PandoraPartyProject

SS詳細

祭典の準備は滞りないと彼女は云った。

登場人物一覧

善と悪を敷く 天鍵の 女王の関係者
→ イラスト
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル

 ある日。夏の日。暑さがじんわりと体を包んで汗が滲んだ気怠いその日。
 ラムネ味のアイスバーを咥えていたレジーナの目の前に瓜二つの顔をした少女は「あのさ」と顔を上げる。
「どうかしたのかしら」
「どうかしたから声をかけたのさ!」
 瞳をきらりと輝かせたクラルス・アルカナム。幻想貴族アルカナム家の娘にして、旅人――その時点で理解はできるのだが、彼女は幻想貴族アルカナム卿の幼女となったレジーナと出身を同じくする存在だそうだ――である彼女はクィーンズプロジェクトの一つアストラークゲッシュ(TGCだぞ!)の縁で懇意にするレジーナの許へと遊びに来ていたのだ。
 紅茶でも飲むかしらと首を傾いだレジーナに「そんなことより」とクラルスはレジーナに着席を促す。
「ここは汝(あなた)の家ではなくて我(わたし)の家なのだけど」
「固い事を言わずに。夏だろう?」
「ええ」
 何かを言えばそれを遮って話を続けるクラルス。レジーナは今更何かをいった所で意味はないかとふんわりとしたスカートをソファに沈めてゆったりと腰掛けた。
 クラルスは強引なタイプだ。こちらが何かを話す前に彼女自身はやりたいことが決まっているのだろう。
 彼女の様子をぼんやりと眺めていたレジーナは又も何か新しいものを見つけたのかしらなんてぼんやりと考えている。
 ごそごそご鞄の中から何かを取り出したクラルス。どうやら分厚い冊子であるようなのだが――レジーナには理解はできない。
「夏と言えば地球では同人即売会を開くのだろう!」
「そう言えばそんなことがあると聞いたことがあるわ。我はあまり詳しくないのだけど」
 クラルス・アルカナムは貴族令嬢(養女であろうとも)だ。そんな高貴なる存在であろうとも彼女の趣味は変わらずサブカルチャー分野にある。蒐集癖が最も発揮されやすい分野という事もあるのだろうが――サブカルチャーを愛好する姿勢は何も変わりがないだろう。
「面白いと思ないか! 是非やりたい!」
「……え?」
 どうぞ、と返すことしかレジーナには出来なかった。同人即売会を開きたいとでも言っているのか。
 取り出した本はどうやら何かのパンフレットのようだ。様々な絵が並んでおり右上には練達という文字も見える。
 ……練達で行われたイベントなのだろうか。
 レジーナの脳裏にはローレットに張られていた同人即売会の手伝い情報が過る。いやいや、それはそれだ。旅人でサブカルチャー分野を愛好する情報屋が原稿がピンチだとか本を出すから売り子をしてほしいだとか言っただけではなかっただろうか。
「我(わたし)は詳しくはないけれど……
 情報屋の山田雪風という旅人がいるの。彼が専門家みたいだし話も合うでしょ」
 一応、と話を繋げて見たレジーナにクラルスは何を言っているのかと瞬いた。
「勿論彼にも声は掛けているし、他の専門家も呼んでこの後意見交換会をする予定だ」
 もう準備万端ではないか。レジーナは「我(わたし)いる!?」と思わず叫んだ。
 雪風や他の専門的な相手がいる以上自身が其処に入る間もなければ意味もない。レジーナはそういう事には詳しくないのだからそんな反応をするのは当たり前の事だ。
 正直な事を言って自身の出自自体がサブカルチャー分野なのは理解しているが、それはそうとTCGの登場人物だからってサブカルチャー分野に突出している訳でもないし、あまり興味がないと言ってしまえばそれまでなのだが。
「レジーナ。せっかちさんめ話は最後までだぜ?」
 駄目だなあ、なんて。それを自身と同じ顔で同じ顔を相手に言うのだからやめてほしい。救いがない、どうしろというのか。
 こういう時巻き込まれるのは雪風とセットならば亮辺りが妥当なのだとしたらクラルス相手には自分なのかとレジーナは納得した。
 クラルスは夢物語を語る様に「まずさ」ととんとんと机上に置かれた冊子の1ページを叩いた。
「こうやってイベントを開催するならサークルの参加がどうしても必要だろ?
 此処にこうやってサークルカットを乗せて本を売るひとのこと。そういうの必要だから。
 サークル『ゆきりんご』には参加してもらえるにしても数が必要だし、何より自分も参加したいというのは必然的な欲求だと思う」
「そう。大変なのね?」
「そこで、協力してほしいことがあるんだ。まず、サークルで参加するには本が必要だろ?」
「ああ、そうやって聞いたわ。大切なのだそうね?」
「そう! 『暗殺令嬢』本を作成して欲しいんだ」
 レジーナの時が止まった。
 ツッコミどころは沢山あったが一先ずスルーしていたのだが……どうしてもスルー出来ない事もあった。
 イベントを主催するには飽き足らず其処にサークル参加して同人誌を作りたい。初めてのイベント主催ならばそれで手一杯だろにサークル参加までというのだから欲張りさんだわ、なんて考えている暇はなかった。
 暗殺令嬢の……?
 暗殺令嬢リーゼロッテ・アーベントロート……?
 リーゼロッテお嬢様の……?
 レジーナの頬に一気に赤みが上がっていく。ええ、と僅かな声を漏らして「ダメよ」と首を振った。
