PandoraPartyProject

SS詳細

誰も知らないある夜の話。或いは、血を啜り肉を喰む病…。

登場人物一覧

九重ツルギ(p3x007105)
殉教者
イズル(p3x008599)
夜告鳥の幻影

●脳のうちに響く
 黒い空に白い月の浮かぶ夜。
 雲ひとつない空を見上げて、少女は熱い吐息を吐いた。
 白い肌に白い髪。
 骨と皮ばかりといった華奢な身体を抱きしめて、彼女は地面を蟲のように這いずっていた。
 ところはヒイズル。
 帝都の外れの橋の下。
「あぁ、喉が渇く。血が痒い……痒い、痒い痒い痒い痒いかゆいかゆい」
 うわごとのように同じ言葉を繰り返し、少女は抱いた腕を掻く。
 皮膚が裂け、零れた血で粗末な袖が赤黒く濡れる。
 伸びた爪には血や皮膚、泥がこびりついていた。
「何か……」 
 助けを求めるかのように、少女は地面に手を伸ばす。
 その指先に蛙が触れた。
「……あ」
 赤く充血した瞳を見開いて、少女は嗤う。
 それから彼女は蛙を掴み、それを口へと運ぶのだった。

 黒塚。
 それが少女の名であった。
 親は無い。住む家も、職も無い。
 帝都に住まう者の中でも一等悲惨な境遇に身を置く貧民である。
 弱者同士、肩を寄せ合い助け合う。
 貧民には貧民の暮らしがあった。
 けれど、黒塚のような若い身空の少女にとっては同じ貧民であれ容易に心を許せるものではない。
 誰だって生きるのに精いっぱいなのだ。
 黒塚の得た糧は、暴力によって奪われた。
 すきっ腹と殴打に痛む身体を抱え、雨の降る中路傍に転がり夜を明かしたことも数多ある。
 とはいえしかし、生きるためには喰わねばならない。
 だから、彼女は橋の下に流れ着いたソレを喰らった。
 それが畜生にも劣る行為と知りながら。
 
「もし、そこのお嬢さん。そんなところに蹲っていかがしました? もしや具合でも悪いのではないですか?」
 夢と現の狭間から、黒塚を引き戻したのは淡々とした男の声だ。
 口元を手で隠し、黒塚は背後を振り返る。
 そこにいたのは銀の長髪を風に揺らす、背の高い男性だった。
 その服装には見覚えがある。
 警官だ。
 それを知ると同時に、黒塚は思わず身構えた。
 かつて、街の見回りをする警官に殴られたことがあるからだ。街で起きた盗難事件の犯人と疑われたと知ったのは、しこたま殴られ意識を失う寸前だった。
 そのような出来事があったゆえ、黒塚は警官に対し良い感情を抱いていない。
「私は何もしていない。どうもしない。だから、放っておいて」
 喉の渇きは癒えている。
 熱さと痒さに煮えたぎっていた血液も、今は氷のように冷たい。
 だから、大丈夫だ。
 もうしばらくは冷静でいられる。
「そのような様でどうもしないということは無いでしょう。あぁ、俺のことを疑っているのですか?」
黒塚を安心させるためか、彼……九重ツルギ(p3x007105)と名乗った警官は、柔らかな笑みを浮かべて見せる。
「腕の良い医者を知っています。ご案内しましょう」
 そう言って1歩、ツルギは黒塚へと近づいた。びくり、と肩を跳ねさせて黒塚は後方へと退る。顕わになった彼女の口元は、蛙の血で真っ赤に濡れていた。
「こ、これは吐血とかじゃなくて、その」
「分かっています。蛙を喰らったのですね」
 チラ、と地面に視線を落としツルギは言う。視線の先には、喰らい残した蛙の脚が転がっている。
 ふぅ、と吐息を一つ零してツルギは黒塚に近づいていく。
 逃げようとする黒塚の腕を取ると、顔を近づけ彼は言った。
「今は蛙に留まっていますが……人を喰らうようになる日もそう遠くはないでしょう」
「人……を」
「病巣を摘出すれば、まだ間に合います。付いてきてください。さもなければ」
 貴女を斬ることになる。
 淡々と、さも当然といった様子で告げられたその一言に、黒塚の背は粟立った。

