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ケダモノの姿

登場人物一覧

キアラ・熊耳(p3p009670)
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 りんごんと、午後の四時を示す鐘がなる。
 教会の敷地に比べて、不釣り合いなほどに大きいその鐘は、シュガーナイト地区全域のその福音を響かせる。建てた人間からすれば、シュガーナイトのシンボルにでもと考えたのかも知れないが、設計段階で構造を間違えたのか、教会の中に入れば、思わず耳を塞ぎたくなるほどの轟音が迎えてくれる。
 おかげで、祝福の為に建築されたはずのこれは、今では誰も寄り付かない、地区の空白地となってしまった。
 りんごんと、午後の四時を示す鐘がなる。
 昼と言えるだろうか、夕と言えるだろうか。夜と呼ぶには曖昧な、時間の境目。たっぷりと四回。しっかりと四回。成り終えたあとも余韻が肌を震わせるその場所で、キアラはただ見上げていた半欠けの像から目を離すと、後ろでずっと、聞こえないうめき声を上げていたそれに振り向いた。
「なぜだ、なぜ……」
 教会の長椅子に腰掛けた男は、歳で言えば七十そこらだろうか。痩せた、しかし背筋のきっちりと伸びた老人。年相応の、しかし闇を深めたような眼光を持った老人はしかし、今や禿げ上がった頭に脂汗をびっしりと浮かべ、赤いものが流れ出る腹を抑えて荒い呼吸をあげている。
 そうして、うわ言のようにそれをキアラに問いかけてくるのだ。
「なぜだ、なぜ、なぜこんなことをした……」
「ストルツォスト老。こんなこと、というのは、どれのことかしら?」
 今や死にかけている老人を前にして、キアラの顔には何の感慨もないように見える。心配も、憎悪も、安堵も、警戒も、どれひとつだ。
「ふざけるな! ルド・ゼディオラの死を公表したのはお前だろう!!」
 叫んで、それがさらなる痛みの引き金となったのか、先程よりも強く顔をしかめるストルツォスト。
 ルド・ゼディオラ。その名前はまさしく、シュガーナイト地区の象徴だ。こんな作りの狂った教会などよりも、よほどシンボルであったと言える。
 シュガーナイトは昔から、治安の悪い区域として有名だった。悪党が蔓延り、騙し、殺し、蹴落として、成り上がって、また殺されて。
 そんな悪党と悪党が互いの頭を押さえつけて上へ登ろうとするような、そんなところであったのだ。
 その中で数年前に台頭し、地区そのものを完全に掌握した男こそが、ルド・ゼディオラである。当然、ゼディオラの首をとってのし上がろうというものがないではなかったが、誰もがそれに叶わなかった。
 他の悪党が手を拱いているうちに、ゼディオラはシュガーナイトを整備し始めた。ルールが出来て、秩序が生まれ、平穏が訪れたのだ。
 あくまでそれは、これまでのシュガーナイトと比べて、というものであって。悪党がおり、治安が悪くあるというのは変わらなかったが、ゼディオラを筆頭とした規範が、確かに形成されていったのだ。
 その頃には、もう誰もゼディオラの首を狙おうとはしなくなっていた。ゼディオラの行いは彼を上と見る必要があったものの、悪党たちにも利益をもたらしていたからだ。
 確かな秩序。違法な稼ぎ。くすぶったものを覚えながらも、悪党としての矜持だけは満たされる日々。
 力のない人々は喜んだ。少なくとも、ただ通りを歩いているだけで犯され、殺され、売り払われる心配はなくなったのだから。
 だがそのおかしな平穏も、終わりを迎えることになる。
 ルド・ゼディオラが、病に伏したのだ。


「ゼディオラの死を、数年は隠そうと、そういう話になっていた。彼によってのみ、秩序は保たれていたからだ。ゼディオラが不在になれば、シュガーナイトはまた元に戻ってしまうと」
 だから、老人たちは隠そうとした。ルド・ゼディオラは健在だと、平穏無事だとアピールし、仮初の平和を維持しようとしたのだ。
「二年、二年だ。二年で良かった。二年で地区は、儂らの手で掌握できたのだ。秩序を永遠にすることができたのだ。それを、お前が、お前が公表したんだろう! お前が、お前が!!」
 そこでストルツォストは咳き込んだ。興奮して、傷がまた熱を持ったのだろう。
 それに、キアラは同情しない。憐憫を持たない。憤慨しない。祈らない。どころか、苦しむ姿などないものとして扱うかのように、平然と口を開いてみせた。
「ストルツォスト老。クァ・ランシーという人物をしっているかしら?」
「……何の、話だ。いや、ランシー。花屋の名前だな。先週、間者の疑いで店主が処分されたはずだ。その、娘か?」
「ええ、まだ七歳だったわ」
「その娘が、どうした?」
「死んだわ。父親が捕縛される際に、流れ弾に当たって」
「…………まさか、仇討ちのつもりか? あんなものは、仕方のないことだろう! 父親は確かに間者だったのだ! 死んだ娘は運が悪く、ただ弱かった。それだけのことだろう! それだけのことに、お前はシュガーナイトすべてを巻き込んだのか!?」
 ルド・ゼディオラの死が公表されたことで、シュガーナイト地区の秩序は瞬時に崩壊してみせた。ゼディオラがいなければ、悪党がくすぶっておとなしくしている理由はなく、一夜にして騙し、殺し、蹴落としては成り上がり、また蹴落とされる狂気が再臨したのだ。
 ストルツォストが腹部を怪我しているのものそのためだ。わかりやすくふんぞりかえっている老人など、人を撃つことにためらいもない輩には格好の的であったに違いない。
「いいえ、まさか。仇討ちなんかじゃないわ」
「ではなんだというのだ。小さな娘ひとりを思い、町をデタラメにしたんだろう」
「ええ、そのとおりよ。ねえ、ストルツォスト老。あなたは正しいわ。彼女は運が悪く、ただ弱かった。それだけのことなのよ」
 そう、それだけのことだ。たまたま父親が間者だった。たまたまこんなところで、屈託のない笑顔を見せる娘として生まれた。たまたま襲撃された時にはまだ七歳だった。
 運が悪く、弱かったのだ。そのとおりだ。自然の摂理だろう。強いから食う。弱ければ逃げる。それが叶わなければ、強者の腹の足しになるだけだ。
 なんて、動物的。
「だから、そうしてあげたのよ。野生の虎でいたいなら、虎であればいいんだわ。秩序とか、規範とか、そういうものとほど遠いところにいるくせに、理性ぶっているから、あなた達の望みを叶えてあげたのよ」
「なんだ、なにを言っている……?」
「けだものだと言うことをちゃんと思い出せばいいんだわ」
 その時、教会の扉が乱暴に開かれた。その向こうに、銃を持った集団がいる。
「ひひ、いるじゃねえか。こんなところに隠れやがってよぉ。ジジイ、くたばり損なってんじゃねえぞ」
 それが、先程自分を撃った者たちだとストルツォストには理解できた。
 忌々しげに舌をうち、顔を上げたところであっけにとられる。
 そこにはもう、キアラの姿は影も形もなかったからだ。
「どこだ。どこにいった!? キアラ、キアラ! 返せ、町の秩序を!! こんな、こんなものは、こんなものが……!!」
 銃声。
 暗転。

  • ケダモノの姿完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2021年08月25日
  • ・キアラ・熊耳(p3p009670

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