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はっぴーさまーうぇでぃんぐ!
登場人物一覧
折角の休日。それを家でぼんやりと過ごすのはもったいない事だとアンナもルルリアも認識していた。
ならば、やる事と言えば一つ、だ。
幻想の街に出てショッピングデートなんていうのもいいではないかと誘ったのはルルリアの方。彼女に誘われたならば勿論、アンナは断れない。
表情の上ではあまり読み取れないが――それでも彼女をよく知る者が居たならば頬に熱が昇っていると感じるだろうか――二つ返事で了承した彼女はせっかくの休日を謳歌するとウキウキとした気持ちで歩き出した。
幻想でも高級店舗が軒を連ねるジルバプラッツ通りを歩む二人はカフェでお茶をしたり、ある程度のショッピングをラドクリフ通り――幻想では露店が多くウィンドウショッピングに向いている場所だ――で楽しんだ二人にはちょっとした余暇が余っていた。
ここで帰宅してしまうと折角の二人の時間が過ぎてしまう。ちら、とルルリアを見遣ったアンナにルルリアは「帰るの勿体ないのです」と口にした。
「……ええ。そうね」
小さく呟くそれににんまりと笑みを浮かべた儘、ルルリアは「折角だから何か探すのです!」とアンナの手を引いた。
もうラドクリフ通りには飽きてしまったからジルバプラッツ通りを見て回ろうという事だろうか。
ぐん、と手を引かれて走り出す。その仕草にアンナははっとした様に顔を上げて視線を逸らした。
少女らしい仕草ではあるが、ルルリアを見るアンナの視線には確かな情愛が籠っている。それが本人の自認するものであるかは分からずとも、確かな感情として存在しているのだろう。
瞬いて、走るルルリアの背中を追い掛ける。混沌世界に来てから初めてできた大切なお友達だと認識していたルルリアはそんなアンナが可愛らしくて、小さく笑った。――ちょっとした意地悪なのだ。
ルルリアはアンナが戸惑っている事も分かっている。だって、『何時だって見ていた』から。
アンナとルルリア。その中に抱いた感情は近くて遠い。
片や、枕をぎゅと抱き締めて彼女の名を口遊む程には焦がれる思いを抱き、大切だと思いながら妹や友人と言った曖昧な立ち位置に悩ましく思う感情。両者は近くて遠い思いを抱きながら互いに過ごす事を是としていたのだ。
その感情がおなじになるには少し遠いのかもしれないが……ルルリアの中でも確かな変化はあるようで、アンナが戸惑うだけでつい楽しくなってしまうし、もっとその顔が見たいと揶揄ってしまうのだ。
ふと、ルルリアは何かに目を止める。煌びやかなショウウインドウの美しい店舗だ。
走るルルリアがぴたりと足を止めて「アンナ、アンナ」と何度も繰り返す。
「どうかした……?」
「見てくださいです! ブライダルフェアです! 一緒に見てみませんか?」
豪奢な店頭のショウウインドウにはウェディングドレスが展示されていた。煌びやかなそれを見遣ってからアンナはどこか困った様に「見るの?」と訊いた。
ブライダルと言えば結婚式を挙げる男女が見る者だという印象がアンナにはあった。けれど、こうしてルルリアが見たいならば少しは覗いてみようかと彼女に手を引かれた儘一歩進む。
「とっても可愛いと思いますし――それに、ほらっ! これなんてアンナに似合いそうですよ?」
純白といえばルルでしょうと目を逸らしていたアンナはルルリアの指さす先にあったカラードレスにぱちりと瞬いた。明るい赤茶色の髪に映えるようなドレスはダークなテイストな事もあり大人びた雰囲気のアンナにはぴったりだろう。
「そ、そんな……ウエディングドレスなんて着る機会ないもの……」
ぽそぽそと呟いたアンナ。可愛らしいウエディングドレスとなれば、少女の夢ではあるが大切で愛おしい相手が同性であることもあり、アンナにはまだ遠いものという認識が強かった。
「そんなことないのですよっ! アンナなら絶対に合いますもん。あ、あっちもいいですね」
嬉しそうに店頭を眺めるルルリアにアンナは「ルル……」と肩を竦める。穏やかな調子のアンナににんまりと笑みを浮かべるルルリアは対照的だ。
