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SS詳細

とおりゃんせ

登場人物一覧

咲々宮 幻介(p3p001387)
刀身不屈
咲々宮 幻介の関係者
→ イラスト


 小さな集落に伝わる御伽噺。
 細く細く語り継がれた、その物語。

 遺体は顔を見られぬように、面をつけて土葬させませう。
 霧の夜は死を隠しませう。

 『とおりゃんせ』が大切な人を、連れ去ってしまうから。


 民は死に絶える。
 命には必ず終わりがあるからだ。
 その精霊は人々を愛していた。人々もまた、精霊を愛していた。
 貧しくとも、けして恵まれずとも、質素であろうとも。
 家族にも思えるほど近い仲間たちと力を合わせて、民は暮らしていた。精霊はその村にだけ、年に一度咲くとされる真っ黒な花の精霊種だった。
 作物を育て、稲を刈り、それを売り捌いて暮らす。農村であったことから知名度こそ低くとも、飢饉に教われようとも朽ちることのない強い村であった。
 精霊は時折気まぐれに村を訪れた。
 それは己が植物の精霊であるから、というのもあるのだけれど、民を知りたいと思ったから。精霊には感情が無かった。故に、本能で動くことを主としていた。
「どうしてこんなところに精霊さまが」
「精霊さま、食物をご所望ですか」
「村はあなたのおかげでこんなに大きくなりました」
 最初こそ恐れ崇められていた精霊だが、民が精霊の望みに気付くと、敬うのではなく友として接してくれるようになった。
「お、来たか。今年はすいかが豊作でなあ」
「ねえねえ、おれたちとあそぼうよ!」
「今日は冷えるから、うちで眠っていきなさいな」
 長い時を見守っていた。
 幾度尽き、枯れ、そして生まれる輪廻の中で、彼らは変わらず精霊に微笑み、手を握り、笑いかけた。
(このきもちは、なんだろう)
 ぽかぽかとする。内側から、からっぽがなくなっていくようだ。
 山奥に住んでいた精霊はやがて行動範囲を村の中へと移し、人々はそれを喜んだ。
 共に暮らし、生きる。人間と精霊のくらしはこんなにも穏やかで、愛おしくて。
 春には桜を見た。美しい花だった。子供たちが声をあげて喜んでいた。
「でも、せいれいさんのおはなも、だいすき!」
「おれも! あんなにきれいなはな、いろんなところにさいてないのがおかしいよな!」
 嬉しかった。また、あたたかくなった。
 夏には水田の緑を見た。空の青が水面に反射する。
「これが秋になったら、収穫できるようになるんだ」
「てつだう。する?」
「ああ、勿論だ。そしたら皆で米を食おう。おにぎりは食べたことあるか?」
「ない」
「はは、そりゃいいな!」
 笑顔がうつる。釣られて、頬の筋肉が動いたような気がした。
 秋には稲を刈った。不慣れながらも高揚を覚えた。
「はじめてかい? ほんとうに?」
「うん」
「上手だねえ。うちの人より上手だよ!」
「ちょ、それはないぜ!」
 けらけらと笑い声が青い空に響いた。稲穂のきらめきすら民の笑顔には叶わない。
 冬には共に雪で遊んだ。
「せいれいさん、ゆきはいたくない?」
「痛い? どうして」
「だって、おはなさん、ひえちゃうから」
「ならぼくたちであっためよう!」
 子供達のちいさなかいな。赤い頬。まもりたいと、願った。やがて精霊と民の間には確かな絆が生まれた。
 精霊は微笑まず、悲しまず、年老いた民が死のうとも声一つあげやしない。それでも、友との別れを惜しみ、またねと告げ。たしかにひとりひとりを愛していた。
 人間を、愛していた。
「せいれいさん、お花咲いたんだって!」
「じゃあ今日は誕生日だな」
「村の皆でお祝いしましょ!」

