PandoraPartyProject

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雲が来たりて

登場人物一覧

バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
バルガル・ミフィストの関係者
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バルガル・ミフィストの関係者
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バルガル・ミフィストの関係者
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 人の行き交うコンクリートの街。誰もが他人に無関心で、今すれ違った人間、その顔さえも一秒後には記憶から消される程に、無機質で無表情な都会。
だが、それは別に罪ではない。とかくこの社会は情報量が多すぎる。必要な物と不要な物を自ら選り分けなくては、あっという間に飲み込まれてしまう。
だから、今女が一人、とあるビルに入ったとて、誰も気にも留めないだろう。
いずれ闇に死にゆく女を、日の当たる市井に生きる者が知る必要はないのだから。

 ここは誰もが知る超大手製薬企業、『フローレン・ファーマシー』……通称『F・P』のビルの中。
コツコツコツ、フロアを叩くヒールの音。
男とも女ともつかぬ自動音声に『パスワードは?』と聞かれたなら、迷うことなく浮き上がった文字に触れていく。

『パスワード、認証しました』

その声と共に扉が開けば、如何にもブリーフィングルーム、といった規模と設備の小部屋一つ。
その中ですでに若い女性が一人、座して待っていた。が、入室してきたスーツの女を見るなり、彼女はすぐに立ち上がり頭を下げた。

「そんなに頭を下げずとも良い。待たせてしまったか? すまないな」
「いえ、スダイバーこそ、昨日は大変な激務だったと聞きました。ええっと……お疲れ様、でした。私なんて、何も出来なくて」
「何、あれぐらいはいつもの事だ。お前も卑下する必要はない。むしろお前のようなものがいてこそ、我らは確信を持って挑めるのだから、誇りに思え。それよりカーティル、楽にして良いぞ」

カーティル、と呼ばれた若い女は、上司たる彼女の許しを得ると、ゆっくりと元の姿勢に戻る。
スーツの女、スダイバーも着席すれば、埋まった席は2つ。しかしあともう2つの椅子が、来るべき出席者を待ち侘びていた。

「ところで、『あの二人』の姿がまだ見えないが?」
「今日の時間は、きちんと伝えたんですけどね。あの二人でも、その程度の情報が頭に入らないとは思えませんが」

その時聞こえた、ピピピの電子音の後、ウィン、の微かな機械音。
その音に振り向いてみれば、男性陣のお出ましだ。
現れたのは、にへら笑う長い茶髪の男と、それを支えるように肩を貸す黒髪・短髪の男。

「バルガル、ディガブロ。遅いですよ」
「随分な重役出勤だな、お前達?」
「言っとくが、遅刻したのは俺のせいじゃねえぞ。俺は朝までこいつに付き合わされたんだからな」
「あ〜、ズルいぞバルガル。お前も乗り気だったじゃないか。スダイバー、カティちゃんも悪かったよぉ。許しておくれよぉ」

口を開くと広がる酒精の匂い。女性陣の冷ややかな視線は、更に厳しさを増した。

「……カーティル。これをどう見る?」
「……反省、してませんね。私を『カティちゃん』なんて呼ぶ辺りが特に」
「お前も同意見で良かった。よしお前達そこに直れ。その根性叩き直してやる」

どこに隠していたのか、チャキ、と刀を構え。今にも、怠け者の首を跳ね飛ばしそうな勢いで迫ってくる。

「ひぃ〜ご勘弁を〜!」
「フン、申し開きがあるならば一応考慮しなくもない。言ってみろ」
「情報収集! 情報収集です! な〜バルガル!」
「つっても、呑んでる時間の方が長かったけどな?」
「ばかいえそれなりの情報を得るにゃあそれなりの対価が要るんだよ〜!!」
「あ、あとバーテンやウェイトレスの尻見てる時間も同じぐらい長かったな?」
「ばっか昨日はオレの奢りだったのに! そんな一から百までバラさないでぇ〜!」
「ああそうだ言い忘れてた。タダ酒美味かったよ、ご馳走さん」
「あれぇ〜それだけ!? オレ他にももっと色々良い話したんだけどなあ〜」

