PandoraPartyProject

SS詳細

誓いの果て、分かたれた道

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト

●親友と呼べる友
 天義を襲った厄災――冥刻のエクリプス――から幾許かの日が過ぎた。
 『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)はしかし、一人物思いに耽る。

 ――お前には天義を壊すではなく、
 私に代わって再生させて欲しいと思っている――

 父シリウスの残した言葉。
 それを成すために自分が今、何を成すべきなのか。
 国を再生させる。容易いことではない。
 その力が、自分にあるのか。問いかけるとも答えは得られない。
「……このままじゃ、だめだ」
 どこか燻る想いがあった。
 人を、国を、世界を守る為にはもっと、もっと強く――否、肉体的な成長だけではなく心身共に成長する必要があると感じた。
 だから、リゲルは一人、旅に出ると決めた。
 イレギュラーズとしてではなく、一人の騎士の矜持を持つ者として、この世界を自分の足で確かめてみようと思ったのだ。
 それこそが、自分の中に燻る想いを溶かし、また燃え上がらせてくれるのだと信じて。

「……ふう」
 今、リゲルは天義南東部の森で野営していた。
 世界は広大だ。自分一人の足では、一つの国を行き来するのも膨大な労力と時間がかかる。
 それでも、自分の目でそこに息づく命を確認することは、命の重さを知れたような気がして心の充足に繋がった。
 それらを背負い立つことはきっと難しい。
 けれど、国を守る騎士として、そこに息づく命の価値を胸に刻んでおきたかった。
 焚き火の炎がゆらりと揺れる。
 炭が爆ぜ、火の粉を散らす音が耳に心地良かった。
 旅の疲れが出たのだろうか。物思いに耽っていたリゲルは、僅かに気を逸らした。
 僅かな油断が、森の魔物に好機と思わせた。
 炭が爆ぜ、火の粉が舞う。
 襲い来る獣の姿をした魔物。
 しまった、とリゲルは思った。左の手が反射的に地面に置かれた鞘へと伸びる。
(間に合わない――)
 致命的な隙をさらしたリゲルは、身体を硬直させ衝撃に備える。腕一本、足一本は覚悟しなければならなかった。
 だが、衝撃は別の方からやってきた。
 飛ぶ斬撃が魔物を弾き飛ばす。次いでリゲルに向かい声があがった。
「大丈夫かい!」
 九死に一生を得たリゲルはすぐに立ち上がって魔物から間合いを取る。
「助かりました! 貴方は――」
「話はあとだよ。まずは腹を空かせているアイツを追い払わないとね」
 声の主は細身の剣士だった。冒険者のようにも見える。
 剣士が一気に間合いを詰めて魔物へと斬りかかる。慌ててリゲルも追いかけて武器を振るった。
 一撃、二撃と斬撃を繰り出すたびに、リゲルは剣士と息が合うのを感じた。実直な剣閃だ。自分とどこか似ているようなそんな感じを受けた。
 剣士の方も同じような印象を持ったのだろうか。戦いの最中互いに顔を見合わせて――笑みが浮かんだ。
 魔物はすぐに退散していった。互いに難が去ったと剣を鞘に収めた。
 一息吐いて、リゲルは剣士へと礼をした。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「礼も敬語も必要ないさ。お互い無事でよかった。
 僕はルイス。ルイス=コーラルだよ。君は?」
 差し出された手を握る。細身のように見えた手は鍛えられた剣ダコが感じられた。
「リゲル。リゲル=アークライト。
 なんだか不思議な感じだよ。長年一緒に戦ってきたような、不思議な感じだった」
「君もそう感じたのかい? あはは、僕もさ。
 長く旅をしてきたけれど、こんなにも戦いやすかったのは初めてのことさ」
 ルイスと名乗った剣士は人懐っこい笑みを浮かべた。
 その夜、二人は焚き火を囲みながら互いの話を繰り交わした。
「へぇ! イレギュラーズ! 世界を救うために動いてるっていうあの!
 そいつはすごい。ローレットには憧れたものだよ。幻想出身としてはね」
「ルイスの方もすごいじゃないか。ずっと冒険しているんだろう?
 世界各地を巡りながら人助けだなんて、中々できるものじゃないよ」
「それだけが生き甲斐って奴でね。上手くいかないことも多々あったけどさ、それでも手の届く人達を――人達だけでも助けてあげたいと思ってね」
 笑顔で話すルイスにリゲルは好感を持つ。
 話せば話すほど、二人の波長はピタリとあって、話題がつきることはなかった。
「今はどこヘ向かっているんだい?」リゲルの問いかけに、ルイスは地図を広げて答える。
「この森を抜けて、いくつかの村を経由して、最後は国境沿いの村かな。そこから幻想へと戻ろうかと思っていてね」
「ああ、それなら俺の向かう方角と合うね」
「本当かい? それならどうだい、一緒に旅をするというのは」
 大きな目的もなく始めた一人旅だ。旅の仲間が増えるというのも悪くない。それに人助けをして回っているルイスの旅に付き合って見るのも、何か別の景色が見えるような気がした。
「ああ、もちろんオーケーさ。よろしく頼むよ、ルイス」
「こちらこそ、よろしくリゲル」
 笑い合いながら拳を付き合わせる。
 それは、長年連れ添った相棒のような気安さで、互いに笑みが零れるのだった。

