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『魔法少女セララNovice 最終巻 ボクの、新しい友達』
登場人物一覧
- セララの関係者
→ イラスト
秋葉原最大のランドマーク、アキバスカイツリー。
日夜秋葉原の人々の営みを天から見守ってきたこの塔は今、未曾有の戦場と化していた。
塔の上層にて待ち構えていたダークデリバリー四天王を降し、最上階に位置する玉座の間へと足を踏み入れたセララ。
激戦を潜り抜けて尚意気軒昂、絶えぬ勇気の光を瞳に宿して見上げる小さな魔法少女を前に、玉座の主――ダークデリバリー首領はうっそりと笑む。
「よくぞここまで辿り着いたな、魔法騎士セララ。一介の魔法少女に過ぎなかった小娘が、よくも練り上げたものよ」
「キミが……ダークデリバリーの、ボス……?」
セララの声には戸惑いがあった。
それもそのはず、幾度となく秋葉原の街を混乱に陥れ、人々を恐怖の坩堝に叩き込んだ悪の組織の首領が……年端も行かぬ少女だったのだから。
「こうして衆目に我の姿を晒すのは何時振りになろうか……」
セララの誰何に少女は立ち上がり、厳かに歩み寄る。
「如何にも。我こそがダークデリバリーの首領……」
そうして浮き彫りになった正体は、角と翼を具えた異形のシルエット。
闇を織ったが如き黒衣を翻して相対する超越者。
「――人呼んで”竜姫”、ニーズニールなり」
竜姫の異名を冠する、半竜であった。
(この子……強い!)
目と鼻の先に立つニーズニールを前にセララは固唾を呑んだ。
自分と然程背格好の変わらない小柄。しかしその全身から放たれるプレッシャーは、これまでに相対してきた怪人達の比ではない。
可憐な見た目に似合わぬ強者の圧。だがそれこそが彼女が悪の組織の大首領であることの何よりの証左だった。
「……ふっ、そう固くなるな。我は貴様に興味があるのだ」
「興味……?」
そんなセララの緊張を察してか、ニーズニールは柔らかな声音で諭した。
そして指を鳴らして二人の周囲に無数の画面を生み出す。
それらを仰ぎ見、ニーズニールは嘆くように息を漏らす。
「醜いとは思わぬか。有史以来、文明を手にしたヒトは我が物顔で地上にのさばり、野放図に母なる星を切り拓いていった」
そこに映し出されていたのは荒廃した大地、薙ぎ倒される木々、穢されていく海原、争い合う人々……日常の裏に隠された、この世の闇。
「ヒトは己の欲望を省みぬ。自制を知らぬ。繁栄こそ善と盲信し、振り撒く悪を認めない。……醜いとは思わぬか、セララ」
セララは最初、それをニーズニールの生み出した幻覚だと考えた。自分を惑わして屈服させようとする悪の魔の手だと。
だがニーズニールが湛えた憂いに偽りは無く、心の底からこれらの光景を嘆いている。
画面に映し出されたそれらは決して虚構ではなく……今もどこかで繰り広げられている、ありのままの現実だった。
「この千年、我はヒトの営みを眺め続けてきた。しかしヒトはいつまで経っても変わらず、己を省みないままだ。――最早、我はヒトを信じられぬ」
彼女は、同族同士で争い合う光景へ殊更に怒りを向け、叩き割るように画面を消し去った。
「誰かが手綱を取らなければならぬ。無秩序な人類を支配し、世界を救わねばならぬ。――そして我にはそのための力があった」
次いで映し出された美しき光景の数々。遥かな過去に彼女が見届けてきたのであろう、今は失われた世界の姿を前に、ニーズニールは力強く拳を握った。
「善や正義で世界を救えぬのならば、悪を以て救うしかない。人類を支配する絶対悪として立ち上がり、この世を導く責務が力有る我にはある!」
そしてセララに振り返り、強い意志を秘めた瞳で見つめ。
「そのための間引き、ダークデリバリーの組織だったが……それを貴様は尽く打ち破ってくれたな」
「っ、そうだ! それがボクの信じる正義だから――」
「そう血気に逸るなセララ。我は貴様を称賛しているのだ。よくぞ我が手先を打ち破り、我が前に立った。……貴様もまた、力有る者ということ」
「……何が言いたいのさ」
「セララよ、我と手を組む気はないか?」
「えっ……?」
差し出された手を前にセララは目を丸くする。
招くように開かれた掌には寸鉄すら無く、ニーズニールの想いが乗せられていた。
「我と共に世界を支配し、より良き未来へ導こうぞ。貴様の助力があれば我もダークデリバリーなどという余興を率いる必要もない。貴様が信じる正義と力、その使い方を教えてやろう。貴様の正義がより多くを救うためのものであるならば、我が手を取れ」
――大義のために力を揮う。これほど快いものは無いぞ?