男二人の小競り合い、それに飽き飽きしたのか、スダイバーはため息と共に刀を収めた。

「もういい。これを無駄に汚す時間さえも惜しい。とにかく座れ」

これに逆らっては、いよいよ命は保証されない。方や慌てて、方やわざとノロノロと、それぞれの席についた。
その時すっと椅子を近づけて、カーティルがバルガルを小突く。

「ンだよカーティル。まだ居眠りもしてねえ内から起こしてくれんのか?」
「してたら今度こそボスに言い付けます。そうじゃなくてね、ディガブロも……まあ、理由なく貴男を誘わないでしょうけど。この匂い、ここに来るギリギリまで呑んでたんでしょう? あまり良くないと思います、そういうの」
「仕方ねえだろうが、あんな場末のバーでこんなに骨身にしみるモン出されちゃ、飲まねえ方がどうかしてらぁ」
「ああそうですか。じゃあそのまま血の一滴までお酒になっちゃえ」

ーーさあ、お前達。『定例報告』の時間だ。

 その時聞こえた、スダイバーの一声。狭い会議室だからこそ、聞き逃す事などありえないし、どこにいようともそれだけで、ぐっと空気が引き締まる。

「ではまず、ディガブロ。先の情報収集とやらの成果、聞かせてもらおうか」
「はいは〜い」

ボスの言葉を受けゆっくり立ち上がった男は、半透明のボードの前へと歩みを進める。その液晶に手を翳せば、赤と黄に塗り分けられた世界地図、そのごく一部が示された。

「最近、A国とB国が国境線でバチバチしちゃってる話。皆知ってるでしょ」
「はい、今朝もニュースで言ってました」
「そ、それなんだけどね。これも見てくれる?」

次に画面上に現れたのは、

「これは、『キュリー・メディカル』のロゴ……?」
「そそ。一応うちのライバルね。そこがどうも、A国に肩入れしてるらしいのよ」
「なぜそんな事を?」
「そこでね、これ、見てくれない?」

そう言ってディガブロが懐から取り出したのは、チャック付きの袋に入った真っ白な錠剤数粒。
よく見ると、ここにも小さいながらC・Mのロゴが刻まれている事が窺えた。

「ディガブロ、どこでそれを?」
「……それは俺が答える。昨日呑んでた店に、たまたまC・Mの人間が居てな。ディガブロがどうしてもとか抜かすモンだから、俺が隙を見て拝借したんだよ」
「ホントありがとね〜。で、一応これ、マジで辛い人向けの鎮痛剤として売られてるし、クッソ高いけど、一般人でも頑張れば買えちゃうし。ウチの国でも『今は』合法なんだけどね。まあ……結構ギリギリのライン、ってゆーか」
「医療用麻薬に近しい、という事か」
「そゆこと。で、ここからが問題なんだけど。これ、A国に自生する特定種の植物と、ある方法で合わせると……まあ、聞こえよく言うと、効き目が最大限引き出される。悪く言ったら……分かるね?」
「……ええ、まあ。ですが今、我が国とA国は貿易が制限されているのでは?」
「そうなんだけどね。これに気づいちゃった『あっち』の人が、こっそり勝手に売り捌いてるっていうか。……要するに、あちらさんにとっては、A国は大事な『お客様』って訳。で、今起こってるA国とB国の争い。まーどっちが『正義』かはさておき? A国が勝って、あまつさえB国を蹂躙してくれちゃったら、なんとなーくB国にも商売の手を広げられる訳じゃない。甘い汁が更に増えちゃうじゃない?」

そこまで言うと、ディガブロの視線は、真っ直ぐスダイバーに向けられて。

「……ね、ボス。C・Mの連中、どうしよっか?」

いつもの軽い口調、しかしその意味は遥かに重い。故に、彼女の決めた答えは。

「……報告ご苦労。そのまま観察を続け、何かあればすぐに報告するように」

 現状は静観、軽率には殴り掛からない。否、本来武闘派たる彼女がそう言うからには、いつでも『それ』ができるよう、日頃から心構えをしておけ、という意味も大いに含まれるわけだが……上司の言葉に『はいよ』と頷いたディガブロは、報告は以上とばかりに、元の位置に戻った。

