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ひだまりに佇む狼
登場人物一覧
加齢臭と言えば良い――なんて、そんなことを言ったフィオナとファレン。そして意味も余り知らないうちに口にしたイヴの事を思うて、しっかりと手入れをし、獣種ならば有している変化を行ったハウザーはルナへと告げた。
「渋カッコイイ姿を見せりゃ、イヴもカッコイイっていってくれるかもしれないぜ」
「悪かねェな。だが俺のスゲェ姿はテメェらだけの秘密だ」
だが、イヴの喜ぶ顔が見れるというならば悪い気もしない。ハウザーにとってはイヴという少女は『大した関係性』ではない――ない、が、家族と呼べる存在が周囲に居ない彼女を不憫に思っている気持ちは確かだ。ファレンに言わせれば「貴方がソレだけ興味を持つのも愉快なものですが、」との事である。
「それにしても、イヴの前でカッコイイ姿を見せたいって言うのはどうしてなんだ?」
故に、ルナも気になっていた。粗暴と言われる獣種傭兵団の頭領であるハウザーがそれだけ一人の少女に気遣うのは何故か。
ハウザーは「ンでもねェよ」と呟いたがルナの真摯な表情――少なくとも、彼にはそうだと感じられた――を見遣ってバツ悪くなったようにのろのろと口を開く。
「ああ……アイツの『唯一無二』を奪ったのは俺達だろうがよ。そりゃ、国家存亡の危機だなんだと言われりゃ確かなんだがよ。
精霊種のイヴにとっての唯一の家族は大精霊のファルベリヒトだった。ソレだけは確かだ。疑う止しもねぇ。なら、アイツにとっての親兄弟を奪った俺等がアイツを見捨てる訳にゃいかねぇ」
イヴ・ファルベ。ファルベライズの守護者であった少女。その性質は精霊種では無かった。大精霊の分霊でしか無かった彼女がイレギュラーズと相対することで大精霊が『イヴをイレギュラーズの下に残したい』と願った変化は確かなことだ。それをイヴが望んでいたかは関係なく、彼女にとっての『母なる大精霊』がその可能性を授けたのならば。
「俺ァ、イヴにゃ負い目があるように思えちまうんだ。アイツが一人前になる頃に『あの時、生き残って良かった』と思って欲しい――クセェか」
「いいや? 悪かねェさ」
くつくつと笑ったルナは粗雑なハウザーながら『子供』と言う立場の弱い存在を護る為の気遣いだったのだろうと感じた。勿論、彼はそれをイヴには伝えやしない。ひょっとすれば利口なファレンには伝わっているかも知れないが――そして、兄の姿を見て察するフィオナにも伝わっているのかも知れないが、イヴ当人は知らないままハウザーの側に居るのだろう。
「だがよ、イヴに余計な一言を言わすのがファレンとフィオナのクソ下らねェ所だろ? 思わねェか?」
「それでやる気になったんだろ?」
「……まあ」
ぶつぶつとぼやいたハウザーにルナは小さく笑った。クロークで準備を整えるハウザーが『人の姿』に慣れないと普段と勝手の違う指先に四苦八苦する様さえも面白い。
髪もどうにか整えてやらねばならないかとまじまじと見遣るルナに気付いたのかハウザーは「ンだよ」と舌を打った。
「いや、サマにゃなるだろ」
「ガキ共に笑われたらテメェの首、へし折ってやるからよ」
そんな風に凄んでみせるのも『人の姿』では少しも威厳がない。そう感じたのは彼にも僅かな照れが混じっているからだろうか。
粗野に見えて慕われている。イヴとてハウザーに怯えた様子の一つも見せやしない。絶対的に実力で成上がった『凶』の頭領でありながら、そのうちに秘めた慈愛はこうして発揮されるのか。それとも、彼のカリスマ性に人が惹かれるのかは分からない。