その誘いに、セララは暫し言葉を失った。
差し出された手を見つめ、迷うように沈思黙考する。
そうしてセララが思い悩む姿を、いつの間にか全世界の人々が見ていたことにも気付かず。
(さて、どう出るか……)
ニーズニールは己の魔法で問答の全てを全世界に中継していた。
正義の魔法少女が我が下につくならよし。叶わず敵対するとしても力を以て降せば人々の希望は潰える。
どちらに転んでも己の目的に利すると心中でほくそ笑み、しかし本当にこの手を取ってもらえたならばと絶対悪の少女は期待していた。
何故ならニーズニールもセララが示してきた正義の光を眩しく思っていたから。
絶対悪を標榜して世界征服に乗り出したニーズニールだが、それも全ては世界を救うため。
手段として悪を為したが……その醜さと惨さを知るからこそ、より光の尊さを知るというもの。
だからこそ願わくばこの手を取ってほしい……そう考えて、決断を迫る。
「さぁ、セララよ。――返答は如何に」
ニーズニールは真っ直ぐにセララを見据え――その瞳に、セララの視線が突き刺さる。
「……ひとつ、訊いていいかな」
「なんだ」
「大義のための世界征服なら……どうして良い人たちまで襲ったの?」
「なに……?」
面を上げたセララの瞳には義憤の炎が燃えていた。
迷いに揺れていたかと思いきや、ニーズニールにも劣らぬ硬い意志が秘められ、真っ直ぐに彼女を射貫いている。
放つ言葉には強さと鋭さが宿り、正義の在処に惑うか弱さなどどこにも無い。
「キミはまるで世の中には悪い人しかいないみたいに言うけれど……人間には良い人も悪い人もいるんだ。なのに悪いところばかりを見て人間は悪だって、だから世界征服をするって言うのなら……ボクはそれを世界のためだなんて認めたくない!」
抜き放ち掲げた剣、ぴょこりと跳ねるうさ耳リボンが凜々たる勇気に天を衝く。
ニーズニールの闇の誘いを振り払い、決然たる光を纏って切っ先を彼女へ向けた。
「それにきっと、そんな世界に笑顔はない。人々が心から笑えない世界だなんて、そんなのボクはイヤだもん!!」
「……クッ。ふっ、ふふふ……! そうか……笑顔、か」
セララの心からの叫びを受けて、ニーズニールは。
差し出していた掌を握り締め、目を伏せて言葉を漏らす。
拳に込められた力は無念を握り潰すように万力を宿し、再び開かれた双眸には戦意のみが紅く燃えていた。
「心からの笑顔など……とうに忘れて久しいわ! いいだろう、魔法騎士セララ。それが貴様の答えならば最早問答は無用! 是より先は、力を以て互いの道を貫こうぞ!」
双角が雷を帯び、竜翼が大きく開かれる。
そして天に舞い上がったニーズニールの両手に闇と炎を集め、振り翳して叫ぶ。
「我の掲げる悪と貴様の信じる正義、どちらが上か……今決着をつけようではないか!!」
「来い! ボクは、絶対負けない!!」
◇
譲れぬ想いを胸に火蓋を切った激突。
竜翼で自在に空を舞い、驟雨の如く放たれる闇と炎の爆撃をセララは剣で切り捨て、合間を縫うように駆ける。
今や相棒とすら言える『魔法騎士』のマジカルカードの力。その速さは疾風の如く鮮烈にして、鋭さは稲妻の如く苛烈。
降り注ぐ攻撃の全てをセララは掻い潜り、一太刀、二太刀と切っ先をニーズニールへ届かせていく。
空舞うニーズニールもまた縦横無尽に飛び回り、絶え間ない連弾でそれを迎え撃つが……軍配は徐々にセララの方へ上がりつつあった。
「成程、素晴らしい力だ。四天王では歯が立たなかったのも頷ける。惜しいなぁ……それほどの力があれば、容易く世界を支配できるというのに」
「ボクは支配者なんかになりたいんじゃない、友達になりたいんだ!」
