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登場人物一覧
通りすがりの男が言った。
「ため池には、夢の種が沈む。気になったら行ってみるといい。現実ではない、もしもの世界を見てくればいいさ」
彼の言葉を聞き、ノースポール (p3p004381)とルチアーノ・グレコ (p3p004260)は、ため池を覗き、目を丸くする。ため池は鮮血の鳥の色を成し、熱い風が水面を揺らしている。ノースポールとルチアーノは指を指す。クリサンセマムの種がそっと浮かぶ。
とても騒がしい声が聞こえる。吹く風は焼けた肉の匂いを纏い、晴天をはしゃぎ回る。幻想の都市からかなり、外れた小さな町。そこにはとても親切な人々が暮らし、不意に迷い混んだ旅人を歓迎する。彼らにとって、旅人の話は宝石以上の価値があった。二人の旅人。そう、ノースポールとルチアーノは、男の後ろをゆっくりと歩いている。この町に宿屋はない。住民達が各々の家に旅人を泊めてやるのだ。住民は自らの家に客人を招こうとする。男は黙ったままの彼らに、蒸し鶏のスープ、特製サラダ、チーズパンを出してやろうと思った。そうだ、デザートにゴマプリンもいい。男は笑う。良い思い出になりそうだった。アルコールを飲みつつ、話をするのもいいかもしれない。彼らは成人しているだろうか。男がそのことを尋ねると、旅人は今日のことを尋ねた。男は僅かに困惑したが、この賑わいを知りたいのだと思った。男は親切に、今日が収穫祭であることを伝えると旅人達は笑い、「楽しそうですね」と言った。嬉しかった。男は町の催しに興味を持った彼らを広場へと導く。湿った風。見上げれば、空が曇り始めている。夏の天気は変わりやすい。だが、雨の匂いはしない。男は安堵する。収穫祭が終わるまで雨が降ることはない。
「ヒロ!」
声。男はハッとし、広場にいた恋人に手を振る。恋人は照れたように笑う。周りの住民達は、微笑ましそうに男達を見つめる。住民はバーベキューグリルで肉と夏野菜を焼き、ワインを飲んでいる。男は笑い、秋に結婚するのだと旅人に語り、乾いた唇を舌先で潤した。楽しげな声に、ノースポールは目を細めた。
「なら、殺して欲しいな?」
「──え?」
男はギクリとする。誰を……? 男はノースポールを見た。何故だろう。男はその瞳を美しいと思った。気がつけば、惹き付けられていた。
原罪の呼び声。発したのはノースポール。堕落へと突き落とされ、広場は騒然となる。男は呻いた。町の人々が凄まじい顔で、叫び、争う。何が起きた? 男は愚鈍のまま、震え上がった。誰よりも大切な人がいる。男は老婆を突き飛ばし、願うように駆ける。間に合うかではなく、間に合わせたいと思った。
「アミッ!!」
恋人が男に殴られ、殴った男の胸を別の男がかっさばき、笑う。綺麗な赤が舞い上がった。
「肉!!! あたしの肉よおおおぉっ!」
にたにたと笑いながら女がバーナーで白猫を炙っている。呼吸をするように人々は誰かを傷付ける。奇妙な夢だろうか。泣き叫ぶ声。繋がれた犬が吠え、瞬く間に殴り殺される。地が雨ではない生臭い水を吸い込んでいく。焦げた肉の臭いがした。真新しい金網に乗った肉が、野菜が焦げ、バーベキューグリルが倒される。見知った顔が次々、死んでいった。男は喘いだ。言葉で言い表せないほどの恐怖と残酷な行為を目の当たりにする。吐き気がする。むしろ、吐いてしまいたい。嗚咽が漏れた。ハッとする。アミは何処だ。何処にいる? 男は混乱の海を泳ぎ、息を吸う。欠損した死体。
「……」
