先には、何かを埋め終えた大地。
埋めたことさえもわからぬように処理を施して、美咲は山を降りる。
全ての処理を終えた美咲は依頼人に報酬をもらって、そのまま帰路へついた。
●
「はー、疲れた……」
再現性東京の自宅へと帰宅した美咲は、途中のコンビニで購入したカツ丼をレンジでチン。
まだ鉄帝の風の冷たさが身体に残っているため、温まったばかりのカツ丼の丼をぎゅーっと手で握りしめた。
「異世界に行ってもコンビニ飯。これはもう、宿命っスね」
いただきます、とひと声かけてからカツ丼を一口。
ふんわりと鰹だしの香りと、カツの香ばしい匂い、更には卵のふわふわ感が口いっぱいに広がって、今日の終わりを教えてくれる。
こんな生活が出来るのは、やはりこの土地で暮らして
「結局、東京が一番私にとって暮らしやすいってことでスかねぇ。……お、カツ丼つゆだくじゃん」
しみっしみのカツ丼を頬張りながら、自分の人生を振り返ってみる美咲。
これから先、どんなことが起ころうとこの生活とは切っても切り離せないのだと自覚した。
カツ丼を食べ終えた後、美咲はゆっくり眠りについた。
――明日も何事もなく過ごせますようにと、祈りを添えて。
おまけSS『一時の夢心地』
夢の中で、美咲は褒められていた。
そう、抱き枕カバーとなって両隣に存在していた美少年・美少女の2人に。
『本当に偉いね。きちんと仕事を終わらせることが出来たんだ!』
『持ってる本を買っても、物に当たらなかったお姉ちゃんは偉いよ!』
いろんなことを褒められた。
今日を頑張ったのも偉い。今日を生き抜いたのも偉い。
今日を楽しんだのも偉い。一緒に寝てくれたのも偉い。……などなど。
まさか夢の中で大好きな美少年・美少女に褒められるとは思ってもいなかった美咲。
咄嗟に大きな声をあげて、喜んだ。
「うおおおーー! 嬉しいっス! ありがとうっスーー!!」
両腕を大きく高く上げて、喜びを身体で表現した美咲。
夢の中であろうと関係ない! これは今までの自分のご褒美なんだ! と、喜びを噛み締めた。
――なお、起きたときには抱き枕がベッドから遠くの床に吹き飛んでいたそうな。