 ルイス=コーラルという男は、まさに通りすがりの正義のヒーローというような存在だった。
 道行く人々の中に困っている者がいれば助け、勧善懲悪を地で行った。
 旅の中でリゲルはルイスに問いかけた。
「どうして人助けを始めたんだい?」
 ルイスは答えた。
「最初はちょっとしたお節介だったのさ。けど、それがとても喜ばれてね。その顔が忘れられないんだ。
 僕は騎士道に則り親愛と敬愛を持って人々の助けになりたい。それが僕の生きる道だと、そう感じたんだ。
 リゲルにもあるはずだろう? 自分を犠牲にしてでも成し遂げたいことがさ」
「――俺は……」
 愛する人の顔が浮かぶ。同時に、自分の目で見てきたこの世界に住む人々が、そして今は亡き父の残した言葉。
 ――お前には天義を壊すではなく、
 私に代わって再生させて欲しいと思っている――
 託されたそれは、自らが成すべき大目標だ。自らの犠牲を厭うものではない。
「俺にもあるよ。
 父上との約束――イレギュラーズとして、そして天義の騎士として、国を助け、世界を救うんだ」
「うん、やっぱり思った通り。僕らは似ているね」
 ルイスは微笑むと、腰に携えた剣を抜く。
「ルイス?」
「誓いを立てよう、リゲル。
 僕は手の届く人々を守るため。君は天義を――世界を守るため。
 この剣に誓うんだ。
 この剣折れるその時まで、決して諦めないことを――」
 騎士道を重んじるルイスのちょっとした遊び心だったのかもしれない。
 けれどリゲルもそんなルイスの想いを汲み取って、同じように胸の前で剣を立てた。
「ああ、誓うよ。
 俺達は諦めない。最後の時まで自分達に出来ることをやるんだ」
 剣越し見る互いの顔は、どこまでも真剣で、そして輝かしい未来を見ていた。
 リゲルとルイスの絆は、出会ってからの月日を越えて、深く深く結びついていた。
 だから、目的地について別れを告げる時が来ても、寂しくはなかった。
「また会おうな」
「ああ、きっとまた」
 拳を付き合わせて、二人は互いの道を往く。
 一つの出会いは、リゲルの心に燻っていた炎を燃え上がらせた。
 こうしてリゲルの一人旅は終わりを告げて、日常へと戻っていったのだった。