 ツルギに連れられ、辿り着いたのは帝都はずれのボロ家だった。
 傷み具合から察するに長い間、人が住んでいなかったのだろう。しかし、その外観に反し、内装はいたって清潔だった。
「何、ここ?  診療所? それにしては、妙に片付いているというか……」
「あぁ、病院は一般的ではないのか。ヒイズルでは往診のくすり屋が主なのかな」
 驚愕に固まる黒塚の前に現れたのは、男とも女とも判然とせぬ白髪の医師であった。警官の制服に白衣を纏い、瞳は布で覆っている。
 一見して怪しい恰好であるが、立ち居振る舞いはどこか儚げ。そして、見た目ほどにその言動や雰囲気からは“怪しさ”が感じられない。
 人を疑ってかかることを基本とした生活の中、黒塚の観察眼はそれなりに優れたものとなっていた。そんな彼女の本能が警鐘を鳴らさないのだから、きっと医者……イズル(p3x008599)は信用しても良い者なのだ。
 とはいえ、信用と信頼は別物だ。
「さぁ、そこの台に寝て、これを飲んで」
 ガラスの小瓶を差し出しながらイズルは言った。それを受け取り、促されるまま黒塚は診療台に横たわる。
「いけそうですか、イズルさん」
「ギリギリ、といったところかな。あと1日ほど遅れていれば、病巣は完全に心臓に癒着していただろうね」
 棚に並んだ器具を次々手に取りながらイズルは答えた。
 ツルギとイズルのやり取りが、どういう意味を持つものかは今の黒塚には分からない。先ほどから、また血が熱くなり始めていた。こうなると駄目だ。意識が朦朧とし、喉が渇いて、何も考えられなくなるのだ。
 あぁ、血が痒い。
 そう思いながら、黒塚は渡された小瓶の中身を飲み干した。
 半ばほど自棄になっているのだ。「なるようになれ」の心境である。
「……あ」
 喉の奥に甘い香が広がって、瞬間、黒塚の意識が遠のく。
 耐え難いほどの睡魔はしかし、空腹によりもたらされるそれとは違い、酷く安寧としたものだった。

 夜の闇より暗い世界で、誰かの声が脳裏に響く。
 夢と現の狭間に揺蕩う黒塚の耳が、イズルとツルギの会話を拾っているのだろう。
「肋骨を切る必要はあったのですか?」
「そうしなければ心臓にメスが届かないからね。まぁ、病巣を切除したらワイヤーで固定するから問題はないさ」
 胸に僅かな違和感を覚える。
 しかし、指も身体も動かず、自分が何をされているかは分からない。抵抗することも、疑問を呈することも出来ないのだから、ただ2人の会話に耳を澄ます以外に術はない。
「鬼を喰らえば鬼になる。ある種の病……鬼は伝染するということだね」
「ということは、やはり」
「あぁ、彼女が喰ったのは鬼だ」
 鬼。
 数日前、黒塚は確かにそれを喰らった。
 確かに、身体の異変はその日から発症していた。病気か何かをもらったものと思っていたが、なるほどその予想は当たっていたらしい。
「便宜上“鬼”とは言ったけれど、ともするとその呼び名は正しくないかもしれないね。これは“人を人でないものに造り変える腫瘍”だ」
「血液を介して、宿主の前進に病魔を巡らせ、人食いの怪物に変質させる……か。危なかった。あと1日ほどで、彼女はそうなっていたのですからね」
「その時はその時で、斬るつもりだったのだろう?」
「……えぇ、それが務めですからね」
 ぐちゃり、と。
 何かの潰れる音がして、それっきり黒塚の意識は途切れた。

 眠る黒塚をその場に残し、イズルとツルギはボロ屋を立ち去る。
「それで、これはどうしようか?」
 そう言ってイズルが持ち上げたのは、血の滲んだ布である。中に納まっているのは、黒塚の心臓に癒着していた病巣だろう。
「残していても仕方ない。焼いて、灰は川にでも流すさ」
 なんて、そう言って。
 白い月あかりの下を、2人は並んで夜の闇へと消えていく。 

  • 誰も知らないある夜の話。或いは、血を啜り肉を喰む病…。完了
  • GM名病み月
  • 種別SS
  • 納品日2021年08月15日
  • ・イズル(p3x008599
    ・九重ツルギ(p3x007105

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