PandoraPartyProject

SS詳細

浅き夢は背負うほど重く

登場人物一覧

ンクルス・クー(p3p007660)
山吹の孫娘


 青い花弁がはらりと散り、意識の表層を撫でていく。
『やぁンクルス。今日もいい天気だね』
 彼は『意識の狭間』へ時折現れる者である。
 夢を見た時、気絶した時。あるいは瞼を閉じた一瞬――

 ガタン! と弾かれたようにトラクスが席から立ち上がる。境界図書館の閲覧室にその音は大きく響き、周囲の目が彼女の元へ一斉に集まった。
「どっ、どうしたのトラクス? 皆がびっくりしてるよ?」
「それは、バグの類じゃないか?」
 え、と円な目をいっそう丸くした『鋼のシスター』ンクルス・クー(p3p007660)は事の重大性を理解していない。どう説明するべきか。トラクスは眉間に皺を寄せ、腕を組んで思案した。
「私達は秘宝種だ。おかしいとは思わないのか? 機械体が夢を見るなんて。それも何度も」
「そうかなぁ? ただ、不思議だなって」
 そう。ンクルスだって全く違和感を感じていないという訳ではないのだ。だからこうして、状況をトラクスに打ち明けた訳で。頼られている事を知ってか知らずか、トラクスは『AIM』を傍らに呼び寄せた。現れた光のコンソールを叩き、図書館のマップを出して、個室の状況を確かめる。空室となっていたのフラグを立てて満室に切り替える。
「急いでプログラムメンテをするぞ。何かあっては大変だからな」
「おい、トラクス!」
 急な提案に慌てたのはンクルス――ではなく、その場に居合わせた境界案内人だ。神郷 赤斗がトラクスを引っ張り、部屋の隅で急にヒソヒソと話し始める。
「話が違うだろ。この後……」
「……だとしても、……」
「???」
 状況が分からずキョトン顔で様子を伺うンクルスの前で、話はすぐに切り上げらた。トラクスが足早に戻り、手を引いて部屋へと向かう。
「さあ、行くぞ」
「赤斗さんの事はもういいの?」
「何よりもンクルスの体が大事という事で決着した」

 ンクルスは強くなった。特異運命座標になる前より確実に、奔放に。実力を試すため、直接手合わせをした事もある。それでもトラクスの不安は拭えない。
 強大な力を得るという事は、価値あるものと周囲に認知されるという事だ。それは同時に、利用しようと企む輩に狙われるリスクも孕んでいる。
「おやすみなさい、トラクス」
 寝台の上でスリープモードに入ったンクルスに青いスキャニングの光が降る。トラクスの眼鏡にモニターの光が反射して、怪しく輝いた。
「ンクルスに迫る魔の手は、私が駆逐してやる!」
 0と1の羅列に闘志をのせ、ンクルスのデータの表層を洗うトラクス。だから彼女は気づかない。
 本当の驚異はことを。


――対象、認識。規定を超える熟練度を検出。同スペックを元にEllieを再定義。存在固定値を設定します。

「また夢を見てるみたい。誰かいるの?」
 今日の夢は手足が動く。声も出せるし、意識は驚くほどハッキリしていた。青薔薇の時間とは別の何か。それが分かるだけで緊張が体に走る。
「そうだよ。機械は夢を見ないけど、プログラムが走ればこんな風に……思考回路の存在固定値を、内側へ引き寄せる事が出来るんだ」
 だれ、とンクルスが唇を動かす前に、目の前に現れた少女はシスター服の裾を摘んで優雅な礼を此方に向ける。
「私はンクルス[Type=Ellie]。貴方は確か、名乗られないと相手の名前が分からないんだよね?」
「たいぷ、えりー……?」
 初めて唇にのせたのに、どこか懐かしさを感じる名前。不思議な感覚にンクルスは動揺を隠せない。だってType=Ellieと名乗る彼女の姿は、どう見てもンクルスに瓜二つだ。
「構えて、オリジナル。貴方は私を越える事をこの場で証明しなくちゃいけない」
「オリジナルって私の事? 嫌だよ、だってまだエリーさんの事をよく知らない。だからまずは、お話しよう?」
 ンクルスの説得にニコリと微笑むエリー。その様子に合意だと思ってンクルスが肩の力を抜いた瞬間――ぐわん、と視界が大きく反転した。
「――!」
 投げ飛ばされたと気付き、受け身を取ろうとした瞬間、眼前に迫るエリーの膝。腕をクロスして受け身を取ろうとするが、ガードの上からガッツリと激しい力を叩き込まれる。
「防技が74もあるんでしょう? 固くなったね、オリジナル。……だから手加減できないや」
「けほっ、ぅ……!」
「戦う理由、作ってあげたよ?」

 それとも、もぉっと痛めつけた方がいい?