 リゲルとルイス。
 よく似た二人の騎士は、それ以後もよく顔を合わせることになる。
「やあ、リゲル。久しぶりだね」
 幻想はローレットでその声を聞いたとき、リゲルは驚くと同時に再会を喜んだ。
 イレギュラーズとなったわけではない、たまたま依頼の協力者としてルイスが参加してきただけだったが、それでも二人は出会った時とまるで変わらぬように笑い合い、拳を付き合わせた。
 互いの研鑽を確かめるべく剣を合わせることもあった。
「練習ようの木剣とはいえ、真剣勝負。手を抜いたら許さないよ、リゲル」
「もちろんさ。全力で行かせて貰うよ!」
 打ち合う剣戟は互いに一歩も引かず。両者の実力の拮抗を示していた。
 リゲルは過去の情景を思い出す。
 いつかの日、父と打ち合った訓練の光景。
 あの時とは違う。けれどあの時と同じ――否、あの時以上の熱量を感じる。
 それはきっとルイスに負けたくないという意地。似たもの同士だからこそ、負けられないという想い。
 ルイスもきっと同じで、加熱、加速する意地の張り合いが、互いの実力を底上げしていった。
 勝敗の数字を明らかにはしないが、二人は満足するように大の字に寝転んだ。
 二人で過ごした様々な出来事が、確かに二人を成長させていた。
 だからこれからも、ずっと二人は親友のように居られると、リゲルは信じて疑わなかった。
「久しぶりに生まれ育った村に戻ろうかと思ってね」
「そうか。またしばらく会えなくなるな」
「あはは、またすぐに会えるさ」
「ふふ、それもそうか」
 二人は笑い合い、そしていつものように拳を付き合わせた。
 リゲルはまだ知らない。
 それが、人としてルイスと話せた最後だったことに。

