SS詳細
ほしのひかり
登場人物一覧
●アッシェ
誕生は祝福だと云う。
生命は喜びの中芽を吹くものだとも云う。
お腹を痛めて産んだ子は常に愛しく、常に等しく愛されてるものだと――きっと聖書は語るのだろう。
外は酷い吹雪が巻いていて、木の壁を叩く風の音が怖かった。
寒くて、寒くて、凍えて、泣いて。
部屋の隅で、渡された襤褸の毛布一枚に包まって――暖炉に身を寄せる『家族』の姿を何時も何時も眺めていた。
朧げで頼りなく、欠けては落ちて――不自然に繕われた『記憶』を本気で頼る事はない。
私自身が知らぬ内に他罰的になって、『都合の悪い何か』を忘れてしまった可能性は否まない。
それでも、ハッキリと言い切れる事が無い訳ではないのだ。
――アッシェ。
産まれた子供が当たり前に授かる
きちんと顔を思い出す事も出来ない両親が、必要以上に私の名前を呼ばなかった事だけは覚えている。
そんな事、覚えていたくもないのに、嫌になる程にハッキリと――それだけは覚えているのだ。
意味が分からない? それはその通りです。
つまり、私は終わらない夢を見ているのです。夢は胡乱で――時に理不尽なもの。
私が、私自身の覚えていない事を何となく識っていたって――それはそういうものでしょう?
●正純
真冬の冷たい空気こそ、光年の光を際立てて輝かせるものだ。
透き通った大気が遥かな距離を隔てたそれを阻む事はない。
大陸の北に位置する寒国の夜は彼女の愛する世界そのものだった。
――――
黒いキャンバスに載る無数の星は彼女にとって安らぎであり、信仰だった。
夜空が瞬く程に、その身は鎖に縛り付けられるように痛むけど。
取り分け、喪った右腕がしくしくと軋んでいたけれど、彼女はそれに薄い笑みを浮かべ、憚らない。
(――お話を、してくれているんですよね)
星の存在を身近に感じるようになったのは一体何時からだっただろうか?
それは孤独な少女時代を過ごした正純の錯覚から始まったのかも知れない。
いや、今現在をしても――彼女の感じる『星』は彼女の妄想に過ぎないのかも知れない。
(いたい。いたい――でも、今……私は星を感じているんですよね。
しかして、心が壊れる日常で彼女を励まし続けたのは星であり、その光であり、寄り添うような存在感であった。
正純は、星を愛し信仰している。彼女にとって星は疑念もなく信じられるものであり、生きる意味ですらある。
両親の代わりに「そこに居ていい」と告げてくれたのが星だった。
少なくとも彼女は自分の意思決定は常に星と寄り添うものだと『信じている』。
そんな星の巫女は間違いなく病的で、間違いなく純粋で、間違いなく美しい。
右腕が壊死したのは正純が七つの時の話だった。
酷い凍傷が原因だったが、彼女が顧みられる事は無かった。
何もかもが変わったのは正純が九つの時だった。
天義の辺境の実家は、鉄帝国の盗賊団に襲われたのだ。
正純は詳しくを知らない。覚えていない。ただ、星がざわついていたから、夜の散歩に出歩いただけだ。
結果、一人だけ難を逃れた正純は鉄帝国との国境際に済む養父に拾われる事になる。
――これはひどい。
ええ、酷いですね。
――我が同胞の仕出かした事とはいえ、何と可哀想に。
そうでしょうか?
――もし、君が許してくれるなら私は君を養育したい。
……………
――名前は?
わたしに名前はありません。
――そうか、困ったな。では私が、君が思い出すまでの名前をつけよう。
貴方は私に名前をくれるのですね?
――正純。正純と呼ぼう。
まさずみ。こがねい、まさずみ。
……
しかし、正純は本当の意味で
正純は自身が愛される者であると考えていない。
愛する事は構わないが、愛される者ではない。
功利無く、自身に捧げられる愛が分からない。
だから、小金井正純には常に価値が必要だった。相手にとって望まれる姿が必要だった。
……狂乱の痕を訪れた時、焼け焦げた家族の姿を見た。
九年過ごした家は見る影もなく、父も、母も、兄も黒焦げになって宙を眺めていた。
それでも正純の心は一つも動かず――いや、彼女は『それ』を自覚している。
彼女はその時、きっと――心底から笑っていた。
「……」
――星はキラキラ瞬いて、正純を甘く優しく慰める。
「そうですね……」
だから正純は迷わない。迷っても、迷わない。
凍える寒気が吹き付けても、もう彼女は――震えない。
- ほしのひかり完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2021年08月11日
- ・小金井・正純(p3p008000)
※ おまけSS『星くん』付き
おまけSS『星くん』
●暗黒時代を正純と共に乗り越えていくSS
「必ず、必ず儲かると思ったんや!
そう聞いたんや! 今度こそ、今度こそ借金を返せるって――!」
「……」
「こ、交流戦までは良かったやろ?
後半戦は上昇気流で――正純もきっと喜んでくれるって……!」
それでも正純の心は一つも動かず――いや、彼女は『それ』を自覚している。
彼女はその時、きっと――心底から笑っていた。
「……」
――星君の顔はぐしゃぐしゃで涙と涎がキラキラと輝いていた。
「そうですね……」
だから正純は迷わない。迷っても、迷わない。
凍える寒気が吹き付けても、もう彼女は――震えない。
「今晩からはもやし生活ですよ、星君」
それでも星君と別れるなんて――考えられない。