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ひとそろいの花
登場人物一覧
●あまいの、ひとつ
その煌めきに惹かれたのは、いつのことでしたでしょうか。
あなた様と重ねる愛おしい日々の中、わたしには時折気になっていたものがあったのです。
時折チラと見える白銀の髪の下、其処に、
それはまるで、
それはまるで、
わたしはフィリーネ様の耳朶を彩る祝福めいた輝きが瞳に映る度、幾度も瞳を奪われていたのです。
そう。まるで、恋に落ちた乙女のように。
乙女はいつだって、甘いものに囲まれている。
沢山の甘いものに囲まれて、澄恋が『
「フィリーネ様の耳飾り、いつも綺麗ですよね」
「あら、すみれ。わたくしのピアスに興味を抱いてくれましたの?」
嬉しいですわと微笑むフィリーネに、澄恋の指先は紅茶のカップを撫でる。
「その……わたしでも付けられますでしょうか?」
一息置いての問いに、フィリーネはぱちりと瞬いて。
それからふわり、花が綻ぶように微笑んだ。
「もちろんですわ。すみれの耳にもとても似合うと思いますわ」
友人が興味を抱いてくれたことが、素直に嬉しい。フィリーネの言葉にパッと表情を明るくする友人が、とても可愛い。その気持ちは心のなかに春が訪れたかのように胸を温かにし、フィリーネは笑いながら口を開く。
「穴を開けねばなりませんが、」
「えっ」
ガチャンと紅茶のカップが鳴って、声が被さった。
「すみれ?」
「穴を……?」
「ええ。耳に穴を貫通させ、その穴にピアスポストを通して裏から固定するのですわ」
「か、貫通!? ま、麻酔は……?」
「不要ですわ。穴と言っても小さなものですし、痛くありませんのよ」
ほら、痛そうではありませんでしょう?
耳元が見えるようにとさらりと髪をかきあげて見せるが、口元を両手で押さえた澄恋はプルプルと震えていた。先程までの憧れを宿して輝いていた表情との落差に、フィリーネはあら? と小首を傾げる。
澄恋には、先程まで憧れの可愛いものだったはずの小さな煌めきが、何だか
「ち、治験や手術でもないのに身体に穴を……? しかも麻酔なしで……!?」
「大丈夫ですわ、お注射より痛くないですわよ。わたくしも自分で開けましたのよ」
「ご、ご自分で、穴を……?」
ひえっと変な音を立てて澄恋が息を飲み込んだ。
普段からイレギュラーズとして依頼をこなす上で戦闘し、もっと痛い思いはたくさんしてきているはずなのに、澄恋は驚愕の表情でプルプルと震え続ける。
(興味を持って頂けたのは嬉しいけれど、これは難しいかしら)
彼女が望むのならばお揃いのピアスを、とまで想像の翼をはためかせかけていたフィリーネは自身の頬に手を添え、軽く小首を傾げながら「あの」とか「でも」とか「うっ」とか何かと葛藤しながら両手と目をぎゅうっ(>_<)と瞑っている澄恋を見守った。
最終的に決めるのは彼女だし、無理はしてほしくはない。
けれど、それでも。
それでもと望んでくれるのなら、それはきっと、とても嬉しいことだろう。
「フィ、フィリーネ様! あのっ」
震える紫の瞳が、いつもよりも赤く滲んでいる。表面には水分の薄い膜が張られ、きらきらと輝かせながらも真剣な表情でフィリーネを見つめてくる。
小さく開かれた唇から溢れた言葉に、フィリーネは優しく微笑んだ。
●あまいの、ふたつ
すみれの甘い誘いにわたくしの心がどれだけ弾んだことか、あなたは解っているのかしら。
興味を持ってくれたことだけでも嬉しいのに、その後に続いたあなたの言葉。次への約束。時折感じる耳朶への視線。どれをとってもわたくしにはとても嬉しくて、「すみれの気持ちが定まるまで待ちますわ。いつでも言ってくださいな」なんて口にしたけれど――本当は少し惜しまれるくらい。
かわいいあなたとのお揃いを、早く耳に飾りたいとわたくしは望んでしまっているのです。
それとも、普段のわたくしとお揃いの
小さな痛みとともにあなたを彩る其れが、どうか
――あのっ、もし、その、開ける勇気が出ましたら……その時は――。
瞳をぎゅうっと瞑りながら、澄恋は「フィリーネ様が開けてくださいませんか?」と口にした。その勇気がいつ湧くのかはわからないし、湧くことがないことだってありえる。けれどフィリーネは
そうして首を長くして待ちに待ち、澄恋から「お願いします」の知らせが届き、『今日』を迎えたのだった。
(ああ、ついにこの日が……)
耳に穴を開けると聞いてから、澄恋は気が気ではなかった。
小さな穴とは言え、こんなに小さな耳たぶに? 麻酔もなく?
