PandoraPartyProject

SS詳細

凡百

登場人物一覧

すずな(p3p005307)
信ず刄

●ファンブル・ロール
 網膜に焼き付いた刹那が頭の中を支配していた。
 我道は剣に狂い命を奪い、そして奪われるものだと確かに識っていた筈なのに。

 嗜められても、小さな身体を担ぎ急ぐゼファーにすずなは何かを云う事さえ出来なかった。
 平然と受け流す事も、強がる事も、童女のように泣き喚く事さえ出来はしない。
 蒼白に顔色を喪った彼女は潤んだ瞳から涙を零さない事が精一杯で。
 乾いた唇を戦慄かせるのが精一杯で、血濡れた杖を胸に抱いて――自分自身の足で立ち続ける事で精一杯だった。


 ――お前の場合は腕じゃないんだよな。

 姉弟子の時雨が呆れたように零した言葉を思い出す。
「じゃあ、何ですか!」と反発すれば時雨が困った顔をした事が思い出された。
 当時のすずなは血気盛んにそんな時雨に噛み付いたものだけれど、この期に及べばそんな事は分かり切っていた。
「おい、すずな……」
「……」
「……大丈夫か?」
「大丈夫な筈――無いじゃないですか……ッ!」
 肩に触れようとした時雨の手を吐き捨てるように思い切り振り払い、すずなは何よりの自己嫌悪に塗れている。

 ――普通。

 そうである事を知っていたから、そう言われる事が嫌いだった。
 敵同士として矜持をぶつけ合い、命のやり取りをした姉弟子に『心配』される事も厭だった。
 果たして小夜なら、ゼファーなら。己が宿敵にそんな事をさせただろうか? そう問わずにはいられなくて。
「犬娘、主も難儀な性質よなぁ――」
 事実、小夜に致命傷を与えた梅泉等はまるで情を交わすかのようなやり取りの後にも涼しい顔をしたままだ。
「――知りませんよ、そんなもの」
 すずなの憎まれ口は余りに虚しい。

●クリティカル・ロール
「……冗談、冗談って言いますけどね」
「……?」
「私が本気にしたら――どうする心算です?」
 戯れは何かの拍子にそうでもない色を帯びるものだ。
 夕焼けに照らされた白磁の肌は茜に染まる。
 すずなは自分の顔色を気取られない事に感謝したし、きょとんと自らを見上げた小夜は不思議そうにそんな彼女を『眺めて』いた。
「小夜さんは私を玩具と思っているのでしょう?」
「そんな事ないけれど?」
「いいえ、思ってます。でなければ――あんな事とか、こんな事とか……」
 声のトーンが自然と落ちている自分に気が付き、すずなは首をぶんぶんと振った。
 気後れてどうするのだ、と自身を励ましている。
(そうですよ。何時も私ばかり――おかしな風にして……)
 口に出せないその声はすずなの心底の気持ちだった。
 何時も超然としていて、何時も綺麗で、何時も意地悪で、誰よりも存在感があるのに、気付いたら消えてしまいそうな人。
 矛盾が服を着て歩いているような小夜ひとは殺しても死にそうもないのに、長く一緒に居られる気がしない病的な程の希薄さも帯びていた。
 だから、つまらない戯れにさえも反発してきた。
 誰かにからかわれるその度に、違うと言わずには居られなかった。
「小夜さんは何時も私を可愛いとかいうじゃないですか」
「そうね……」
「じゃあ、こんな風にされても――大丈夫なんです……、か!?」
 小柄で線の細い身体を壁際に追い詰めれば、小夜はぎゅっと迫るすずなに抱きついた。
「誤魔化して……」
 恨み言に力が無い。
『女怪』は多情なものだから。
 答えなんて知っていたし、彼女の『本気』が自分と違う事は知っていたけど。


●『普通』
「……」
「……………」
「……おはよう」
「……………おはよう、ございます」
 看病の途中で気付いたら眠ってしまっていた。
 小夜が峠を超えたのは昨日の事だが、すぐにも消えてしまいそうな彼女から目を離す事は出来なかったのだ。
「……甘えん坊ね」
 胸元に頭を預けた格好で覚醒したすずなの頭を撫でる小夜にすずなは憮然と答えるだけだ。
「心配させるからです」
「……そうね」
「身勝手な事ばかりして」
「ええ。ごめんなさいね」
「死んでたら――どうする心算だったんですか」
 鼻の奥がツンとして、すずなの声はまた湿り気を帯びていた。
 刀を握る自分が刀を握る彼女を責め立てるには余りにも弱いロジックだ。
 それでもまた「そうね」とだけ応えた小夜はまたすずなの頭を撫でるだけだった。

 ――嗚呼、何て馬鹿馬鹿しい話なんだろう。

「……ねぇ、小夜さん」
 何とも言えない表情をしたすずなは『諦めた』。
『そんなのはどうしようもなく普通じゃなく、どうしようもない位に普通なのに』。
 言葉は愚かで、語るに落ちて。どうしようもない敗北で、認め難いが故に甘やかだった。
「――好き、です」
 世界は割れて、世は全て事もない。
 何の事は無い。そんな単純な事に気付くのに、どれだけの時間を要したというのだろうか――
「そう」。これまでと同じように、そしてこれからも瞑目したままの小夜は幽かに笑った。
「知ってたわ」
 どういう心算で言ったかなんて説明の一つもしていないのに。

  • 凡百完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2021年08月13日
  • ・すずな(p3p005307
    ※ おまけSS『のーまる』付き

おまけSS『のーまる』

●各界からの声
「手遅れじゃな」
「……手遅れかと」
「手遅れだね!」
「手遅れです。そのまま地球の果てあんた達だけで行ってええんやで」
「オマエ、手遅れ」
「うん、申し訳ないけど手遅れだよね」
「ベビーピンクみたいな手遅れだわね!」
「手遅れだねェ」
「小生が断じてやろう。手遅れだな!」
「……うむ、手遅れとは言うまい。祝福あれ」
「ちょっと、アンタ! 手遅れよ!」
「吾輩も手遅れだと感じるね!」


 誰がどれだかわかるかな?

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