 リーゼロッテ・アーベントロートの同人誌というのはいくらか聞いたことはあったが、アーベントロート家よりNGが良く出ていると聞いたではないか。きっとお嬢様も自身の知らない話を描かれるなんて嫌だろうというのがレジーナ(じょうしきじん)の思う所だ。
「暗殺令嬢本って、お嬢様のある事ない事を書くって事でしょう!?
 だ、ダメよ! そんなお嬢様にとっての不名誉なこきょ(←噛んだ)!!」
 慌てすぎて思わず言葉を噛んでしまうレジーナ・カームバンクル。漢字で書けば善と悪を敷く 天鍵の 女王 。
 女王様にしては余りにもポンコツに大慌てしてしまう彼女に同じく善と悪を敷く 天鍵の 女王 であるクラルスは堂々とした調子で「駄目か?」とずい、とレジーナへと近づいた。
「だ、だめ」
「ほんとのほんとに……?」
「ほ、本当の本当よ」
 同じ顔をしている。同じ顔が同じ顔を泣き落とししようとしているのだ。
 そんな――そんな涙を浮かべて捨てられた子犬の様な顔をして。本当に? なんて聞かれたら。
 そんな……そんな顔をしたって……
「……ダメ?」
「う、うう……」
 相手が同じ顔であろうとも泣き落としされると弱いのがこのレジーナであった。
 正直な所、お嬢様本なんて言われれば『私の本だなんてどうかしていますわね。貴女方は何を考えていらっしゃるのかしら?』とクールな微笑(つめたい)を向けられるかもしれないのだが、興味がない訳ではない。
 興味がないと言えばうそになるという程に暗殺令嬢本という響きはレジーナの心に深く淀みを残していた。
「レジーナ?」
「し、仕方ないわ……」
 だがしかし、そこで『暗殺令嬢本って興味があるのよね! 我(わたし)も読んでみたい!』なんて言うのが言語道断、以ての外である。絶対に口外しないし、絶対に認めやしない。
 クラルスは泣き落としがうまくいったなあ程度に考えているのだろうが――それは兎も角。
 レジーナの気持ちを置いておいてもクラルスにとっては暗殺令嬢本を作成するうえでどうしても特異運命座標を身内に引き込んでおきたかったのだ。暗殺令嬢と言えば幻想貴族の中でも目立った存在であり、その異名より懼れられているのは確かな事だ。
 しかし、ある程度の交友を持っている英雄たち特異運命座標に対しては優しい(というか『お目こぼし』がある程度なのだろうが)という認識が幻想貴族の間では広がっていた。彼女はなんだかんだ言って甘くて優しい令嬢のはずだ。ちょっぴり程度『キツい所』があるというだけで。
 そんなことは露知らないレジーナはクラルスの言葉に乗せられたように『暗殺令嬢』本の作成を始めた。
 そのタイトルは『黒薔薇の秘密』だ。濃厚な百合の気配を感じさせて、レジーナは心を躍らせる様にお嬢様の恋物語を書き続けた。
 ちなみに、お嬢様との恋物語は実体験が色濃く反映されているために未完だ。乙女は恥ずかしいことは書けないのです。
 夏の準備は滞りない。この調子ならばきちんと脱稿も出来るし、何より山田達とはどういったふうにイベントを運営するかも決定している。
 後はイベント前に最後の調整をするだけでいいだろう、なんてクラルスはるんるん気分だ。
「こ、こんな感じでいいのかしら……」
 どきまぎとした暗殺令嬢の恋物語。
「素敵だ!」とレジーナを励ますクラルスはこれでサークルカットの暗殺令嬢本が嘘でなくなると安堵していたのだが……
 とんとん、と扉をノックする音がする。
 そう、ここはアルカナム邸。ノックをしてくる人物は多く、クラルスは使用人でも来たのだろうかと立ち上がる。
 クラルスと呼ぶ養父の声に「お父様」と一応はキャラを作ったクラルスが首を傾げ――扉の向こうを見て硬直した。
「え――」
 そこに居たのは青薔薇の紋章だ。その薔薇をクラルスが知らぬ訳もないしレジーナもよく知っていた。
 蒼の美しい薔薇。それは彼女が今の今まで作成していた『暗殺令嬢』リーゼロッテ・アーベントロートのアーベントロート家の冠する紋であり、その薔薇は令嬢の象徴的なマークだ。
「お、お嬢様の家の……」
 震える声で言ったレジーナの許に降りたのは発禁であるという言葉だった。
 無論、それは良くある話だ。暗殺令嬢のぱんつが出回って居ようとも暗殺令嬢の同人誌を売り出すならアーベントロート家による妨害があるというのは何時だって聞いていた。
 ゆきりんごがサークルで活動する際も雪風がリーゼロッテ本を一度は発禁にされこっそりと隠れてコピー本にして販売していたこともある。黒薔薇の憂鬱という何だか少しエッチな雰囲気の本(全年齢だよ!)であろうともアーベントロート家からすればNG判定なのだ。
「え……そ、そんな……もう直ぐ完成なのに……我(わたし)の本……」
 震える声音のレジーナ。没収され、出品すらNGされてしまったレジーナはがっくりと項垂れソファーへと沈み込む。
 にこにこと養父とアーベントロート家の遣いが居なくなるのを見送ってからクラルスはレジーナの傍らに寄り添った。
「レジーナ」
 神妙な声音に「クリス……?」とレジーナは瞬く。一体全体どういった励ましをくれるのだろうか、なんてレジーナはがっくりと項垂れた儘、クラルスを見遣った。
「大丈夫だ。まだ時間はあるぞ」
「な、なにを言って――」
「コピ本だっていい。何か一つでも暗殺令嬢本を出そう」
 真面目な声音でいうクラルスにレジーナははっとした様に顔を上げ、「も、もう……」と声を震わせる。
「もっ、もうやらーん!」
 慌てたその声にクラルスがまたも泣き落としをし、最後まで付き合う事になるのだが――それはまた、別のお話なのである。

PAGETOPPAGEBOTTOM