「ちゃんと仕事してるんですね、ディガブロ。少し見直しました」
「ま、それなりにね? どうカティちゃん、惚れ直した?」
「では次、カーティル」
「はい」

ディガブロのウィンクを涼しく受け流し、続けて立ったのはカーティル。

「ディガブロの話と、少し繋がる所があるのかもしれませんが」

その前置きと共に彼女が映し出したのは、目まぐるしい程の数字、数字。目を瞬かせ何度も擦ってから、ディガブロはンーと小さく唸った。

「カティちゃん、それって何のデータ?」
「さっき貴男が話をしなかった方の国に関するもの、とだけ言っておきます」
「あーB国? それがどうかしたわけ?」
「バルガル。貴男でも『ここ』がどこか分かってますよね」
「……ああ? 俺達『Cancer Removal』のブリーフィングルームだろ?」
「もっと広い視野で」
「……? F・P?」
「はい。もう少し早くにその正解が出てると偉かったですが」
「……つまり、ウチにもなにかある訳ね。続けてカティちゃん」
「はい、これはまあ、言ってしまえばF・Pの『あるもの』が『ある場所』にどれだけ売れたか、のデータを指しています」
「我が社から『何か』が『B国』に売られているのだな?」
「はい、スダイバー。まあ今の御時世、わざわざ行く人がいるとは思いませんが……それでもB国はA国とは異なり、人の往来や物流もかなり自由な場所です。だから、普通の商売なら、コソコソやる必要がないんです」

ところで。と、カーティルは指を立てる。

「現在我が社は、F・P創設者兼社長が倒れてからというもの、ここを兄と弟、どちらに譲るか。それが表でも話題になってますよね」
「あーはいはい。みっともない兄弟喧嘩でしょ」
「ああ。特に弟……『ハイド』を掲げる方は手段を選ばない、と聞くが」
「はい。兄弟仲良く『我が社の赤字が長らく続いていたのは、無能な創設者の傲慢のせいだ』、と強く主張しています」
「そんなに仲が良いのなら、すぐにでも仲直りできそうなものだがな」
「私もそう思います。……が、この赤字、最近急に黒に転じましたよね。それが弟の仕業、という可能性もあって」
「と言うと?」
「……件のA国とB国の争い。A国は元々厳しい軍事国家ですが、B国は肥沃な土地を活かした農業国。争いとはほぼ無縁だった筈です。そんなB国が、A国と対等に睨み合えているのは、何故でしょうね」
「ああ……その差を縮める『何か』を、ウチを通じて取引してると」
「ええ、実はそれを我が社の別グループ……通称『弟派』が手引しているんです。武器という戦闘力を売る形でね」
「ああー……だからコソコソやってた訳ね」
「ええ。大方、この赤を前社長のせいにして、『自分の手腕があったからこそ黒に転じた。ボクこそがここを統べるに相応しい』とでもいうつもりなんでしょうね、ぬけぬけと」
「ここが赤かったのも、パパのお金で色々勝手してたせいなのにねー。あっでもお兄さんも最近車買い替えてたっけ」

ライバル社が怪しい動きをしているかと思えば、こちらも大層穏やかでない話だ。一同は大きく、ため息をついた。

「……とにかく、私からの話は以上です。どう思いますスダイバー」
「さて、我々C・Rはこれといって『兄』と『弟』、どちらにも肩入れしていない訳だが……ここで『兄派』を名乗れば、我々も良い的にされてしまうだろうな」
「まあどっちか選べって言われたら、ギリギリのラインでお兄さんの方だけどね。あっちのが目ぇかわいいし」
「そういう問題か?」
「……現状、『お前はどちらだ』と問われても、答えないか、曖昧にしておけ。どちらに目を付けられても面倒だからな」

