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まよい火と紳士の茶会

登場人物一覧

メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女

 探求都市国家アデプト。それは旅人たちが『混沌世界の脱出』が為にその叡智を集結させた都市国家だ。
 来るもの拒まずと言った調子であるこの国家にもある程度の統治者――まとめ役と称した方がいいのかもしれない――は存在し、その中心となる三塔の塔主たる存在が象徴的に君臨していた。
 桃色の髪の少女は幼い頃に命からがら故郷である聖教国ネメシスよりこの練達へと逃げ果せた。そう言った事情がある者も多い事もあり練達では『個人の事情を聴く』事はあまりないこともあり、彼女自身は表を歩かず、静かに暮らす事を選ぶことができたのだろう。
 ――父が故郷の村を焼いた、なんて口にするのも憚られるからだ。
 そして、『   』は聖女と呼ばれた姉が父により反転し、死去したという情報を手にした。自身の生家であるロストレインの復興に当たるという兄に呼び寄せられるようにもう一度故郷の土を踏み、姉の後を継ぐ様に『聖女』の名を継いだメルトリリス。
 表道を歩む様になって彼女は一つ、気になることがあったのだ。

「――義手?」
 その言葉に、こくりとメルトリリスは頷いた。出奔する切欠となった父のあの一件にて、少女は片腕を無くしていた。特異運命座標として表を歩む以上、片腕がないことが彼女に取っては気がかりだったのだろう。
 ツテを探れば『Dr.マッドハッター』に相談してみればいいという助言があった。従う様に訪れたマッドハッターのサロン。ファンという青年がその様子を遠巻きに眺めている。
「それで私の所に訪れたという訳だね。今日の特異運命座標(アリス)は随分と切実な願いを抱いているという訳だ。それもそうか。少女という生き物は愛くるしくなくては主人公(ヒロイン)の座には座れない。嗚呼、青のエプロンドレスを着て愛らしく笑う事こそが君たちの仕事だろう」
「……はあ……」
 色とりどりのケーキやお菓子。そして意味の分からない程に青い紅茶が注がれたティーカップを遠巻きに眺めながらメルトリリスはそうですかとぼそぼそと小さく返した。
 実の所彼女は極度の人見知りだ。特異運命座標としてDr.マッドハッターの所に訪れたと言ってもこうも饒舌で――実に気狂いなのだがそのあたりは仕方がない――あれば、人見知りも加速するというものか。大木の後ろでその身を隠すようにしていたメルトリリスはマッドハッターを見詰めならどうしたものかと視線を揺れ動かす。
「特異運命座標(アリス)は木が好きなのかい? 実はその木はね今日は誕生日なのだよ。運がいい。今日はその大木のお誕生会を使用と思って居たのだが、君もこの席にぴったりではないかね?」
「お誕生日……ですか。おめでとうございます」
 慌てたように顔を上げておろおろとした調子のメルトリリスにファンが後ろから「嘘ですよ」とアドバイスを送る。「えっ」と慌てた様に声を漏らしたメルトリリス。どうにもこうにもマッドハッターは『難しい』相手ではないか。
「君はどうしてそんなところに居るんだい?」
「あの……いえ、自分は、こんな外見なので」
 腕がないという事を『一応告げた』事もあってか、そう言ったメルトリリスにマッドハッターはおかしなことを言う! と大仰な程に笑い声をあげた。
「君という人は何処までも面白いのだね。嗚呼、いや、構いやしないさ。特異運命座標(アリス)というのは皆そうだろう。愛おしい存在であると認識しているのさ」
「アリス……?」
「私の親愛なる特異運命座標(アリス)。君はひとまず座席について腕の話をしてみないか。それとも茶会の席で眠り鼠たちと共に優雅に楽しむ事もいいだろう。大丈夫さ。今日は君のお誕生会だし、時計の針もまだまだぐるりと逆を向いている。つまりはまだまだ帰る時間ではないという事! ああ、それだけで何と嬉しい事だろうか。お誕生日おめでとう! 今日という素晴らしい日をお祝いできたことに感謝をしようではないか。さあ、アリス、カップを手にして――」
「じ、自分の誕生日ですか!?」
 はわ、と小さく声を漏らしたメルトリリス。どうにも彼の調子に飲まれてしまっていまいち本題は遠ざかってばかりだ。
「ドクター」
 呆れた様に背後よりかけられた声音に、マッドハッターは「おっと」と気付いた様に顔を上げてにんやりと笑った。
「失礼、特異運命座標(アリス)は私に用があったのだね。それはそうと、茶会というものはそのすべての用事を内包した素晴らしい催しだとは思わないかい? いや、いいとも。君のバースディプレゼントに練達の技術者との間にある程度の橋渡しをしておこうね。何、私は茶会が終わるまでは中々席が立てないし、君の義肢がヘンテコな七色草になってしまわぬようにときちんとした相手を紹介することにしよう。腕からキノコが生えているなんて言うのもいいのではないかい? チェシャ猫なんかが莫迦にしてくるかもしれないが私はそれはそれでとても可愛らしいと思うのだが!」
「ドクター」
 再度、ファンの制止が入った様子を物陰から見詰めていたメルトリリスはきょとんと見守った。そろそろと近づいて、どうしたものかと息を潜めたメルトリリスは「あの、よろしくお願いします」と小さく頭を下げる。
 警戒心を解かぬ様子の彼女に「緊張することはないさ!」とあっけらかんというマッドハッター。警戒しない方が可笑しいと口を酸っぱくしたファンにメルトリリスは不思議な光景を見る様に首を傾いだ。
 練達で生活をして居れば殿上人の様な彼はどうにも食えない存在だ。もしも相談したのが操であったならば真摯に受け止めて、どうするべきなのかの段取りを組んでくれただろうが会いやすい上に『気分屋』であるマッドハッターが相手だと話は堂々巡りで茶会は終わらないのだ。
(……はわ、ど、どうしましょう……)
 どうにもこうにも、茶会の席に座らせたいマッドハッターと、人見知りが最高潮に達しているメルトリリスでは静かな見つめ合いが発生するだけだ――一応は義肢の準備は滞りなく行われそうだが……。
「あ、あの」
「ああ、なんだい」
「その……」
「さあ、言葉にしてみるがいいさ!特異運命座標(アリス)は中々に言葉を選ぶのだね。何、口から出た言葉はもう二度とは変えられないがそれもそれでとても面白いというものだろう! 軽薄に言えば私は適当な人間だ。今さっき何を言ったかすら忘れてしまうね。ああ、義肢の話だったかな? いや、それはもう話しただろうか? そんなことより誕生日会だ。さあ、咳に座って。茶会はまだまだ始まったばかりさ! 暖かい紅茶を淹れようか? それとも珈琲の方がお好みかい? いや、珈琲というものは知らなかったのだけれどね、操が好むようだ。私もそう言った事には非常に興味がある。特異運命座標(アリス)も面白いものと出会ったならばまたこのサロンに来るといいさ!」
 ティーカップを差し出して笑っているマッドハッターの言葉に付け加える様に『いつもこの人こんな感じですから、また来られる際はお気をつけて」とファンが肩を竦めて忠告するのだった。
 お帰りはこちらですよと助け船に従ってメルトリリスはぺこりと頭を下げる。
 後日、彼女の許には義肢の職人への紹介状が届けられたのだった。

  • まよい火と紳士の茶会完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2019年08月28日
  • ・メルトリリス(p3p007295

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