ふと、そんな二人の背に迫る一つの影。店内からはしゃぐ少女の様子を眺めていた店舗スタッフたちが外でウエディングドレスを眺める少女に何かを思いついた様に耳を寄せ合っている。
そんなこととは露知らず『アンナに似合うドレス』を選ぶルルリアにアンナはどうしたものだろうかと首を傾げるだけだ。
店内ではスタッフたちがアンナとルルリアを認識した様に頷き合い、一人――紳士がゆっくりと歩み寄る。
「もし、お嬢さんたち。いらっしゃいませ」
穏やかな声に顔を上げたルルリアが「こんにちはっ」と天真爛漫な笑みを浮かべる。手を繋いだ先であるアンナはブライダルフェアを行うドレスショップの店員が顔を出してしまっては購入者のように思われてしまうだろうかとぱちりと瞬くだけだ。
貴族然としたアンナは「御機嫌よう」と落ち着いた様に返すが、ルルリアと手を繋いだままではどこかドキマギしてしまうのは仕方がない。
「素敵なドレスですね!」
「そう言って頂けると光栄です。店内にもドレスの展示はありますからよろしければ」
紳士が誘う様に店舗の扉を開ければ、ルルリアが「アンナいきましょうっ」とぐいぐいと手を引いた。アンナはと言えばドレスを選ぶというのはどうしたものかと内心慌てている――僅かに表情が変化してるが、嬉し恥ずかし入り混じった雰囲気だ――のだ。
煌びやかなドレスや宝飾類が並ぶ中、紳士は二人にテーブルを勧めて暖かな紅茶を差し出した。ティーカップより立ち上る仄かな香りは心地よく、ほう、とアンナが小さく息を吐いたところで紳士は店長だと名乗った。
「先程、ショウウインドウを眺めていらっしゃる様子を拝見して我々としてお二人にお願いがあるのです」
「……お願い?」
「はい。是非、お二人には宣伝絵画のモデルになっていただきたいと――」
紳士の言葉にアンナがきょとりと瞬いた。ルルリアは「モデル!?」と立ち上がる。
紳士曰く、可愛らしい二人にぴったりのウェディングドレスをセレクトして宣材としてのモデルになって欲しい。
勿論謝礼は払うし、店内商品であればどれでも好きなものを身に着けてくれていいとのことだ。
ヘアセットやメイクも店内で行うからという言葉にルルリアは瞳を輝かせ「やりますっ!」と笑みを浮かべた。
「え……?」
「アンナとルルに似合うドレスを選ばなくっちゃですね! ふふ、どれがいいでしょう?」
「ええ……?」
「あ、オススメとかありますかっ! アンナはきっとカラードレスが似合うと思うのですっ」
楽し気に話を進めていくルルリアにアンナは慌てた様に立ち上がる。
これからドレスを着て絵のモデルになるというのか。ドレスを着ることは貴族であるアンナは慣れてはいるのだが、これは少し種別が違う。
そう、着用するのはウエディングドレスだ。気づけば目でアンナを追ってしまう様な日々を送っているルルリアはアンナが戸惑っていることに気づいている――けれど、彼女が困っている姿が可愛らしくてすぐ様に了承したのだ。
「アンナ、ドレス選びましょうねっ」
にんまりと微笑むその天真爛漫な笑顔。それを向けられてはアンナも弱い。
「あの……ルル……?」
「アンナに似合うのをルルがちゃんと選びますから! アンナは楽しみにしてくださいね」
にこにこと笑みを浮かべている。嬉しそうで、楽しそうで。そんなのを見て厭だと言えるアンナは此処に居ない。
「……そうね」
「そうと決まれば、ドレスを探しましょう! ねっ! アンナ!」
ルルリアが楽しんでいるのだから……無碍にすることもできないままにアンナは「ええ」とだけ小さく返した。
ドレスをセレクトするうえで、ルルリアはアンナに似合うものを真っ先に探した。
彼女の赤茶色の美しい髪が映えるような上質な赤ワインを思わせるドレスを選ぶ。ワインレッドにはフリルと小さな天使の羽が添えられていた。
「見てください、天使の羽ですよっ! アンナは天使みたいに可愛いからきっと似合うのです」
その言葉、そっくりそのまま返したい衝動でアンナはルルリアに「……なら、ルルも同じようなのを着ましょう……」と純白のドレスを指した。
レースの薔薇を飾ったヴェールとそのセットのように天使の羽とフリルとレースを飾った純白のドレス。可愛らしいポイントにレースの花をドレスにも咲いていた。
「可愛いですっ。アンナ、アンナ!」
「……何かしら……?」