これまで通りといえばこれまで通りだが、より一層、我々は自らの身の振り様を考えざるを得ない。くれぐれも敵を不要に作らず、賢く立ち回るように。

スダイバーの言に異を唱える者は居ない。皆一様に、その言葉を噛み締めるのみだった。

「とにかく、報告ご苦労だった。……やはり先の話が気掛かりだ。カーティル、ディガブロ共に、可能な限り、調査を続けるように。くれぐれも無茶はするな」
「はいよ」
「承知しました」
「バルガルは二人のサポートにあたれ。いいな?」
「……わかりましたよー、っと」

『では、これにて解散!』

その言葉とともに、真っ先に部屋を出ていくスダイバー。残されたのはディガブロ、バルガル、カーティルだ。

「……って言っても、俺、やることねえだろ。ボスはバケモンだし、対人ならディガブロも負けちゃいない。カーティルだって、その気になりゃあどこからでもハッキングできそうだぜ?」
「何言ってるんだバルガル、三人寄れば文殊の知恵。東洋の言葉にそんなのがあるらしいぜ?」
「烏合の衆にならなければいいですけどね」
「ははっ、カティちゃん厳し〜!!」

手を叩き笑うディガブロ、それを冷たくあしらうカーティル。その狭間にうんざりした顔で座っているバルガル。いつもの事で、いつもの光景だ。

「まあスダイバーもさ、あれでお前のこと信頼してんのよ。オレだってお前の事、なんだかんだ言って好きだぜ?」
「だとしてもだ。色々詰め込みすぎだろ俺に。頭がパンクしてぶっ飛んだらどう責任とってくれるんだっての」
「むしろ、これくらい覚えてくれないと困ります。私がお腹痛い日に、仕事押し付けられないじゃないですか」
「あっわかる〜。二日酔いで動けね〜って日に、バルガル君が頑張ってくれたらオレめちゃくちゃ嬉しいな〜って」
「こいつら……」

眉間に皺を刻むバルガル。それに相反するようガハハと笑い、背中をバシバシ叩いた後、ディガブロは。続けてそっとバルガルの肩を叩いたカーティルが、立ち上がった。

「じゃ、俺は飲みの続き……じゃねぇや、仔猫ちゃんとお喋りしてこよっかな〜、っと!」
「ちゃんと仕事してください?」

そう言って、カーティルもディガブロも、ブリーフィングルームを去っていく。残ったのはバルガル一人。

ーーあんな風には言ったけれども、C・Rの連中とは、これからも嫌になるほど、一緒に仕事する事になる。
だったら、もうしばらくはちゃんとお手本を見て、お勉強させてもらおうか。
何もボスのためではない。自分が賢く生き延びるために。
美味しい所だけ、少しずつ、少しずつ。盗んで、食って、命を繋ごう。

さて、いつまでもここに居ても仕方ない、酔い醒ましのコーヒーでも買うかとーーどうせなら新鮮な空気を肺に取り込もうかと、外に出ていく。

一段と大きなため息一つ溢しながら、ビルから一歩外に出て、見上げた空の色。
今にも重い雲が立ち込めて、湿気に息が詰まりそうで。

ーーああ、気持ち悪ィ。

悪態一つ、更に重ねて。足が、知らずの内に早まった。  
 

おまけSS『いつか、どこかの雨の中で』

そりゃあ、俺達は善か悪かで言えば『悪』だっただろう。汚い手も、暴力も存分に使ってきた。
その報いを受けるべきとは言わないが、鉄火場の中で野垂れ死ぬんなら、それも当然だったのかもしれねえ。

……だが、『あの頃』の事を思い出せば、どうしても考えずには居られない。
誰も死なない未来なんて、甘っちょろい事は言わない。
ただもう少し、手の施しようが無かったのか、と。
もう少し上手に足掻けば、何かが変わったのではないか、と。

……いや、今更悔いても、全てが遅いのだ。もう、何もかも。

ーーB・M、後の述懐より




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