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タントと、もうひとりのタント

登場人物一覧

御天道・タント(p3p006204)
きらめけ!ぼくらの
御天道・タントの関係者
→ イラスト

●続、白い太陽の娘
 御天道会議『元』第十八代議長ヤムニアに、娘や夫といった人物はいない。
 恋をした青春時代や自分に子供がいたらという空想は人並みに持っていたはずだが、その生涯を神話の編纂と再構築に捧げた人間にとって、それは許されないことだと考えていたからだ。
 議会の面々には子を持つものも多かったし、自分もまた父から立場を引き継いだ身であるので、これはヤムニア個人の考え方だ。
 そんな彼女が母性、ないしは親心なるものを抱く対象があるとしたら、きっと自らが人生という名の腹を痛めて生み出した神話そのものだろう。
 だからここは、このように表現すべきだ。
「見ないうちに、成長しましたね」
 と。

「生きて……生きていたのですわね、アルベド!!」
 手に持っていたものを取り落とし、何よりも優先して走り出す。
 長い金髪と鮮やかなドレス。きらめく光のつぶを散らす彼女――御天道・タントにとって奇妙なほど取り乱した行動だった。
 びくりと肩を浮かせたもう一人の少女、『白タント』と呼ばれていた娘の反応は対照的だ。
 右を見て、左を見て、つぎにヤムニアを見て、そしてスッと肩を落とす。
 こうなることを分かって彼女を呼び出したのですわね、と察したためだ。
 次にドッと身体にぶつかる衝撃。やや脱力していたためか白タントは仰向けに倒れるが、その上に覆い被さるようにしてタントもまた倒れた。
 長い金色こんじきの髪が広がり、胸にごつんとぶつけられた額を中心に土へと広がる。
 しばらく。場には川のせせらぎだけがあった。
 もはや二度とはなすまいと言わんばかりに、タントが強く白タントの身体を掴んでいる。
 このままでは逃げだすことはおろか、起き上がることすらままならないと判断した白タントは、とりあえず胸の上のタントの後頭部に手をあて、ひとなでした。
 タントが声をあげて泣き出したのは、それからだった。

●太陽と、そうはならなかったもの
 ひとしきり大泣きしたあと、ぐすぐすといいながら身体を起こすタント。
 そのそばへとかがみ込み、ヤムニアがハンカチを手渡した。
「見ないうちに、成長しましたね」
「……?」
 大泣きした少女に言うべき台詞かといえば、そうではないが。
 なぜだかタントにはストンと納得できた気がした。
 ハンカチを受け取るタント。
 一方の白タントは身体を起こし、灰色のローブについた土をぱたぱたと払い落とした。
「ああっ、ごめんなさい。わたくし……」
「いいんですわ」
 タントを真似しようとしてちょっと失敗した口調。間違いない。彼女だ。
 それを再び実感してタントもまた、スッを肩の力を抜いた。
 立ち上がった白タントが手を差し出す。
 木漏れ日とフードの影になって表情は見えづらいが、タントには彼女が微笑んでいるのが分かった。
「立って。あなたには聞かせたいお話が沢山ありますのよ」
 彼女の手を取って、タントもまた立ち上がる。
 ヤムニアはそんな二人を見て僅かに目を細めると、家へ向けて歩き始めた。
「お茶をいれ直しましょう。続きは、おうちの中でいかが?」

 川辺に広げていたシートやバスケットは、既にかたづけられていたようで、タントと白タントがするべきは先を歩くヤムニアのあとについて森の中をてくてくと進むことだけだった。
 強い日差しのせいで、道の木漏れ日はどこかキラキラと光って見える。時折のぞく白タントの横顔を照らした時に、彼女の不自然なほど白い肌や、髪や、目の色に気付かされる。
 知識としては知っていたし、なにを今更という事実なのだが、タントには新鮮なことのように感じられた。
 それもそのはずだ。
 ここまでじっと見つめたことなんて、きっとなかっただろうから。
 二人は無言のまま、手を繋ぐことすらせぬまま、森の中を歩く。
 けれど不満はない。彼女と同じ方向へ、特に肩肘を張るでもなく歩くこと自体が、タントにとって望んでも叶わなかった夢のような時間だったから。

 やがて家にたどり着いたタントたちは、井戸から汲んだ水と石けんで手を洗い、ローブを玄関先のフックにかけ、靴のまま石床へとあがる。
 ヤムニアの家はちょっと独特だ。石の床の上に木の家具がすこし。かまどがひとつと、魔法の調理具がいくつか。それ以外がサッパリとしていて、ガラス窓こそついているがカーテンのひとつもかかっていない。驚くほど物がないのだ。
 バスケットやシートも綺麗に整えたあとは箪笥の中にしまうのみ。そういう暮らし方に白タントは慣れているようで、椅子に座ってタントを向かいの椅子へと促した。テーブルには椅子は二脚しかないので、占有しては悪いかとヤムニアを見たが、『どうぞおかけになって』と優しい声で言ってくれたので、タントはお礼をいって座ることにした。
 ヤムニアはどうするのかと思ったが、魔法のコンロで沸いたポットと乾燥した茶葉をそれぞれ整えると、テーブルにトレーごとおいて家を出て行ってしまった。『森へごはんを取りに行ってくるから、留守番を頼みましたよ』と言って。

●聖書にない神話
 二人残されたタントと白タントは、二人が別れたあとのことを話した。
 順序もめちゃくちゃで、思いついた順に互いが話すせいで殆ど雑談だったが、そんな時間もまた夢のようだ。
 どうやら白タントは、自分の中におぼろげにだがしみこんでいた『タントの記憶』を頼りに、世界各地を見て回るという旅をしているらしかった。
 色々な風景を実際に見て、色々な人に実際に会って、世界を確かめるように旅をしたと。
 幸いにも錬金術で作り出された彼女にはそこそこの錬金術知識が蓄えられており、農作物の育成を安定させるすべを教えたり、魚の鮮度を保つすべを教えたりと技術を安価なお金に換えて旅の資金を得ることが出来た。
 誰かから施しをうけることがなくはなかったが、彼女はそれをできるだけ受け取らないようにしていた。謙虚さからではない。
「わたくしの命は、罪でできていますわ。会ったこともない妖精様を核にして、わたくしのなかに閉じ込めていなければ生きていくことができない。そういう存在ですの。
 命を維持したまま妖精様だけを取り出す方法を探しもしましたけれど……」
 白タントはゆっくりと首を振る。
 犠牲なくして命はない。
 そういう世界の原則はアルベドという存在にも適用されるようだった。
 そして犠牲の代替は、その性質が特殊であればあるほど難しく、アルベドほど特殊な存在となれば、無に等しかった。
「けれど、わたくしは生きていたい。知識だけの海や、山や、人々をもっと見たい。わたくしという実感を、この世界で得ていたい。そんな欲望で、わたくしはこの『罪なき妖精様』を犠牲にし続けているのですわ」
「もし、それが罪なら」
 何度もおかわりをして空っぽになったティーカップを更に置いて、タントは目を閉じる。
「わたくしも、同じ罪を背負いますわ。あなたを逃がしたのは、他ならぬわたくしですもの」
 白タントの手をとり、握る。
「また、遊びに来ても?」
「ええ、ぜひ……」
 と言っても、わたくしはすぐに旅に出てしまいますけれど! とあえて明るく言って、白タントは笑った。

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