 ンクルスのような柔らかい笑顔で首を傾げるType=Ellie。その仕草は驚くほど穏やかで、だからこそ恐ろしい。あれ程の強烈な膝蹴りを放っておきながら、呼吸を乱さず平然としているのだ。
(いまの膝蹴り、【邪道】だね。しかも結構、数値の高い……私みたいな高耐久を潰すための技だ!)
「オリジナルの事は頭の先から爪先まで知ってるよ。全部お母様が教えてくれたの」
 目には目を、【邪道】には【邪道】を! 反撃するべく迫ったンクルスが闘気の糸を練り上げる。カラミティギャロップに引き裂かれ、エリーの身体は傷ついていく。しかし抉れた傷跡からはオイルも潤滑油も流れない。モザイクめいた揺らぎが生まれては消えていく――壊れたプログラムの様に。
「エリーさん、もしかして……」
「そうだよ。私は貴方を試すために組まれたAI。電子の海の亡霊。でも、オリジナルを消滅デリート出来れば私がンクルスに成り代わる!」
 危機が迫る時ほど、ンクルスの感覚は研ぎ澄まされる。首を締め上げられられ苦しさに眉を寄せながら、ンクルスは新たな力を出力した。それは戦闘スキルではなく――
「オリジナル、何をしたの!?」
 エリーの手が力を失いだらりと垂れる。本来『霊魂操作』なんて物は相性のいい霊にしか効かない代物だ。しかしエリーはンクルスをリビルドして造られた霊体プログラム――相性だけで言えば、これほど良い相手はない。
「ごめんね。私の体はあげられない。だってまだ、叶えてないんだ。世界を守る……それが私の願いだから!」
 掴まれる胸ぐら。振り上げる頭。渾身の図付きがガツン!! と空間に音を響かせ――


「とりあえずは、異常ナシ……か」
 脱力したようなトラクスの声で目を覚ます。調子はどうだと聞かれて、ンクルスはぐるぐる腕を回してみた。
「トラクスのプログラムメンテのおかげかな? すっごく調子いいよ」
身体が格段に軽くなっていた。喜ぶンクルスに、殆ど手を入れていない筈のトラクスは一瞬だけ複雑な表情をしたが、当人が喜んでいるのでいいかと自分を納得させる事にした。
「身だしなみを整えたら、すぐに出るぞ。皆待ちくたびれている頃だ」

「「サプラーイズ!!」」
「わぁーっ♪」
 真っ暗な部屋に突然明かりが点いたと同時、パパーン! とクラッカーがそこかしこで鳴り響く。
 壁際には大きく『ンクルス、レベル50到達おめでとう』の看板が掲げられ、テーブルには食事と共に、機械体のンクルスも楽しめるよう料理の味を体感出来るデータ入りのUSBが並んでいた。カストルとポルックスに手を引かれ、会場の中央に連れられるンクルス。
「特異運命座標になった時は心配したが、ここまで成長するとはな。おめでとうンクルス」
『本当に、おめでとう』
 赤斗の言葉に続いて、頭の中に誰かの声が響いた。そっと目を閉じてみる。
 瞼の裏に映し出される電子の羅列『system:Ellie』――その力が今、ひとりの少女に託された。

  • 浅き夢は背負うほど重く完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2021年09月05日
  • ・ンクルス・クー(p3p007660
    ※ おまけSS『プログラムは不可解な夢を見る』付き

おまけSS『プログラムは不可解な夢を見る』


名前:system:Ellie
種族:プログラム
性別:女性
外見年齢:12歳
一人称:俺
二人称:呼び捨て
口調:~だ。~だな。~だろう?

 境界図書館に収蔵されている一冊の本。その中でエリーという少女を守るため生成されたプログラム。
 創り手の研究者は凡愚だったが、数々の幸運らんすうを引き当て創り出された故に、少女が干ばつに苦しめば某国のプログラムをハッキングし、人工降雨装置をのっとって、流行り病に倒れてしまえばワクチンの情報を地元の医者に流し――あらゆる手段で救いの手を差し伸べ、村の名もなき神としていつしか崇められていた。

 しかし彼女の奇跡は、そう長く続かない。エリーが事故で亡くなったのだ。
 目的を失ったsystem:Ellieは動きを止め、村には再び干ばつの被害が及んだが、そんな時にエリスと顔がそっくりの、ンクルスという少女が現れる。

「……神様は居るよ? 私の存在がその証拠」

 枯れ果てた大地を潤すような静かな微笑み。砂を帯びた風にはためく修道服。
 彼女はたちまち村の人々の信仰心を取り戻し、本来崇めるべき神へ心を向けさせ、恵みの雨を村に降らせた。

 あれから数年。system:Ellieはンクルスの体に潜り込み、補助の傍ら情報を収集・蓄積し続けた。『エリーという人間の再構築』が叶えば、もう一度本来の用途に戻る事ができる。そう信じて、裏からンクルスを作り替えようと暗躍を続けていた。――しかし、レベル50に至っても、彼女はsystem:Ellieが満足できるエリーの姿に至らない。

 ならば試してみるしかない。「俺が思う成長をしたンクルス」と「今のンクルス」。二人を精神世界で戦わせ、生き残りをよしとしよう――

「おはようございます、お母様」
「作り手は俺だが、その呼び方は違う。エリーは俺を『シスちゃん』と呼称していた」
「ふふ。確かに"お母様"と呼ぶには見た目も愛らしい姿をしてるもんね。分かった。二人の時はそう呼んであげる」


 分からない。俺は俺が分からない。
 ンクルス[Type=Ellie]はしくじった。生き残るべきは「今のンクルス」だ。なのに失敗作を組み替えて、俺は何をしようとしている?
「シス…ちゃん……」
「うるさい、黙れ」
 宿主の戦闘をサポートする補助機能? 負けたプログラムをベースにするより、新たに作り直した方が効率的で強力だ。
 親心? そんなもの……人間性を知らない俺には、わからない!!!

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