回復スキルを使用した場合はどうなのだろう。怪我をした人に回復スキルを使用してピアスの穴が消えてしまったという話は聞いたことはないが、穴を開けてすぐに使っては穴が塞がってしまうかもしれない。折角痛みや怖い思いを耐えても、そうなってしまっては水の泡である。
それでもどうしても痛かったら、フィリーネに天使の歌を歌ってもらおう。威力を上手に調整してもらえれば、穴も塞がらないかも知れない。
(大丈夫、大丈夫です)
いくら勇気を振り絞ってひとつ恐怖を乗り越えても、またひょっこりと怖いと思う気持ちが顔を覗かせてしまう。
「すみれ、大丈夫ですの?」
胸元で両手を握りしめてみたり、ぎゅうっと目を瞑ってみたり、果ては綿帽子に顔を埋めて耳を隠したりしている澄恋の顔を、フィリーネが覗き込む。その表情は心の底から澄恋を案じているもので、そろりと視線を合わせた澄恋も大丈夫ですと返そう……とは、する。努力は、している。
でも仕方がない。怖いものは怖いのだ。
覚悟は決めたし、勇気も振り絞った。
でも、怖い。
「すみれ」
フィリーネが、向かい合って座っているすみれの両肩にそっと触れる。
プルプルと小刻みに震え続ける身体を温めるかのように、掌から熱が移るのを少しだけ待ち、その手は頬へと伸ばされる。青褪め色を失くした頬を柔らかく包み、正面から瞳を合わせて告げるのは、優しい言葉。大丈夫、心配しないで。
頬を優しく撫でた手が耳朶に伸ばされ、
「すみれ、想像してみて」
「……フィリーネ様?」
「ここにわたくしと同じ彩を飾る姿を、想像してみてほしいのですわ」
「同じ……」
「ええ。初めてのピアスはわたくしとお揃いなんてどうかしら」
「お揃いの、ぴあす……」
それは、とても甘い響きだ。
大好きなお友達との、お揃い。
種族も性格も、生まれ持った宿す色さえ違うひととの、お揃い。
髪で隠れて見えにくいところかもしれないけれど、だからこそお互いだけが知るないしょのようで。ひそりと交わし秘める、秘密のようで。
おそろい。胸を高鳴らせる四文字は、いつだって乙女の背を押してくれる。
「フィリーネ様。わたし、頑張ります。けれど、その、」
「なぁに、すみれ」
何でも言ってほしいのですわ。
澄恋の耳をもにもにと揉みながら、フィリーネは努めて優しい声で応じる。
「……裾を、握っていても……よろしい、でしょうか?」
「もちろん、大丈夫に決まっているのですわ」
身体は震え、瞳は潤み、それでも頑張って耐えますからと告げながら真っ直ぐに向けてくる瞳は、怖いものを遮断しようと閉じてしまいそうになるのを堪えている。白無垢から伸ばされたか弱い乙女の白き繊手が、フィリーネの言葉に甘えてそっと彼女の着衣の裾を摘んだ。
カタカタと震える手はあまりにも儚げで、どんな恐怖からも守ってあげたくなってしまう。――しかし、普段の澄恋が『か弱い乙女と自称しながらクソ強い』ことをフィリーネは知っている。けれども、いつもは林檎だって握り潰す手が、今日はこんなにも儚げだ。
隠さずにいくつもの面を見せてくれる彼女に、フィリーネは柔らかな気持ちで微笑んだ。
「初めてのピアスはどんなものが良いか、すみれはもう決めていますの?」
問いかけに、脳裏にいくつもの彩がよぎる。
フィリーネの耳に輝く百合の紋章の白。
海の泡沫を閉じ込めたような青。
鏡越しに見た自身の瞳の紫。
ピアスに興味を持ってから、様々な人の耳元へと視線が行くようになった。
揺れるしずく型、孔雀の羽根、房飾り、水引き、それから――、
「わたしは……――あッ」