力量を惜しむニーズニールの呟きを、セララは真っ向から切り捨てる。
力を以て平和を望む竜姫と、絆を以て平和を望む魔法少女。
目指す光景は同じはずなのに、手段のために決して相容れない二人。
相反する善と悪、しかしだからこそ打ち合うたびに互いの本気が伝わり、その応酬は過熱する。
「甘いことを……ならば貴様は、悪人とすら友誼を結ぶというのか? 貴様の手を振り払うような輩の手を、尚も取ろうと!」
「わからない……だけど助けようとすることはできる!!」
裂帛の気合と共に放たれた一撃が、ニーズニールの腰を飾るリボンを断った。
「悪いことをしたなら一緒に謝って、同じことをしないように一緒に考えようよ。友達ってそういうものでしょ? そうやって友達を助けて、助けられた友達がまた別の友達を助けて……そうやって少しずつ助け合う友達が増えていけば、きっといつか環境破壊も戦争もなくなるよ」
「愚にもつかぬ理想論を――」
「――ボクはキミとも友達になりたいんだ!!」
「ッ!?」
セララの言葉に、ニーズニールは目を見開いた。
ニーズニールを見つめるセララの瞳に、嘘偽りは一切無い。
心の底から友達になりたいと、真っ直ぐなまでの光がそこにあり……その眼差しにニーズニールは初めて動揺を覚えた。
「キミのやり方には同意できないけど、世界をより良くしようっていう目的には賛成できる。だから、一緒に考えようよ。悪者にならなくたって、きっと世界を救う方法はあるはずだもん!」
「…………ッ、戯言を吐かすなァッ!!」
ニーズニールの怒号と共に突風が巻き起こり、セララは吹き飛ばされた。
そして逆巻く嵐の中央でニーズニールのシルエットが形を変え、その大きさを増していく。
やがて嵐を引き裂いて現れたのは、紅い瞳に黒い鱗を具えた――見上げる程に巨大なドラゴンだった。
その顎から黒炎の吐息を漏らしながら、如何なる名剣よりも鋭い牙を剥いて黒竜ニーズニールが吼える。
『ヒトと竜の血が流れる我が身を忌み、排斥したのは貴様らヒトではないか! 否! それだけではない! 我が身の異形を排斥するだけに飽き足らず、同族同士で醜く争い合う貴様らが……よくも大言壮語をほざいたものよ!!』
ニーズニールの叫びには怒りと悲しみ、その両方があった。
他ならぬ彼女こそが人間の悪意に触れ続けてきたからこその決起、その理由を戦いを見守っていた全ての人々が目の当たりにする。
セララもまた、差し伸べた手を振り払うニーズニールの心の内を知り――だが、折れない。
「大言壮語なんて知ったことか! それでもボクは、キミと友達になりたい!!」
『まだ言うかァ!』
「何度でも言うよ! ボクはキミの友達になりたい! 友達になって……キミの助けになりたいんだ!!」
ニーズニールが黒炎の吐息を放ち、それをセララが剣で振り払う。
疾走して迫るセララをニーズニールの爪牙が迎え撃ち、それを剣で受け流す。
比較することすら烏滸がましい彼我の体格差。それを無いもののようにセララの剣は爪牙をいなし、鱗を砕く。
無論のことニーズニールも負けてはいない。
竜体から放たれる一挙手一投足は容易く大気を裂き、地を砕き、荒れ狂う暴風を巻き起こす。
決戦の地として結界が展開されていなければ、とっくにアキバスカイツリーどころか秋葉原の街が崩壊していただろう程の暴虐だ。
それらの攻撃に晒されてセララもダメージを免れない。だが負った傷にも構うことなく、寧ろ傷付く程に活力を増して立ち上がり、前進していった。
事此処に至り止めどないの力強さを発揮していくセララ。その不可思議の理由を求めてニーズニールは眼を凝らし――セララの全身から立ち昇る光の奔流を視た。
――頑張れ! 頑張れセララちゃん!
