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ニーナとすぴかちゃんの夏休み
登場人物一覧
●二人の夏休み
そこはネオ・フロンティア領内のある小島。
砂を攫う波の音を聞きながら、黒いビキニに身を包んだ『Spica's Satellite』ニーナ・ヘルヘイム(p3p006782)は高鳴る鼓動を感じていた。
普段隠している素肌を大胆に晒しているから――ではない。これより過ごす彼女との短い逢瀬が楽しみな為だ。
彼女――それは勿論、ニーナ一押しの幻想アイドルすぴかちゃんに他ならない。
事の始まりは、すぴかちゃんより届いた手紙だった。
――夏の仕事の合間に、一緒に小島で遊びませんか?
アイドルとして忙しい夏の日々だが、どうやらその仕事の合間に小島で短いバカンスを楽しめるらしい。そこにいつも遊びに誘ってくれているニーナを誘い返そうというつもりのようだった。
もちろん熱狂的なすぴかちゃんファンであるニーナはガッツポーズを取りつつ二つ返事にこの誘いに乗ったわけだ。
ニーナのイメージとは異なる大胆な黒ビキニは、すぴかちゃんのグラビアに影響されたものだろうか。きっとすぴかちゃんもあのビキニで合わせてくれると、どこかで期待していたのかもしれない。
果たして、それは希望通りとなる。
「ニーナさぁーん!」
「……!」
ニーナの元へ駆けてくるすぴかちゃん。
それはグラビアで見たとおりの姿で――否、手を振る姿、駆ける足、揺れる豊満なバストは、グラビア以上の神々しさを放っていた!(ニーナ視点)
「えへへ、待たせちゃいました……あれ? ニーナさん?」
「……」
あまりの尊さに、思わず言葉を失うニーナは、無表情ながらに鼻血を垂らす。
「はわ、鼻血がっ!」
「……ふぅ、心配ないよ、すぴかちゃん。
推しの破壊力に、危うくパンドラが削られそうになったくらいだよ」
「なんだかわかりませんが、大丈夫じゃなさそうです!?」
鼻血を拭いつつ、ニーナが薄く微笑む。
「すぴかちゃん……今日の君も素敵だ……このままお持ち帰りしたいくらいだよ」
「はぅ~、ニーナさんお上手ですぅ。なんか照れちゃいますね」
「……冗談。フフ、今日はいっぱい遊ぼうね」
ニーナの言葉にすぴかちゃんが笑顔を向けて、
「もちろんです!
ニーナさんも肌とのコントラストが素敵な水着ですね! よく似合ってますぅ」
と褒めると、褒められ慣れてないニーナは、珍しく狼狽するように見せて。
「う……、いや、すぴかちゃんに言われるとどこか落ち着かなくなるよ……」
「うふふ、ニーナさん照れてますぅ。可愛い」
なんて互いに褒め合って、互いに照れ合う姿はなんとも微笑ましいものだ。
「なんて、いつまでも繰り返しちゃいますね。
これくらいにして、遊びましょう!」
ニーナはコクりと頷いて、すぴかちゃんと共に波打ち際へ。
「見て下さい、こんなすぐ近くにお魚さん達が一杯泳いでますよ」
エメラルドブルーとも言うべき透き通った緑青の海は、まさに天然自然とも呼べる手つかずの姿を広げていた。
「波打ち際からすぐに深くなるようだ……これなら……余り沖に出る必要もなく、遊べるね」
「ふふ、水冷たくて気持ちいいですぅ~。
ニーナさんは泳ぐのは得意ですか?」
すぴかちゃんの質問に、ニーナは「ふむ」とアゴに手を当て考える。
氷結の権能を有する女神故に水の中を泳ぐ必要性はなかったと思われるが、人として生きている今、こうして泳ぐ機会はやってくる。
泳ぐということの知識はあるが、実際に泳げるか――それはやってみないとわからない。
「泳げるか、泳げないか……それは、難しい問題なのです……、そう実に難しい問題……」
「なんですかぁそれぇ?
