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記憶、あるいは深き夢の舞台

登場人物一覧

ユリウス(p3x004734)
循環の天使
ユリウスの関係者
→ イラスト

 舞台。鳴り響くブザー。上がる緞帳。
 舞台の上に一人の少年。顔は見えない。私は一人、観客席にいる。
 広いホール。現実ではない。これは、そう、私の心とか頭とか、そういう所に存在するシアタァだ。

「今宵上演されますは、幸せな天使のつまづき!」
 少年が謳う。幕が上がる。役者が躍る。


 ――第一幕・祝福された生誕――
 少なくとも、その子は祝福されて生まれてきたのです。無菌室に詰め込まれ、管につながれたその姿は哀れではありましたが、しかし母の愛情と、父の愛情を一身に受けて生まれてまいりました。名は麻資郎。空樹麻資郎。母は麻資郎を産むことによって亡くなりました。それはたいそうな不幸でしたが、それを哀れに思った一人の天使がおりました!
 名をユリウス。ユリウスは麻資郎をひどく哀れに思ったものでしたから、自身の寵愛を、その少年に授けることにいたしました。
 いなくなった母の代わりではありませんが、相応の愛情を、少年に捧げ続けたのです! そして誓いました! どんなことがあろうとも、君を幸せにしようと!


 かたかた かたかた 動く舞台装置 流れる月日 18年の時。


 ――第二幕・幸せの上演――
「麻資郎。君はあれかい。友達はいないのかい」
 ユリウスは宙にぷかぷかと浮かびながら、麻資郎に言う。大きな日本家屋。代々続く染物屋である空樹の家。その居間では、ちゃぶ台の上で湯気を立てる朝食をパクつきつつテレビを眺める麻資郎の姿がある。居間には仏壇があって、そこには亡き母の戒名が記された位牌がある。
「いねぇ。って言うかいらねぇ」
 味噌汁をずず、とすすりつつ、麻資郎は言う。
「って言うかお前もいらねー。何なんだよほんと、ガキの頃から付きまといやがって」
「なんなんだ、と言われれば、私はほら、守護天使だよ。
 光栄な事なんだよ? 私は本来、君のような個人を守るような存在ではないのだから」
 うへぇ、と麻資郎は唸った。
「俺はお前に護られた記憶はねーぞ」
「それは記憶の改変だ。私はいつも見守っている……其れよりは話を戻したまえ。君は友達はいないのか?
 連日の演劇鑑賞とやらを、ずっと一人で行っている様だが」
「だから言ったろ、いねぇし、いらねぇ」
 ふん、と麻資郎は鼻を鳴らしたユリウスはふぅむ、と唸る。
「しかし……なんでまた、急に演劇鑑賞などをしたがるのかな? 彼女がいただろう、放っておいていいのかい?」
「あれは……いいよ。向こうからどうしてもって言うんで付き合ったんで……最初からそう言う話だったから。
 演劇の話は……教えねぇよ、変態コスプレ女」
 ユリウスはふむん、と唸った。
「これはコスプレではなく制服のようなものだ……たぶん。
 なぁ、それより教えてくれよ。どうして急に、演劇に興味を示したんだね?」
「そりゃまぁ……進路にな」
「進路。就職とかかい?」
「ああ……舞台役者にな、なりたいんだよ」
 気づけば、ユリウスに本音を話している。いつもそうだ。厄介で鬱陶しく思っているが、気づけば麻資郎は、ユリウスのペースにはまってしまう。
 麻資郎は、10年ほど前、とある演劇を見た。それは、児童向けのつたないものであったけれど、役者の描き出す世界に、それはもう深い感銘を受けたものだ。
「それで、舞台の勉強を、って事かい?
 やだなぁ、君のことだ、どうせすぐ飽きるさ」
「うるせぇよ!」
 ぎろり、と麻資郎はユリウスを睨みつけた。それはもう凄い形相だったが――ユリウスは肩をすくめて笑ってみせた。
「はいはい。まぁ、君が何を目指そうと――ふふ、その夢はかなうと宣言しよう」
「あ? なんでだよ?」
 ユリウスは得意げに笑った。
「それはもう、この私が君を祝福しているからさ! この私が側に居るからさ!
 大丈夫、私だけは、なにがあっても、ずっと麻資郎の味方だ。見捨てたりしない。どんな時も絶対に君を守ってあげるから! 約束しよう!」
 うげぇ、と麻資郎は呻いた。
「まぁだ俺に付きまとう気かよ……勘弁してくれ」
 そうは言うものの、麻資郎も悪い気はしていない。18年も付き合いがあるのだ。もうユリウスと言う非日常も、日常の一部だ。
 これからも、この関係は変わらないのだろう。この日常は続いていくのだろう。めでたしめでたし、だよ。