●誓いの果て、分かたれた道
 その日、ルイスは久しぶりに熟睡したように思う。
 生まれ育った村へ帰ってきて早々、魔物退治を頼まれて疲れていたのかもしれない。或いは、久しぶりに出会った幼馴染みが美しく成長していたことに心の動揺があったかもしれない。何にしても深く考えるのは止めにしようと早めにベッドへと寝転がっていると、すぐに睡魔は訪れた。
 夢を見た。
 リゲルとの、誓いを立てた時の夢だった。
 ちょっとした騎士の真似事をしてみたいと思っただけだった。けれどリゲルは真剣に付き合ってくれた。それはルイスにとって、強い出来事として記憶されることになる。
 人々を守る。手の届く範囲の人々を。
 自分の実力と鑑みて、それは難しいけれど、出来ないことではないと思った。
 だから、その悲鳴を聞いたとき、ルイスは熟睡していたにもかかわらず飛び起きた。
「なんだ――!?」
 悲鳴は、あちこちから聞こえていた。あちこちというのはつまり、村全体でだ。
 飛び起きたルイスは愛用の剣を携えて家を飛び出した。
「……なんだ、これ……」
 村のあちこちから火の手が上がり、多くの村人達が惨殺されていた。
(なんだこれ、なんだこれ、なんだ、これは――!!)
 走る。
 火の手に包まれた村を走り、悲鳴の元へと駆けつける。
「大丈夫かい!?」
「ああぁ……ルイス……逃げて、悪魔が、悪魔がやってきたよ……」
 幼き頃から面倒を見てくれたお婆さんが息絶えた。全身の火傷痕が痛々しかった。
(悪魔だって……!? どこの、誰だ――!)
 新たに聞こえる悲鳴の元へと、走った。道すがら見るのは、剣閃による斬撃で斬り殺された、村人達だった。
 小さな村だ。どの顔にも見覚えがある。
(みんな気の良い人達ばっかりだったのになぜ……!)
 そうしてルイスは、その場所へと辿り着いた。
 村の北、人々の避難するはずの教会が燃え崩れていた。
 瓦礫の山の上、黒く邪悪な骸骨の騎士が、一人の女性の首を掴み持ち上げていた。幼馴染みだった。
「離せェ――ッ!!」
 怒りのままに剣を抜き疾る。
 だが、無情にも骸骨騎士の禍々しい剣が娘の腹を切り裂いた。
「貴様ァ――ッッ!!!」
 飛び込んだルイスの一撃を骸骨騎士が娘を切り裂いたばかりの剣で受け止める。髑髏の薄暗い双眸が瞬くように赤く輝いた。
 幽鬼のように力なく動く骸骨騎士の腕。しかしそれはルイスの知るあらゆる物を上回る超常の力となって、ルイスを吹き飛ばした。
「ぐあっ……なんだ、この力は――」
 地面を転がるルイス。慌てて顔を上げれば、ゆらりと動いた骸骨騎士が、目の前に迫っていて、邪剣を振り下ろそうとしていた。
 弾かれるように飛び退りその一撃を回避する。止まることなく踏み込んで、横薙ぎに斬撃を放つ。並の魔物ならば致命傷を与えたであろう一撃は、しかしまるで手応えがなく、すり抜けるようだった。
「普通の魔物じゃない……こいつは、まさか――」
 リゲルから聞いた話を思い出す。
 人類の敵――魔種。
 そうとしか思えない強さを前に、多くの戦いを経験してきたルイスの身体が震え上がる。
 同時、醜悪な波動がルイスの身体を襲う。頭の中に響く邪悪な呼び声が、身体の自由を奪った。
「くそっ……なんだよ、これは……!」
 剣を突き立て、頭を抑える。
 チリチリと走るノイズのような雑音が徐々に頭の中を埋め尽くしていく。
 骸骨騎士は呻くルイスを一瞥すると、別の場所へと向かって歩き出した。
「ま、まて――」
 ルイスにはその先にあるのがなにか見えていた。
 ――ギフト『灯』。人の生命力の強さを炎のように可視化して見ることができる。
 骸骨騎士の行く手に灯る炎は、今まさに消えようとしていた。
 やらせるわけにはいかない。
 誓いを思い出す。
 この剣が折れるまで、手の届く者は助けるのだと、親友に誓ったのだ。
(絶対に、やらせてなるものか――!!)
 頭の中でわめき立てる雑音を無視して、剣を抜き疾駆する。
「うわあああ――――ッ!!」
 気合いを乗せるつもりの声は叫びにも似て、振るう剣は恐怖に澱む。骸骨騎士は自分の背を斬りつける鈍らを無視して、倒れ生にしがみつく村人へと近づいていく。
「やめろ、やめろ、やめろ!!」
 ルイスの瞳から涙が零れる。魔種という強大な敵に対する恐怖、それを止められない自分の力の無さを嘆き絶望し、悔しさに泣いた。
「ル、イス……たす、け――」
 村人懇願は聞き届けられない。誰にも魔種の凶行を止めることはできないのだ。
「あ……あぁ……あァァ――!!!!」
 村人の惨殺は、ルイス一人を残して全員が死ぬまで行われた。
 その間、ルイスはただ泣きながら、醜く剣を振り回すだけだった。
 いつの頃か、ルイスの持つ剣は半ばから折れていた。

『苦しいか……辛いか……』
 膝を折ったルイスへと、何者かの声が響く。それは魔種――骸骨騎士の呼び声だ。
『ならば全てを奪え……全てを壊せ……自身を縛り付ける枷を破壊するのだ』
「奪う、壊す――」
 ルイスの精神はもう取り戻すことが出来ないほどに、原罪の呼び声に染め上げれていた。
 かつて親友と共に誓いあった言葉は、自身の無力さに打ち壊されて、どこか遠くへと消えてしまっていた。
「あ……アアッ!!」
 邪悪な波動がルイスを包み込む。人の気配が魔へと反転する。澱んだオーラは解き放たれて、死体で埋め尽くされた村を包み込んだ。
 それを確認すると骸骨騎士は消え去った。あとにはルイスだったものが残されるだけ。
 ふらりと、ルイスが動き出す。
 その手には禍々しい剣が握られていた。

 ――人を斬る度に、清廉で潔白だった精神が壊れていく。
 過去、ルイスの振るう剣によって多くの人が救われ、そして今、多くの人が命を落としていく。
「……リゲル……」
 残された良心がその名に祈りを捧げる。
「僕を――殺してくれ」
 祈りは、親友へと届くだろうか――

PAGETOPPAGEBOTTOM