なら手を貸しますので泳いでみましょう!」
そう言うとすぴかちゃんはニーナの両の手を取る。そのまま少し深めの場所まで来て、ニーナに浮いてみるように言うのだが、ニーナはそれどころではない。
「すぴかちゃんが私の手を……うっ、なんという役得……」
「バタ足ですよ~足をバタバタさせるんですよ~」
初めて泳ぐ人に教えるように、手を引っ張りながら海を歩く。
すぴかちゃんに手を添えられてばたばたと泳ぐ様は、人様から見られれば子供のようで恥ずかしさもあるが、生憎とこのビーチは貸し切り状態なのでその心配はない。
「そうそう、上手ですぅ」
「ん……これはこれで、楽しい……。
よし……次はすぴかちゃんの番だ」
泳ぐのを止めて今度はニーナがすぴかちゃんの手を引っ張る。
「私もやるんですかぁ? ふふふ、良いですよ~。私は息継ぎもしちゃいますからね!」
ニーナに引っ張られるすぴかちゃんは海に浮かぶと顔を水面につけてバタ足を開始する。そうして息が続かなくなると、
「ぷはっ」
と、顔をあげる。水に濡れたその顔は、しかしやはり笑顔で思わず釣られて微笑んでしまうものだった。
そんな風に遊びながら、水を掛け合ったり、すぴかちゃんが用意したシュノーケルを使って海中遊泳を楽しんだりした。
気づけば二人は、結構な疲労と共にお腹が鳴るのを感じた。
「ニーナさんご飯にしましょう!」
「うん……そうしよう。
何を、食べようか……」
人気の少ないプライベートビーチのような場所だが、ゲスト用にと海の家らしきものはある。
二人はそこへと足を運ぶと、メニューから選んで席に着いた。
「私は焼きそばにしましたぁ。
ニーナさんは何にしたんですか?」
「ん……カレーライス」
「氷の女神様もカレーライスを食べるのですねぇ」
「これが、安定した美味しさなのです……辛いけれど」
「わぁ、私辛いの好きですー。一口交換しませんかぁ?」
「ん……すぴかちゃんがよければ……どうぞ」
そっとニーナが差し出したスプーンをすぴかちゃんが頬張る。
なんだかドキドキしてしまうのは気のせいだろうか。
「んー確かに辛いですねぇ。すぴか的にはもうちょっと辛いくらいが丁度良いですけれど」
そう言って、すぴかちゃんは自分の焼きそばをリフトアップすると丁度良い感じに取って、
「それじゃニーナさん、あーん」
「……あ、あーん」
すぴかちゃんにあーんされるシチュエーションが来るとは。思わずニーナは恥ずかしがりつつも口を開けて焼きそばを頬張った。
「……冷めてる」
「あはは、人もほとんどいないのに作り置きだったんですねぇ」
苦笑しながら二人は食事をしていく。
その後、デザートにかき氷を食べ始めた時に、ニーナが『氷の女神の特技』といってかき氷を早食いして見せ、すぴかちゃんを驚かせていた。
無表情のニーナが、『頭キーン』に苦しんだかどうかは定かではない。
夏の陽射しが降り注ぎ、砂を攫う波の音が肌に冷たく気持ち良い。
パラソルの日陰の下、身体を休める二人は心静かに、波の音を聞いていた。
ともすれば寝てしまいそうな穏やかな空間。
ニーナは伝えようと思っていたことを口にした。
「すぴかちゃん……誘ってくれて、ありがとう」
「いいえ、いつも誘って貰ってたので、今回はこちらから誘って見ました。来てくれてありがとう」
結んだ視線。微笑む笑顔のすぴかちゃんをニーナはどこまでも愛らしく思う。
「ね、ニーナさん。また来ましょうね」
「ん……もちろん。
すぴかちゃんとなら、例え月の果て……星の彼方であっても、ついていくよ。
だから、これからもがんばってほしい」
ニーナの返事にすぴかちゃんはこれまで以上の笑顔で、
「はい!」
と答えるのだった。
二人の夏休みは、まだまだ始まったばかりだ。