――おねえちゃん、まけないで! リボンのおねえちゃんも、ドラゴンのおねえちゃんも……
――どっちもかっこいい……! どっちもがんばれ!!
――ふおおおおおおお!!! セララ氏ぃいいいい!!! ニーズニール殿~~~~!!! ファイトですぞ~~~!!!!
それはセララがこれまでに助けてきた数多の人々の、そしてこの戦いを見守る全ての人々の声。
彼らの祈りが光となってセララに降り注ぎ、想いが力となってセララの全身に尽きぬ活力と勇気を与える。
……不思議なことに、セララだけでなくニーズニールにもまた少なからず光が降り注ぎ、その暖かさを伝えていた。
『こ……れ、は……』
「ニーズニール。キミの想いはちゃんとみんなに届いてたんだ」
悪を掲げた少女と、正義を信じる少女。
しかしどちらもまた世界を救うために戦っていることを全ての人々が目の当たりにし、両者を応援しているのだ。
人々の祈りと想いを一身に浴びる今だからこそ、両者ともにそれが真実であることを疑えない。
正真正銘、この光こそが人々の真意であることをニーズニールは突きつけられ……その温もりに動揺を隠せないでいた。
「みんなで友達になろうよ。悪いことをしたなら謝ろう? ボクも一緒についていってあげる。そしたら一緒に、どうすれば世界を良くできるか考えようよ」
『…………』
ニーズニールは沈黙する。
だがその双眸に敵意は無く、覚悟の光があった。
『……いいや、まだだ』
「ニーズニール……」
『戦いの幕を開き、閉じぬままに手を取り合うなど我には出来ぬ。……手を取るならば、それは全ての決着がついてからだ』
「!!」
ニーズニールが吼え、セララに告げた。
『貴様がヒトを信じるならば……それを証明してみせよ! 我が逆鱗を貫き、正義の刃を示すがいい!』
「……わかったよ。なら!」
応じてセララも腰溜めに剣を構え、より一層強く光を纏う。
ニーズニールもまた顎を開き、その奥に闇の炎を限界を超えて溜め。
「みんなの祈りを光に変えて!」
新たに顕れるは『セラフィム』のマジカルカード。
世界を救う戦いでのみ許される、熾天使の名を冠した最強の切り札をダブルインストールし。
「――征くよ!」
『――来いッ!!』
ニーズニールが解き放った世界を闇に閉ざす黒竜のブレス。
天地を灼きながら迫るそれに一歩も退かず、セララは剣を手に待ち構え。
「全力全壊――」
世界を照らす程の光を剣に込めると、それを抜き放ち――叫ぶ。
「ギガセララァ――ブレイクゥウウウウウウウウウウウウウッッ!!!」
激突する光と闇。
だが拮抗していたのは一瞬、光が闇を突き破り……そして。
(嗚呼……この光こそ、我が求めた――)
――闇の黒竜ニーズニールは、光の奔流に呑み込まれた。
おまけSS『『Another Epilogue 我の、初めての友達』』
「はーい、今日は新しいお友達を紹介します!」
とある朝のホームルーム。
セララの通う秋葉原小学校の教室に担任の明るい声が響き渡る。
生徒たちにとっては寝耳に水の出来事だ。
転校生という唐突なサプライズに一気に場は騒然となり、一体どんな子が来るのだろうと口々に語り合う。
男子は可愛い女の子がいいよなぁと色めき立ち、女子はかっこいい男の子がいいなぁと想像を膨らませて黄色い声を上げる。
だけどどちらであってもきっと男子も女子も大歓迎だし、空気は新しい友達への歓迎ムードに満ちていた。
「ねぇねぇ、セララちゃんはどっちだと思う?」
