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懺悔の先にある光を手に
登場人物一覧
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「ではシスター様、短い間とはなりますがどうぞよろしくお願いします」
妙な事になったものだ、とシスター服姿の傭兵はベールごしに頭を掻く。ローレットでの依頼書では力仕事、鉱石採取の護衛と記載されていたのだが、実際に訪れてみれば小綺麗な外装の教会に案内されたのだ。
問うてみれば先日、神父が腰を痛めて寝込んでいるらしい。小さな町だ、教会は神父一人とたまに手伝いに来る雇われ人で切り盛りしているとあらばその機能が停止するというのも直ぐに想像できる。
「……まぁいいけど。仕事ってぇならやるしかないわねぇ」
こうして数日の滞在期間、コルネリア=フライフォーゲルはその姿通りに神の使徒となり、告解室の番となるのであった。
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顔は見えずとも神父の代わりとして教会に在中しているシスターというのはいくらかの噂になったのだろう。相談者なのか噂を聞いて存在を知った者なのかは判別できないが、街中で歩いていると挨拶されるぐらいには認知されていた。宿から教会までの道すがら、へらっとした顔で挨拶を返しながら目的地へ向かう。今日で役目は終了し、依頼に問題なければ明日の朝にでもこの地を発つシスター様、短い間とはなりますがどうぞよろしくお願いします」
妙な事になったものだ、とシスター服姿の傭兵はベールごしに頭を掻く。ローレットでの依頼書では力仕事、鉱石採取の護衛と記載されていたのだが、実際に訪れてみれば小綺麗な外装の教会に案内されたのだ。
問うてみれば先日、神父が腰を痛めて寝込んでいるらしい。小さな町だ、教会は神父一人とたまに手伝いに来る雇われ人で切り盛りしているとあらばその機能が停止するというのも直ぐに想像できる。
「……まぁいいけど。仕事ってぇならやるしかないわねぇ」
こうして数日の滞在期間、コルネリア=フライフォーゲルはその姿通りに神の使徒となり、告解室の番となるのであった。
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「ありがとうございますシスターさま!」
「あいあい、気ぃつけて帰んなさぁい」
仕切りに分けられた二つの小部屋の中、コルネリアは壁を背もたれにしながら椅子に座り、出ていく少女の声とドアの開く音を聴く。思わずでる欠伸を我慢しようともせずに退屈な時間を過ごす。教会で行う事務周りの仕事はコルネリアが触るわけにもいかず、では掃除でもと思ってもそれは手伝いの町人が行っている。代わりと言っても出来ることは限られているのだ。その中で代行できそうなものというと聖職者としての務め、吐かれた告白に対して神に代わり赦しを与える告解である。
「にしてもまぁ懺悔を悩み相談と勘違いしてんじゃないのかしらこれは……」
内なる罪を吐き出し赦しを得る儀礼の筈だが、実際に来る者たちは大小あれどちょっとした悩みや意見を求めるものが殆どであった。
(アタシとしては楽できて良いんだけど)
大事にしていた飾り物を失くしてしまった、リンゴを貰いすぎてしまったのだが腐る前にどう処理をした方が良いだろうか、果ては夕飯のバリエーションが少なくて困っている等々それはもう罪の告白なんかではないであろうというものだ。恐らく神父もこの町の住民達もコミュニケーションの一つとしてこの教会を利用しているのだと推察できる。それが平和で環境の良い事か職務の怠慢と扱うかはコルネリアの決めるものでは無い。与えられた任務をこなしていくだけなのだから。
「あの、入っても大丈夫でしょうか……」
「迷える者の為に開かれた扉よ、どうぞ」
新たな来訪者に衝立ごしに声を投げる。流石に平時のような態度で応対するわけにもいかず、僅かに態度を和らげている。入ってきた青年は部屋の椅子に座り、深刻そうな声音で居るであろうシスターに心の内を吐き出した。
「あの、実は好きな人が居て――」
あぁ、またこの類か。と息を吐き先を促す。数日これが続くのかと考えると果たして護衛でもしていた方が楽だったのではと思いながら青年に向けて神の言葉を代弁する。
こうして町での滞在は特にトラブルも起きずに最終日まで続いていった。
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顔は見えずとも神父の代わりとして教会に在中しているシスターというのはいくらかの噂になったのだろう。相談者なのか噂を聞いて存在を知った者なのかは判別できないが、街中で歩いていると挨拶されるぐらいには認知されていた。宿から教会までの道すがら、へらっとした顔で挨拶を返しながら目的地へ向かう。今日で役目は終了し、依頼に問題なければ明日の朝にでもこの地を発つ。
雑事をこなしつつ、何時もと同じく告解室の椅子に座る。
「聞いてほしいことがあって――」
最終日も変わらず、悩み相談になりそうだと欠伸を噛み殺し告白に耳を傾けていく。
「人をこの手で殺めました」
それは太陽も落ち、空が赤み射しかがった頃。開かれた教会の扉も閉める直前に訪れた男の声。
「続けなさい」
聞き覚えのある声に目を細めながら続きを促す。
「はい、あれは十年前……」