喉が無意識に鳴る。視界の端に恋人が映る。追いかけられている。汗が滴のように落ちた。ああ、また、見知った顔が死んだ。嫌だ、止めてくれよ! 男は声を震わせた。舌先が白く乾いていく。生きていることが初めて恐いと思った。
「止めろ、止めてくれ。その子を俺は愛してるんだ……だから!」
男は恋人を執拗に追いかける老人を押し退け、恋人の腕を取った。男は安堵する。恋人は青ざめてはいるが、無事だ。恋人は微笑んだ。
「あ」
男は美しい笑みを見つめながら、崩れ落ちる。眠い。眠い。赤い。男はすぐに死んでいった。喉元に突き刺さる鋏。男は恋人に殺され、いや、旅人に殺されたのだ。
男は旅人を知らない。
「行こう、この町はポーの為に存在しているんだよ。そう思えば、僕らへの祝福になる」
ルチアーノは笑い、ノースポールの手の甲に口付け、音を鳴らす。魔種化した女の影響を男は強く受けている。
「えへへ。うん! ルーク、一緒に楽しもうねっ♪」
旅人達は笑い、歩き出す。
「ふふ、心が落ち着く声♪」
ノースポールが呟く。聞こえるのは錯乱。
「それに良い香りもするよ!」
甘美な血の香りにノースポールは艶やかな笑みを溢した。ノースポールはひとり。混乱を堂々と歩き、目に付いた町民を鋭い爪や羽根を振るい、踊るように皮膚を裂いていった。耳障りの良い音が聞こえた。女の柔らかな身体を、男の逞しい身体を、年老いた者達の腕を、子供の指を切り裂いた。笑う。勿論、一撃では仕留めない。ノースポールは小首を傾げ、逃げない者達に足早に近づき、ああと鼻を鳴らす。上手くいかなかったようだ。呆気なく死んでしまった。勿体ない、純粋にノースポールは思った。この玩具で遊ぶことはもう出来ない。悲しくて悔しかった。
「残念だよ」
傷口は深いが綺麗な身体が転がっている。ノースポールは残念そうにその身体を見つめ、両手で死体の傷口を広げ、笑う。すぐさま、空に飛び立つ。青空じゃないことがとても嬉しかった。
「あっ、沢山いるね。良かった、少なかったら全然、楽しめないからねっ!」
鋭い爪で逃げ惑う人々の背をぎゅっと掴み、傷跡を残す。服は敗れ、とろとろと赤が染みだしていった。人々は喉を鳴らし、手当たり次第に物を投げつける。ノースポールは一瞥する。
「く、来るな! バケモノ!!!」
男は手を震わせ、検討違いの場所にハンマーを投げ、犬を殺した。
「なんで!!」
男は舌を鳴らし、ノースポールに背を向け、唖然とした。
「あ、あ……」
男はがたがたと震え上がった。彼の瞳に血を纏った女が映る。ノースポールは飛び、逃げる男の前に立ったのだ。見れば、若い男。ルチアーノより若い。
「ふふ、驚いたかな♪」
ノースポールは、楽しそうに笑い、爪で男の上半身を易々と裂き、笑顔を見せた。悲鳴が上がった。男は喘ぎ、よろよろと歩く。ノースポールはゆっくりと男を追いかけながら、道の真ん中に座る男を見つけた。動けないようだ、男は泣いている。
「あ、此処にいたんだね!」
腰を抜かす男の顔にノースポールは真一文字の太い傷を刻む。
「あっ……あっ! あああああっ!? 痛い! 痛い!! 止めて、止めてよ!!」
男は叫び、両手で顔を覆う。指の間から、血が溢れ、男の足元を汚す。男は鼻水を滴し、だらしない声で泣いた。
「うぐ……ああ、血が……血が出てっ……! ぐっ、痛い! 痛い!! 殺さないで!」
男はのたうち回り、はぁはぁと息を吐く。紙煙草の嫌な臭いがした。
「大丈夫だよ。まだ、死なせない。だから、たっぷり遊んで欲しいんだよ。あ、お姉さん、ちょっと待って!」
「え?」
女の目が見開かれる。生ぬるい風が強く吹いた。どっと溢れる血液。しっとりする爪。
「ね、痛い? どうして、痛いのか知ってる?」