観念したとでも言う様に肩を竦めたアンナは呼ぶルルリアをちらりと見遣る。
彼女の事はなんでも分かる――だって、見ていたから――とでもいうようなルルリアはにんまりと笑ってアンナの傍らに唇を寄せた。
「おそろい! ですっ!」
――狡い人なのだ。
そうね、とだけ告げて足早にドレスの着替えやメイクアップ、ヘアセットにアンナは向かった。
ルルリアはその背中を見送ってくすくすと小さく笑う。ああ、だから、かわいいのだ。
大切で大好きなアンナ。彼女のドレス姿が楽しみだと笑みを溢しながらルルリアも着替えへと向かった。
――
―――
「ど……どう、かしら……」
恥ずかしそうに目線を逸らしたアンナにルルリアは「とっても似合っているのです」とにんまりと笑う。
至近距離で見れば、とても可愛らしい。全力で抱き着いて頬ずりしたい欲求がルルリアには湧き立った――が、そこは『年上の威厳(おねえさんぶる)』を保つためにはNGだ。
慈愛の笑みを浮かべて「素敵なのですっ!」とにんまりと微笑んだ。
ゆったりと降ろされた長い髪を揺らして、大きな瞳が照れを浮かべている。アンナは「ありがとう」と小さく返し、ルルリアをまじまじと見た。
アンナのカラードレスと同じデザインの純白を身に纏った彼女。それだけで、アンナは息を飲む。
「あ……ルルも、その……とても似合っているわ。その……見違えた」
ふい、と顔を逸らす。アンナにとっては好きな相手だ。好いた相手がウエディングドレスであるというだけでもドキドキしてしまうのに普段と雰囲気が違うのだから心臓に悪い。
結上げた髪を降ろして、普段の可愛らしい少女の雰囲気は息を潜める。まるで『お姉さん』の様な雰囲気になって大人びるから――それだけで、ああ、好きが溢れてしまう!
見違えた、なんていって、まじまじと眺めて居れば、目を離せなくなりそうだからとアンナの視線は明後日だ。
ポーズをとってくださいと言われた言葉にアンナは『ルルリアを見ない』ポーズを選ぶようにして外側に立った。
どうしても好きが溢れてしまって、それが絵画に描かれたならば辛抱ならない。どうしようもなく高鳴る胸を宥めようと長く息を吐いたアンナの努力を知ってか知らぬ――訳もないかもしれない――ルルリアはアンナの至近距離へと立った。
「描かせていただきますね」という言葉に頷いて「お願いしますです!」と笑みを浮かべたルルリア。
「それじゃあ、ポーズはそのままでいいでしょうか?」
絵画になるのだから楽な恰好でなければ厳しい気がすると言う様にアンナは自身を納得させて頷いた。
ルルリアの返答がない、とちらと彼女を見ればルルリアの距離が先程より近くなる。
普通にしていればいいとアンナが気持ちを落ち着かせている努力を無碍にする様にルルリアは何気なくアンナの手を握りしめた。
――それは意識したことではないのだろう。
無意識下でアンナに接近し、ぎゅ、と手を握りしめる。
どきり、と鼓動が高鳴ったことに気づき好きの気持ちがあふれ出しそうなアンナが「ルル」と小さく呼んだ。
嗚呼、けれど彼女は意識してない――ぎゅ、と握られた手に力が籠められる。
「ルル……? その、あまり近づかないで……」
絞り出した声に返事はない。「ん?」なんて近くで首を傾げないで。ああ、頬に髪が触れるから。
頬に触れた髪が擽ったいと言う様に目を細めたアンナに「あ、ごめんなさい。擽ったかったですか?」とルルリアが小さく笑う。
髪が触れるような至近距離。絡めた指先がすこしばかり緊張で汗ばんだ気がして、離れたいと指を小さく押した。
手袋越しの温もりはそれでも離さないと言う様にぎゅ、と固く握られる。
「ル、ルル……」
「楽しみですねっ」
また、そうやって狡い顔をして笑うのだ。視線を逸らしてアンナは「もう……」と小さく呟いた。
「それではお願いします」
こんな心臓が高まった儘、絵を描くのだ。まだまだ絵が出来上がるまでは時間がかかる――
嗚呼、何時までこの緊張の時間が続くのだろう! けれど、もう少しだけこうして居たいと言う様に。
緊張と、溢れる好きを抑える様にしてアンナは視線を逸らしたまま絵画のモデルへと挑む。
その傍らで、幸せそうな笑みを溢したルルリアはばっちりとポーズを決めていたのだった。
絵画の中のアンナの表情は和らいでいた。