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ティシエール街、美味探訪〜9月の巻〜

登場人物一覧

天閖 紫紡(p3p009821)
要黙美舞姫(黙ってれば美人)

●夏、過ぎて

 静かにさざめく波の音が、夏の終わりを思わせる。夏の晴れ間が嘘のように、空を薄い雲が覆っている。こんな日は、あの出来事を思い出す。

海神様に呼ばれたあの子。訳のわからぬ不思議な世界、その一幕。あの子もきっと怖かったろうに、私は何も出来なくて。ただただ、皆についていくのが精一杯で。
それが悔しかったから、もっと強くなりたくて、私は闘技場の門を叩いたのだ。
最初は、自分と同等の相手から。少しずつ、勝ちと自信を重ねていけたら、そう思っていた。

けれど、それさえもままならなくて、数字以上に実力の差が歴然で。
自分は旅人、争いとは無縁の世界からの来訪者なのだから、戦いに慣れないのはある種当然の事で、だから焦る事もない筈なのに、皆と胸を張って並べない事、それが何故か悲しくて。

泣きそうになっていた私に、風のように現れたのが、今のお師匠様。
彼からのスパルタ指導は日々加速していき、ついていくのがやっとだったけど、それでも、ひいひいふうふう言いながら、なんとか喰らいついて。
来たるべきタッグマッチは、師匠と同じく足早に、すぐ目前まで迫っていた。

だから、その前にもう一口の元気を貰いたくって。今日も私は、カンロのドアを開くのだ。

●巨峰とマスカットのジュエリータワー&本日のフレーバーティー

 混沌では、今頃誰もが、夏の終わりの思い出を、噛み締め、抱き締めている頃だろう。それはこのティシエール街でも例外ではなく、それを示すように、シュガーハーバーで泳ぐ人の影は疎らだ。夏は徐々に遠ざかり、終わっていく。けれど悲しむ事はない。また来年の夏もきっと、シュガーハーバーを、ひいてはこのティシエール街を愛する人がいる限り、またあの海に人は集まるのだろう。優しい目で、この街に長く住まう老婆も語っていた。

 しかし、夏は終わったと言っても、それでもまだ、むしっと嫌な暑さを感じる日は続く。だから、このパフェスリー・カンロでも、今の時期はまだまだ、ずっしりブラウニーやふかふかのケーキよりも、ゴロッとフルーツ入シロップがかかったかき氷や、氷の粒がシャクシャク楽しいフローズンドリンクや、至高の一口を美しく閉じ込めたゼリーやらが売れるのだと、店員は笑って教えてくれた。

「お待たせいたしました」
「ふぉぉ……うぉぉ……!」

そんな中運ばれてきた今月の一杯に、その目を輝かせるのは紫紡。待ってましたとばかりに、小さく拍手を繰り返す。

それは待ちに待った、パフェスリー・カンロ、9月の目玉商品。その名も、『巨峰とマスカットのジュエリータワー』だ。
そこに勿論、季節のフレーバーティーがポットと共に運ばれてくる。

 今彼女の眼の前にあるものは、その大半が白に満たされ、その中間を遮るように橙の線が走るグラス。そしてその頂上に山と積まれた、アメジストよりも深い紫と、ペリドットのように鮮やかな緑。
まるで紫紡の瞳の輝きを、そのまま切り取ったような、丸く愛らしい果実のひと粒ひと粒が、宝のようにそこにある。
なるほど、ジュエリータワーの名に、確かに偽りは無いのだろう。

「ぶどうもマスカットも種がありませんので、どうぞ皮ごと召し上がってください」
「えっホント!?」

店員からの嬉しい言葉に従い、まずはツヤツヤのマスカットを一口。適度に冷えた粒をプチっと噛み切れば、甘さと酸っぱさの程よいハーモニー。

もう一つの宝石、ぷっくり膨らんだブドウも、一粒まるっと口に放り込めば、ちゅるんと甘く柔らかな果肉が躍り出る。

一方を食べれば、もう一方の味ももう一度確かめたくなってしまう。食感も味も楽しいマスカットと、熟した甘さと柔らかさのブドウ。どちらも紫紡には捨てがたい魅力だ。

「なにこれ……ブドウの皮も全然渋くないし、マスカットはサクッとしてるのにぷるつやしてて……本当に、すごい……!」
「ふふっ、皆さんそう言って驚かれます」

早くも顔から『美味しい』を伝えてくる紫紡に、店員も一層笑みを深める。

 さて、今度は絢爛豪華な宝石を引き立てるような純白、その土台もしっかり味わおうと、スプーンをグラスに差し込む。白へと伸ばした先からは、しゃくり、と小さな音が。シャーベットだろうか。小首を傾げながらも、静かにそれを掬い上げる。