ノースポールは女の脇腹を爪で裂き、にこりと笑う。女は転倒し、どくどくと血を流す。長い髪が砂で汚れていた。動かない。ただ、死んではいない。痛みで気を失っているのようだ。
「うんうん、楽しいな♪」
女は少し寝かせておこう。目が覚めたときに、また、遊ぼうと思った。長く楽しめるよう、沢山の血が流れるよう、的確に傷を付ける。
「んー?」
ノースポールは飛び退いた。石を投げられたのだ。手前には大きな石が転がっている。見れば、蒼白の男が立っている。
「あんた、狂ってる!」
青い両目がしっかりとノースポールを見つめる。ああ、男はとても良い顔をしている。嗜虐に震えてしまう。
「そうなのかな? これは遊びだと思っているんだけど」
「遊び? ああ、こっちに来るな」
唇が紫に変わっている。
「えー? 止めないよ?」
ノースポールは男の左足を切り裂いた。残酷な赤。男は悲鳴を上げる。
「あははっ。とっても綺麗! もっと見せてよっ」
血に染まりながらノースポールは、無邪気に笑う。無数の濡れた足跡。
「ふふ、あんまり遠くに行くと、撃たれちゃうよー? なんたって、ルークがいるんだもん♪」
ノースポールは踊り、女の腕を切った。遠くで銃声が聞こえ、ノースポールは興奮で震え上がった。
この町で初めて銃を向けたのは、母親に手を引かれる幼子だった。彼女の左足を撃った時、ルチアーノは笑っていた。銃声に導かれ、彼女はばったりと倒れ、母親は人の渦に消えていった。素敵な光景だった。
「アハハ。頑張って逃げてよ。逃がさないけどね?」
狙い、撃つ。今度は太った男の足を撃ち抜いた。
「うあっ」
転がっていく。太い丸太が一生懸命、転がっていくようで、至極、可笑しかった。
「ああ、とても美しいね」
ルチアーノは笑い、眉根を上げる。
「くそっ……くそがっ……!」
丸太の男は、右足を引きずりながら懸命に前に進み、目の前の幼子に気がつく。舌打ち。
「ああ、しっかりしろや! 死ぬんじゃねぇ……おいおい、こんなところで死ぬんじゃねぇよ! そうだ、泣いたっていい。でも、死ぬんじゃねぇぞ!」
丸太の男は、血を流し、痙攣する幼子を抱き抱え、亀よりも遅く歩いた。
「ふぅん? いいね」
ルチアーノは感心し、目を細め、悲鳴を聞く。男が老婆の背にナイフを突き刺したところだった。赤。老婆は倒れ、人々に踏まれていく。骨が折れる音がした。ルチアーノは笑う。
「邪魔だよ!」
女が叫び、丸太の男を突き飛ばした。のろまと幼子が転がっていく。傷口にびっしりと砂が付く。
「くっそ、いてぇな……」
男は立ち上がり、今度は幼子を背負った。歩く度に、水を吸った靴のように、傷口から血が溢れていく。
「大丈夫だ。あそこまでいきゃあ、助かる……助かるんだ。あそこから町の外に出て……だから、耐えろ、耐えてくれ」
ぶつぶつと丸太の男は言った。彼らを他の者達が無情に突き飛ばしていく。人々は狂ったように同じ場所を目指した。
「本当に見飽きないよ」
ルチアーノは、残酷を愛している。
「ね、もっと楽しませてよ?」
口元が歪む。ルチアーノは、誰よりも醜い者を撃った。
「ぎゃああああっ!?」
女の声。跳ね上がる身体。舞う血飛沫。女が転がり、のたうち回る。笑う。
「痛い……あっ、あ……助けて! あたしを助けて! はぁっ!? あんた! あたしを置いていくのかい!? ちょっと、ちょっと待っておくれよ!!! 痛いんだよ! ああ、待って……お願い、助けて……」
女は座ったまま、呆然とする。動けないのだろうか。この程度で? ルチアーノは首を傾げ、呼吸をするように引き金を他者に引く。怒号が飛んだ。
「チョッコラティーノ。赤い血はポーのドルチェなんだよ」