纏めてみれば話はそう難しいものでは無かった。怨恨による行動。それは金、女、嫉妬、羨望、或いはその全て。
人が人を手にかける理由としてはありきたりなものであり、日常からは非現実的な行い。どこで聞いたかと思えばその男の声はコルネリアに神父の代わりに懺悔の聞き手を依頼した者だ。
(つまりそういうことね……)
コルネリアの姿を見たときから決めていたのだろう。罪を洗い流したいがこの町に住む神父に告解する勇気も出ず、何年も己の内に秘めていた黒い感情。依頼で赴いた彼女ならば数日でこの地から居なくなる存在。零すには最適な相手だろう。
(どこまでも自分が可愛いか)
償いの心は持っていても肥大化した膿がそれを隠してしまう。それは時が経つにつれて広がり、やがて元の気持ちを侵して消していく。この男のそれはその途中であったのだろう。
確かに悔やみ、罪に悩んで償う気はあった。しかし時間が流れるごとに恐怖がそれを上回ってしまう。それを自覚しているからこそ、このシチュエーションを造りあげて懺悔した。
「……話は承りました。如何に貴方が行ってしまった罪について悔やみ、嘆いていることは貴方の信仰している神にも届いていることでしょう」
男はゆっくりと顔を上げる、しかし彼が望んでいるのは。
「貴方に与える償いは一日の欠かさずに祈りを捧げること。それはこの教会でもいい、食事の時も床に着く時も神と償いの先に祈りを捧げるのです」
我ながら滑稽な事を言っている。そう感じながらも表に出さずに淡々と決まり文句の様に言葉を紡ぐ。ただこれではフェアではない。ただ形式的な言葉を渡してもこの男はそれを望んでいる訳ではない。
自分で自分を罰する事ができないから、他人にそれを望むこの男は赦しを欲している訳ではないのだから。それがわかってしまったから余計な一言も零してしまう。
「しかして貴方が犯した罪は余りに重く、神の赦しをもってしても薄れることはあれど消えることはないでしょう。今後も己の心から去ることはない感情と向き合わねばなりません。考えなさい、祈りの先に貴方自身ができることを。僅かでもいい、己を赦すための何かを。それは慈善でも良い、町の発展でも良い、今を生きる何かの為に動きなさい。神の為ではなく生者の為に」
席を立つ男の礼の声が聞こえる。適当に返事をして部屋に一人残される。ため息つきながら背もたれに寄りかかれば、どっと疲労感が表にでてくる。だから自分には告解の聞き手なんて合わないのだ。
宿に戻りローレットに提出する書類をしたためベッドに横になる。何か夢を観るわけでもなくその日は終了した。
翌日、町の出入り口で町長と男が見送りに立っていた。あくまであの状況は匿名でのもの。互いに昨日のことは欠片も出さずに別れの言葉を交わす。顔を見れば幾ばくか憑き物が落ちたような表情をしている。あれが彼の望んでいた言葉なのかは知る由もないが、僅かにでも救いとしてくれるならば悪い気はしない。
こうしてコルネリアの短い教会務めは終わりを見せた。
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「……」
深夜の薄汚れたBAR。ローレットから送られてきた依頼書を眺めて目を瞑る。
そこに載っていたのはとある人物の殺害依頼。金を貰っての代理復讐。
(あぁ、どこまでも罪深い、どこまでも――)
――救いが無いんだ。
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その日一日、男は町人達から要望が出ていた下水道のネズミ捕りに勤しんでいた。罠を仕掛け巣を壊して絶対数を減らす仕事。あの日、シスターの言葉を聞いてから更に町の為に身を粉にして働いた。誰もやりたがらない仕事は率先して引き受け、貰った賃金は出来るだけ町に寄付してきた。誰から話を聞いても良い印象しか返ってこないくらいには尽力してきた。
これであの時の罪が消えるとも思っていないが、少なくとも靄がかったあの時よりは生きていても良いと考えていこうと思えるようになった。
作業を終わらせ、あの教会での一件のことを思い出しながら立ち上がって振り向いてみればそこには見覚えのある顔、たった今頭の中で浮かべていた姿がそこにあったのだ。夢か幻かとも思ったがそうではないようで。
「シスターさん? こんな所でどうして……」
耳鳴りがしそうな大きな音が聴こえた。
暗い筈の視界が突然光輝く。
身体が軽くなり、ふわふわと感覚が無くなる。
目の前に居る筈のシスターさんは大丈夫だろうか、まだネズミ捕りも終わってないし、彼女には外で待っていてもらおう。
ねぇシスターさん、貴方のお陰でこんな私でも償いの道が見えました。
あの時は言えなかったけれど、やっと言えます。
――ありがとう。
おまけSS『生き汚い女の開き直り』
切れた唇の血を拭い、コルネリアは星空の下を歩いていた。
笑顔の男を見てもトリガーを引く指に躊躇は無かった。
別の道は無かったのか、死んだことにして逃がすことはできなかったのか。
考えなかったわけではない。だが彼女はそれを選ばなかった。
依頼であり、受けたからには義務を果たすべきだから。
逃がすのは個人的な事情であり、依頼には関係のないことだから。
様々な思考が脳裏を巡っては霧散する。
今更己を擁護しようとする心に苦笑いする。
最早逃げるつもりもない。地の獄に足を引っ張られるまで全力で生きるのだ。
笑い、泣き、怒り、楽しむ。
悲嘆も憤怒も全て受け入れ絶望を撃ち抜く。
苦しみは己だけが理解していれば良い。