「んー、わかんない! でも友達になれるならどっちでも大歓迎だよ!」
「はーい、みんな落ち着いてね! それじゃあ今から呼びますよ……どうぞ~!」
「う、む……」
賑わう教室を制しながら担任が招き入れた転校生。
聞こえてきた声には少し緊張が宿っていて――
(あれ? この声って……)
――恐る恐ると開かれた扉から現れたのは、クラスメイトよりは少しだけ年長に見える少女。
黒い洋服に身を包み、同じ色をした長髪を靡かせながら壇上に立ったのは、竜の特徴こそ魔法で隠してはいたが、セララのみならずクラスメイトのみんなにとっても見覚えのある女の子で。
「我はニーズニール、だ。その……」
「ニーズニールちゃん!!」
「……また会ったな、セララ」
少し前に世界を賭けて戦った宿敵。
悪の秘密結社ダークデリバリーの元首領――”竜姫”ニーズニールだったのだ。
◇
放課後、セララとニーズニールは二人で通学路を歩いていた。
自己紹介のあとニーズニールはクラスメイト達に揉みくちゃにされていたが、やがてクラスの一員として受け入れられていた。
彼女がダークデリバリーの元首領であることは、かの決戦を目撃していたクラスメイト達も知っていたが……同時に戦いの真意もまた知っていたために、すっかり普通のクラスメイトとして歓迎されている。
むしろ竜の姿が最高にかっこよかったなどと男女問わず大人気で、加えて本人も美少女なものだから普通の転校生以上に人気が出ていた気がする。
ニーズニールにとっては初めての経験なのか随分と気疲れしていたが……今もその困惑を隠せないようでいた。
「……我は」
「うん?」
「我は、ヒトというものが恐ろしかった。我が身の異形を恐れ、我が身に流れる血を忌み、散々に追いやったヒトという生き物が」
ぽつり、ぽつりと語られる独白。
それにセララは静かに耳を傾ける。
「生まれ落ちて千年、心休まる時など数える程しかなかった。同族同士で争い合い、我の棲家を焼き払い、無尽蔵に増えていくヒトに、我は恐怖していた」
「うん……」
「だから支配せねばならぬと思った。数を減らし、我が管理せねば……と。これ以上世界が乱される前に起たねば手遅れになると、そう考えていた」
不意に風が吹き抜け、ニーズニールの髪とセララのうさ耳リボンを揺らした。
立ち止まり、行き交う人々を眺めながら言葉を続ける。
「そのためにダークデリバリーを組織し、世に悪行を為さんとしたが……貴様にそれを阻まれた」
「謝ってほしいの?」
「無用だ。偏に我の力不足ゆえのこと。我はあの時、全力を尽くして貴様と相対した。……それでも尚届かなかったのなら、義は貴様にあった、ということなのだろう」
ニーズニールがセララと向き合い、正面から彼女を見下ろした。
こうして見れば己よりも頭一つ分は低い少女の背格好。生きた年月を比べれば百分の一程しかない小さな命に敗北したことを振り返り、堪らず苦笑がニーズニールに浮かぶ。
そんな彼女をセララは首を傾げてうさ耳リボンをぴょこぴょこしながら見上げた。
「我がこうしてヒトに身を窶して転校生などを演じたのは、セララ。貴様にどうしても会いたかったからだ」
「ボクに?」
「あの時貴様が魅せたヒトの心の光……あれに灼かれた我は、最早かつての如き野望の炎を燃やすこと能わず。かくなる上は再起も叶わず、途方に暮れていたとき最後に残ったのが……貴様だったゆえ」
セララを見下ろすニーズニールの瞳には、僅かな躊躇と怯えがあった。