ルチアーノは微笑んだ。誰よりもポーに会いたかった。ルチアーノは笑いながら、沢山の足を撃った。ただ、銃はチョッコラティーノではなかった。首を傾げた。何処かに忘れてしまったかもしれない。もう、ルチアーノには分からないことだった。男の叫び声。
「ああああああっ!?」
倒れ、転がる。色んな声が聞こえた。穴の空いた者達が片足を押さえ、踞る。不器用なダンスを踊る者さえいた。笑ってしまう。
「命って貴いよね。ポーをもっと笑顔にできるんだから。君達の死に際を、ポーは一番喜んでくれる! もっと踊ってよ。絶望で魅せてよ! アッハハハハ! 最ッ高!!」
ルチアーノは笑い、丸太の男の前に立った。彼は活きがいい。ルチアーノはうっとりする。
「是非とも、僕と一緒に来てくれない? それとごめんね。彼女、もう死んでるよ?」
歪む男の顔。漏らす息。幼子は両目を開けたまま、息をすることを忘れてしまった。男は喉を鳴らす。
「て、てめぇか! てめぇが殺したんだな!? ああああ! 殺してやる、殺して喰ってやるよ!! 俺が! この俺がな! 絶望に踊るのはてめぇだ、殺人豚野郎が! 丸裸にしてやるからよぉ!」
唸る男の顔は獣の最期に似ていた。男はナイフを取り出し、幼子を投げ棄てた。口笛を吹いてしまった。男は唸った。早く、ポーのところに連れていきたい。一秒でも早く、彼女に褒めてもらいたかった。こんなに素敵な獲物はもういないような気がした。ルチアーノは息を吐き、震える。どうにかして連れていきたかった。ただ、殺してはいけない。ルチアーノは楽しそうに笑う。難解なパズルのようだった。
「ああ、今はこれがいいね」
ナイフに持ちかえ、ルチアーノは跳躍する。
何かを引きずる音が聞こえた。
「ああ、ルーク♪」
ノースポールは微笑み、ルチアーノに引きずられた男を見つめた。男は頭を垂れ、ぽたぽたと血を流している。
「まだ、生きているの?」
ノースポールは目を輝かせた。温かな死体が四肢を投げ出している。もう、生きている者はいないような気がする。
「うん。ポー、君のために捕ってきたんだよ? ふふ、退屈していたんだね? ナイスタイミングだね」
「うん。だって、みんな、すぐに死んじゃうから! えへへ♪ ルーク、愛してる!」
ノースポールはルチアーノの唇を塞ぐ。噛みつくような口づけ。
「ああ、ポー!」
ルチアーノは恍惚に溶けている。
ノースポールはぐちゃぐちゃになった肉体を見つめ、笑う。
「あぁ、楽しかった! ふふ、遊び過ぎたかな?」
ノースポールの脇腹には、男のナイフが突き刺さっている。ルチアーノはにたにたと笑い、死体の山を見上げている。
「ポー、これが僕らの愛なんだね!」
「ふふ。ね、ルーク?」
不意に近づくノースポール。伸びる指先がルチアーノの頬に浅い傷を作った。落ちていく鮮血。
「んっ……」
ルチアーノが息を漏らした。ノースポールの生温かな舌が蠢き、赤を味わう。
「はぁっ……ルークの血は、一番綺麗で美味しいねっ♪ ね? もっと、味わってもいいかな……?」
ノースポールが見上げ、目を細める。見つめるのは傷口。ああ、また、赤が零れていく。
「勿論だよ。愛するポー。僕はね……君の為だけに生きてるんだから。僕の血を全て捧げてもいいくらいなんだよ?」
「えへへ、それはとーっても幸せだねっ」
無邪気に笑うノースポール。ルチアーノは目を細めた。愛おしくてどうしようもなかった。
「ルーク……大好き……」
ノースポールは喉を鳴らし、ルチアーノを押し倒した。互いの身体から血の匂いがする。
「ポー……あっ……んんっ……!」
震える。ルチアーノの首筋を赤い舌がちろちろと舐め、熱い息が触れる。ノースポールは残酷に笑い、首筋に何度も噛みつく。