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金色の追憶
登場人物一覧
不思議な出会いより数刻後。
お互いの情報を交換しつつ食事を済ませるタイムとランドウェラ。
「今日は災難だったね。まあ、残りの調査は今度でもいいか。
今日はゆっくり休もう」
ぎしり、と宿のベッドを軋ませ、ランドウェラがタイムにそう促す。
タイムはもう一つのベッドにその小柄な体躯で飛び込み、
「ほんとに、ランドウェラさんがいなかったらどうなってたことか」
くるり反転、仰向けになり、
「改めて、どうもありがとう!」
そう言って微笑む。
どうにも今まで出会ったことのあるハーモニアとは毛色がちがうタイムをランドウェラはまじまじと見つめる。
「もう、そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「おっとすまない。お詫びも兼ねて金平糖をたべよう!」
嬉しそうに出した小袋から溢れるはあまぁい星屑。
「う、うん」
タイムもつられて小さな手を差し出せば、手のひらは小さな夜空。
口に含めば優しい甘さが広がり、今日の疲れが癒えていくようだ。
横をみれば嬉しそうに金平糖を頬張るランドウェラ。
(『本物』もやっぱり好きなんだ)
「なんか、タイムさんみたいな人と一緒にいるのは初めて」
「ん? どういうこと?」
「イレギュラーズでも騙されてる人居るんだなって」
迷子のハーモニアだと思っていたことは口にはださない。なんとなく怒られちゃいそうだから。
「そんなぁ!? 確かに、格好わるいところ……みられちゃったけど」
恥ずかしいのか、タイムの言葉は尻切れトンボになっていく。
「そ、それにしてもそのシャツ、なんというか、上着とは違って、『オシャレ』よね?」
話題を変えようと、タイムがランドウェラのシャツに言及する。
「ああ、文字があるのに気づかなくって。
そっかオシャレなのか、少しうれしいね」
(んんっ!? もしかしてこの人ぴゅあっぴゅあなの!?)
含みをもたせて言ったものの、そのままの意味に取られてしまってタイムは少し驚いた。
「うんうん、似合うよ。オシャレ」
言ってタイムはベッドから飛び起きて、ベッドのふちに座るランドウェラのそばに立ち、シャツに触れようとする。
さらり、とランドウェラの黒絹の髪が指先にふれた。
「そっか。面白いし、いいよね」
当のランドウェラは髪に触られていることには気づかない。
「ぐぬぬ、髪の毛キレイすぎるわね。ねえ、弄らせてもらってもいい?」
上目遣いでタイムがランドウェラをみつめる。これで相手を落とせなかったことはない。
「ああ、うん?」
「わたしね、こういうの得意なんだ」
鼻歌交じりにタイムはランドウェラの黒髪を数本のみつあみに編み込んでいく。
大雑把に、遊びもいれて、無造作に結い上げたら出来上がり。隠れていたランドウェラの白いうなじが眩しい。
「うん、かっこいい」
ブラシを振り回しながらタイムがはしゃぐ。
「じゃあね、わたしも。わたしにもやってみて」
「え? 君の髪を僕が?」
「うんうん、仲良くなるための儀式! ふふ、遠慮しないで? さあ、はやく、髪を結ってみて?」
どきん、とランドウェラの心臓が跳ねる。
いつかどこかで聞いたことのあることば。
断ることはできた。だけど、そうすることのできない何かがあった。
鏡のまえに無邪気に座るタイム。どんな髪型にしてくれるのかな? と、嬉しそうに頭を振る。
「!?」
何気なく鏡に目をやれば、タイムに重なる母親の影。
「? どうしたの?」
手が止まったったランドウェラを覗き込むようにタイムが振り向く。
「な、なんでもないよ」
そんなはずはない。あのひとがこの世界にいるはずがない。
閉じられたましろのせかいで今もあのおとこのそばで微笑んでいるはずだ。
タイム本人はあの「少女」と似ているわけではない。
それでもタイムの細い金髪は否応なしに母を彷彿させる。
手ぐしで金髪を梳かす。金髪越しに見えるしろいうなじ。
少し握ってひねればなんの抵抗もなく折れてしまうだろう。
いつも母の髪を梳かすたびに思っていたこと。
陶磁器のようななめらかなタイムの首筋に指先が触れる。
力を込めれば、割れてしまうのだろうか?
「じゃあ、はやくぅ!」
「わ、わかりました」
ビクンとふるえたランドウェラが敬語で返してきた。
もしかして、会ったばかりの男性に対して馴れ馴れしくしすぎたかなとタイムは少し反省する。
「あの? わたしって、遠慮なかった? 嫌ならいいのよ?」
「ううん、違うよ。大丈夫」
まるでかけちがえたボタンのような違和感。
ランドウェラは静かに髪を結い上げていく。
丁寧に。丁寧に。
決して傷つけないように。
痛みを与えないように。
もしそんなことしたら、怒られる。
殴られる。
蔑まれる。
無能だとなじられる。
そう思ううちに心が氷のようになっていく。しん、と冷えていく。
「素敵に結い上げてほしいの」
無言になったその時間がなんとなく居心地悪くてタイムはことさら明るい声で喋り続ける。
好きなお菓子のこと。
もらった金平糖があまくて幸せな気分になったこと。
いろいろ、いろいろ。
でもランドウェラはこころここにあらずといった雰囲気だ。
返事はしてくれる。
でもそこに「こころ」がない。
彼の深い部分に土足で入ったのかもと、タイムもやがて言葉少なくなっていく。
ふと、ランドウェラの手が止まる。
「ん? できたの?」
鏡に映るタイムの髪は上品に結い上げられている。
どこからか調達してきたのか白い花が可愛く揺れている。
「わぁ! かわいい」
そういって振り向いた瞬間、花が落ちた。
「あっ、まだ動いたらだめだった? ごめんね~、落としちゃった。もういっかいつけてくれる?」
「ごめんなさい」
「ん?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
まるで、母親に叱られた子供のように小さくなるランドウェラ。
「!? ええっ、怒ってないからあやまらないで」
タイムは混乱するも、彼のなかに何らかの闇が影を落としていることに気づく。
(ずっと思ってたけど、ほっておけない、なぁ)
タイムは微笑んで、編み上げたランドウェラの髪を指で梳かす。
「だいじょうぶ。こわいことないよ」
言って微笑むタイム。
「あ」
その笑顔は『――』という名の『少女』とは似ても似つかない。
「あ、ごめん、なんか変な感じになっちゃったね」
取り繕うようにランドウェラは微笑む。
「ううん、大丈夫」
タイムはおちた白い花をひろいあげて、ランドウェラにわたす。
「仕上げ、まだでしょ?」
「うん、ありがとう。
この花をつければタイムさんすごく可愛くなるよ」
「あら、うれしいわ、お世辞でも」
「お世辞じゃないよ」
お互いがお互いに先程の事柄には触れない。
触れてはいけないとわかっている。