口を開きかけたその時に、耳に痛みが走った。すぐに耳たぶが熱を持ち、言葉で澄恋の意識を逸したフィリーネが穴を開けた事を知った。
(矢張り赤も似合いますわね)
鋭い針を澄恋が見ればより怖がるだろうと見せること無く素早く針で澄恋の耳を貫いたフィリーネは、澄恋の耳たぶにぷくりと浮かんだ血を清潔な手巾で拭う。
「ほら、もう空いたのですわ」
「えっ、もうですか?」
ぎゅうと目を瞑った弾みにぽろりと溢れた涙を指で拭いながら威力に気を配った天使の歌を贈れば、じわりと滲んでいた血も溢れなくなる。
「我慢が出来て偉いですわね、すみれ」
優しく頬を撫で、歌を紡ぎながら、もう片方も。
針で穿つ時は小さく息を飲んだ澄恋が瞳を瞑ってしまうけれど、再度菫色が開いた後にそこに映るのは安堵の色だ。
「これで、フィリーネ様とお揃いのぴあすを……」
「ええ、すみれ。お茶を飲んで心を落ち着けたら、一緒に探しに行くのですわ」
今日はまた後日、なんて言いませんわよね?
甘く、それでいて少しだけ意地悪な笑みに、もう大丈夫ですと澄恋は頬を膨らませた。
あんなに怖くて怖くてたまらなかったのに、空いてしまえば怖さは何処かへ飛んでいってしまっていた。否、フィリーネが気遣いと歌とで吹き飛ばしてくれたのだ。
「フィリーネ様、ありがとうございます」
握ったままだった裾を少し引いて微笑む澄恋に、フィリーネもつられるように微笑うのだった。
ふたつのはながふわり、ほころぶように。
●あまいの、そろい
乙女はいつだって、『かわいい』を口にする。
それは見た目に対するものだけではなく、胸を高鳴らせるもの全てへ向けた賛辞だ。たったの四文字に、
世の中は、『かわいい』で溢れている。
そのどれもが輝かしい宝石のようで、珠玉。
興味を抱けば、勇気を出して手を伸ばせば、いつだって乙女たちの前で輝くものだ。
「あっ、フィリーネ様! こちらはいかがでしょう?」
「まあすみれ、こちらも似合うと思うのですわ」
輝く小さなピアスたちを手に、乙女たちは笑顔を交わし合う。どれもこれも素敵で、けれど最初のピアスは特別なものではないとと、妥協は一切しない。
そうして選びぬいた初めてのピアスが耳元に飾られ輝くのは――再び澄恋がバイブレーションもかくやという勢いで震え上がってからのことであった。
おまけSS『怖いものは、やっぱり怖いのです!』
「ひ、ひえ……」
鏡の前に立った澄恋の顔は、清楚とはかけ離れたものだった。
口は戦慄き、眉は寄り、瞳はせわしなく彷徨い……正直今にも意識を手放してしまいそうである。
「すみれ、頑張るのですわ!」
「フィ、フィリーネ様ぁああぁぁ」
そんな殺生な、見捨てないでくださいと縋るような視線を向けるも、ファイト! と両手を握ってフィリーネが応援する。応援はするが、其れ以上の手助けはしてくれない。
今この一時だけ手を貸してあげることは可能だが、フィリーネがいなくては装着出来ないようになっては最終的に困るのは澄恋だ。それが解るからこそ、フィリーネは応援に徹する。
「後は穴を通すだけですわ。大丈夫、もう穴は空いておりますもの」
「でも、こんな……そんな……」
穴が空いたとは言え、そこに何かを通すのはやっぱり怖い。
針ほど尖ってはいないが、針に似たものを身体に通すのは恐ろしい。
「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、無理! 無理です!」
こればかりは自分で慣れるしか無いのだが、正直挫けてしまいそう。
再びプルプルと震えだした澄恋の手によってやっとの思いで『お揃い』が叶うのは、何時間も後の事だった。