 『たんじょうび、おめでとう』。
 そう書かれた、きっと高かったであろう肥料は、人間が食べることができるものではなくて。
「……こういうときは、なんと」
「ありがとう、だよ!」
「……ありがとう」
 けれど。とても、しあわせだった。
 また来年も、こんな日が来ると思った。

 けれど運命は残酷だ。

 村を疫病が襲った。

 貧しい村にろくな医者がいるはずもない。薬を買うお金もない。
 精霊だから、人間の病がうつることはない。
 絶望に等しかった。救うことは出来ないと判断したときの胸の痛みといったら、これまでに無いほどだった。
 何人も見送ってきたというのに。これほどまでに己が無力なのだと実感したときの精霊は、初めて涙を流した。
「せいれいさん、なかないで」
「自分は、お前たちの痛みもわかることができないのだ」
「あなたが悲しむことじゃあないのよ」
「そうだ。今に治してやるから、少し待ってな」
 そう言った家族が。ひとり。ふたり。死んでいく。
 冷たくなった骸を運ぶことができる人数も限られ、仕舞いには精霊がひとりで運んでいた。

 そうして、気が付いたときには、皆死んでいた。

「どうして?」

 黒いささやきが精霊の耳を擽った。

「おまえがにんげんをりかいできないから」「にんげんじゃないから」「ちからになれないから」
「みんなしんだんだ」「おまえのせいで」「みんなしんだんだ」「おまえだけいきのこって!」

「しんじゃえ」

 ごぼごぼごぼ、と。黒はやがて精霊を飲み込んだ。
 生きたいと願っていただろう。
 咳き込んだときですら、痛かっただろう。
 どうして笑うことが出来たのか。
 どうしてそんなにも、強くあれたのか。

「自分がにんげんじゃないから?」

 なら、人間になればいいのだ。
 人間になるために生まれ変わろう。人間の感情を理解しよう。
 そうすることができれば、次は屹度。

「みんなとおなじになれる」

 しあわせはしっている。
 たのしいもしっている。
 うれしいも。よろこびも。きらめきも。
 なら、己に不足しているものは。

「くるしみ」

 教えてもらおう。
 人間ならばしっている。
 教えてもらおう。
 奪ってしまおう。
 そうしたら、きっと。

「みんなと、ともにいける」

 その花は最早枯れることは無い。
 己の欲を食らい、満たすまで。

●死神の花
 なんだって? とおりゃんせ?
 あの花は年に一度だけ咲く猛毒の花じゃあないか。
 え? その毒を吸ったら?
 そりゃ、死ぬだろうねえ。じんわりじんわりと侵食するように毒が身体を侵す。
 一年持てばいいだろうさ。咳、痺れ、幻覚、喀血……症状はきりがないだろうさ。
 そんな花、もう大昔に滅んでいるだろうさ。今も咲いているとしたら、そいつぁとんでもない災禍だな。
 なんたって、その花は咲くたびに毒を強くするんだから。
 だから見かけたら踏みつぶして、折らなきゃいけないんだよ。生命力が強いからね。
 毒の花なんて未だにあるかはわからないけど……それが意志を持ったなら、最悪だろうさ。
 人を殺す為だけに、動くだろうからね。
 なぜって……同族を絶滅させたんだから。
 まぁ、そんな都合のいい御伽噺、あるわけないけれど。

おまけSS『おしえて?』

 にんげんはしぬ。
 しんだひととおなじかおをしていると、くるしい。
 しんだひととおなじかおをしていると、かなしい。
 自分に足りていないものはそれだ。
 ああ、たのしい。
 ああ、うれしい。
 たのしいなあ。うれしいなあ。
 たくさんたくさん、おしえてね。

 でも、にんげんってなんだっけ。
 どうせしんじゃうのに、たいせつにするいみはあるんだっけ。
 あれ。あれ。あれれ?

 まぁ、どうでもいいか。

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