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まるやきって、知ってる?

登場人物一覧

祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
祈光のシュネー

 再現性東京・希望ヶ浜のとある公園。
 少しだけ暑さの残る夕暮れ時に、祝音はてくてくと公園を通りかかった。

 なんてことはない、何もないただの日常なのだが……ふと、祝音の耳に声が届いた。
 風が木の葉を揺らす音に紛れて、黒い猫を象った影がゆらりゆらりと視界の中に揺らめいて、彼に語りかけるのだ。

 ――まるやきって、知ってる? と。


 言葉と同時に、ざあ、と大きく風が吹いて、祝音は思わず目を瞑る。
 その間にも影はその姿を消し、まるでというように風景を元に戻す。
 揺らめいていたはずの視界の中は、気づけば夜の帳が落ちようとしていた。

 祝音は先程の問いかけが誰からのものなのか、全く気にすることはなかった。
 ただ、答えは返しておかなければならないと思ったのだろう。『まるやき』についての返答を返した。

「――……うん、知ってるよ。ほしいのなら、準備するよ」

 その返答に対する答えを聞く間もなく、祝音は歩いてきた道を引き返して軽快な足音で走り去る。
 ああ、あれが欲しいんだ。じゃあ、早く準備してあげなくちゃと、親切心を沸き立たせて。


 祝音がいなくなった、公園の中。

 宵闇差し迫る公園の片隅に、再び黒い猫の影は現れ……何処かへ行った祝音に向けて、笑みを浮かべた。
 黒い猫の影は笑う。今までに同じ問いかけをされた者達のことを思い出すと、祝音はどんな答えを持ってくるのだろうか、と。




 ――ここ数日、この公園では奇妙な出来事が起きていた。
 黒猫の影に問いかけられると、数日は『まるやき』について頭から離れなくなる。
 怪異ではないと断定はされているのだが、この問いかけを聞いた人々が恐怖に打ち震えてしまうという。

 問いかけは至ってシンプル。『まるやきって、知ってる?』の問いかけ1つ。
 それ以降のやり取りについては皆答え方が様々なため、完全な答えというものは未だに見つかっていないのだ。

 ある人は知ってると答えてそのままスルーを決めたら不幸が訪れたり。
 ある人は知らないと答えたものの『まるやき』のことが頭から離れなくなって、睡眠障害に陥ったり。

 ある人は知ってると答えて鶏の丸焼きを持ってきたら、突風が襲いかかって怪我をしてしまったり。
 ある人は知らないと答えた後にその場から逃げ出したら、数日後に自分が丸焼きになってしまったり。

 この問いかけの正体や問いかけてくる主については、未だに解明がされていない。
 ただただ、今も尚『まるやきって、知ってる?』の問いかけだけが響くのみ。




 少々時間が経った後、祝音が公園へと戻ってきた。
 彼は揺らめく視界の中で黒猫の影を見つけると、早足で近づいて紙袋を見せた。

「はい、『まるやき』だよ」

 ……黒猫の影は差し出されたものを見て、大きく首を傾げた。なにそれ、と。
 何を持ってきたのかよくわからない様子の黒猫の影に対し、祝音はごそごそと紙袋の中身を取り出した。

「屋台があったから、助かった。……聞くの忘れてたけど、こしあんで大丈夫?」

 彼の手に握られていたのは、丸い形が取られた焼き菓子――大判焼きや今川焼きといった複数の名称で知られる、あのお菓子。
 屋台で焼きたてほやほやを買ってきたのだろうか、湯気がほこほこと見える。

 黒猫の影は、声も出さずに何度も何度も頭を振りかぶる。いやそれは違うだろう!? それ回転焼きじゃね!? と言いたげに。
 だが祝音にとってはこれが『まるやき』なので、ちゃんと答えは持ってきたよ? と首を傾げていたのだった……。




 ――調査報告書・某機構関係者執筆

 『まる焼き』。
 我々の元の世界、その他世界に存在する焼き菓子の1つ。
 中にあんこやカスタードを入れて、甘く味付けした生地で包んで焼く。

 大判焼き、今川焼き、回転焼きと言った名称が存在しており、他世界では名称戦争と呼ばれる争いが起きていたりもする。
 我々の世界ではそのような名称戦争を避けるため、『まる』い『焼き』菓子から『まる焼き』と呼ばれるようになった。
 なお『丸く収めるから』まる焼きという噂もあるが、この点については詳細は不明。

 混沌世界、ならびに他世界には『まる焼き』という名称が存在しないらしいことが判明。
 我々の世界の特殊現象、超存在『けもの』の世界改編が関係しているとして引き続き調査を――


 ……報告書は、ここで終わっていた。

  • まるやきって、知ってる?完了
  • NM名御影イズミ
  • 種別SS
  • 納品日2021年08月19日
  • ・祝音・猫乃見・来探(p3p009413
    ※ おまけSS『まるやきはまるやきです。』付き

おまけSS『まるやきはまるやきです。』

「……あちち」

 ほふほふと、焼きたてのまる焼きを頬張る祝音。
 ほんのり甘い生地が、中のあつあつのこしあんの甘さと相まって美味しい。
 更には焼き立てな生地の香ばしい匂いが祝音の鼻の中を通り抜けて、より一層美味しさを引き立てていた。

「……さっきのねこさんは、いらないのかな?」

 知ってるって聞かれたから持ってきたのになぁと思ったが、冷めてしまってはもったいない。
 公園の中で一息ついた祝音は、こしあんまる焼きをゆっくりと食べていくのであった。

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