 本当に?


 ――第三幕・天使のつまづき――
 燃えている。その小さな小劇場は、あちこちが炎にまかれていた。
 熱い。熱いだろう。ユリウスには感じないが、こんな所に人間がいてはいけない。すぐに逃げ出さなくてはいけない。
 動かない。麻資郎は動かない。そうだろう、動けないのだ。麻資郎は血だらけで、腹部に大きなナイフが突き刺さっている。
 それだけじゃない。麻資郎の身体のあちこちは、酷いやけどに見舞われていた。火をつけられて、刺されたのか? 刺されてから、火をつけられたのか? わからない。わからない、が、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
「麻資郎!」
 ユリウスが叫んだ。どうにかしなければならない。助けなければ。でもどうやって。
 守ると誓った。守ると約束した。それなのに、嗚呼、それなのに。
 零れ落ちていくのです。この両手から。
 命が。
 消えていくことを、感じた。
「ユリ、ウス」
 麻資郎が、口を開いた。ごぼり、と血の泡を吐く。
 ユリウスは、麻資郎にすがり着いた。
「どうした、何があったんだ。待ってくれ、すぐに助けを呼びに――」
 いけるものか。行けるはずがない。脳裏に何かが囁く。
 お前は、麻資郎以外の何者にも、その姿も、声も、認識されることは無いのだから。
 嘲笑が聞こえたような気がした。女の声。あざ笑う。声。
「ユリウス」
 泣きそうな声で、麻資郎は言った。目は遠くを見ている。ユリウスに、気づいているのか。気づいていないのか。認識しているのか、いないのか。それも解らない。解らない。
「たすけて」
 そう言った。
「たす……けて……」
 何もできなかった。
 傷をいやすことなどできない。
 時間を巻き戻すこともできない。
 なにも。
 何もできない。
 麻資郎は。
 どこか遠くを見ながら。
 こういった。
 ――嘘吐き。
 ごふ、と。血を大きく吐いて。
 麻資郎の心臓の鼓動は止まった。
 燃える。燃える。燃えていく。
 劇場が燃えていく。世界が燃えていく。麻資郎が燃えていく。
 この手の中から零れ落ちる。
 祝福された命。寵愛を受けた命。
 消えゆく命。消えゆく。消えゆく。


 ――閉幕――
『嘘吐き! 嘘吐き!』
 気づけば周りに観客がいる。心の舞台。記憶の小劇場。ユリウスの記憶。脳裏。そう言ったもの。
『嘘吐き! 嘘吐き!』
 麻資郎の声で観客たちが叫ぶ。万雷の拍手。悲劇/喜劇の終焉。繰り返す言葉。嘘吐き! そう、嘘吐き!
 舞台が燃える。舞台の役者が燃える。地獄。地獄に落ちる。
 嗚呼、嗚呼。私は思う! 私に力があったなら! 私にあの悲惨な結末を変える力があったなら!
 彼を悲しませずに、済んだの、か。
「でもその思考も、詮無い事だよ、ユリウス」
 麻資郎が言った。
「だって俺は、死んだのだから」
「お前に見捨てられて、死んだのだから」
「嘘吐き! 嘘吐き!」
「お前の嘘を信じて、死んだのだから!」
 麻資郎が言う。麻資郎たちが言う。
 嘘吐き。嘘吐き。その言葉が離れない。頭から離れない。
 ずっと聞こえる。ずっと続く。永遠に続く、これがきっと、私の罰。

 閉幕――。

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