人を惹き付けて止まない。気付けば周りに人が集まって。恐れることなく笑い合う。伝わる『奴等』にとっては、彼は恐るべき獣種傭兵団の頭領などではなく、気易く守ってくれるヒーローにも成り得るのか。それが長の器だというならばどうにも眩しくて堪らない。
「――おい!」
そんな風に褒めてやりたくもなるのに、だ。
「ネクタイってーのはどうやって結ぶんだ!」
そんな風に凄まれたら、笑ってしまうだろう。
「貸せ。首を上に上げれるか? 俯くな。結びにくいだろうが」
「だ、だけどよ、おい……擽ってェんだよ。おい、わざとじゃねぇだろな!?」
「何もしてないだろうが。想像して擽ったがってんじゃねぇよ」
ルナが茶化せばハウザーは「な、」と呻いた。彼の毛並みと同じ色彩の髪。普段と同じ眸。面影は感じられる。彼がその姿を好まない理由はよく分かっている。
獣種としてルナもハウザーも変化がしていない方がしっくりくるのは確かだ。だからこそ、普段はこうした格好をすることがない故に、ヘアセットやネクタイを結ぶ事を困惑していることも理解は出来る。理解は出来ながらも、どうにも愉快で仕方が無いのだ。
「俺で良かったな。フィオナとかいう小娘が見てみろよ」
「……」
――ブフッ、ハウザーってネクタイも結べねーんすか? しゃーねーっすね、この可愛いフィオナちゃんが結んであげましょうか!?
――フィオナ、結べますか? 兄がやり方を教えても。ラサでは余り見ぬ異装ですからね。
想像したのだろうか。その眉間には皺が刻まれていく。そんな様子も愉快そのものだ。ハウザーを椅子に腰掛けさせてソレなりに見えるようにとヘアセットに手を掛ける。
ある程度は礼儀の範囲内でルナも行えるのだと彼に告げればハウザーは「へえ」と何も言うことはなかった。
「フィオナもファレンも、悪い奴じゃねェ。だがよ、俺のことを可愛い犬っころか何かと勘違いしてやがんだぜ。
天下の『凶』頭領サマだぜ? 可笑しいと思わねェか。アイツらにとっちゃ飼い犬と親戚の娘ッ子を遊ばせてるだけだ」
「親戚の娘ッ子というのがイヴかよ?」
「まァな……」
可愛い犬扱いされているわけではないのだろう。だが、彼の優しさを感じ取ったファレンやフィオナがイヴをハウザーに積極的に関わらせようとしたのは分かる。
故に、今回の仕事でもハウザーが共にやって来たのだろう。イヴがそうした年頃の娘が興味を持ちそうなことに無頓着なことは分かる。頓着していないどころか、興味を持つことも無かったのだろう。初めての経験を『優しいおおかみおじさん』とご一緒に――そんな風に促されれば彼がそうぼやくのも無理はない。
「アイツらにゃ、世話にはなってるが……もう少し恐れてくれても構わねェだろがよ」
「恐れられて近寄られなくなったら困るだろうが」
「……まァな」
ああ言えば、こう言う。そんな風にドヤされては困るとは思ったが、ハウザーも本音はルナの言通りだったのだろう。ぶつぶつと呟きながら肩を竦めた彼ははあと溜息を吐いた。
「終わったか? 人の姿ってのは不便だな。時間が掛ってしかたねェ」
「今まで頓着してねェだけだろ」
「……終わったか!?」
終わったとその背から離れればバツ悪そうにハウザーが立ち上がる。図星を付かれ『過ぎて』返す言葉のない彼も珍しい。
ドレッサーから出る事を物怖じているのだろうか。ハウザーは一向にその場から動くことはない。ルナはその肩を叩いた。
「あんだよ、いい顔してんじゃねぇかこの色男が。さ、行こうぜ。イヴに見せて遣りゃいい」
背を押せばハウザーは「ルナ」と呼んだ。頬を掻いて溜息を交じらせた男は慣れぬ『人の姿』で途惑うように言葉を紡ぐ。
「――俺ァ、どうだ? イケてるか?」
「ああ」
頷けばハウザーは「行くぜ。ガキ共もお待ちかねだ!」と叫んだのだった。