SS詳細
とおりゃんせ
登場人物一覧
- 咲々宮 幻介の関係者
→ イラスト
●
小さな集落に伝わる御伽噺。
細く細く語り継がれた、その物語。
遺体は顔を見られぬように、面をつけて土葬させませう。
霧の夜は死を隠しませう。
『とおりゃんせ』が大切な人を、連れ去ってしまうから。
●
民は死に絶える。
命には必ず終わりがあるからだ。
その精霊は人々を愛していた。人々もまた、精霊を愛していた。
貧しくとも、けして恵まれずとも、質素であろうとも。
家族にも思えるほど近い仲間たちと力を合わせて、民は暮らしていた。精霊はその村にだけ、年に一度咲くとされる真っ黒な花の精霊種だった。
作物を育て、稲を刈り、それを売り捌いて暮らす。農村であったことから知名度こそ低くとも、飢饉に教われようとも朽ちることのない強い村であった。
精霊は時折気まぐれに村を訪れた。
それは己が植物の精霊であるから、というのもあるのだけれど、民を知りたいと思ったから。精霊には感情が無かった。故に、本能で動くことを主としていた。
「どうしてこんなところに精霊さまが」
「精霊さま、食物をご所望ですか」
「村はあなたのおかげでこんなに大きくなりました」
最初こそ恐れ崇められていた精霊だが、民が精霊の望みに気付くと、敬うのではなく友として接してくれるようになった。
「お、来たか。今年はすいかが豊作でなあ」
「ねえねえ、おれたちとあそぼうよ!」
「今日は冷えるから、うちで眠っていきなさいな」
長い時を見守っていた。
幾度尽き、枯れ、そして生まれる輪廻の中で、彼らは変わらず精霊に微笑み、手を握り、笑いかけた。
(このきもちは、なんだろう)
ぽかぽかとする。内側から、からっぽがなくなっていくようだ。
山奥に住んでいた精霊はやがて行動範囲を村の中へと移し、人々はそれを喜んだ。
共に暮らし、生きる。人間と精霊のくらしはこんなにも穏やかで、愛おしくて。
春には桜を見た。美しい花だった。子供たちが声をあげて喜んでいた。
「でも、せいれいさんのおはなも、だいすき!」
「おれも! あんなにきれいなはな、いろんなところにさいてないのがおかしいよな!」
嬉しかった。また、あたたかくなった。
夏には水田の緑を見た。空の青が水面に反射する。
「これが秋になったら、収穫できるようになるんだ」
「てつだう。する?」
「ああ、勿論だ。そしたら皆で米を食おう。おにぎりは食べたことあるか?」
「ない」
「はは、そりゃいいな!」
笑顔がうつる。釣られて、頬の筋肉が動いたような気がした。
秋には稲を刈った。不慣れながらも高揚を覚えた。
「はじめてかい? ほんとうに?」
「うん」
「上手だねえ。うちの人より上手だよ!」
「ちょ、それはないぜ!」
けらけらと笑い声が青い空に響いた。稲穂のきらめきすら民の笑顔には叶わない。
冬には共に雪で遊んだ。
「せいれいさん、ゆきはいたくない?」
「痛い? どうして」
「だって、おはなさん、ひえちゃうから」
「ならぼくたちであっためよう!」
子供達のちいさなかいな。赤い頬。まもりたいと、願った。やがて精霊と民の間には確かな絆が生まれた。
精霊は微笑まず、悲しまず、年老いた民が死のうとも声一つあげやしない。それでも、友との別れを惜しみ、またねと告げ。たしかにひとりひとりを愛していた。
人間を、愛していた。
「せいれいさん、お花咲いたんだって!」
「じゃあ今日は誕生日だな」
「村の皆でお祝いしましょ!」
『たんじょうび、おめでとう』。
そう書かれた、きっと高かったであろう肥料は、人間が食べることができるものではなくて。
「……こういうときは、なんと」
「ありがとう、だよ!」
「……ありがとう」
けれど。とても、しあわせだった。
また来年も、こんな日が来ると思った。
けれど運命は残酷だ。
村を疫病が襲った。
貧しい村にろくな医者がいるはずもない。薬を買うお金もない。
精霊だから、人間の病がうつることはない。
絶望に等しかった。救うことは出来ないと判断したときの胸の痛みといったら、これまでに無いほどだった。
何人も見送ってきたというのに。これほどまでに己が無力なのだと実感したときの精霊は、初めて涙を流した。
「せいれいさん、なかないで」
「自分は、お前たちの痛みもわかることができないのだ」
「あなたが悲しむことじゃあないのよ」
「そうだ。今に治してやるから、少し待ってな」
そう言った家族が。ひとり。ふたり。死んでいく。
冷たくなった骸を運ぶことができる人数も限られ、仕舞いには精霊がひとりで運んでいた。
そうして、気が付いたときには、皆死んでいた。
「どうして?」
黒いささやきが精霊の耳を擽った。
「おまえがにんげんをりかいできないから」「にんげんじゃないから」「ちからになれないから」
「みんなしんだんだ」「おまえのせいで」「みんなしんだんだ」「おまえだけいきのこって!」
「しんじゃえ」
ごぼごぼごぼ、と。黒はやがて精霊を飲み込んだ。
生きたいと願っていただろう。
咳き込んだときですら、痛かっただろう。
どうして笑うことが出来たのか。
どうしてそんなにも、強くあれたのか。
「自分がにんげんじゃないから?」
なら、人間になればいいのだ。
人間になるために生まれ変わろう。人間の感情を理解しよう。
そうすることができれば、次は屹度。
「みんなとおなじになれる」
しあわせはしっている。
たのしいもしっている。
うれしいも。よろこびも。きらめきも。
なら、己に不足しているものは。
「くるしみ」
教えてもらおう。
人間ならばしっている。
教えてもらおう。
奪ってしまおう。
そうしたら、きっと。
「みんなと、ともにいける」
その花は最早枯れることは無い。
己の欲を食らい、満たすまで。
●死神の花
なんだって? とおりゃんせ?
あの花は年に一度だけ咲く猛毒の花じゃあないか。
え? その毒を吸ったら?
そりゃ、死ぬだろうねえ。じんわりじんわりと侵食するように毒が身体を侵す。
一年持てばいいだろうさ。咳、痺れ、幻覚、喀血……症状はきりがないだろうさ。
そんな花、もう大昔に滅んでいるだろうさ。今も咲いているとしたら、そいつぁとんでもない災禍だな。
なんたって、その花は咲くたびに毒を強くするんだから。
だから見かけたら踏みつぶして、折らなきゃいけないんだよ。生命力が強いからね。
毒の花なんて未だにあるかはわからないけど……それが意志を持ったなら、最悪だろうさ。
人を殺す為だけに、動くだろうからね。
なぜって……同族を絶滅させたんだから。
まぁ、そんな都合のいい御伽噺、あるわけないけれど。
- とおりゃんせ完了
- NM名染
- 種別SS
- 納品日2021年09月13日
- ・咲々宮 幻介(p3p001387)
・咲々宮 幻介の関係者
※ おまけSS『おしえて?』付き
おまけSS『おしえて?』
にんげんはしぬ。
しんだひととおなじかおをしていると、くるしい。
しんだひととおなじかおをしていると、かなしい。
自分に足りていないものはそれだ。
ああ、たのしい。
ああ、うれしい。
たのしいなあ。うれしいなあ。
たくさんたくさん、おしえてね。
でも、にんげんってなんだっけ。
どうせしんじゃうのに、たいせつにするいみはあるんだっけ。
あれ。あれ。あれれ?
まぁ、どうでもいいか。