PandoraPartyProject

SS詳細

リスニングテスト

登場人物一覧

キアラ・熊耳(p3p009670)
ブルータルモータル
キアラ・熊耳の関係者
→ イラスト


 仕事の邪魔をされるというのは、誰にとっても不快なことで、文句のひとつも言ってやりたくなるのは仕方がないことであるのだが、感情はともかくとして、理性がそれを許さない場合というのは往々にしてあるものだ。
 例えていうのもなんだが、今現在がそれに当たる。金属質の筒を額に突きつけられた今がそうだ。その殺意がこもるぽっかりと空いた穴にピントが合わず、視線が揺らいだ。何のことはない、これを銃口だと知らぬものは、赤子だけだろう。
 実のところ、銃が突きつけられているだけではさしたる驚異とはならない。そこから放たれる流線型の鉛が脳に達せれば、確かに絶命が免れることはないだろう。しかしだからといって、相手の頭部にその先端を押し付けるだけで一息をつこうというのは、素人のそれである。
 こと戦闘において、格闘の距離に入るということは、一挙手一投足、その呼吸のタイミングまで、全てが見られているということに他ならない。
 気持ちを落ち着けるなど愚の骨頂。得難い有利に立ったのだ。全身全霊を賭してその地位を崩してはならない。
 だから、ただ不意を打って自分の頭に銃口を当てているだけの間抜けであれば、如何様にでも崩せると、キアラは自負していたのだが。
 目の前のこの女からは、そのような隙などまるで見られない。
 左手で銃を構えているが、サウスポーではなく、利き腕を自由にしているか、両手とも十全に取り扱えるかだ。
 視線は目を合わせているようでこちらの全身をくまなく伺っている。どう動こうにも、間違いなく彼女の指先のほうが早いだろう。
 両手を挙げながら、この女を観察する。年の頃は自分よりも少し下だろうか。まだ幼さを残す顔立ちと、黒い肌と合わさって妙に神秘的であり、どこか猫を思わせるしなやかさなイメージが、プロフェッショナルとして武器を構える彼女にとても似合っていた。
 思わず胸中で苦笑する。この感想は、武器を構える暗殺者に向けるものではない。
「隼を射抜こうと、針仕事の役には立たないわ」
 十分な緊張を持って、あらゆる微動作を見逃すまいとしていた、はずなのに、彼女の第一声には思わずおかしな声を出してしまった。
「……なんですって?」
「この距離で聞こえないの? それとも、あなたのバベルだけバグを起こしているのかしら」
 そんなわけはない。この世界では不思議なことに、どんな言葉でも意思疎通は可能である。聞き返したのは意味がわからなかったからではなく、あまりにも言葉の選択が自分のそれと異なっていたからだ。
「沈黙に西日が差すわけではないけれど、まさに柚子の花ね」
 だから、それがわからないんだって。


 状況を整理しよう。
 キアラ・熊耳が請け負った仕事は、とある人物の捕縛である。
 依頼主からは重要な機密を盗み出した、とだけ。それ以上のことは説明されなかったので、こちらからも質問はしていない。世の中、知らない方が良いこともある。好奇心が顔を覗かせないわけでもなかったが、それで猫が死ぬのだ。人間などひとたまりもないだろう。
 オーダーは『殺さないこと』。怪我の大小は含まれておらず、最悪、口が利ければそれで良いとのことだった。
 報酬は後払いだが、額が大きい。経費に関しても、鉛玉のひとつに至るまで向こう持ちだというのだから、実入りの良い仕事である。
 しかし、しかしだ。そいつを追い詰め、逃げられないように出入り口を封鎖し、意識のひとつも刈り取り、あとは手足をふんじばってしまえば運んでおしまい。その段階に来て、彼女が現れたのである。
 気配は感じなかった。気がつけば目の前に現れて、気がつけば銃口がこちらを向いている。ここ何年かではなかった体験だ。
「おかしいわね。前情報だと、護衛なんていない筈なのに」
 頭より上に両手を挙げたままの姿勢で話す。若干、軽口のような語彙を混ぜたのはわざとだ。どのみち、この状況では逃げることも反撃することも敵わない。ただ死ぬだけなら、緒のひとつも見つけるために、探りを入れておくのも悪くはないだろう。
「向日葵を見ているかのようね。思ってもいないことにも判を押すのが、あなたのテクニック?」
 思わず肩をすくめて、ため息をつく。この女は護衛ではない。なんとなく察してはいたのだが、今の物言いで決定的。彼女はキアラを狙った暗殺者だ。
 違和感が強いとすれば、いたれりつくせりの待遇がそれであったのだろう。目標の現在地も、身なりも、武装も、性癖のひとつに至るまで、依頼人からの情報には事細かく記載されていた。別にそれでおかしいわけではないのだが、経費も、賃金も、それらを含めてどうしても違和感があった、『後払い』。
 そこまで情報を提供して、どうしても完遂して欲しい依頼があって、ならば前金を用意しておくのが当然である。金のやりとりは、そのまま相手への信頼を示す指標につながっている。それだけは渋ったのだ。まるで渡す必要がないと知っているかのように。
 結果が今の状況である。目標を追い詰めた段階で現れたところを見るに、捕縛したいという心持ちは確かなのだろう。ただしそれを遂行するのは、自分ではなく、目の前の彼女というわけだ。
「ねえ、ひとつ聞かせてくれる?」
 返事は待たない。誰だって言葉には反応する。是でも否でも、頭で考えてしまう。だから、
「さっきからその、おかしな言い回しはどうなってるの?」
「なに?」
 反応は一瞬。彼女の眉が僅かに揺れたと同時に、キアラは動き出していた。体勢を低くして照準を外す。そのまま垂れ込むように前へと駆け出し、暗殺者の脇を通り過ぎる。目標は扉の向こう。一気に走りきりたかったが、とっさに出された足に躓いてたたらを踏む。続いて背後から銃声。体勢を立て直している暇はなく、転がり込むように扉をくぐって隣の部屋へ。物陰に隠れ、呼吸を整えた。
 左の太ももに痛み。あのタイミングで、脚を正確に撃たれていたらしい。湧き上がる痛みと脂汗を意識の外に追いやりながら、次の手を考える。
 しかし聞こえてきたのは、金属の複雑な何か―――つまりは銃だ、が床に落ちる音だった。
「ああもう、やってしまったわ。鳩にも馬鹿にされそうよ。ねえあなた、出てきてよ。もう撃たないし、殺せないわ。ごめんなさい、私のせいでしくじったのよ、ふたりともね」
 意味がわからなかったが、騙して誘い出すにしてはなんだか投げやりだ。声色からも緊張感が抜けていて、彼女ひとりだけが、戦闘という空気から脱してしまっている。
 どういうことなのか、物陰から顔を出して、向こうの部屋を覗き込んで、ようやく合点がいった。
 男がひとり、死んでいる。キアラの、そして暗殺者たる彼女の目標だった男だ。生きて捕縛しなければならなかった男が、死んでいる。
 どうやら、先程の流れ弾を受けたらしい。
 思わず両手で顔を覆う。奇しくも、殺し屋の女もまた、同じ仕草で天を仰ぎ、ふたり同時に絶望の声を上げた。
「あーあ」

PAGETOPPAGEBOTTOM