「ふぁぁぁ……!」

舌に乗せればすぐに伝わる、ひんやり感と清涼感。マスカットの果汁とはまた異なる、爽やかな酸味の正体は、フローズンのヨーグルト。先のひと粒、ひと粒を瑞々しく、適度に冷やしてくれていた秘密は、このヨーグルトだったのだ。
果実の艶めきに続いて、水晶のような小さな氷の粒、その煌めきに、彼女の目は更に輝くばかりだが、しかし。いくらフローズンが美味しいとは言っても、冷たいものばかりシャクシャク食べていては、頭がキンと痛くなってしまう。

「んんっ……」
「大丈夫ですかお客様? 良かったらお茶の方をお飲みください」

いわゆるアイスクリーム頭痛は、夏が過ぎても時に容赦なく牙を剥く。もだもだと額を抑えて悶える紫紡。そんな彼女の助けになろうと、店員は優しく声をかけてくる。
ちべたい口の中をリセットしようと、彼女はティーカップに口をつける。舌を火傷しないように程よく冷まされながらも、しかしほのかにほわっと立つ湯気。そこから伝わった香りは、つい先ほども楽しんだばかりの。

「ぶどうの匂いがする……!」
「はい、こちら、ブドウとアールグレイのフレーバーティーでございます。こちらのパフェに乗っているものと同じ品種のものを使っております」

口と胃を、じんわり優しく温めてくれる、甘く、豊かな秋の匂い。先程食べた筈ものが、まさか今度は、このような形で出てくるなんて。こんな味わい方もあるのか!
既に知っている筈の食材でも、楽しみ方はけして一つではない。紫紡はただただ、季節の美味に驚かされるばかりだ。

 さて、グラスの底に最後に残されたのは、ぷるぷるのサマーオレンジジュレと、それを冠にしたグラノーラだ。
フローズンヨーグルトの下にいたにも関わらず、意外にもそのサクッと軽い歯ごたえは失われておらず、ぷるんとジュレと共に最後まで飽きさせることなく、舌を喜ばせてくれた。

「ごちそうさまでした!」

快活に手を合わせる紫紡。元気と糖分のチャージはこれにて完了だ。これでまた、頑張れそうな気がする。

 ティシエールの夏が終われども、秋は今まさに始まったばかりだ。だから、秋が深まった頃に。……また何か、行き詰まりそうになったら。元気を貰いに、またここに来よう。秋のティシエールも、これからたくさん味わえるのだから。
一時の休息を終えた蝶は、静かにここを発っていく。

確かな目標と、密かな楽しみ。その2つの羽で、飛んでいく。
曇り空には、いつの間にか、か細くも柔らかな日が差し混んでいた。

  • ティシエール街、美味探訪〜9月の巻〜完了
  • NM名ななななな
  • 種別SS
  • 納品日2021年09月05日
  • ・天閖 紫紡(p3p009821
    ※ おまけSS『とあるカフェ店員の日誌より』付き

おまけSS『とあるカフェ店員の日誌より』

 今日のあの人は、少し元気が無いように見えた。
だから少し心配だったけれど、今月のパフェを見た時に、いつもの笑顔を取り戻してくれた。そして、美味しいと笑ってくれていた。
だから、それを見てすごく安心したんだ。

このティシエール街を訪れる人の中には、最近冒険者も多く目立っている。
僕はこの街から出た事は無いけれど、そういう人達は、きっと僕達が予想だにしない危険と常に隣り合わせなのだろう。
何か危ない生き物と戦って、怪我をする人も多いと聞いた。

直接聞いた事は無いけれど、もしかしてあの人も、そういう類の人なのかもしれない。

だから、そういう人達の心の拠り所となるように、そうでなくても単純に『おいしい』の一言がもらえるように。
僕も負けじと、頑張りたいと思う。

10月のメニューは、勿論決まっている。後は味の微調整を繰り返すだけだ。
秋の味覚は、どれも素晴らしいものばかり。だから、そのすばらしさを、このティシエールから皆にきっと、伝えていこう。

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