まるで行き場を失った子供のような、親とはぐれた迷子のような寄る辺なさに震えている。
そして所在なさげに指を絡め、組み換えながら、探るような声音で。
「貴様はあの時、我と友達になりたいと言ったな。……しかし我には、友達というものがわからぬ。我の世界にあったのは、我と、我の敵、それのみであったがゆえに。なれど今の我には貴様以外に寄る辺は無く、行き場も無い。……なんとか弱きことよ」
そう言って視線を逸らしたニーズニールは、ただの子供にしか見えなかった。
背格好こそセララより大きいものの、今のニーズニールはずっと年下に見える。
そんな彼女の手を取り、セララは目一杯の笑顔を浮かべた。
「何言ってるのさ。とっくにもうクラスのみんなと友達なのに。もちろん、ボクが一番最初だけどね!」
「……そう、なのか?」
思いがけず、といった風にニーズニールは目を丸くして呟いた。
セララは握った手をぶんぶんと振って、満面の笑顔のまま言葉を続ける。
「ほら、こうして手を取り合えてる。だったらもう友達だよ。もしかして、まだ友達になるのはイヤ?」
「……否、嫌ではない。嫌ではないのだが……」
ニーズニールは言葉を詰まらせたように歯切れ悪く、己の手を握るセララの顔を直視できないでいた。
初めて味わう感情の昂り、その理由を理解できず。何故か見せることを恥じらってしまったニーズニールの頬は――真っ赤に染まっていた。
「わからぬ……しかしどうしてか紅潮を抑えられぬ。……こんな経験は、初めてだ」
「あっ! ひょっとしてニーズちゃん照れてる? かーわいいんだ~!」
「や、やめよ……可愛いなどと……! それに照れなど、我は……」
そこまで言って、その通りであることにようやく気付いたニーズニールは頭を振ったが……しかし否定しきれず、今度は顔いっぱいまで赤くして観念したように項垂れた。
「……本当に良いのか?」
「なにがー?」
「我を友達などと……一度は世界を手中に収めんとした悪たる竜姫を、それでも貴様は友達と言ってくれるのか……?」
縋るような声音。
無意識に拳に力が入り、己の手を取ったセララの手を強く握り締めていた。
それにセララもまた強く手を握り返して答える。
「もちろん! あのときも言ったでしょ? ボクはキミと友達になりたいって!」
「セララ……」
ぴょこりと跳ねるうさ耳リボンはセララのトレードマーク。
今まで大勢の友達を作ってきたのと同じ笑顔を浮かべ、セララは問い返す。
「ニーズちゃん、キミもボクの友達になってくれる?」
「ああ……っ!」
気付けば互いに両手で握手を交わし、ニーズニールは感極まったように膝を折っていた。
大袈裟だよー、と己を慰めるセララの言葉も聞こえないように、ニーズニールは胸中でセララの言葉を噛み締めていく。
(今一度、ヒトを……セララを信じてみよう。命を懸けた戦いの中で尚も友情を叫び、絆を信じたこの者の心と、ヒトが魅せた光を、今一度だけ……)
振り返れば怒りと悲しみは幾らでも思い起こせる。
だが、あの決戦でセララが――人々が魅せた心の光は、そんな傷を癒やして信じる心を思い出させる程に暖かかった。それもまた事実。
故にニーズニールは今一度ヒトの光を信じ、歩みを同じくする決心をつけた。
(セララ。我の、初めての友達――)
初めて得た”友達”の暖かさを両の手で確かめながら、決してこの温もりを手放すまいと半竜の少女は誓った。